はじめに:新種のウイルスについて
お元気ですか?自分らしく生きるためのラジオを始めていきたいと思います。この番組では、国際結婚25年目の私、なんばるわんが、日々の暮らしで気づいたこと、新しい挑戦で得た学びをお伝えしています。自分らしい生き方を考えるきっかけの一つになれたら嬉しいです。
今日は、新種のウイルスが来たらどうする?というテーマで話をしてみたいと思います。
コロナ禍でのサウジアラビア巡礼と一時帰国
コロナウイルスが未だに感染者がいるという時に、今度は新しいハンターウイルスという集団感染が確認されたということで、そして亡くなった方もいる。
感染、人から人へは感染しないという当初の話が、今はWHOが正式に人から人へ感染するものだということを発表していますね。ちょっと意味がよくわからない。
コロナの時は、本当にもう今から6年前ですよ。もう6年も経っているのに、あの時の記憶というのはすごい鮮明に残っていますが、私たち母子は当時夫の国にいました。
あのコロナが発見された、感染が認められたのは日本でね、2020年でしたよね。
あの時に、2020年の1月に夫も一時帰国をしていたので、この3人、家族3人揃って、あとは友達、家族、何十人かで行ったんですけど、サウジアラビアに巡礼に行っていました。
その時にはコロナなんていうのは全然知らなくて、全員が、誰もきっと知らなかったと思います。サウジアラビアにはたくさんの、世界中からいろんな国籍の人たちがたくさん集まっているんですよ、毎日のように。
私たちもそこに行って、いろんな国の人と巡礼を一緒にしていたんですね。そして5泊6日かな、それぐらい滞在、サウジに滞在していたんですね。
そして夫の国に戻りました。
5泊6日の中で子どもたちも数人、熱が出ていました。うちの娘も出ていて、夫の国で病院に行ったんですけど、当時そんなコロナなんか全然知らない時に、そのお医者さんは手の消毒もしたしマスクもしていて、娘のことをちょっと見てもらって、
そしたらね、手洗いとうがいは絶対にしてくださいねって娘に注意をしてくれました。
私たち本当に、ああいう発展途上国にいて、その手洗い、うがいも徹底していたものですから、これはサウジでもらってきちゃった風邪かななんて思ってたんですね。
熱のほかに咳が出ていた気がしますね。なので処方された薬を飲んで、すぐに治っていったんですね。
日本に戻った夫、そして私、2人とも全く具合悪くなったりとか全然しなかったんですよ。
6年前ですから、夫は50代後半、私は49、50、その境目の年で、今よりかは体力ずいぶんあってね。
巡礼って、その約1週間の間、たくさん歩くんですね。きっとね、相当な距離を歩いてるはずなんです。
だから夫はね、サウジで熱出してましたね。でも2日ぐらいで治って、私は全く何も、サウジに滞在している時も、国に帰った時にも何にもなんなかったです。
で、それが今思えばコロナだったかなと思うんですね。娘がコロナに感染したと。で、私と娘ずっと一緒にいましたけど、私なんでもなかったんですよね。
3月、4月、その頃には、1月の早い段階だったと思いません?2月ぐらいかな。
日本からのニュースで、日本でもオンライン授業になったとか。ただね、卒業とか、入学とか、そういったことはね、ちょっとよくわからなかったです。情報として。
日本の中でどうなっていたのかっていうのが。とにかく自分たちの命がね、守らなきゃいけなかったし、娘の学校も、学業もどうなるのかっていうのは全然わからなかったし。
で、もう私は早く日本に戻りたいとか、そんなことも考えていて。で、チケットの手配をね、とっととして。もう本当その間大変でした。
飛行機のチケットを取るまでにすごくいろんなことがあって、日本でもすごい大変だったと思いますけど、向こうでもね、毎日のように何百人、もう千人ぐらいの人が亡くなっていて、アプリで確認できるんですよね。
で、身近でも親戚の中でもね、亡くなった人がいたり、そのお葬式に行くのにどうするかとか、で、結婚式もやったりとかしてたので、もうオンライン結婚式にしてくれとか、もうそういうことを考えていましたけど、冗談抜きで。
でもみんな、私はもう参加しなかったです。どっちも。本当に一生恨まれてもいいと思ってね、いうことを夫にね言いました。で、夫にはまあまあ怒られたりもしましたけど、私たちの気持ちもわかってくれと。
それで、そういった結婚式、お葬式に参列した人たちで、もう集団完成になっていました。でね、まあそんな大変な状況で、やっとの思い出、一時帰国のチケットを取ったんですけど、まあその飛行機がですね、2回もキャンセルなりました。
で、やっとの思い出、6年前の5月の末ですね。もう6月になるぐらいだったかな。そう、あの時にやっと帰れたんですよ。で、確かね、2021年。そう、1年経っても、もうもっとコロナひどくなってましたよね。
夫のコロナ感染と隔離生活
で、2021年の夏に夫が感染しました。
