生成AIで考え抜いたキャラクターを作っても、ほかのAI生成物と並べると、どこか似て見えることがあります。
では、生成AI時代の「オリジナリティ」は、どこから生まれるのでしょうか。
このエピソードでは、制作方法の異なる3体のキャラクターを手掛かりに、人間と生成AIの役割分担を考えます。
2体は、人間がコンセプトや発想を考え、それを生成AIで形にしたキャラクター。
もう1体は、人間のイラストレーターのひらめきから生まれたキャラクターです。
3体を並べると、どれも違う姿をしている一方で、「見た瞬間に識別できる個性」には違いがあるように感じます。
ただし、「AIにはオリジナリティがなく、人間にはある」と単純に分けられるわけではありません。
生成AIにも新しい表現を生み出す力があり、人間が作ったからといって自動的に個性的になるわけでもありません。
そこで、人間が個性的な「原型」をつくり、その原型を保ちながら生成AIで表現やバリエーションを広げる。
そんな役割分担が、生成AI時代の創作では一つの方法になるのではないかと考えます。
「誰が作ったか」だけではなく、個性をどこに残すのか。
その視点から、生成AI時代のオリジナリティを考えるエピソードです。
このエピソードは、Webメディア「ねんごろ」で公開している記事をもとに制作しています。
元記事:
https://nengoro.com/creative/ai-originarity/
YouTube:
このエピソードの音声は、生成AIを利用して制作しています。
感想
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3時間かけて、えーと、完璧なプロンプトを練り上げたとしますよね。
はいはい、よくあるシチュエーションですね。
キャラクターの悲しい背景から始まって、細かな服装のディテールとか、完璧なライティング設定まで、もう500文字以上の指示をAIに入力する。
そして、「よし!」と生成ボタンを押す。 期待が高まる瞬間ですよね。
そうなんです。で、出力された画像は、客観的に見て息をのむほど美しいんですよ。
でも、その直後にインスタグラムを開いて、ほんの5秒ほどスクロールした瞬間に、あっ!って気づいてしまうんです。
気づいちゃいますか。
はい。自分が作った、完全にユニークなはずのキャラクターが、今日SNSに投稿された他の500枚のAI画像とまるで同じ顔をしていることに。
あー、ものすごくよくわかります。今の時代の表現者が直面している最大のジレンマですよね。
これ、なんでAIが作る完璧な画像って、どれも信じられないくらい退屈に感じてしまうんでしょうか。
完璧だからこそ退屈になるんですよね。細部までものすごく緻密に描き込まれているのに、全体としてパッと見た時に強烈な既視感があるというか。
そう、既視感。逆にですよ、人間のイラストレーターが会議中にメモ帳の端っこにさーって書いたような、たった数本の線でできた落書きキャラクターには、なぜか目がくきつけになったりしますよね。
ありますね、そういうこと。
なんか言葉ではうまく説明できないんですけど、一度見たら忘れられないような強烈な個性みたいなものがそこにあって。
ええ、実はこれ私たちが無意識のうちにある錯覚をしてしまっているからなんです。コンセプトや設定が独自であることと、完成した見た目が独自であることって全く別物なんですよ。
設定の独自性と見た目の独自性ですか。
はい、今日はこの二つを切り離して考えていきたいなと。
なるほど、つまり人間にはオリジナリティがあってAIにはないみたいな単純な二元論で片付ける話ではないってことですね。
そういうことです。この深掘りを通して、AI時代において作品の本当の個性って一体どこに宿るのか、そして私たちはどうやってそれを生み出していけばいいのか、その複雑なメカニズムを解き明かしていきましょう。
お願いします。いやあ、それにしても今はもう本当に誰でもハイクオリティな画像が作れるようになりましたからね。
少し前ならプロに頼むしかなかったようなクオリティのイラストがものの数秒で出てきますよね。だからこそ、きれいに仕上がっているというだけでは他との違いが全く出ないっていう新しい前提条件が生まれてしまったんです。
ツールとしての底上げが起きたからこそ、個性を出すハードルが逆に爆上がりしていると。
まさに。そこで、制作プロセスが全く異なる3体のキャラクターの事例をちょっと比較してみたいんです。
3体のキャラクター、はい、どんなものですか。
まず1体目は役割から論理的に逆算して作ったキャラクターです。あるメディアの立ち上げで、物事を俯瞰して背景まで見るというビジョンがあったんですね。
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俯瞰して見る、なるほど。
そこから世界で最も高く飛ぶ鳥であるマダラハゲワシを選んで、さらに観察を示すために双環境を持たせました。
完全にトップダウン型ですね。意味とか役割っていう条件を先にカチッと決めて、それに合う姿を生成AIに出力してもらったわけだ。
ええ、その通りです。そして2体目は言葉遊びから生まれたペンギンのキャラクターです。
ペンギン?
