矢沢永吉さんとの思い出と音楽性の違い
財津和夫 虹の向こう側。 皆さんこんにちは財津和夫です。
このポッドキャストはRKBラジオで毎週日曜日の夕方6時15分から放送している
財津和夫 虹の向こう側での財津さんのおしゃべりを1ヶ月分まとめてお届けしています。
ラジオではお聞き逃しになってしまった方も遠方にお住まいで聞く機会がなかったという方も
このポッドキャストで私が日頃感じていることや皆様からのお便り思い出話などゆったりと楽しんでいただけたら嬉しいです。
財津和夫 虹の向こう側。
こんばんは財津和夫でございます。
こんばんはRKBアナウンサーの下田文夫でございます。
もう3月になったときに春になった気分がするんで思わず元気になっちゃいました。
早速お便り読ませていただきます。
ありがとうございます。
東京都のえりんさんからです。
チューリップがデビューした1972年。
ビートルズに憧れた矢澤幸さんが結成したキャロルをデビューしました。
心の旅とファンキーモンキーベイビーがヒットしたのも奇しくも同じ1973年でした。
個性は異なりますがオリジナル曲、ツインボーカル、ハーモニー、コーラスが特徴的で女の子っぽいバンド名も愛に通じますよね。
キャロル。
キャロルね。
チューリップも。
言われるまで気がつかなかったな。
女性の名前かな。
女性の名前っぽいですもんねキャロル。
当時財政にとってキャロルは負けたくないライバルのような存在だったのでしょうか。
私はチューリップもキャロルも大好きです。
確かに同じような時期だったので。
時々仕事場でも会ったりして、えいちゃんとても気さくな人だね。
好きでしたね僕は。
あの当時どっかの新聞にコラムを書くのがあって、えいちゃんとユーミンのことを書いたことがありますよ。
もちろん好意的にね。
えいちゃんは今もそうでしょうけど、すっごい中からパーンってパワーが出てくるじゃないですか。
僕なんかグニャグニャしてて迷路がいっぱいある感じで、迷路を歩きながらぼろっと外に出るようなそんないやらしい感じがあるんですけど、えいちゃんはすがすがしい感じですよ。
そういうキャラが羨ましいなと思ってたし。
それからビートルズ好きっていうのもね、相通じてましたしね。
えいちゃんのベース持って歌う感じがとってもかっこよかった。
個人的な話をもう一歩すると、あの頃のえいちゃん大好きだったんだけど、なんか年取ってからお金持ちになっちゃって。
ステージングも、それが本当のえいちゃんの姿なのかなとも思えるんだけど、
ビートルズの感じも全くなくて、ヤザー・エイキチオリジナリティがあるじゃないですか。
それが本人にとっては素晴らしいことだと思うし、見てる僕らもヤザー・エイキチっていうカリスマ性が輝いてると思うんですけど。
僕はやっぱりあの頃のえいちゃんを知ってるから、ビートルズの雰囲気で一緒にやれたらいいなとか思ったりするんですよ。
もう近づけないですもん。えいちゃんなんか言えない。えいさまですよ。
えいさま。
Bさまじゃない。本当にAさま。
私の世代だとむしろ、キャロルがヤザー・エイキチさんがビートルズが好きだったっていうのが全く結びつかなくて。
もう記憶にあるのがリーゼントにちょっと悪っていうか、そういう感じのところしか記憶がなくて。
ビートルズってね、本当にアマチュア時代、ビートルズはこんな感じだったんですよ。
川じゃん来て、ふんふんふんって悪な感じでやってたんですよ。
本当?
そうですよ。だからその辺りの雰囲気をえいちゃんがやろうとしてたんじゃないかな。
じゃあ同じビートルズというものの好きな根源があっても、なんだか方向というか枝分かれした感じですね。
えいちゃんの言葉なんですけどこれは、僕らは初期、チューリップは広義だよねって言ってました。
ビートルズに対してね。
そうなんだ。えい様としてもカリスマができてしまいましたけど、チューリップ財津さんと初期のキャロルのえいちゃんのビートルズコラボとかでいつか聞いてみたいけど。
もう今夜は出ないけどやりたいな。
本当にえいちゃん好きだったの。
昔ね。今に嫌いっていうんじゃないですよ。もちろん。昔は本当に好きだったの。
対局というかお性格も違うような感じだけどやっぱりそこで好きだっていう気持ちがあるっていうのが。
なんだかもう心のフタをどんどん開いていくと奥底は同じとこにいるような気がする。そんな勝手な思いがあります。
いつか対談してほしい。
対談したかな。えいちゃんは一郎と対談してましたねそういえば。
あらそう。なんか今改めてねちょっと企画書書こうかしら。
やめてください。
財津和夫虹の向こう側。この番組はおいしい食卓への架け橋フードウェイの提供でお送りします。
高校時代のファッションと当時の音楽シーン
財津和夫虹の向こう側。川崎市来住のラブリーエミリーさんからいただきました。
ありがとうございます。
私も昔就職で博多から上京し仙海コンサートの会場の近くに住んでいます。
読売ランドの近くですかね。
仙海コンサート読売ランドだったかな。
講演中に紹介された財津さんの高校時代の写真髪型がゴザっぱりされていたのには少し驚きました。
私が福岡の県立高校生だった当時に虹とスニーカーの頃が流行り
普通の男子生徒でもジャケット写真のメンバーのように髪が長く
人によってはデビュー当時の財津さんやギタリストの小野上聡さんのようなワンレンロングの男子もいました。
財津さんが高校に通われていた頃の周囲の雰囲気やエピソードなどお話しいただけると嬉しいです。
小野上ちゃんそういえばワンレンロングだもんね。
誰かが言っていたのですが、遠くからステージを見た人がギタリスト女性ですよねって言われたことがあるんです。
小野上ちゃん男性ですかね。
これは言ったら怒られるかもしれないけど、小野上ちゃん毛が薄くなってきたとかって何年か前に言って
これで色々手当てしたらしいんですよ。
職毛とかじゃないですよ。
どんな手当てでしょう。
薬が最近いいのがあるでしょ。
そしたらどんどん伸びてきちゃって。
それが嬉しかったのか、もう伸びるだけ伸びてほしいみたいな気分になったんじゃないですかね。
本人に聞いてないからわからないですけど、僕は勝手にそう思ってるんですけど。
それがめっちゃ長いんですよ。
腰ぐらいまだ終わりですよね。もっと腰より。
そう近くありますよね。
ほののこもちか紫色かというぐらい。
足首まで伸ばしてもらいましょうか。ステージで披露してほしいわ。
そうですか。当時、在地さんの高校時代というのはおしゃれはありましたか。どんなおしゃれがありましたか。
高校時代はズボンの裾が短いとか長いとか、細いとか太いとか広いとかね。
ラッパズボンとかという言葉があったな。
ベルボトムっていう。
英語にするとそうかもしれませんが、ラッパズボンですよ。
流行りましたよ。
女子も流行りましたね。
ベルボトムね。女子の言い方とか。
太めのベルトをしてね。キャスケットというか帽子をかぶったりとか。
それって60年代中盤ぐらいですかね。
そうですね。
ですよね。その頃は高校生ぐらいだったの?