そして発症して、で、まあホテルでね、これなんていうんですか、監禁じゃなくて、なんですか隔離、隔離。隔離をさせてもらえるっていう話あったんですよ。
で、私は、あの、夫にね、そういうのあるよって言ったら、いや、俺は家にいるって言うんですよ。絶対嫌だ、ホテルなんか行かないって。もうみんなそんなとこ行ったら、コロナになって死んじゃうんだからって聞いたんだよって言ってるんですよね。
で、そのコロナってわかるときってあれですよ、病院行ったんですよ。で、夫が自分で運転して、熱がね、熱でうなされてるのに運転して行って、私は助手席にいて、で、あの時に2、3時間密室、もう車の中で待たされました。
で、やっとの順番、やっと順番が来て、夫が検査に行って、もうすぐにはい、コロナ陽性ですとなって、で、私はずっと隣にいて、で、そこから隔離生活っていうかね、家の中で夫の部屋ね、一人でいてくださいっていう生活が始まったんですけど、あの、ほんと今だから言えるんですが、全然隔離じゃなかったです。
一応、私と娘は一緒に行動して、夫は自分の部屋にいるっていう、で、ご飯とかも夫の部屋の前に置いて、もう接触しないようにはしていました。
していたんですけど、あの、食べ物とか、もう、なんていうのかな、もう言っちゃ悪いけど、わがまま、すごく大変でした、あの時。
本当に。こっちがね、コロナじゃなくても死んじゃうんじゃないかっていうぐらい苦労しました。
で、1日3回も4回も買い物行かされて、本当はダメなんですよね、行っちゃ。濃厚接触者なので。行っちゃダメだったんですけど、あれを買ってこい、これを買ってこい、あれ食べるんだ、これ食べるんだってすごかったんですよね。
だから、店にはもう本当にサーッと行ってサーッと帰ってくるっていうことをやって、結局ね、彼が感知するっていうか、治ったのはね、16日間かかったんですよ、隔離生活。
で、その間に娘も私も全く、もしかしたら感染はしてたかもしれないけど発症はしなかったんです。全然なんでもなかったんですよ、これ奇跡的にね。
発症しなかった理由とWHOへの疑問
でね、なんで発症しなかったのか、コロナにならなかったのか、よくよくね、今でも娘と思い出して語り合ったりするんですけど、
味噌汁を私たち親子は海外でも欠かさず飲んでいました、毎日。50度近くの気温の夏でも、冷ましてからね、冷たい味噌汁っていう感じで。
日本でも、今でも毎日必ず味噌汁飲んでます。これかなと思ったんですよ。自己免疫っていうのがついてるのかなっていう感じで。
で、本当にハンターウイルスなんかよくわかんないんですよ、本当どうなるのか。その人から人へ感染するってWHOが今度言い出して、そもそもそういった本当はウイルスじゃなかったはずなのに、そんなことになっているというので、
本当にコロナの時もそうでしたけど、WHOの言ってることってね、これ本当信用できないです。何を言っちゃってるんだろうと。
日本に戻ってきてからもそのコロナがずっと終わらなくて、子どもたちの学業にも本当に影響が出てね、日本でもそうでしたよね。
向こうでもそうで、娘はまだ向こうの学校に在籍していたので、途中まで。なので、進学したりっていうステップがもうできなくなっちゃったんですよね。向こうにも戻れなくなっちゃったし。
なので、そういった時にやっぱりその学校が判断する、政府が判断するのはWHOの言っていることによって判断するんですよね。
だから、本当そのWHOの言っていることを見て聞いていたら、もうなんだこの人たちはって思ったんですよ。なんだこの機関はと。
実際に海外でいて、本当毎日のように大勢の人が亡くなっていくのを経験して、本当にね死に物狂いであの国を脱出したっていう感じなんですよ、私たちにとっては。
2回もキャンセルになってね、飛行機が。で、やっと帰ってきたと思ったら成田で隔離をされて、そういう問題が出てくるでしょうから。
新種のウイルスへの向き合い方
もうなんか気が重いですけども、あの時夫がもうすごいもう重症というか大変だったですよ、糖尿病なのにね。
で、そんな状況で濃厚接触者としていたはずなのに発症しなかったっていうのはやっぱりね味噌汁のおかげかなって。
これは本当にあの、なんていうのかな個人の感想です。本当に怖がってばっかりでも仕方がないですし、
まあ本当ウイルスなんかね、いつどうやって私たち接触しているかなんて全然わからないので、
まあなんか心を強く持ってね、ちょっと立ち向かうっていうか、やれることをね、やっていくしかないのかなと思います。
はい、今日は新種のウイルスが来るでしたっけ?テーマちょっと忘れちゃった。
まあまああの新種のウイルスね、来たら嫌だなーっていうことで、コロナの時のことをちょっと思い出して話をしてみました。
本当に大変だったんです、成田で。もう改めて音声配信で、あの時のことをね、お伝えできればなと思います。
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それではまた次のラジオでお会いしましょう。お相手はナンバルワンでした。元気でいてくださいね。