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お元気ですか?なんばるわんです。 自分らしく生きるためのラジオを始めていきたいと思います。
この番組は国際結婚25年目の私、なんばるわんが 自分らしく生きるための挑戦や日々の暮らしの中で気づいたことなどをお伝えしていくラジオです。
今日は、江戸っ子の父ということで話をしてみたいと思います。
昨日、父が体調の不良を訴えて足が痛いということでしたので、
何とか病院に連れて行ってあげることができて、そして薬を処方されたものを飲んだら、
今日連絡があって痛みはだいぶ和らぎましたということでした。本当に良かったと思います。
痛いのってなかなか耐えられないですからね。
80歳過ぎて父も一人で、うちの妹が一緒に住んでくれてはいますけども、
やはりいろんなところが不具合が出ている。
体がだんだんそういう風になってくるからこそ、人と会うのが楽しみでね。
今回病院に行って、できるだけ外出は控えるようにと言われてしまったので、
2、3日くらいかな。本当に薬がよく効いてくれれば、
また火曜日・水曜日あたりには歩けるようになるんじゃないかなと思って、
その辺は自己判断でやるしかないと思うんですけど、
また連絡して、どんな感じか聞いてみようかと思います。
それで父と昨日ずっと一緒にいて、
病院の中では2人だけで待機するというかね、待合室で待っている時間が長かったので、
改めてね、父との何か面白いエピソードはないかなって思い出してたんですけど、
今日お話ししたいね、どこですと。
父と母は下町生まれ、下町育ちでした。
私は下町で生まれたんですけども、育ちはほぼ、
やっぱり里帰りしてるんでね、母が下町に。
そこから自分の家に戻ると、他府県だったのでね、
育ちは下町ではないということになると思うんですけど、
下町ほんと大好きでね、寅さんなんかも好きだし、
この下町の雰囲気、ほんと他のね、葛飾区だけじゃなくて、
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他の区でも下町っぽい雰囲気の、下町と呼ばれるところありますよね。
そういうところはね、ほんとに大好きです。
人情にあふれる人が多くてね、パパーと早口っていうか、
なんでもパパーパーっていうね、そういうリズム、テンポよく進むようなね、
そんな人たちが集まってるのが下町、江戸っ子さんたちなのかなっていうイメージがあります。
うちの父がね、ほんとにあの人は江戸っ子だなって感じるようなエピソードをお伝えするその前にですね、
私の祖父母の話をね、ちょっとしたいんですけど、
祖父母もですね、父方も母方も、4人ともですね、下町生まれ、下町育ちです。
でね、対照的だったんですよ、この2組の祖父母が。
父方の祖父母は、とにかく厳格、もう厳しい人たち。
もう彼らの前では、もう星座じゃないと無理。おっかなくて。
で、一方ですね、母方の祖父母っていうのは、とても優しいイメージ。
柔らかい感じなんですね。
で、よりね、江戸っ子だなって思っていたのは、母方の祖父母だったんですよ。
おじいちゃんは、小さなね、おもちゃの町工場を経営していて、調合金なんかを作っている工場をね、やってました。
すごくね、穏やかな人で、なんかいつもね、わしゃわしゃしてるんですよ。
わしゃわしゃ言ってるんです。
で、そのおじいちゃんの口癖が、日本の夜明けは近いぜよってね、名言なんかありますよね。
あれを真似して、近いぜよ、わしゃわしゃってね、言ってたんですよ、いつも。
本当に優しいおじいちゃんだったの。
で、おばあちゃん。
おばあちゃんはですね、サザエさんの船さんが不良になったと。
そういうイメージだと、もうバッチリだと思いますね。
タバコを吸ってですね、カッポウギ、まあ着物を着てですね、普段から。
普段着が着物。
そしてカッポウギも着ていると。
そして座卓があってね、そこに肘をついてですね、もうカーッてタバコを吸ってましたよ。
幼い時から見ていたので、本当に大人になるまでは、別にタバコを吸う姿もね、なんとも思ってなかったんですよ。
それがあのおばあちゃんだからっていう感じで。
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かっこよかったですね。
おばあちゃんはね、民謡とか演歌が好きで、特にね、のど自慢でテレビでね、子供が民謡とか演歌を歌っているのを見ると、
タバコを吸いながら大泣きしているわけですよ。
そして私にも歌えと。民謡を歌えと言ってきました。
あ、ごめん。
おばあちゃん民謡わかんない。
その民謡を習っているとか、歌を歌っているとか、そういう人間いなかったんでね、親戚誰にも。
だからわかなかったですよ。
で、おばあちゃんは私が民謡を歌うのは諦めたんですけど、
その代わりですね、飼っていたインコちゃんたちに歌を、あと昔話をね、覚えさせようと。
ここにのせるわけですね。指先に。
で、こうちょんとインコが乗りますね。
それでこうなんかリズムをとってですね、なんか最近動画でね、出てきたんですよ。
あのリズムをとるインコちゃん、首を前に振って。
で、あの時飼っていたおばあちゃんのインコもそういう感じでした。
強制的にですね、おばあちゃんが体を上下に揺らすので、インコちゃんの。
なのでもう強制的にリズムをとっているっていう感じで。
それで昔話を覚えさせたり、あれインコが喋るの聞いたことありますか?