ちょっと待って。
そんなはずない。中学生。
その頃60年代は生まれたぐらいですよ。ちょっとすいませんが。
もう本当に昔のことよくわかんない。
わかんないね。
じゃあ情報として知ってるってことか。
そうですね。70年代もその名残はありましたから。
ちょっとサローペットというか、そういうズボンを履いたり。
水森アドさんがそんな雰囲気だったでしょ。
はいはいはい。
きっとね。
なるほどね。
それで記憶にあったり、あと当時の映像を見たりしてでしたね。
60年代後半にアメリカでヒッピーとかね。
ヒッピーが流行って。
フラワームーヴメントとかがあって。
そうですよ。だからリンリンランランがちょっとそういう革ジャンのようなものを着ていたりってなりましたね。
そうですね。民族衣装っぽい。
そうですね。
花柄模様のみたいなやつね。
フラワーチルドレンですね。
そうですね。懐かしいですね。
ミニスカートはツイギという人が初めて履いたっていうことを聞いたことがあるんですけど。
ニュースになりましたけど。あれは60年代ですよね。
そうですね。
60年代中盤以降イギリス人なんで、ビートルズの影響でみたいな。
ビートルズの影響でミニスカートをしたわけじゃないでしょうけども。
イギリスがあの当時ビートルズのおかげで世界のまるで中心のような。
そうでしたよね。
そんな文化の輝きを走ってましたもんね。
そうですね。音楽しかりでね。
本当ビートルズとツイギさんはセットになっている気がする。その時代を象徴する。
僕もそんな気がする。不思議だね。
じゃあ周りに女の子をミニスカートが多かったですか?
似たような気がするけど。今だとめっちゃ嬉しいけど、当時何も感じなかったな。
何かやることがあったんですよ。他に。
音楽ね。
バンドとか、友達と悪さするとかね。
女子は女子で気になったんだけど、今みたいに老人のいやらしい目で見たりはしなかった。
今いやらしい目で見ますか?
今は見てますね。
それはそれは嫌われるに違いないというぐらい。見てないふりして見てるような、最も嫌われる見方をしています。
いやでも、ピープルウォッチング楽しいですからね。
そうですね。若い頃は街を歩いてても女子とか気にならないんですよ。若いからかな。よく分からないけど。
今はもう街を歩いてても風景とか見ませんね。女子しかない。
それが僕のエネルギーの源だっていうふうに自分に言い聞かせながら、だから自分はいやらしいと言われてもいいんだということですね。
番組ではメッセージをお待ちしています。
郵便番号814-8585、RKBラジオ在地数を2時の向こう側まで。
ファックスは092-844-8844。
メールは2時、niji、アットマーク、rkbr.jpまでお寄せください。
ポッドキャストとラジオの楽しみ方
東京都板橋区細谷篤子さんからのお便りでございます。
ありがとうございます。
私は東京に住んでいるので、RKBラジオは聴けません。
ラジコニュースで番組の一部を文字にしたものを読んで雰囲気を想像していました。
いい感じですね。
いいですね。ありがとうございます。
文字で喋ったこと。
なんかこれって僕もこの番組が文字になってるのをスマホで見たこと、読んだことあるんですよ。
なんかすごくイメージが湧く。これ書いた人うまいな。
プロデューサーですね。
プロデューサーが書いてる。北島さんが。
名前言っちゃった。
すごくちゃんと分かりにくく喋った私の言葉をちゃんと補填して上手に伝えるように伝わるようにしてくれてるんで。
その補作っていうか、補填がものすごく上手だなと思って。
身内を褒めてもしょうがないんですけど。
結構好きで読んでるんですよね。
そういうわけでラジコニュースなんですけど。
先日番組を1ヶ月まとめたポッドキャストを見つけました。
そうです。
嬉しくて一気に聞いてしまいました。
ありがとうございます。
コンサートでのひめのさんとのやりとりがほのぼの楽しかったのですが、しもとさんとのやりとりも楽しくて思わず笑っちゃいました。
ありがとうございます。
しもとさん楽しい方ですね。
すいません。
これからはポッドキャストで拝聴しますね。
ぜひよろしくお願いします。
いやー、ポッドキャストっていうのがあるんですね。
そうなんです。音声配信サービスなんですね。
なんか時代がどんどん変わってるんで。
そうなんですよ。
ポッドキャストって言葉初めて聞きました。
まとめてね。
そうなんですよ。
がっつり。
ありがとうございます。
東京、福岡の北部九州以外の方はRKBラジオは流れていないんですけど、
スマートフォンのラジコというアプリで、ちょっといくばくかお支払いただかなければならないんですけど、ラジコプレミアムというのがあります。
そうしますと全国のラジオを聞けるようになりますので、エリアフリーと称して。
そうなんですね。
東京にお住まいでも北海道にお住まいでもこの番組をお聞きいただいている方いらっしゃるんですが、この番組以外の部分も掲載しているのがそのポッドキャストです。
こぼれ話とか放送でカットした部分も含まれたものですからね。
聞いていただければ嬉しいですね。
ここにも書いてありますけど、下田さん楽しい方ですねって書いてありますけどね。
本当にね、また身内を持ち上げると気持ち悪いんですけど、下田さん本当にね、普通美人ってこんな楽しく優しくないんですよ。
美人で優しくて楽しい。
そういうことを言っておきます。
何でしょうこれなんかちょっとお返ししないといけないのかしら。なんだか後が怖いわね。
今月もよろしくお願いいたします。
卒業式の思い出と音楽の力
在地和夫、虹の向こう側。こんばんは在地和夫です。
こんばんは、RKBアナウンサーの下田文夫です。在地さん、もう3月ですね。
早いね。
そうですよね。
そして学校では卒業式が一斉に取り行われるシーズンですよ。
桜の風景というか情景というか見えてくるような。
そうですね。
いい感じですもんね、あの頃。
かつてはね、入学式の頃が桜咲く頃でしたけども温暖化ですので、卒業式の時にも桜舞うというケースもあるかもしれませんね。
そうなんですか。時代は変わりますね。
そうですよね。何か在地さんは小中高校の卒業の思い出ってありますか?
