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【ミュージック】サカナクション「ミュージック」の鳥とは何か?歌詞を追うと最後に答えが変わる
2026-08-29 18:32

【ミュージック】サカナクション「ミュージック」の鳥とは何か?歌詞を追うと最後に答えが変わる

サカナクションの「ミュージック」には、何度も「鳥」が登場します。


故郷や仲間から離れ、知らない街を見下ろす鳥。


その鳥を見ながら、「僕」は自分の淋しさや、これまで歩いてきた時間を重ねていきます。


このエピソードでは、歌詞に出てくる鳥を一つの意味に決めつけず、曲の流れに沿って読み解きます。


冒頭では、鳥は故郷を離れた存在として現れます。


そこには、北海道から東京へ出て大衆音楽に挑戦したサカナクション自身の姿も重なります。


一方で、歌詞が進むと、鳥は外へ向かう自分、過去の自分、故郷を離れた人がそれぞれの経験を重ねられる存在にも見えてきます。


そして大サビで明確になるのは、「鳥とは何か」という答えではありません。


分からないものを残したままでも、自分は歌い続ける。


その選択が、曲の最後ではっきり示されます。


鳥は鳴き、「僕」は歌う。


違う存在のまま声を外へ出すという一点で重なっていく流れから、なぜこの曲が「ミュージック」と名付けられたのかを考えるエピソードです。


このエピソードは、Webメディア「ねんごろ」で公開している記事をもとに制作しています。


元記事:

https://nengoro.com/creative/word/sakanaction-music-lyrics/


YouTube:

