話したかったことができたから話したくて。
気づきか動くかちょっとわからないですけど、ちょっと、個人的にはちょっと、なんか、え?って感じのことがあったんで、はい。
おお、いいですね。どうぞどうぞ。
あ、じゃあ私から。
はい。
えっと、その、なんでしたっけ、シルバーウィークに家族で旅行に、群馬に行ったんですけど、目的が、父が定年退職、退職したっていうか、定年を迎えてお祝いみたいな。
うんうんうんうん。
で、母も行けるうちに旅行に行きたいってことで、じゃあ旅行に、私の家族と、父と母と、5人で行こうってなって、現地集合で、現地解散みたいな感じなんですけど、旅行に行ったんですけど、
で、私が行きたかった春名神社に、雨だったんですけど行ったんですよね。台風が来てて。で、なんか、そこいつもすごい水がすごい、川がわーって流れてて、すごい浄化するんで、めっちゃ好きだったんですけど、なんか雨もすごかったので、あのー、なんていうんですか、結構早々と帰ってきちゃったんですよ。戻ってきたというか。
で、しょうがないなと思ってたんですよ。で、その後に、群馬県ってこんにゃくパークが有名なんですよ。で、そのこんにゃくが食べれたりとかするんですけど、工場があるんですけど、そこに行ったらすごい混んでたんですよ。
で、それの近くに道の駅、神田っていう、なんか甘いらくって書いて、神田っていう駅がある、道の駅があるんですけど、そこで、じゃあお昼食べようみたいになったんですよ。で、そこのお昼食べるとき、なんかそのピザがおいしいってことをなんかで見て、で、ピザを頼んでたんですよ。で、すごい50分ぐらい待って。
で、なんか番号呼ばれるまでずっとそのお店の中にいたんですよ。外にしか席がちょうど空いてなくて、外の席で待っててもらったりとかして、家族にはしてて。で、私と母で、そのメニューのとこ見てたんですよ。そしたら、あの、ちょっと写真を送ってもいいですか。
はい、はい。
もち米とか、もちきびって言うんですか。
一緒に炊き上げて、まあ地元の人参と椎茸とかを、と、あと愛媛県の、あの、この岐阜町って読むんですけど、鬼の北の町って書いて、そこの、そこの生地肉を使用した混ぜご飯だったみたいで。
食べてもらってはいたんですけど、ここで桃太郎出てくるのってなって。で、これをめっちゃこの回で話したかったんで。
しかも群馬行って愛媛の生地を使った桃太郎ご飯なんですね。
そうなんですよ。
めっちゃ面白いなあ。
そうなんですよ。なんかそこの道の駅行く予定じゃなかったんですよ、もともと。
で、そのこんにゃくパークでご飯というか、お昼にできなかった分を近くの道の駅でって変更したんで、なんか不思議な感じというか、なんか。
で、ちゃんとそれにもちゃんと、なんかこう、ねえ、きび、きびの、きびを、きび粉っていうか、使ってるみたいなので、なんか、ちゃんと自分は入ってるっていう。
確かに。
いや、桃太郎ご飯だとね、あれですよね、なんかちょっとよく想像できないんですけど、
ちゃんと私、私じゃない、役割的に私なんですけど、きび団子として、まああれですけど、きび粉を使って、ちゃんとご飯として出して、
うん。
なんか、えーと思って、なんか、私写真パワーで撮っちゃったんですけど、
すごい。
これ、桃太郎でつながりました。
すごい。おもしろいなあ。
いいですね。
ねえ。
きびが入ってる。
犬肉とか入ってなくてよかったですわ。
ほんまや。
えー、そうですよね。まあそれも愛媛県のね、この紀北町ってのもよく知らなかったんで。
うん、鬼なんですね。
うん、なんですよね。なんか、四万十川の上条流城の自然豊かな場所に、
うんうん。
この町はあるみたいなんで、ちょっと。
うんうんうんうん。
あれなんですけど。
鬼ヶ城産県の北側に位置してるから、紀北町って言うらしいですね。
うーん。
うん、紀北地域、日本にある約1700余りの地方自治体の中で唯一鬼の文字が入る自治体です。
おー。
そうか、確かになかなかないか。
うん、なかなかない。
うん。
おもしろいなあ。
あ、生地肉使われてるから私食べられてるってことですね。
そうですね。
栄養が。
栄養が。
栄養があるんですよ。
確かに。
みんなが元気になってくれるなら。
確かに。
でもなんかこう、全然予想が変わらなかったから、なんか。
確かに。
全然そんな桃太郎としてじゃないけど、そういう気持ちでじゃなくて、プライベートで行っただけなんで。
なんか、おもしろかったです、なんか。
しかもここのなんか、説明のところに懐かしくホッとする味って書いてるのが、なんか桃太郎団がこう、目指すところというか。