いやー、なんか暗い思い出しかないな。
なんかちょっと寂しかったなと思いますけどね。
あのいわゆる僕らの時代は行動っていうとこがあって、
今は最近みなさん体育館使うんでしょうけど、そこで卒業式の時に高歌を歌ってさよならみたいな感じで一瞬ホロッとしましたけどね。
でもあんまり高校時代は良い思い出がなかったし、中学生の時の卒業ってあんまり覚えてない。
中学校の時の卒業間近に誰か殴られて、顔が腫れたまま写真撮ったのが今でも残ってますけど、卒業アルバムに。
ちょっと待って、誰かに殴られてって何があったんですか?
あの頃ってわけなく殴られたり殴ったりするじゃないですか。本当に不思議な年頃ですよね。
だから嫌なのはその卒業アルバムのクラス別写真のところに腫れぼった顔の私が写ってるっていう。
青担作った?
はい。
そう。
本当に嫌だなもう。
血気盛んですね、在地さん意外と。
いや僕殴られてる方ですから。
殴ったわけじゃなく。
殴った方じゃないんですよ。だから血気は盛んじゃなかったんですけど、運が悪かったんですよ。
ちょっと、そうですか。
相手は誰でもいいと思って殴ってるんですからね。
なるほどね。
運がいいのかもしれないですね、そこでぶち当たってるってことは。宝くじその時買っとけば殴ったかもしれない。
そうなんですかね。
例えば、卒業式の際に女子から在地君の第二ボタンが欲しいのっていうようなことはなかったですか?
僕らはそんな時代じゃないんじゃないかな。
その式たりはまだ後ですかね。
と思うけどね。だって女子から何か告るっていうのはなかったんじゃない?
本当に昔ながらの学生時代ですから、男の子と女の子一緒に歩いてるだけで噂される時代だから。
そうですね。なるほどね。
志野さんは誰かの第二ボタンを引きちぎった?
それくらいね、積極性があればいいけど、そういう思いでは全然なくて。
割とそういうセレモニーに対してはドライな感じでした、子供の時からね。
何やってんのって感じ?
小学校の時は中学校に行く勇気で、中学校の時は多分高校の合格発表前に卒業式があったんじゃないかな。
ちょっとその辺曖昧ですけど、高校に行くと。
高校の時も次は大学生だという気持ちで。
観賞よりも先のことがすごく。
さすがですね。
皆さん聞きましたか、今。志野さんの人と何かよく分かりましたね。
全然鑑賞的でなくて、クールなのか先のことばっかりしか考えてないという感じですかね。
ただ橋渡るだけだから。
そうそう。
いちいちこの橋いいなとか、崩れないかなとか考える余裕はないよ。
そうですね。だから今大人になって卒業ソングを聞きますと、かえってその疑似体験。甘酸っぱい気持ちとか。
せいこちゃんに提供された卒業の歌ですとか、ゆうみの歌とか聞いて、そういうことがあればよかったなって。
なるほどね。自分はそこにいるのは嫌だけど、いろんな人が。
大衆が。
はい、大衆が。
民々、民々。
南南のものが、下下のものが。
そういう体験をしていると、かわいいの。
かわいいのとか、やっぱりそういう自分は思わなかったものを、そういうのが繰り広げられているのかなと思って。
なるほどね。女子からは何かをすることなかったけど、男子からはなんか、
ふみおちゃん、あんたくさん、卒業した次の日どっかで待ち合わせんとかって言われなかったんでしょうかね。
それはなかったですね。
それなかったんですか。
全然ない。
本当ですか。話が長くなるからやめようとしてるんじゃないですか。
これはちょっとオフトークで。
あんまり言えない。
改めてね。
お話ししましょう。
卒業される皆さん、別れの季節、旅立ちの季節となりますが、
新しい出会いもありますね。希望を胸に前に進んでいきましょう。
ザイスカゾー、虹の向こう側。
はい、いまここさんからのメールです。
私は15歳からチューリップの大ファンです。
ご10周年ツアーで再びステージを拝見できたことは、私の人生でトップ3に入る感動的な出来事でした。
はい。
ザイスカゾーさんがよくファンから、座っていても寝ていてもいいからステージにいてと言われるとおっしゃっていますが、私も全く同じ気持ちです。
ザイスカゾーさんが楽しそうに歌う姿を拝見し、時には一緒に歌えること、これほど幸せな経験はありません。
本当にありがとうございます。
おっしゃっていただくのは本当に嬉しいし、勇気につながるんですけど、
でもね、寝ていて歌うっていうのは難しいと思うんで、
本当にカリスマ性のある人って、出てくるだけでワーってなるじゃないですか。
そうなりたいな、そうなったら気分いいだろうなと思うんですけど、それはちょっと私には似合わないかなって思うんで、
そうですね、座っていてもって言われるのはもうやってるんですけど、
今ここさ、私今座って歌ってるんですよ、知ってましたよね。
寝ていてがまだやれてないんですけど、そういうわけで、寝てはちょっとできないかもしれないけど、
あ、そうだ、僕は寝ていてお菓子でも食べながら姫野がずっと歌うっていうのは、それはいいかもしれませんね。
そうですね、じゃあステージ上にソファーかカウチみたいなもの置いて、
いいですね。
ちょっとこう肘こう立てて、
そのまま天国へ行く。
いやいやいや、そんなことはないでしょうけれどもね、ちゃんと座ったり立ったりして歌を届けてくださるそうですから、今ここさんお願いいたします。
在津和夫、二次の向こう側。
番組ではメッセージをお待ちしています。
郵便番号814-8585、RKBラジオ在津和夫、二次の向こう側まで。
メールは二次、niji、アットマーク、rkbr.jp までお待ちしています。
そんな今ここさんからは、
ポッドキャストについての感想もいただきました。
最近ポッドキャストで月ごとにまとめて放送を聞けることを知り、その面白さにはまっています。
放送と若干違うトークが聞ける部分もあり、新鮮な気持ちで楽しんでいます。
ということなんですよね。
いいですね、ポッドキャスト。
そうですね、こぼれ話が収録されておりまして、
また山梨県北都市にお住まいの川島明子さんからは、
八ヶ岳清里高原の絵描きでいただきましたよ。
私の夫はとにかくいびきがひどい。
布団をかぶっていても全然眠れない毎日でした。
毎日眠れなかったらそれはちょっと拷問ですよ。
そうですよね。
お部屋別々にするとかね、そういうことは対策を取られていないんですよね、それでもね。
イヤホンを購入して音量を大きめにしていびきをシャットアウト。
ポッドキャストは1時間あるので聞きながらそのまま眠りに入れるので本当に助かっていますと。
なるほどね。
いやいやいや、ということはあまりちゃんと聞いてくれてないってこと?