https://youtu.be/6oPuaqqsn_I


このエピソードの音声は、生成AIを利用して制作しています。

感想

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00:00
いきなりなんですけど、サカナクションの【ミュージック】っていう曲について、ずっと気になっていたなんか強烈な違和感があるんですよ。
えーっと、違和感ですか?
はい。ちょっとそこから話し始めてもいいですか?
ええ、もちろんです。どんな違和感でしょう?
あのー、曲の中に何度も鳥が登場しますよね。
はいはい、出てきますね。
元いた場所とか、群れの仲間から遠く離れて、知らない街を見下ろしている鳥。
ええ。
あの情景を頭に思い浮かべると、普通なら、ああ、故郷を離れた鳥が、昔を懐かしんで寂しがっているんだって、無意識のうちに解釈しちゃうと思うんですよ。
なるほど。確かにそう思いがちですよね。
でも歌詞を1行ずつ注意深く追っていくと、とんでもない事実に気づくというか。
と言いますと?
歌詞の中では、鳥が寂しいなんて、ただの一言も言ってないんですよ。
あー、そうなんです。そこなんですよね。
はい。
そこがこの曲の非常に得意な構造でして、今回の最も重要な出発点になります。
やはりそうですか。
ええ。リスナーの多くが、まるで錯覚みたいに、鳥が寂しいがっているって思い込んでしまうんですけど、実際のテキストには全くそんなこと書かれていないんですよ。
ですよね。はっきりと寂しさを感じているのは、鳥を見つめている僕の方なんですよね。
その通りです。
なので今回の深掘りでは、この鳥と僕の不思議な距離感から出発してみたいなと。
えー、面白いですね。
そして最終的に、この曲がなぜ単なる音楽の歌ではなくて、あえてミュージックというタイトルになったのか、その真意を徹底的に解き明かしていきたいと思います。
わかりました。まずは最初の段階として、鳥と僕が完全に同じ存在ではないっていうことを、ちょっと落ち着いて整理しておく必要がありますね。
同じではない。
はい。曲の序盤では、鳥が何を考えているかは最後までわからないんですよ。
あくまで僕が遠く離れた場所にいる鳥を見ながら、自分と同じように寂しいのかもしれないって、勝手に自分の感情を重ね合わせている状態なんですね。
あー、なるほど。これって窓の外にいる野良猫を見て、お前も一人ぼっちで寂しいんだなーって呟いてるけど、実は寂しいのは自分自身だったみたいな状況ですよね。
まさにその例えの通りです。自分が抱えている孤独とか迷いを、声を持たない対象に投影しているわけです。
投影ですね。猫はただひなたぼっこしたくてそこにいるだけかもしれないのに。
そうそう。心理学でいうところの投影ですね。この鳥は少し離れたところにいて、僕はそこに感情を重ねているだけっていうある種の冷めた距離感。
冷めた距離感。
はい。これを残しておくことが、この後の曲の展開を理解する上で非常に大切になります。
なるほど。じゃあこの少し距離のある鳥っていうのは一体何の姿なんでしょうか。
それを考えるために少し視点を変えて、彼らの実体験のレイヤーに入ってみましょうか。
03:03
つまり山口一郎自身の背景ですね。
ええ。
さかなクションが北海道から上京してきたという奇跡。
はい。山口一郎はこのミュージックという曲について、自分たちが北海道から東京へ出て大衆音楽に挑戦してきた経験を描いたものだと振り返っています。
大衆音楽ですか。
そうです。より多くの人へ自分たちの音楽を届けるために、インディーズの聖地のような場所を離れてメジャーな舞台へ進む決断をしたわけです。
ああ、なるほど。慣れ親しんだ場所とか仲間から遠く離れて、それでも新しい場所へ進んでいったと。
そう考えると、知らない街を見下ろしているあの鳥の姿って、より広い場所へ自分たちの音楽を届けようと、外へ上に進んでいったさかなクション自身の姿とぴったりと重なってきますね。
そうなんですよ。鳥が空高く飛び、知らない街を見る姿からは、外へ向かって進んでいく自分という意味がはっきりと見えてきます。
単に故郷を水平に移動しただけじゃなくて、以前とは違う高い位置まで上昇しているわけですから。
そうですね。音楽的にも、この曲ってすごくダンサブルというか、前に向かって推進していくような強いビートを持ってますよね。
ええ。そのサウンド自体が、外へ向かっていくエネルギーを表現しているとも言えます。
ただ、ここからが本当に面白いところなんですけど、普通、上へ高く飛んで多くの人に知られるようになったら、それって世間一般で言う成功じゃないですか。
