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黒歴史!?高校時代の文化祭でステージに立った話
2024-11-03 07:47

黒歴史!?高校時代の文化祭でステージに立った話


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スピーカー 2
はい、こんにちは。兼役高校教師の逢坂ひめこです。 私、ひめこは高校で非常勤講師の仕事をしながら、
スピーカー 1
発達障害の子供向けデイサービスで学習支援や家庭教師をしています。 そんなひめこが日々思っていること、感じていること、挑戦していることについてお話しするチャンネルです。
はい、3年級、えー、迎えましたね。 今日は文化の日ということで、あのー、そういえばなんか文化の日ってさ、あのー、
美術館とか博物館とかが確か無料開放とかする日なんですよね。 確か、うん。で、なんかまあ文化祭、学園祭の季節か。
ね、大学ではね、いろんな芸能人が来たり、アーティストが来たりで、 あと出店とかで盛り上がるんでしょうね。
あのー、学園祭といえばね、私女子大の出身でしてね、 学園祭一切参加してなくて、一切参加しなかった。
一切ね、あの、行ったこともないっていうね、大学4年間というようなことで。 なんかサークルとかさ、クラブカストやってたら、もう少しね、あのー、キャンパスライフも楽しめたんでしょうけどね。
スピーカー 1
アルバイトに、あのー、空けくれるね、あのー、学生でしたわ。はい。 まあ、あのー、そんなひめこですけれども、あの学校の先生の仕事を始めてから、
中学校や高校でね、やっぱり文化祭という学校ですごく盛り上がるイベントですから、 そちらに関わることが多くなりました。
運営としてね、生徒指導部っていうところに所属してね、 そこは部活動とか文化祭とかを仕切る部署なんですけど、そこでね、やったり。
生徒指導部って、なんか生徒のさ、風紀とか取り締まるイメージあると思うんだけど、
あのー、そうじゃなくてね、部活動とか、そのいわゆる会計とか、そういう仕事をしてるんですよ。 私はそういう側のね、部活動運営とか、文化祭運営とかの仕事とか、
あと生徒会を運営するような仕事をね、まあ任せられておりましたわ。はい。 まあ、だから結構ね、その現役自体というよりかは、なんか教師の仕事を始めてから文化祭に関わったみたいなね、
感じがしますね。皆さんはね、何かしらの、あのですかね、クラブ活動とかで、大学とか高校とかで、部活動とか文化祭とかでも活躍されてたんでしょうかね。
で、そうだな、でも私の現役時代の文化祭というと、 水素学部に所属していたので、そこでね、ステージでね、演奏することがありましたね。
水素学部って結構、文化祭のステージ部門も花形だったりするんで、演劇部とかさ、あとギターマンドリン部とか合唱部とか色々あったんだけど、
その中でやっぱり一番部員も多かった水素学部だったんで、そこでね、演奏したりパフォーマンスしたりやってたね。
で、その思い出がありますね。
で、私の中の、これ黒歴史なんですけど、自分が高校1年生の時の文化祭に、谷良子先生、谷良子先生じゃなくて、選手の格好で、先輩から柔道着を借りてですね、赤いゴムで髪の毛を縛りですね。
03:17
スピーカー 1
谷良子さんスタイル、言うてもあれは元々矢原っていう柔道のアニメ、漫画から来て、谷良子先生さんは同じ格好、同じ髪型しとったんですけど、
あれと矢原ちゃんの格好をしてですね、私は矢原の取材歌を歌うっていうね、それを一人で歌うっていうね、なんかことをやりましたわ。
あの時はね、あの部員の1年生がなんかこう洗礼を受けるというか、何かのイベントで絶対何か踊ったり歌ったりパフォーマンスしなきゃいけないというルールがあって、部活の中でね。
それでなんかどうしようって言った時に、じゃああの、ひろこちゃん歌歌ったらみたいな感じになってですね、一人で歌うことになって。