はい、AIっぽい無難なキャラクターにはしたくなかったので、副業をすいすい進めるという言葉のイメージから、すいすい泳ぐペンギンを連想したんです。
ああ、ダジャレみたいな。
ええ、さらに副業を英語のジョブにかけて、スティーブ・ジョブズ風の黒いタートルネックを着せました。
スティーブ・ジョブズ風のペンギン。面白いですね。これは人間の連想ゲームをAIに視覚化させたケースってことですね。
はい、最初の2つはどちらも人間側のロジックとか言葉遊びが主導権を握っていますよね。でも3体目は全く違う、もっとカオスなアプローチなんです。
カオスなアプローチ?
人間のイラストレーターの直感的なひらめきから生まれたキャラクターです。女の子のペットでゆるいキャラっていうざっくりとした設定はあったんですけど、こういう意味だからこの形にするという逆算は一切していないんです。手が先に動いて、ふと思いついた形からスタートしているんですよね。
ロジックをすっ飛ばして、視覚的な直感だけで生まれたような感覚ですね。この3体を並べてみて何が違ったんでしょうか。
なぜその形なのかを言葉で説明できるかという点において決定的な差が出たんです。
言葉で説明できるか?
はい、AIで形にした最初の2体は俯瞰するから鳥とそうめんきょうとか、副業からジョブズを連想したからタートルネックのペンギンみたいに要素ごとに論理的に説明できますよね。
確かに企画書に書きやすいですね。
でも人間のひらめきから生まれた3体目は、なぜこの輪郭なのかとか、なぜ目の配置がここなのかっていうのを意味から逆算して説明することができないんですよ。
あー、つまり言語化しきれない謎の余白みたいなものが残っているってことですね。それすごく面白いです。
そうなんです。
なんだろう、AIを誓った前者の2体って、例えるならレシピ通りに正確に計量して作った料理みたいな感じじゃないですか。どんな材料が何グラム入っているか成分表を見ればすぐわかる。
はいはい、わかります。
でも人間の直感から生まれた後者のキャラクターは、なぜか美味しくなった秘伝のタレみたいな感じ。理屈とか成分表示じゃ説明できない部分に強烈な虚空が宿っているというか。
秘伝のタレ、いいですね。レシピ化できる要素の組み合わせとレシピ化できない直感的な造形。私たちが普段オリジナリティと呼んでいるこの説明しにくさの正体をつかむためには、オリジナリティを一つの大きな塊として考えるのをやめなきゃいけないんです。
塊として考えるのをやめる、分解するってことですか。
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そうです。真っ二つに切り分けてみましょう。一つはコンセプトの独自性。これは発想とか意味付け、設定のユニークさですね。
スティーブ・ジョブズ風のペンギンみたいにアイディアや背景のストーリーが面白いかどうかですね。
ええ。そしてもう一つが形の独自性です。完成した姿そのものに他のキャラクターとパッと見分けられる視覚的な特徴とか固有の輪郭があるかどうか。
なるほど。企画書上の面白さとパッと見の視覚的な面白さは別物だということですね。でも設定が尖っていれば自然と見た目も尖ってくるんじゃないですか。
そこが落とし穴なんですよ。設定やストーリーといったコンセプトがどれだけ斬新で優れていても、いざ視覚化してみると、どこかで見たことがあるような既視感のある見た目に着地してしまうことって頻繁に起こるんです。
ものすごくよくわかります。冒頭の話にもつながりますけど。
はい。
例えば、ものすごく悲しい過去を背負っていて、右腕には封印された古代の魔法が宿っていて、世界を裏から操る秘密組織と戦う運命にあるみたいな壮大なコンセプトを練り上げても、
練り上げても。
出てくる画像はよくあるファンタジーのイケメン剣士になっちゃうみたいな。
まさにそれです。逆に複雑な意味付けや裏設定が一切なくても、ただの丸い顔に点と線を描いただけのキャラクターが世界中で愛されるアイコンになったりしますよね。
確かに。形そのものが強烈で、一度見たら忘れられないキャラクターって言いますよね。
だからこそ、どちらの方が想像できかという列をつけるんじゃなくて、その作品の独自性が発想にあるのか、それとも完成した形にあるのかを分けて捉える視点が不可欠なんです。
そうなってくると、AIで作った画像がどれも似たような印象になるのは、結局AIには新しいものを生み出す想像性がないからだって結論付けたくなりますね。
だって、既存のデータを切り張りしているだけですよね。
実は、そこが最も誤解されやすいポイントなんです。
違うんですか?