まあ、そうですね。
夢だった場所に近づいて、チャートでも上位に入って、本来なら心は満たされるはずですよね。
ええ。
なのになぜ、高い場所へ来た鳥を見ても、僕の寂しさは全く消えていないんでしょうか。どうしてこんなにメランコリックな響きが残るんですか。
そこが、この曲が描く極めてリアルな心理描写であり、単なるサクセスストーリーとの違いなんですよ。
と言いますと。
つまり、前へ進むこと、あるいは高く飛ぶことと、心が満たされることは決して同じではないんですね。
うん。
物理的の法則と同じで、高い場所へ行けば行くほど空気は薄くなりますし、地面からは遠ざかる。
確かに。
望んでいた場所に近づけば近づくほど、その分決定的に遠くなってしまうものがあるんですよ。
うわぁ、なるほど。失われていくものへの吸収とか、本当にこれで良かったのかっていう迷いが生まれるんですね。
ええ。成功すれば全てが解決するわけじゃないんです。
むしろ、光が強くなればなるほど、影も濃くなるような感覚ですね。
そうです。だからこそ、この鳥は単純な成功の象徴とか、自由の象徴として描かれているわけではないんです。
うーん。
高く飛ぶことは売れることだ、みたいな単純な比喩じゃなくて、あくまで外へ、上へ、より広い場所へ進んでいく自分そのものとして考える方が自然なんですね。
そう考えると、あのクラブミュージックみたいなアッパーなビートに乗せながら空を飛んでいる鳥を見る僕の視線が、どこか切実なものに感じられる理由がすごくよくわかります。
06:06
ええ。
そして、ここで歌詞の景色が大きく変わるポイントがありますよね。
はい、ありますね。
それまで外を飛ぶ鳥を追っていた視点が、突然僕のいる部屋の中へと切り替わる。ここがすごく印象的だなと。
ここが第2の重要な転換点です。空高く飛ぶ鳥から一転して、濡れた髪のまま眠りたがる、なんだかだらしない僕の姿が描かれますよね。
そうそう。
これって、外を飛ぶ鳥と比べると、極めて詩的で閉ざされた姿なんです。
これすごく人間味があって好きなんですよ。
わかります。
なんか外では立派なスーツ着て、プロフェッショナルとして完璧に振る舞っているのに、家に帰ってきたらお風呂上がりに髪も乾かさずにベッドにダイブしちゃうみたいな。
そういう二面性、誰にでもありますよね。
ええ。鳥の視線は知らない街、つまり外である社会に向かっている。
でも僕の視線は部屋の中で、自分自身の弱さとか寂しさ、怠惰さといった内側に向かっている。この対比が先列だなと。
まさにその二面性です。一人の人間の中に存在する、外へ進む自分と部屋で内側を見る自分の対比。
この構図は、当時山口一郎が抱えていた、表と裏という感覚と強く結びついています。
表と裏。
タイアップなどを通して外へ向けて発信していく表の活動、つまり大衆音楽を作る責任と、
自分たちが本当にやりたい音楽、内静的な音を追求する裏の間で、激しく揺れ動いていた時期だったんですね。
なるほど。外の世界では多くの人に知られる立派なアーティストとしての自分がいるけれど、部屋に戻れば人には見せない弱さや迷いを抱えた自分がいると。
どちらか一方が嘘というわけじゃなくて、同じ人間の中にその両方が同時に存在しているからこそ引き裂かれるような感覚があるんでしょうね。
そうですね。どっちが本当の自分なんだと。
ただここまでなら、北海道から東京へ出たサカナクション自身の個人的なミュージシャンとしての葛藤の物語として自己完結してしまいますよね。
そうですね。一人のアーティストの悩みの歌になってしまう。
しかしこの曲はそこで終わらないんです。
というと?
この部屋の中での葛藤が、実は当時の社会全体が抱えていた大きな喪失感と共鳴していくんですよ。
それがこの曲が作られた時代背景ですね。
はい。
リスナーの皆さんも思い返していただきたいんですが、ミュージックがリリースされたのは2013年。つまり東日本大震災は後に作られた曲なんですよね。
そうです。当時山口一郎は、震災後自分は何を歌えばいいのか、こんな状況で音楽を作る意味はあるのかと深く迷っていたと振り返っています。
そうですよね。あの激動と喪失の時期に作られた曲の中に、故郷から遠く離れた鳥とか知らない街が登場している。
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だからこそ、この鳥には震災や原発事故によって、それまで暮らしていた場所を離れざるを得なかった人たちの経験も重ねて読む余地が生まれるんです。
なるほど。
個人的な部屋の中での孤独が社会全体の風景へと繋がっていくんですね。