うん、なんかそこともちょっとつながってるのかなっていう感じもしますね。
確かに。
新感的な感じですよね。
そうですよね。
ね。
おもしろ。
すごいな。
はい、そんなことがありました。
いいですね。
はい、じゃあちょっとあれですね、私の話はここで終わりです。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあ、次僕いきますか。
はい。
ここ最近の気づき。
はい。
ここ最近の気づきとして一番大きかったのは、
はい。
結構最近こうなんだろう、夢を大きく、しかもそれを人のためでめちゃめちゃこうなんだろう、
たくさんの人のためになるような夢を掲げようみたいなのをやってはいたけど、
結構それがしっくりこなかった部分もあったりとか、
なんかこう、どっかでブロックがあるのかめちゃめちゃ小さかったんですよ、それでも。
で、実際それって形はなくない?みたいな本当に抽象的なことで終わってたのが結構ずっとあって、
ここ最近自分の過去を見直したときに、
自分のこの境遇とか経験とかを全部受け入れようと思ったときに高校時代のことを振り返って、
高校時代のとき僕めちゃめちゃでかい夢持ってたんですよ。
で、それも人のためになるようなもので、それ以上のものってなくない?っていうでかさのものを高校のとき持ててたんですよ。
なのにそれを途中いろいろ挫折とか失望とかで、
それをもう見ないように、なかったことのように過ごしてて、
ここ最近スピリチュアルとか勉強してたらそういう夢があった方がいいのかなみたいなので頑張って探すけど、
やっぱり小さいみたいな感じのずっと悩んでたときに、
その高校のときのめちゃめちゃでかい夢があったじゃんっていうのに気づいて、
もう1回それ掲げ直すだけでもだいぶ違くない?っていうのが最近の気づきであって、
で、それを掲げ直したら、いろんなことが最近話がボンボン寄り入ってくるようになって、
仕事もちょこちょこ入るようになってきて、話の気分もだんだん大きくなってきたりとかしてたんで、
一番自分の中で調子よかった時期とかって多分これまでの人生とかであったとしたなら、
そのときの感覚に戻れる何かきっかけがあるのかなっていうのが最近気づいて、
僕の場合はそのときはもう根拠のない自信と大きな壮大な夢だったんですよ。
それを取り戻して、完全にそれには戻れてないですけども、経験とか知識が入っちゃったせいで、
ちょっと難しいなと思う部分とかもっと現実的に考えちゃう部分はありますけど、
そのときの感覚を思い出したときにめちゃめちゃこうなんだろう、
エネルギー上がった感じ、周波数めっちゃ上がったな今みたいな感覚がすごいきてて、
そっから今ここ1週間ぐらい調子めちゃめちゃよくて、
だからなんかその自分の中で調子よかったときの何かを思い出すと、
なんかすげーうまくいくんだなっていうのと、
あと自分の中で今大きいと思ってた夢が実はめちゃめちゃ小さくて、
本当にもっと過去全然何も勉強してないようなスピリチュアルになって全く知らない自然体で考えてた夢の方がめちゃめちゃでかかったっていうことに
ショックとめちゃめちゃなんだろう、自分に対する尊敬みたいなのが出てきて、
今結構調子いいですね。
それがここ1週間の話ですね。
すごい、めちゃめちゃ最近ですごい気づきをしてる。
めちゃめちゃいい気づきでしたね。
だから手がすごい明るい感じなんや。
だいぶ多分半月前に比べたら相当外したものは多いですね。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
根拠のない。
根拠のない自信がすごい良いですね。
大事よね。
大事ですね。
それもなんかこう受け入れた時から多分始まるんですよ。
高校の時って多分俺めちゃめちゃ自分の教育受け入れてて、
ここに生まれたからこれはしょうがないとか、こうなってるからこれはしょうがないって結構受け入れてはいたんですよ。
だからこそじゃあ僕はこれをやるべきだよねみたいなのでめちゃめちゃ根拠のない自信とめちゃめちゃでかい夢があったんですよ。
それが打ち砕かれてから自分の境遇を受け入れられなくなったんですよ。
なんでこうなっちゃったんだろうってなっちゃったんで。
多分そっから失ってたものを最近またこう受け入れ始めて、
こうなったのはこういう運命だったからそうなんだ、こういう運命だったから仕方ない。
次じゃあこの運命をどう生かすかみたいな感じになった時に思い出せたんで。
武士道いいっすよ。
武士道ない?