はい。データに基づくと、AIには想像性がないという結論は完全に否定されます。
ちょっと待ってください。本当ですか?ネット上のデータを学習して平均化しているだけなのに、どうやってオリジナルの発想を生み出せるんですか?
2024年に学術史のサイエンティフィックリポーツで発表された研究が、まさにその疑問に答えているんです。
ほう。
この研究では、人間の参加者とGPT-4に新しい用途を考えさせたり、感面性のない言葉を結びつけたりする発散的思考の課題を与えました。
結果として、なんとGPT-4は人間よりも高い独創性のスコアを叩き出したんです。
えっと、人間よりスコアが高い?
ええ。つまり、既存の要素をこれまでになかった形で組み合わせる、いわゆる新規性の生成においては、AIは人間と同等あるいはそれ以上の能力を持っています。
AI自体はちゃんと新しいアイデアを作れる能力を持っていると。だとしたら、なぜ私たちがSNSでAI画像を見たときに感じるあの強烈な同質化というか、どれも同じに見える現象が起きるんですか?
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それを解き明かすヒントが、同じく2024年のサイエンスアドバンセスで発表された別の研究にあります。
別の研究?
はい。人間に短編小説を書かせる実験を行ったんですけど、一部の参加者にはAIのアイデアを参考にさせました。
その結果、AIを利用した小説は個別の作品としての評価、例えば創造性や文章の質は高まったんです。
個別に見ればクオリティは上がるんですね?
ええ。しかし、それらのAIを利用した作品を全て集めて全体で比較してみると、人間だけで書いた場合よりも作品同士が似たよったものになる傾向がはっきりと確認されたんです。
個別に見ればクオリティも神奇性も高いのに、全体で見ると全部似てくる。あ、なんかそれ聞いて思い出したんですけど。
なんですか?
あの、新興住宅地みたいな感じじゃないですか?
新興住宅地に足を踏み入れたときの感覚ですか?
そうです。一軒一軒の家は最新のデザインで、設備もハイテクで、ものすごく立派なんです。
でも、街全体を見渡すと、どの家も同じようなコンセプトとか、同じような外壁の色合いで作られているから、自分がどこにいるのかわからなくなって迷子になるみたいな。
ああ、なるほど。
個別の家は新しいのに、街全体としては同室化しているっていう。
それは非常に的押したたえですね。素晴らしいです。では、なぜAIを使うとこの新興住宅地のような現象が起きるのか、その根本的なメカニズムを考えてみましょう。
はい、知りたいです。
生成AIは本質的に確実論に基づいて動くシステムですよね。膨大な学習データの中から、この要素とこの要素が組み合わさるのが最も自然で、数学的に確率が高いという予測を立てて出力します。
つまり、常に最適解とかデータの中心、平均値に向かって引っ張られる力が働いているってことですか?
その通りです。最適で美しいものを出力しようとする結果、人間が描くような理屈に合わない極端な歪みとか、予測不可能な不器用さといったデータの中心から外れたエッジの部分が綺麗に削り取られて滑らかに平均化されてしまうんです。
うわー、それ痛いところ疲れますね。あの、AIで画像を作るとき、ついプロンプトに、サイバーパンク風でネオンカラーでメカニカルな翼が生えていてって要素をモリモリ見しちゃうんですよ。
やっちゃいますよね。
それで、よし、他にない新しい組み合わせができたぞって満足しがちなんですけど。
ええ。
それは神奇性の足し算であって、AIの確率的な滑らかさの中にあるから、結局見たことある感じになっちゃうんだ。
そういうことなんです。新しい要素の組み合わせがあることと、パッと見て、あ、これはあのキャラクターだ、あの作者の作品だと見分けられることは完全に別物だという事実を受け入れる必要があります。要素の足し算ではすぐに見慣れてしまいますからね。
12:04
じゃあ、AIが全体のクオリティを引き上げつつる、全体を似たような水準に均一化してしまうこの世界で、今まさにブランドを作ったり作品を描こうとしているリスナーの皆さんは、どうやって見分けられる個性を作ればいいんですか?プロンプトをもっと複雑にしても意味がないならどうすれば?
