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#543 我欲を通すために他人を危険に晒してもいいのか?
2026-09-08 07:58

#543 我欲を通すために他人を危険に晒してもいいのか?

対向車が赤信号で突っ込んだきたせいで、交通事故になりかけたのを急ブレーキで回避しました。

そういう嫌な思いをしたときに考えた、我欲を通すために他人を危険に晒してもいいのか?」について話しました。

あなたにとって
わたしは見知らぬ他人かもしれませんが
わたしにも、
わたしのことを大事に想ってくれる人がいます。

他人の命や安全よりも、
自分の数秒や数分を優先することは
絶対にやってはいけないとわたしは思います。


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サマリー

赤信号無視の車に突っ込まれそうになり急ブレーキを踏んだ経験から、自分の数秒のために他人の命を危険に晒す行為は許されないと語る。交通ルールを守り、他人の命を尊重することの重要性を訴え、自動運転の普及が事故防止に繋がるという期待を述べている。

通勤中の危険な体験
こんばんは、室屋みきよです。私は北陸在住のアラフィ副会社員で、会社員をしながら副業活動をしています。
今回は、我欲を通すために他人を不快にしてもいいのかというテーマで話をしたいと思います。
はい、えっとですね、私は通勤の時に車を使っているんですけど、車を運転している時にね、今日も今日とて嫌な思いをしたというのでですね、その時に思ったことをね、ちょっと話そうかなというふうに思います。
はい、えっとね、状況としてはですね、混雑している交差点での話でですね、私はですね、右折待ちで、右折待ちの一番前に止まってました。
直進が切れたタイミングであったりとか、あとは信号が黄色から赤に変わるタイミングを待って右折をするというような状態で止まってたんですよ。
で、その交差点はですね、右折の矢印がない交差点なので、黄色から赤になったタイミングで右折は回らないといけないというような状況で、黄色から赤になったというタイミングでね、回ろうとしたらですね、なんとね直進車が突っ込んできたんですよね。
しかも2台も。で、それでそこの交差点っていうのがね、まあまあね、その直進、交差点が結構長いので、その直進が結構長いんですよ。
なのでもうそもそも黄色になった時点で突っ込んできたら、交差点の真ん中で赤に変わるみたいな、結構それぐらい長いところで。
なのでですね、あの、良識ある運転手だったらもう黄色になった時点で止まると思うんですけど、なんとね2台もね、突っ込んできたんですよね。
しかもね、こっちはね、右折で結構前に出てるので、右に曲がらざるを得ないっていう風に思っているので、それでも止まるだろうと思って行こうとしたんですけど、
本当に止まる気配がなかったので、結果的には私が急ブレーキを踏んだというような状況になりました。
それで事故は回避することができました。
ただ私としてはですね、ちょっと怖い思いもしましたし、不快な思いもしたのでクラクション鳴らしたんですけど、相手はですね、それでもね1ミリも止まる素振りを見せずに、そのまま去っていたというようなところでですね、
もう本当にね、腹立たしいなっていう風に思いました。
他人の命より自分の時間を優先する行為への疑問
車でぶつかりそうになるっていうこともね、たまにありますし、あとはね、信号でオーダー歩道をね、渡ってる時に右折車が突っ込んできて引かれそうになったってこともね、何回もあるんですけど、
こういうことをね、経験する時に思うのはですね、自分の数秒数分っていうのは、誰か他人の命よりも重要なのかっていうことをね、やっぱりねすごくね思います。
相手がどんな事情があったかなんて私には分からないです。
もしかしたら電車に遅れるとかね、結構駅近かったので電車に遅れるから急いでたとかね、待ち合わせの時間が遅れるとかね、なんかねそういう事情があったのかもしれないですけど、
あなたの事情よりも私の命って軽いんですかっていうのはね、いつも思うんですよね。
だからそれこそね、事故になってしまった方が足止めくらう時間って長いんですよ。
当て逃げまして逃げていくんだったら話は別かもしれないですけど、それでもその後にですね、指揮会社っていうのは絶対待ってるわけでですね、