いびきまじりのことかもしれません。
あるし、でもこれやっぱり好き嫌いの話なんですよね、結局。
音量が大きいから眠れないっていうことじゃなくて、
夫が嫌いだからいびきも嫌い。
ちっちゃないびきでももう眠れないってなっちゃってるんですよ。
だからイヤホンでガンガン鳴らしても眠れるという。
確かにそうですね。
僕はね、子供の頃かな、
親父とよく一緒に寝たんですけど、隣でもういびきかくんちゃうじゃないですか。
だからよく蹴飛ばしてましたよね。
で、蹴飛ばされると、ハンッとか言っていびきが一瞬止まるんですけど、
また30秒くらいすると、グワーってなってね。
真っ黒をガンって一回引き抜いたこともありましたけど、
後頭部をゴンって打ってました。
自分がよかったですね、あの時は。
寝てる間に父親に仕返して。
でもいびきだと最近、軌道が狭いからとか、
無呼吸症候群という病気でもありますので。
僕もそうなんですよ。
だから僕は横向きに寝るようにしていて、
もう横向きにしか眠れなくなっちゃったんですけど、
たまに仰向けのまま寝てると、必ず途中でウンウンってなりますね。
息が止まると怖い夢見るんですよ。
怖い夢を見ながら目が覚めて、
よかった夢でよかったと思いながら横向いて、改めて寝たりするんですけどね。
そうなんですね。
人って寝てる間も容赦できないですね。
本当にそうですね。
あき子さんの睡眠の確保は我々どものポッドキャストがお助けしてますけれども、
ご主人のいびきはもしかしたらそういう無呼吸の予兆かもしれませんので。
布団をかぶってらっしゃるんですよね。
でも眠れないって書いてらっしゃるんですけども、
ご主人に布団をかぶせたらどうですかね。
確かにね。
これやばいですね。
そうですね。
事件になりますね。
そうですね。
まあいろいろなポッドキャストの活用方法があるようですけれども、
番組とともにポッドキャストでもちょっと長くね、
こぼれ話も入っていますのでお楽しみください。
財津和夫、虹の向こう側。
こんばんは、財津和夫です。
こんばんは、RKBアナウンサーの下田文夫です。
早速でございますけれども、東京都しろさんからいただきました。
ありがとうございます。
いつもお二人のお話や皆様のメッセージをお聞きし、いろんなことを考えています。
特にラジコニュースでは、毎回のお話を活字にしてくださるので、
補足情報や資料の写真を拝見するのは本当に楽しみです。
ソロコンサートのお知らせをいただき、世界が虹色に染まるような幸せな気持ちになりました。
決して軽くはないご決断だったのではと挨拶します。
感謝の気持ちでいっぱいです。
私たちも歌の練習をして、5月からのコンサートに備えます。
ありがとうございます。
いわゆる老体に鞭打って。
一昨年くらいまでは半分冗談で老体に鞭打ってって言ってたんですけど、
今年は本気で老体に鞭打って、鞭打った時に壊れるかもしれませんけど、頑張りたいと思います。
頑張る原動力ってどういうところですか?
まずはですね、やっぱりこうやって、先週もお話したかもしれませんけど、
寝ててもいいから、ちょっとステージに出てきてよとおっしゃるじゃないですか。
だから、歌下手になっててもいいのかなっていう、ちょっと自分を許せる。
それが大きな理由かもしれませんね。
僕がもうちょっとちゃんとした人間だったら、もうとっくの昔に引退してなきゃいけないと思うんですけど、
だってもう声が変わるしね、下品になっていくし。
下品になる。
でもそうやって客席とステージがもっともっと近づいていくような感じ。
ちゃんと音楽を届けようと思っている人は、客席にすごいものを届けようって、
もう本当に大変な努力をしながらやってらっしゃると思うんですけども、
もうそれを超えたっていうと、ちょっと言い過ぎか。
それをもう許されて、もうがんばっていいよ。
とりあえず笑顔で会って話そうみたいな雰囲気にしてくれているのが一番、
私ができるかなと思っていることですね。
ありがたいこと。
ある一定の年齢を超えますと、もちろん若い時は憧れのスターっていう、
ステージ上とかスポットライトを浴びた人っていうイメージだったんですけど、
自分の年齢を重ねますと、やっぱり一緒に時間を取り戻しているというか、
思い出を共有しているような感じになりますね。
そうなんですよね。そうおっしゃっていただけるとね、本当に嬉しいなと思います。
だからその作品がどうだこうだ、作品の質をこういう声で、
こんな歌い方で作品の質を聞かせてくれっていうことよりも、
なんかこれいいのか悪いのかわかんないですけど、
もう人と人との付き合いになってきている。
そうですよね。
それはいいかどうか本当にわかんないんですけど、
でも私としてはなんか同窓会みたいで嬉しいなと思います。
はい。5月を楽しみにお待ちしています。
第5画像。
虹の向こう側。
えっとね、そんなシロさんなんですけど、コンサートの少し前に古傷のある足を痛めた。
あら、古傷がある。
古傷があるのは年取ってからね。
本当に嫌なんですよ。
来ますね。
年取ってからだから古傷って言うんですけど、
でも僕もいっぱいありますよ。
なんでこんなとこ痛くなるんだろうって思ったら、
そうだ、二十歳の頃こうしたなとか、
これ三十過ぎてぶつけたことあるなとか、
本当に古傷が出るんですよ。
本当に嫌になっちゃうな。
思い出の数々がよみがえるわけですね。
はい。それで続けて読みますよ。
開演まではとても不安だったのですが、
お二人の掛け合いに大笑いし、
お二人っていうのは姫野のことかな。
きっとそうでしょ。
大笑いし、在地さんの包み込むような歌声が心に染み渡っていくうちに、
痛みや不安を忘れ、最後の曲では立ち上がって歌っていました。
古傷をものともせず。
その後、家までの足取りも軽く、不思議なことに痛みはどこかに消えてしまいました。
ふと、音楽の持つ力という言葉に至りました。
非科学的かもしれませんが、
コンサートに参加して、私は確かに何かを受け取り、癒されたと感じました。
まあ、足が治ったって、治ったかどうか分かりませんけど、
気持ちが転化されると、痛みも安らぎますもんね。
病は気からという言葉もありますし、
右側が肩痛いなと思って、左側にゴーンとぶつけたりすると、
右側の痛みを忘れて、左側の方に気になったり、つまり、
ごもかされたりするんですよね、痛みがね。