スピーカー 1
他の子は何人かで踊ったのに、なんか私一人でやることになってですね、踊りましたね。
懐かしいなぁ。あの時思ったんだよね、あの司会が同じ学年1年生の2人がやってたんですけど、正直あの私に司会やらせてくれやって思って、
パフォーマンスするのだったら司会やりたかったなっていう風にね、今思うとね、ちょっと思った感じてますね。
まあそれは黒歴史でですね、映像とかに残ってるのかな、ちょっとわかんないんですけどね、恥ずかしくて、ほんまに、もう今思い出しても赤面ですわっていう思い出があります。
皆さんもね、なんか文化祭とかで、あ、あともう一個あったわ。文化祭といえば、あの、高校3年生の時にね、あの、劇をやったんですよね、各クラスでね。
まあうち10クラスあるマンモスコだったんで、まあ10クラスで劇をして、その中ね、幸せの黄色いハンカチっていうね、あの、劇をやって、
そこで踊り子の一人としてダンスを踊りました。はい。でもなんか、9時で負けたんです。9時でね。そう。
あの、9時で当たっちゃって、あくまでも負けたというか当たっちゃって、それでなんか6人ぐらいね、男3人、女3人のダンスを踊るシーンでですね、苦手なダンスを踊りましたね。
その時の監督の女の子がすごいスパルタでね、「ちゃんとやってよ!」とか言っておられたんですけど、
ダンス苦手な私選ぶ方が間違ったもんね、みたいに思ってね。もうちょっとね、あの、向かっ腹を立てながらですね。
まあでも、頑張って踊ったのを覚えらしています。はい。
ね、なんか、振り付けとかもね、結局ダンスのみんなに丸投げされたんだけど、みんななんかこう、ダンス、もともとなんかダンスとかがあんまり得意じゃないというか、
なんかこう、なんか役目からあぶれた人からの中から選ばれちゃったんで、なんかその、クラスの中ですごく積極的な子はみんな俳訳とかさ、なんかこう、鼻形の場所にいるの。
スピーカー 1
だから残っている冴えない子たちが集まってですね、ダンスを踊ることになったっていうね。
まあそういう生き方があります。はい。
まあだけど、まあそれも一つの、まあ黒歴史ではあるけど、まあ文化祭を楽しんだ一例なんでしょうね。はい。
06:01
スピーカー 1
なので、なんかその文化祭、文化の日というのを日にちになると、そういうことを思い出すなっていうところですね。
だけど基本的に私はなんかこう、自分が文化祭で参加するより、まあ見に行く方が好きだなっていうふうに思いましたね。はい。
普段私は活動的で自分が何か、いわゆる活動を皆さんに提供する方が好きなんですけど、ことをなんか芸術に関しては、なんか自分が演奏とか関わるより見る方がいいわっていうふうには思ったかな。
まあ吹奏楽部でね、その社会人になってからもずっと演奏活動はしてて、私はホルンという楽器をね、吹いてたんですけど。
なんかその中で、まあ演奏会に参加することもね、依頼演奏って言って地域のイベントとかに参加することも多くて、はい。
まあそれはそれでも思い出なんですけどね、特にこの秋口っていうのはすごくあの依頼演奏が多くて、なんか毎週土日とかのその時間に、なんかいろんな場所にみんなで集合して演奏してたな。
あのアンサンブル、ホルンの60層アンサンブルとかでもイベント出たことあるし、まあそれはそれで当時の20代30代の思い出だなっていうふうにもね、思いましたね、はい。
今は何やってんだろうな、今はそんな、今は仕事とか自分のことに精一杯で、昔みたいになんかこう自分の好きな音楽を楽しむっていうことはなくなったんだけどね。
また、なんかね機会があれば隠し芸程度にやれたらやれることもあるかなというふうには思っております。
はい、というわけで今回はですね、文化の日ということで姫子の文化祭の思い出について語りました。
はい、それではまた姫子でした。
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