打ち凍らないような行動をしてですね、ちょっとそこでね、1個1回信号に引っかかったとしても、結果としてはね、そっちの方がね、時間としてはかからないはずなんですよね。
我欲と他者への配慮
で、事故を今まで起こしたことがないから、今までも起きなかったしこれからも起きないだろうという気持ちで多分ね、皆さんやってると思うんですよ。
で、そこにはですね、誰かのね、不条理な気持ちとかね、踏みにじられた思いとかね、なんかそのイライラする、苛立ちとか息取りとかそういうのをね、
飲み込んでいるっていう相手がいることをね、すっかり忘れているんじゃないかなっていうのをね、すごく思いまして。
だからこそですね、なんかそういうなんかその命の、相手のね、その我欲によってですね、その命の危険にさらされたっていうところをね、
あの思うとですね、やっぱりね、あのすっごいね、あの腹立ちんですよね。
なんかその、自分のね、あの欲ですね、その、信号に止まりたくない、行きたいっていうね、その自分のね、数秒数分をおもんじる行為、
それによってですね、あの他人をね、不快にしたり、なんだら命の危険にさらすことってね、許されるのかっていうのはね、本当にね、毎回思います。
で、答えはね、許されないって思うから、私はね、すごくね、あのイライラするし、あの腹立って、で、その気持ちをね、こういうスタイルにぶつけたりしてるんだろうなっていうふうには思います。
交通ルールと自動運転への期待
うん、なんかあの、車って特にね、あの命と直結するものじゃないですか。
あの、たとえそれがね、数十キロ、まあ10キロ、20キロだったりしてもね、並みの人間にぶつかったらね、それあえて怪我しますよ。
そんなこともわかんないのかなっていうふうに思いますし。
なんかその、自分自身が、あのやりたいことを通すために、やっぱり他人をね、あの嫌な気持ちにさせるっていうのはね、絶対違うなと思ってて。
あの、そういうのを起こさないための交通ルールだろうっていうのはね、思うんですよね。
うん、で、特にその混雑している交差点とかね、あの人通りのね、多い道とかではね、あの、その自分のそのね、害欲を通すって行動が、あの他人のね、命とかね、
あの、心身の安全に対してね、危険を脅かすことに直結するからこそですね、そういうところではね、やっぱりね、ルールっていうのは回らなきゃいけないよなっていうのをね、すごくすごく思いました。
うん、私はね、あの、車の運転好きだし、車も好きなんですけど、こういうね、その、自分があの、嫌な思いをしたり、あの命の危険にさらされるたびにですね、あの、すごくね、あの、嫌な乗り物だなって思ってしまいます。
うん、だからね、あの、今結構、あの、自動車の運転技術っていうのがね、進んでいてですね、あの、多分、20年後か30年後かは変わらないですけど、まあそれぐらいになったらですね、あの、自動運転っていうのがね、あの、デフォルトになるんじゃないかなって思うんですよ。
要は人がハンドルを握れない世界っていうのはね、訪れるんじゃないかなって思ってます。で、私はね、そういう世界になった方がですね、多分ね、あの、事故起きないんじゃないかなって思うんですよ。
だから人間が直接ハンドルを握ってしまうから、そのね、自分のその、ね、私利私欲っていうのが運転の、えっと、行動に反映されてしまって、まあ故にですね、事故が起きるっていうところに繋がるっていう風に思うので、世の中早く自動運転が広まればいいなともね、思ったりもするというところになります。
本当に、あの、欲を痛くのは良いことだと思いますけど、我欲はダメだなっていうのはね、すごくね、思いますね。こういう時にやっぱり思います。
安全運転への決意
うん。なのでですね、あの、私自身もね、なんか自分がこういうね、えっと、嫌な思いをした時にね、自分の運転をね、振り返るってことをね、やるんですけども、やっぱり自分がされて嫌なことって、他人もされたら嫌だなって思いますので、あの、より一層ですね、自分の運転にはね、気をつけてですね、やっぱルールを守る、他人の命を尊重する、そういう行動をね、取るためにもですね、あの、時間、余裕を持っていいようでたいなという風に思います。
はい、というわけでですね、今回の収録は以上で終わります。最後まで聴いてくださってありがとうございました。
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