確かにあの時期に、故郷から遠く離れた存在を描けば、多くの人が自分の境遇とか、理不尽に日常を奪われた社会全体の喪失感をそこに重ね合わせたはずですよね。
ええ。
なんか音楽って不思議なもので、作った本人の意図を越えて時代の色を吸い込んでしまうことがありますから。
ええ、本当にそうです。ただしここで一つ重要な問いが生まれます。
何でしょう?
そしてこれは私たちが資料を読み解く上で非常に冷静に線引きをしなければならない部分なんですが、
山口一郎は音楽を続けるために自分の意思で北海道から東京へ出ました。
ええ。
一方で震災や原発事故によって故郷を離れた人たちは、自分の意思だけで移動したわけではないということです。
あ、ちょっと待ってください。それはすごく重要な指摘ですね。
はい。
自分で夢とか目標のために選んで前へ進んだ移動と、災害によって理不尽に離れざるを得なかった移動、
この2つは表面的な移動したという事実は同じでも、抱えている痛みの種類が全く違うものとして扱う必要がありますね。
その通りです。本人も、鳥は震災による避難者を表しているなどと断定的な説明は一切していません。
うんうん。
そこを安易に同一視することは他者の痛みを搾取することにもなれかねないので避けるべきです。
おっしゃる通りです。
ただ、その一方で遠く離れた場所に故郷がある、知らない土地にいるという共通項が存在することも事実なんですよ。
その共通項があるからこそ、鳥という存在が山口一郎個人の経験から始まりながらも、故郷を離れた様々な人がそれぞれの経験を重ねられる普遍的な器へと昇華されているんですね。
まさに、器という表現が適切ですね。限定的な誰かじゃなくて、誰もが自分を投影できる余白側の鳥にはあるんです。
なるほどな。
そして曲の終盤、大サビと呼ばれる一番盛り上がるパートに入ると、この鳥にさらに別の意味が加わってきます。
え、別の意味ですか?
ええ。ここから歌詞の時間が空間的な移動だけでなく、過去へ向かっていくんです。
ちょっと待ってください。目の前の鳥を見ていたはずなのに、時間が過去へ向かう。
はい。
ということは、鳥は空間的な距離だけじゃなく、時間的な距離も飛び越えるってことですか?一体どういうことなんでしょう?
冒頭では、目の前を飛んでいる鳥が何を考えているのかを、現在進行形で想像していましたよね?
はい、そうでした。
しかし、大サビになると、僕の意識は、自分がこれまで過ごしてきた時間へと移っていくんです。
ほう。
北海道を離れたこと、東京へ出たこと、より多くの人へ音楽を届けようと高く飛ぼうとしたこと。
音楽的にも、ここで一気に視界が開けるような、シンセサイザーの音が空から降り注ぐようなドラマチックな展開を見せますよね?
12:03
そうですね。音の壁がバッとなくなって、一気に広大な宇宙に放り出されたような、鳥肌が立つような展開です。
ええ、外の社会へ向かう自分と、部屋の内側にいる自分の両方を見つめ直した後だからこそ、見え方が変わるんです。
なるほど。
これまでの道のりを通った後で再び鳥を見ると、その鳥には、かつて外へ向かって飛び立った過去の自分自身が重なって見えるようになるんです。
わあ、すごい。
冒頭では、遠く離れた別の存在だった鳥との距離がここで一気に近くなるんですね?
つまり、最初はただの風景の一部だった鳥が、いろいろな経験を経て振り返った時に、あ、あれはあの頃の自分だったんだって気づくようなアハ体験ですね?
そうそう、まさにそれです。
ずっと遠くにいると思っていた孤独な存在が、実は出発したばかりの希望と不安を抱えていた自分自身の姿だった。
これ、すごく映画的な視点の切り替えですよね?
本当にそうですね。この時間軸と視点の転換があるからこそ、ミュージックは単なる現状の描写から事故の歴史と向き合う深い物語へと変わるんです。
そしてここから曲は最大の転換点あるいは着地点を迎えます。
鳥は何を思っているのか?
外へ進んだことは本当に良かったのかという曲を通して投げかけられ続けてきた問い。
ではこれら全てが何を意味するのか、実はその答えは最後まではっきりとは示されないんです。
そこは答えが出ないままなんですか?
出ないんです。
あれだけ深く内面と向き合って社会とも共鳴して過去の自分とも出会ったのに、普通ならだから僕はこう生きるんだみたいな分かりやすいカタロシスが欲しくなりますけど。
ええ、でも鳥が本当に何を考えているかは分からないままですし、自分の中にある寂しい気持ちや迷いが全て消えてなくなるわけでもありません。
うーん。
北海道から東京へ出たことが完全に良かったのかどうかも明確な答えは出ないんです。