どちらの痛みが大きいかというところで、目立つというかね。
このシロさんの場合は、本当にありがたいことに、
幸福感というか喜びが大きくなって、痛みが遠のいたということですかね。
一種、麻酔を歌うような感じになったんでしょうかね。
魔法の麻酔の歌かもしれない。
面白いな、麻酔の黄色い曲。
違う歌、麻酔の黄色い靴だ。
そうですよね。
さて、堺の赤いチューリップさんからもいただきまして、
堺フェニーチェのライブに行きました。
前半はカバー曲で、初めて聴く歌も多くて、
なんだか緊張して聞き惚れてしまいましたと。
後半は姫野さんの曲から涙、涙で、
在地さんの曲もハンカチを手放せず、
やっぱり私には在地さんの声が一番の癒しなんだと再確認しましたということで。
ありがとうございます。
お褒めのお言葉ばっかり、ありがとうございますね。
この前のコンサートツアーは、
最後に、仮屋っていうところでね、名古屋の近くなんですけど、
それが最終日だったんですけど、ちょっとメンバーがインフルエンザになって、
延期になって、また新たにやったんですけど、
その、確か1月の21日だったと思うんですけどね。
終わった勢いもあったんでしょうかね。
姫野が打ち上げの席に先に着いてて、
僕はシャワー浴びてから後で着いたんですけど、
もうすでに顔真っ赤に酒飲んでしてましてね。
機嫌さんだったんですよ。
やり遂げた感があったのか、何か機嫌のいいことでもあったのか分かりませんけど。
でもその姫野の曲から、涙涙でっていうところがちょっと信じられなかったんですけど、
姫野の曲聴いても涙を流してくれるんだ。いいですね。
姫野もね、あっという間に70を過ぎ、
僕と4歳違いですから、僕は78になってしまいましたので、
彼が74。彼も2月生まれなんでね。
頑張ってますよ、彼は。
ステージ上では明らかにですね、
僕と20歳くらい差があるような、そんな若さを見せてますよ、彼は。
普段から何も考えない男なんで、だからやっぱり若さを保てるのかなと思って、
僕も姫野に習ってね、何も考えないように生きていこうって今年は思ってます。
在津和夫 虹の向こう側
カズオアメとファンの熱意
番組ではメッセージをお待ちしています。
郵便番号814-8585、RKBラジオ在津和夫虹の向こう側まで。
メールは2時、niji、アットマーク、rkbr.jpでお待ちしています。
はしごさんからのメールです。
コンサートに去年は3回行きました。
しばらくは在津さんに会えないと思うと寂しいです。
寂しさを紛らわせるためにコンサート会場で購入した
カズオアメのパッケージを使って缶バッジを作りました。
5月からのコンサートも楽しみにしています。
そうなんですよ。
僕知らなかったんですけど、カズオアメっていうね、
金太郎アメみたいなやつかどうか分かりませんが、
売られてるらしいんですよね。
そうなんですよ、本当に。
どうなってんのかな、その向こうのグッズっていうのが。
グッズ。
アメまで出ちゃったんだな。
そうなんですよね。
袋のパッケージに在津さんの似顔絵がありますので、
きっとそれを切り取って、缶バッジを作るキットがあるんですよね。
クラフトシーのようなものを挟んでパチンとしたらバッジになるんですよね。
そうなんですか。
はい、だからそれをいつも胸にされてると。
あの缶バッジって昔っていう王冠をやってたじゃないですか、胸に。
あれみたいなもの。
あれがまたリバイバルというんでしょうか。
リバイバルを作るのが流行っていて。
胸に私の顔があるんですか。
恥ずかしいね、本当に。
しかも写真なら私も、缶バッジのアメのイラストを見て、
在津さんだって分かる人少ないかもしれない。
よかった、それならいいけど。
でも分かんなくて、この気持ち悪い顔ねとか言われると嫌だから。
今写真持ってきました。
わっ!
ほらね。
私とも言えるし、私じゃないとも言えるしね。
最初見た時に似てないと思ったけど、今見ると似てるかもしれないね。
ホウソのタダオミじゃなかった?タダオミだったっけ?
ワヒモウの?
顔にも似てるね。
本当ですね。眼鏡かけて人差し指見ると。
こんな顔なんですね。
あ、こんな顔。
おいしいよって書いてある。
そうですね。
カズオアメっていうね。
すみません、これちょっとよく見たら、上唇のところが縦にシワが入ってて、
年取ると出るシワあるじゃないですか、上唇の縦のシワがはっきり書かれていて、不機嫌になりましたね。
そうですか?これほら。
本当だよ。
余計なこと書かないでよって言ったら、もう本当に。
本当です。
じゃあ次のツアーではちょっと書き換えていただきましょうかね。
お願いしますよ、本当に。
ありがとうございました。
お金の使い方と花の魅力
在津カズオ、虹の向こう側。こんばんは、在津カズオです。
こんばんは、RKBアナウンサーの下田文也です。
アリンコさんからのメールです。
ありがとうございます。
私の夫は車や飲み会には気持ちよくお金を使うのに変なところで契約します。
耳掃除の使用済み綿棒を再使用するために置いているので不衛生だと思うと言ったら、
反対側の綺麗な方を使っているから大丈夫。
会社では用時を削って短くなるまで使っているとニヤニヤしながら言うので吹き出してしまいました。
在津さんは何に気持ちよくお金を使っていますか?契約、節約されていますか?
まず感じたのは夫婦縁間じゃんってことですよね。
やめてよ、そんなこと。って奥さんが言うと、
旦那がこういう演じになった時に奥さんを怒り出したりするじゃないですか。
吹き出してしまう。
いい奥さんですね。
本当にいい奥さん。
アリンコさん、本当にいい奥さんだわ。
何度も言いますけど本当にいい奥さんですよ、あなたは。
それで僕の話になりますけど、最近は食べることかな。
美味しいなと思うと高いお金払っても納得いきますけどね。
時々割り合わないなっていうこともありますけども、
他はだいたいもったいないなと思って洋服なんてあんまり買いませんね。
文雄様は?
私?使うもの?
花の苗とか。
花の苗。
ベランダにこう。
あとお花はもう使おうと思います。
それを契約するのやめようというか、我慢しようとはしなくていいかと思いまして。
愛の対象になっているわけですね。
そうです。癒やしの対象でございます。
女子は本当に花好きですよね。
好きですね。
どこが好きなの?花の。
例えば色?