その鍵となるのが、原型アーキタイプという概念です。
アーキタイプ?
はい。服装が変わっても、ポーズや構図が変わっても、あ、同じキャラクターだと脳が瞬時に認識できる、土台となる輪郭や形、特徴のことですね。
ちょっと待ってください。つまり、さっきの設定の独自性とは全く違う次元の話ですよね。えっと、例えばミッキーマウスの耳のシルエットとか、
ええ。
ハローキティに口がないことみたいな、それ単体で成立する視覚的な絶対ルールのことですか?
まさにそれです。どんな服を着せても、シルエットを真っ黒に塗りつぶしても、そのキャラクターだと瞬時にわかりますよね。この理屈ではない視覚的なアンカーこそが原型なんです。
なるほど。
先ほどの3体のキャラクターの話に戻ると、人間側の偶発的なひらめきとか、理屈に合わない歪みは、AIの確率的な滑らかさから逸脱しているからこそ、この原型を作る強いきっかけになります。
ああ、だから会議中の落書きのような、説明にくい余白が大事になってくるんだ。でもこれって、絵が描ける人間じゃないと生き残れないってことですか?
いえ、そういう単純な結論にはなりません。重要なのは、AIと人間の新しい役割分担なんです。
役割分担?
例えば、あなたが今、ブランドのロゴやコミックのキャラクターを作っているとします。AIにゼロから完璧なキャラクターを作ってと丸投げするのではなく、まずはAIに無数のバリエーションを出させます。
いっぱい出させて。
その中から、人間側が、あ、この線の歪み、この妙なバランスは他にはないぞ、というエラーやノイズのようなものを意図的に選び取るんです。そして、それを描くとなる原型として固定する。
綺麗なものを探すんじゃなくて、確率から外れた違和感とか、説明しにくい形を探す下流になる、みたいな感覚ですね。
ええ。そして、人間がこのシルエットこそが今回の主役だと決めたら、今度はAIの得意分野の出番です。
お、どう使うんですか?
その確立された原型を起点にして、様々なポーズを取らせたり、別の構図にしたり、動画に動かしたりと、バリエーションを展開させる、スケールさせるための手段としてAIを使うんです。
なるほど。ツールに正解を出してもらうんじゃなくて、人間がこれがうちの秘伝のタレだと決めて、AIにはそのタレを使ったメニューを量産する最強の工場上になってもらうんですね。
まさにその通りです。これはAIへの依存度を何パーセントに抑えるか、という割合の問題ではありません。
15:02
はい。
自分の創作において、何を見分けられる形として残したいのかを、人間側が明確な意思を持って決めること。それこそが、同質化の波に飲み込まれない唯一の防波堤になります。
いや、今日は頭の中のモヤモヤが一気に晴れました。さて、今回の分析を通して見えてきた革新をちょっとまとめましょう。
お願いします。
これからの時代のオリジナイティは、人間が作ったか、AIが作ったか、という単純な勝負ではありません。私たちが意識すべきは、コンセプトの独自性と見た目の独自性をしっかり分けて考えること。
そうですね。
AIは要素を組み合わせる天才ですが、数学的な確率に基づいて動く以上、どうしても全体を同質化させてしまう性質があります。だからこそ、誰が作ったか、どのツールを使ったかよりも、その作品だけの決してブレない原型が残っているかを見極めることが、一番自然で本質的なアプローチになる。
ええ。技術がどれほど進化してすべてが滑らかになっても、その中心から外れた歪みや原型を見出すのは、私たち人間の直感や意志であり続けるはずです。
それでは最後に、これを聞いているあなたに問いかけたいと思います。
今日、あなたの身の回りにあるお気に入りのキャラクターやブランドのロゴを見てみてください。もし、その色や細かな装飾を全部消し去って、ただの真っ黒なシルエットだけにしたとしても、あなたはそれを他のものと見分けることができるでしょうか?
重要な視点ですね。
次に、あなたが生成AIを使って何かを生み出そうとするとき、画面に映っているそれはただ消費されるだけのきれいな画像でしょうか?それとも、ここから未来へと広がっていくあなただけの原型でしょうか?ぜひご自身の目で確かめてみてください。
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