人間の感情はそんなに簡単に割り切れるものではありませんからね。
なんだかチューブラリンになってしまいそうですが。
ええ。
でもあの曲を聴き終わった後の圧倒的な肯定感は一体どこから来るんでしょうか?大サビで一つだけ明確になることがありますよね?
その通りです。全てが曖昧な中で、大サビで唯一明確になるのが僕がこれからどうするのかという決断です。
つまり?
歌い続けるということです。
ああ。
実は制作当時の記録をたどっていくと面白いことがわかりまして、現在のミュージックにあるこの壮大な大サビは最初から用意されていた部分ではなかったんですよ。
え?そうだったんですか?あの部分がないミュージックなんてちょっと想像できないですけど。
そうですよね。当初はもっとコンパクトなサビだけでも曲として十分に成立すると考えていたそうです。
はい。
しかしメンバーとアレンジの制作を進める中で最後にもう一つ大きく視界が開く部分が加わった。
15:06
へえ。
山口一郎本人はこの大サビを最後のご褒美のような感覚で作ったと振り返っています。
ご褒美?
苦しみながら曲を作り上げた先に見つけた光のようなパートですね。そしてその後から加わった部分で歌い続けるという強烈な答えが出てくるんです。
すべてを理解したから歌うわけではない。迷いが完全になくなったから歌うわけでもない。
ええ。
わからないものが残ったままでも歌うことを選ぶ。ここまでの文脈を知るとその歌い続けるという決断がどれほど重くて尊いものがわかりますね。
本当にそうですね。この決断に至った時、鳥と僕の関係はまた少し変わって見えます。
どう変わるんですか?
鳥は最後まで鳥のままで人間の言葉で自分の気持ちを説明してはくれません。僕も鳥になるわけではない。
それでも鳥は鳥のやり方で鳴き、僕は自分のやり方である音楽で歌う。
わからないものを抱えたままで自分の声を外へ出すということでのみ、両者は一瞬だけ近づくことができるんです。
ああ。だからこそ、だからこそこの曲のタイトルはミュージックなんですね。
はい。
単に音楽を仕事にしているからとか、音楽を題材にしたからつけた名前じゃない。
迷いも、置いてきた故郷も、部屋の中での情けなさも、整理しきれない思いも全部抱えたまま、
それでも自分はこれからも音楽を作って生きていくんだという、極めて強い宣言そのものなんですね。
まさにその通りです。外へ進む自分もいれば、部屋で内側を見る自分もいる。
ええ。
前へ進みたい気持ちも、過去を振り返って寂しいと思う瞬間もある。
それをきれいに一つにまとめることはできなくても、自分は自分の方法で声を出し続ける。
はい。
それが彼らにとってのミュージックだったわけです。
いや、本当に奥深いですね。
あの、私たちは普段何か新しいことを始めたり前へ進んだりするとき、迷いや寂しさを完全に解決してからじゃないと進めないと思いがちじゃないですか。
確かにそうですね。
心の中をきれいに整理整頓して正解を見つけてからじゃないと一歩を踏み出してはいけないと。
ええ。
でも、この曲が教えてくれるのは、固定が出ないものを抱えたままでも自分のやり方で声を出し続けることはできるということなんですよね。
完璧な正解なんてない中でそれでも声を出すことを選ぶ。そこに人間の本当の強さがあるのだと思います。
ええ。
これを聞いてくださっている皆さんに最後に少し考えてみてほしいことがあります。
はい。
私たちは今、SNSなどで、完璧に整った意見とか日の打ちどころがない正解を出してからでないと発言してはいけないという強いプレッシャーの中に生きていますよね。
そうですね。息苦しい時代です。
迷っている状態のまま声を上げることは、どこか恥ずかしいことのように扱われがちです。
ええ。
でも、もしミュージックが教えてくれるように、答えが出ないまま声を出すこと自体に価値があるのだとしたらどうでしょうか。
18:01
うん。
私たちは正解を出すことに執着するあまり、わからないまま歌い続けるという一番大切な表現の術を忘れてしまっているのかもしれません。
なるほど。
あなたが今、完全に整理できていない思いを抱えたまま、それでも誰かに届けたい自分の声は何でしょうか。
次にサカナクションのミュージックを聞くときは、空を飛ぶ鳥だけでなく、ぜひあなた自身の心の内にいる鳥が今どんな風に鳴き声を上げようとしているのか耳を澄ませてみてください。
今回の深盛はここまでです。お付き合いいただきありがとうございました。
18:32

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