色。
香り?
その姿。
全部それがとても良くて。
やっぱり女子には響くんですかね、そういうのは。
お花好きって男子あんまりいませんでしょ?
そう、だけどフラワーアーティストは男性多いですよね。
いますけど、でも女子が花好きっていうのは、やっぱり今おっしゃったように、
じっと見てて豊かな気持ちになれるわけでしょ?
ならないもんな。
もしかしてそれをつかさどる脳が違うのかもしれませんね。
かもしれないですね。
僕だけかもしれないけど、男子は例えば草とか、花ついてない草とか雑草とか、
そう見ると、それを見ると嬉しくなったりするんですよ。
だからかもしれないんですが、女子はやっぱり自分を映している。
だからその雑草を見るのも男子がね、自分を映して、
俺はたくましく、俺は生きるんだとか、生きてるんだぞとか、
自分を投影してるんじゃないですかね。
かもしれないですね、でしょうかね。
女子はその綺麗な花に自分を投影しながら、
こんな綺麗な花になりたいとかって思ってるのか。
でも私の場合は、やっぱり富に最近この花が好きになったんですけど、
やっぱり自分の生命力が枯れてきますので、
やっぱり生き生きとした勢いとか緑っていうのに良さを感じるってとこですね。
でも花の命は短くて、苦しきことのみ枯れますけど。
でもパッと咲いた感じが生命力を。
そうです、一瞬一瞬をね。
朝起きてベランダを開けると、その花の香りとともに色んな色が増す。
よし今日も頑張ろう、今日も虹の向こう側で雑草やっつけようって思う気持ちになるわけですね。
そうですね、だからこれからの季節は暖かくなりますので、
それはとても良い季節だなと思うんですけど。
契約はされないんですか?契約、節約。
うーん、もう今更したって。
でしょ?
看護家に現金持っていけませんもんね。
あ、でも何とか様の前で地獄の里もお金次第って言いますんで。
そうですね。
持っていかないといけないかもしれない。
いや、それはないと大丈夫だと思いますけどね。
向こうの通貨、どんなものを使ってるかまず知ってから持っていかなきゃいけない。
そうですね、交換できるかもしれませんし。
なるほどね。
はい、雑草、虹の向こう側。
AIによる作曲評価と音楽史
メッセージをいただきましたよ。
息子2人、妻1人の気象予報士さんからです。
気象予報士さん。
気象予報士さん。
わー、気象予報士さんすごいな。
いつも天気予報、ニュース見てるわけで。
いつも思うんですよ。
なんで何でもわかっちゃってんのって。
あれ難しいですよね。
資格取るの。
理系の知識がいたり、天気図などをいつも見て予報してらっしゃるんでしょうけれども。
そのメッセージです。
先日チャットGPTに在地さんの作曲について質問したところ、以下のような回答でした。
日本で最も静かで偉大な作曲家であり、その静かさゆえに最も過小評価されてきた存在の一人である。
派手な天才ではない、革命家でもない。
しかし日本人が自然に口ずさむメロディーをこれほど多く残した作曲家は他にほとんどいない。
ちょっとAI風に読んでみましたね。
まだ続きがあるんですよ。
また尾田さんとの違いについては、在地さんは日本語が自然に歌になる瞬間を作った作曲家。
尾田さんは感情が旋律になる瞬間を作った作曲家。
どちらが上かではありません。
残り続けるのは在地さん、記憶に刺さるのは尾田さん。
そして重要なのは日本のポップスはこの2人が両極にいたから豊かになったと答えたそうです。
AIさんも本当に頑張りましたね。
頑張りましたけど何か引っかかるとこいっぱいあったな。
本当においAIって言いたいような感じになるんですけど。
まずわからないのが、日本で最も静かで偉大な作曲家って。
つまり静かっていうのは言葉を返せば目立たないってことじゃないですか。
目立たないって言いにくいんで静かに書いてるんですよ、AIが勝手に。
偉大なっていうのもさ、こんな簡単に言っちゃっていいのっていうぐらい。
AIって言葉の細かいニュアンスを把握しないまま喋りますよね。
本当そうですね。
そしてその静かさゆえに過小評価されてるんですよ。
最もですよ。最も過小評価されてるんですよ。
ひどい。
されてきた存在の一人である。天才ではない。革命家でもない。
これずっとダメじゃん。
ずっとダメなのに何で偉大な作曲家って言ってる。
矛盾してるからわかんない。
ちょっとこれは人間風に言い換えますと、派手な自己主張をしないということじゃないですか。
静かでってことね。
だから派手な天才ではないっていうのは、世間を賑わかすようなそういう派手な主張がないという意味だと思います。
天才の中でも派手派と地味派がいるってことですか。
そうでしょう。ピカソは派手派じゃないですか。
地味派は?
地味派はそうです。
地味派はゴッホとか?ゴッホも派手かな。
ゴッホね。
ゴッホはでも自分では派手にしたつもりでも周りから地味にされちゃってたもんね。
当時はね。だけどやっぱり時代を経て。
時代を経て派手になっちゃったね。
そうそうそうそう。
なるほどね。いろいろな人がいますけどもね。
革命家でもないっていう、これだけは間違いないですね。
本当に革命は難しいですよね。
そう、革命家は難しいですね。
で、後半ですけど。
感情が旋律になる瞬間を作った人。
これは小田さん。
かっこいいな。
感情が旋律になる瞬間か。
これはやっぱり派手な天才の同義語じゃないですか。
でも小田さんも決して派手という感じですか?