私が覚えているのは、おばあちゃんの声そっくりな、
あのおばあちゃんのやっぱりタバコで焼けてたんでしょうね、声が。
喉が。すごいしゃがれ声っていうんですか。
むかしい、むかしいって。
で、インコちゃんも、むかしい、むかしいって言ってたんですよ。
で、桃太郎喋ってましたね。
歌いはしなかったけど、物語を語るっていうのをやってましたね。
ほんとごめんよ、私が民謡を歌えなかったばっかりと思って。
そんな船さんを不良化したような、生きなおばあちゃん、優しいおじいちゃん。
よく覚えてますよ。怖かったおじいちゃん、おばあちゃんもちゃんと覚えてますしね。
で、うちの父がですね、次男でしたね。
一番上が兄貴、おじさんがいて、間は女兄弟なんですよ。
一番下がうちの父で、もう末っ子なんでね、かなりやんちゃだった。
でも、勉強しなくても、俺はいつも点数良かったということを豪語してますけどもね。
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きっとそれは本当だと思います。すごく賢い人なので、うちの父がね。
計算も早いし、喋るのも早いですよ。
で、どこだなと感じる、喋るのが早くて、時々ね、私がえ?って聞き直すんですよ。
そうすると、ゆっくり聞いたよって言うんですよね。
すいません、ゆっくり聞きますって、もう意味がわかんない。
そういうの、結婚してから特に、私もどんどん年を重ねてきて、
父の言ってることがよく聞き取れないという瞬間が多くなってきたので、
それでもね、一緒に暮らしている妹の方がね、何言ってるか全然わかんない。
お手上げ状態。とにかく早口。
それで、本当にこれはね、びっくりしたエピソードなんですけど、
火と死が言い違えてませんか、江戸っ子、特に下町の人って。
本当に皆さんのご両親がね、下町で、下町育ちではなくても、
もしかしたら火と死が逆になっている方もいるかもしれないんですけど、
持ちの父はですね、幼い時から聞いていた言葉として、
100円は尺円、コーヒーはコーシーです。
もっとたくさんありますけどね。
今ちょっと思い出せないんでね、あれですけど、
私がすごくショックでびっくりした言葉がですね、駅の名前なんです。
今現在、東武スカイツリーラインという名前にね、
昔東武線って言ってましたけど、東武伊勢崎線か、
それが何か相性みたいなのがついて、スカイツリーラインなんでね、
そんなカタカナになっちゃったんですが、
あの駅はね、本当に昔からその父の発音で聞いていたんですけど、
引き船という駅、あれが私の中では式船だったんです。
父はね、ずっと下町で育って、仕事もほぼ下町、台東区とか浅草のあたり、
あの辺でいろいろ仕事をしていたし、お得意さんもね、
営業職だったんですけど、お得意さんもみんな下町にいらっしゃるっていうので、
よくね、式船という駅の名前は聞いてたんですよ。
何々さんはね、式船にいてねって。
私はそれをずっと中学校の時ぐらいですかね、覚えているのが。
その頃から式船だと思っていたので、普通に当たり前のように聞いていたんですね。
その式船という駅も子供の時には知らなかったし、
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だから式船って聞いてもそのまま受け止めていたんですね。
で、高校そのぐらいの年齢になって、
友達とね、待ち合わせするっていう場面あったと思うんですよね。
そうそう、私がその時初めて式船の駅に降り立ったので、
その友達も、いや、引き船だよって言い直しをしないでいてくれたんですよ。
だから普通に式船で待ち合わせってなって、
自分がその引き船の駅のホームに降り立った時に、
上を見上げて看板を見たんですよ、駅名をね。
そしたら、引き船って書いてあるんですよ。
そこで私、ガーンってなりましたね。
結構ショックでした。
しかも外国の方が読めるようにローマ字でHIって書いたんですよ。
私の中では式船だったので、Sじゃなきゃいけないんです、スタートが。
それなのにHだったんですよ。
おーい、引き船ってね。
いや、結構ショックでしたね、これは。
それで恥ずかしい思いっていうか、
なんで教えてくれなかったの、友達ってそれも思いましたし、
もうお父さんって、なんかそういうね、若い時の父親に対する、
うーん、なんていうのかな、ちょっとした怒り。
もうそれがありましたね。
いや、あれは本当にやられたなっていう感じがしました。
式船じゃないじゃん。
そうだよ、式船だよって言うんですよ、父はね。
引き船でしょって言ったら、そうだよ、式船だよ。
だから、これどういうメカニズムなんでしょうかね。
目ではHって見てるのに、口からはCって出るっていうのは、
やっぱりエド弁なのかな。
ちょっとね、わかんないですけど、
まあ今となってはね、面白いなお父さんって思うんですよ。
母はそこまでね、HとC言い換えるっていうのはなかったかな、印象的にはね。
しゃべりが早いのはね、いまだになので、
やっぱり口が達者の方がね、なんか元気だっていう感じしませんか。
体はね、あちこち痛みがあったり、動かなくなってきたりすると思うんですけど、
やっぱり人と会話をするのがね、すごく楽しみである父にはね、
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本当にいつまでも元気でいてほしいなと思います。
はい、というわけで今日は、エドっ子の父ということでね、
HとCの言い違い。逆だよ。
まあ引き船は式船、コーヒーはコーシー、100円は100円です。
その他にね、思い出すのが、TシャツはTシャツ、ピンクレディはピンクレディ。
昭和でしょ。
そういうのを確か言っていたなと、改めて思い出すと、本当に面白いなと思いますね。
うちの母はですね、これは多分ね、エドっ子じゃないんだと思うんですけど、
ポセットがポティッシュって言ってました。
なんか美味しそうね。
父はね、オッチョコジョイじゃないんですけど、母はね、かなりのオッチョコジョイさんで、
私結構そういうところもね、母に似てる、両親ともにね、いろんなところに似てるんですけど、
そう、母もかなり面白い人でした。
また今度ね、ちょっと母のオッチョコジョイエピソード、年に1回ぐらいね、これね、思い出すんですけど、
またね、話ができたらと思います。
最後まで聞いてくださりありがとうございます。
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それではまた次のラジオでお会いしましょう。
お相手はナンバルワンでした。元気でいてくださいね。
100円。