そうね。マスコミ露出は地味だよね。
で、例えば衣装が派手とかそういうところがないじゃないですか。
それはないですね。持ってないんだと思います。
白Tにデニムっていう感じですけどね。イメージとして。
で、日本語が自然に歌になる瞬間を作ったって僕がね。
僕のこと書いてあるんですけど。
これなんかもう言うに行くことを書いて。
あんまり意味わかんないんだけど。日本語が自然に歌になる瞬間。
自然にこうみんなが口ずさめるメロディ、歌、歌詞っていうことじゃないですか。
そうですかね。
それってやっぱり地味な感じしますよね。
感情が鮮烈になる瞬間。
ちょっとドラマチック。
芸術は爆発だみたいなもんじゃないですか。
そうですかね。
うらやましいな。
そうです。ただやっぱり最後ね、AIさんもまとめていますよ。
そして重要なのは日本のポップスはこの2人が両極にいたから豊かになった。
笑ってて。
両極なのかな。
僕は小田さんの作風とか、それから表現したものを真似しながら声の出し方とかをだいぶ勉強させてもらったし、
いろいろな音楽面で勉強させてもらいましたよ。
だから両極にいたって感じじゃないと思うな。
両極にいるってことはお互いが刺激し合っているような感じじゃないですか。
両方ともすごい奴でってことなんだけど、
僕は小田さんの後ろに金魚の糞のようについていって、
糞なのに、あれも金魚の一部かなって思われるような、そんな努力をしたと思います。
そうですかね。
AIも合ってないのか分かりませんけど。
そうですね。
AIはこんなこと言うんだっていうのが改めて本当に面白いわ。
またこれはチャットGPDですから、ジェミニーっていう別のプラットフォームもあるんですよね。
だからそのAIがどこでどんな学習をしているのか、それにもよりますので。
それも比べたりすると面白いんだよね。
AIね。
本当にね。
こんな時代になったのね。
なってまいりました。
でも人間の感性を持って小田さんの曲も大地さんの曲も楽しみたいと思いますよ。
よろしくお願いします。
長澤純さんへの追悼とビートルズ
あなたのなおこさんからいただきました。
長沢純さんが亡くなられましたねと。
これは司会者の方ですよね。1970年代に一世を風靡されたと。
懐かしのパンチヤング福岡。
こちらはKBCのテレビで司会されていましたよねということなんですね。
1970年から73年にかけて放送された番組なんですけれども、若かりし頃の在地さんの活躍の場でもありました。
懐かしいお名前をこんな形で聞くのも寂しいですねということですけれども、在地さんもやはり番組に出演されて。
もう僕らアマチュアの頃ね、今おっしゃってるんですね。
パンチヤング福岡っていう番組の中で司会させて、僕ら箱バンド風に出てたんですよ。
毎回1,2曲歌ったりしてたんですけど。
なので立場上可愛がってもらいましたね。
本当に大先輩だからその音楽業界の。
昔の上下関係ってやっぱりすごいじゃないですか。
僕らまるで古文のようにつきまとってましたけれども。
この長澤純さんはもともと3ファンキーズっていう、いわゆるアイドルの先駆けなんですよ。
3ですから3人のアイドルグループで。
司会は後ほどやり始めるんですけど、最初は歌を歌って、本当に若者のアイドルって感じでね。
その3人の中心的人物で、いろんな才能を持ってらっしゃる方でね。
議員選挙、衆議院か参議院か忘れましたけど、にも立候補したことあります。
本当にいろんなことをやってきた人ですね。
在地和夫、二次の向こう側。
番組ではメッセージをお待ちしています。
郵便番号814-8585。
RKBラジオ在地和夫、二次の向こう側まで。
メールは二次、atmarkrkbr.jp、niji、atmarkrkbr.jpまでお待ちしています。
さて在地さん、1963年の今日、ビートルズのデビューアルバム、プリーズプリーズミーがリリースされた日なんです。
そして発売から6週目で全英アルバムチャートで1位を獲得したんです。
やっぱり勢いがその当時ありましたね。
そして次の作品のウィズ・ザ・ビートルズが1位を獲得するまで30週連続で1位を維持したと。
すごいですね。
次のアルバムが出るまで下げないぞと。
すごい。7ヶ月と少々。
すごいな。
当時それだけセンセーショナルで大人気だったんですね。
なんてことだったんでしょうね。
本当にビートルズって、構成、ここから先、未来、どう評価されるのかな。
全ての礎というか、基本っていう感じなんですかね。
本当に気になるな。もうちょっと長生きしたくなってきたな。
ぜひいたしましょうよ。
在地さんもね、チューリップのデビューアルバム、魔法の黄色い靴。
これリリースされた時っていうのは、どんな気持ちで世に送り出しましたか。
僕らはもうとにかく、さっき走った時から十字半。
アマチュアですけども、レコード版になったっていうことでほぼ満足して、
これで終わってもいいやって、音楽人生終わってもいいやって思ったんですけども、
また次、今度はちゃんとしたアルバムを出したいなって、プロとして思ってまして。
これが出た時は、本当にもうこれで解散してもいいし、
もう福岡戻ってもいいやって、満足しちゃったんです、実は。
でも思ったんですけど、改めて聞くと、もっと違う曲も作ってみたいなとか、
もうちょっと上手い演奏をしたいなとかっていう気持ちが出てきて、
そっからたらたら、今日まで来ましたね。
なんだかね、それぞれのアーティストの、最初のアルバムだとか最初の楽曲を聞くっていうのは、
本当に原点を見るような感じですね。
アーティストにとってはちょっと恥ずかしい感じですよね。
生まれたての赤ちゃんの、自分の姿を見られているような、チンチン丸出しの感じじゃないですか。
財津和夫、虹の向こう側。
レコードの思い出と断捨離
こんばんは、財津和夫です。
こんばんは、RKBアナウンサーの下田文夫です。
今日はですね、神奈川県厚木市、厚木市の、
狭間経理さんからいただいたメールからスタートいたします。
61歳の方。
若いね、61歳。
61歳なんて、僕から言わせれば孫ですよ。
孫じゃないけどね、まだ若く感じますか。
昨年末、北海道に帰省した時、母親が突如、
就活の一端で断捨離したいと言い出したのは、私が中高生の時に買い貯めたレコードでした。
実家は、私が家を出た後、建て替えられましたが、鉄数で残っていたのです。
シュリップのレコードシングル版、アルバムと、デビューから1979年までのものが、買えることなく出てきました。
凄い。
処分するのが忍びなく、神奈川に持ち帰りました。
私さんは、就活始めていますか。お気に入りのレコードを処分できますか。
最近は、塩化ビニール版がまた、皆さんから流行って、支持されていますよ。
なんか、若者に人気がいったというので、商品的価値も上がってきてるんですよね。
もちろん、音がいいよ、こっちの方が気持ちいいっていう人もいるんですけど、
まあ、希少価値で、どこかから出てきたら、これ1万円くらいするとか、2万円するとかっていうのがあったりしますからね。
いやいや、こんな時代になるとは思いませんでした。
で、私、塩化ビニール版のレコードはものすごく持ってましたけど、当然持ってましたけど、
それはどっかの倉庫にまとめて、もう二度と見ることないだろうと思って、
どっかの倉庫に、うちの事務所で倉庫を借りてるんですよね。遠いところに。
倉庫って、都内で借りると高いじゃないですか。
だから、都内から出た、偏比なところに借りて、そこでほこりをかぶって、ほこりをかぶってるとこじゃないですね。
もう、カビ生えてますね。
いやー、でも、こんな時代になるんだったら、ちょっと取りに行って、1枚ずつ、これいくらになりますかって聞きたいんです。
ほんと、それじゃないけど、博物館みたいの開いてほしいんですけど、ちょっとその状態を見に行きましょうね。
誰か、私、アルバイトしますよ。
東京のハズレのハズレですよ。
ほんとですか。
いやいや、でもね、お母さんが就活して断捨離してるんだっていう気持ちはよくわかるんですけど、でもね、中高生の時に買い貯めたレコードっていうのは思い出があるじゃないですか。
宝ですよ。
ほんとに、僕もほとんどのレコードはいらないと言ってもいいんですけど、やっぱり最初買ったレコードとか、その思春期に買ったレコードって思い出があるんで、それはなんか捨てられないな。
この狭間賢治さんも、お母さんは捨てずに持ち帰ったということなので、1枚1枚今改めて。
よかったですね。
持ち帰ったってどのくらいあったんですかね。
ものすごい量だったらね、持ち帰るのが重いですからね。
配送したのかもしれない。
わかんないですけどね。
手荷物で持ち帰ったのかどうかというところですよね。
でも、エンカビーネバーのレコードに針を落としてチリチリチリチリとか音が聞こえてくると、急に気持ちだけは先にハッて、この曲を初めて聴いた頃にカッと戻りますからね。
またその感想もお寄せください。
私の履歴書と人生の反省
第5回の虹の向こう側、札幌市の原田孝博さん。
今日は男性。
多いですね。
続いてますね。
ありがとうございます。
去年11月に日本経済新聞に連載された私の履歴書。
今まで点として入ってきていた座誌さんの情報が線としてつながりました。
特に最終回のせいぜい30人くらいのお客さんの前で町から町へ全国を歌い歩く暮らしの文が良かったです。
そんなことを書いたって、僕が書いたわけじゃないですけど、あれは。
喋ったことをプロが書いてるんですけども。
だから読みやすかったと思いますけど。
僕が書いたのはいつも読みにくいって言われるんでね。
で、この30人くらいのお客さんの前でね。
確かに思っていたことを喋っちゃったんだね、あの時も。
でもこれって歌うたいの理想かな。理想という言い方は違うか。
なんか夢。ちょっとした夢ですよね、これ。
大きな会場ってもう見えないじゃないですか。
3階席まであったりすると、3階席に人がいるよなぐらいしかわかんないんですよね。
30人くらいだと眉毛まで何本生えてるかわかるじゃないですか。
だからそういうところで気を通せながらやるっていうのが夢なんですよね。
ということをわかってくださって、そこが良かったとおっしゃってくれたんですかね。
そうかもしれませんね。
他にもたくさんいただいておりまして、バン・ノリアキさんからも頂戴しています。
私の履歴書を欠かさず読みました。
懐かしい思いといろいろ苦労されたのですね、という感想です。
中でも吉田さんに対する後悔を最後まで可視されていた点が、
あなたの真面目さを物語っており、じいんときました。
お元気で海の見える家でお過ごしください。と書かれてまして。
ありがとうございます。真面目かな。真面目なのかな。
でもさ、本当に心底悪い奴って、不真面目な奴っていないよね。いないですよね。
でもね、いろいろ反省することはありますからね。
年を重ねていくと反省だらけですよ、本当に。
世の中のことがどんどんどんどんますますわからなくなっていくし、
反省だらけだし、どうして年をとっていいか分からなくなってきちゃったな。
どういうのは?
年をとるちょっと前は、こうやって年をとっていくんだなと思ってたし、
ちょっとした気持ちよさもあったんですけど、本当に年をとると分からなくなってきちゃった。
世の中って一体どうなっているのか分からない。
善と悪は分からないし、上も下も分からない。
何にも分からなくなってきちゃってて、このままどんどんますます分からなくなっていくのかなって。
だから人はそれを防ぐためにちょっと頭が甲骨になって、
何も考えるなよって神様に言われてるのかなっていう気もしますけどね。
そうですね。分からないから人生かもしれませんね。
ありがとうございます。
そして海の見える家、これ過ごしたいっていうのは番組でもおっしゃっていて、履歴書でも最後に語っていらっしゃいました。
いいですね。
僕は海の見えるところで生まれたんで、少年時代ずっと海と会話してきましたんで、
海さんが見えるところで海さんといろいろ老後のお話をしながら過ごしたいと思います。
ギターつま弾きながら、ピアノポロロンとしながら。
ピアノがあるから、その時聴く方が嬉しいんで。
ちゃんとした音響設備は整えて、それ以外はどうでもいいんですけど、
冷たい風が入ってこなければいいですね。
暖房はきちんと。
暖房は必要ですよね、やっぱりね。
クーラーもちょっと必要かもしれないし、いいベッドも必要かもしれないし、床段もいるかもしれない。
サウナどうですか?
サウナは僕が入ったらそのままスルメになってしまうんで。
せっかく床なのにスルメになっちゃうんで、サウナはいいです。
在地数を二次の向こう側。
番組ではメッセージをお待ちしています。
郵便番号814-8585。
RKBラジオ在地数を二次の向こう側まで。
メールは二次niji
アットマークrkbr.jpでお待ちしています。
エッセイとライブへの期待
こちらも日経新聞。
私の履歴書を読んだと言われる初メールの61歳の女性、わにまるさんからいただきました。
毎日ワクワクしながら新聞を開く、電子版ですが1ヶ月でした。
新聞の連載は在地さんの反省が重みと深みを感じさせながらも淡々と飾りのない言葉で語られていて、考え深くも楽しく読みました。
実は音楽より先に在地さんのエッセイの不安になり、その率直な語り口に心地よさを感じていました。
ずっとライブには行っていませんでしたが、ラジオの軽快なおしゃべりを耳にして、またライブに行きたくなりました。
細々と言っても、まだやめないでくださいね。楽しい番組をありがとうございます。
ありがとうございました。
なんか嬉しいなあ、そういう人がいると。音楽より先にエッセイの不安になったなんて、作家じゃないですか。
そうですよ。
しかも文章の作家ですよ。すごいなあ。
エッセイ楽しいんですよね。歌では表現できない、ダラダラダラダラ書けるじゃないですか。
もちろん時数の制限はあるんですけども、こんなところまで書いちゃおうみたいなのをいくらでも書けるんでね、面白いですよね。
そうですね。
また感想をお寄せください。
在地和夫、虹の向こう側。この番組は、おいしい食卓への架け橋、フードウェイの提供でお送りしました。
お相手は、在地和夫と下田文夫でした。
それでは在地さん、4月も新年度も元気にやって参りましょう。
さようなら。