これも武士道の一つですね。自分の運命、境遇を受け入れて人の役に立てるっていう。
昔は武器に生まれたらもう武士なんで。
でも百姓に生まれたら百姓だし、商人に生まれたら商人。絶対それは変わらない家業だからっていう。
この運命の受け入れ方を完全には今もう現代では模倣できないですけど、
自分なりに受け入れるところは受け入れて、今のこの状況、境遇で何をできるかなっていうのを考えられるようになりましたね。
そしたらそれに関連するそのための、こういうふうに俺は役に立てたいんだっていうもののための伏線みたいなのがバンバン話で来るようになったんですよね。
なんか一つの自己需要みたいな感じやね。
環境とか運命とかっていうのを受け入れるっていうところが、
自己需要って言ってしまえるかどうかわからへんけど、でも一つこの端っこにある部分としてはなんかある感じがする。
そうですね。ひっくり返るとそうなりますよね。
受け入れてしまうと楽になるもんな。
めちゃめちゃ楽ですね。今までのコンプレックスがなくなりますからね。
こういうもんなんやっていう。
仕方ないそれはみたいな。今まで不幸だった、じゃあ不幸で仕方ないみたいな。
でも別にそれはそれでいいんじゃねみたいな。
成功する人生よりも独自の人生っていうところをめちゃめちゃ最近テーマにしてます。
大事。
そうですね。吉田松陰とか昔の武士道の考えとして、吉田松陰も武士道めっちゃやってましたけど、
その人が言ってるのは独自の人生を生きなさいっていうのも言ってるんですよ。一部で。
なるほど。
そういうお金とかの自分の利益のために成功してはやるんじゃなくて、独自の人生で人のためになるような人生を送りなさいっていうのを言ってるんですよ。
それを頑張って習ってやりたいねっていうところですね。
そんな感じです。
でも声が本当に変わったっていうか、それがすごい。
前は話をしてても、例えば褒めるとか、こういうところが素敵とかこうじゃないですかみたいなことを伝えたとしても、
なんかちょっと苦手意識みたいな感覚が声にあったというか、
聞いてはくれるけど、受け入れてるかって言ったら別に、そうですかぐらいな感じだったと思うんですけど、
それが苦手意識っぽい声の波長っていうか、そういうのがなくなった感じがすごい。
ずっと思ってたんで、そういう自分を受け入れたってところも結構大きいんですかね。
そうかもしれないですね。いい意味で適当になったんですよね。
カタカナの適当でもあるし、漢字の適当でもある。
いい塩梅を取れてるかもしれないですね。
整ってきてますね。
大変です。
変に悩まなくなりましたね。悪いことないなって。
悪いことが起きちゃったとしても、悪いことが起きたってことでしかないみたいな。
なんでこうなっちゃったんだろうってとこまで行かなくなりましたね。疑問が大したらなくなったっていうか、運命に対しては疑問持たないみたいな。
受け入れてる。
受け入れるようになりました。最近古典もめちゃめちゃやりまくってるんで、古典やるとそういうこといっぱい書いてあって、昔の人は知ってたんだなーっていうスピリチュアルを完全に。
今の人は学んでますけどね。
そうね。
めちゃくちゃその概念というか視点が面白いなと思うんですよね。
新しい本を読んでとか、新しい話を気になるじゃないですか、新しい時代っていうか、前向きに次に備えようじゃないけど、思うじゃないですか人って。
けどそれを昔というかそういう人たちが書いたものとかに対してヒントをもらうってなかなか今の人ないので。
確かに。情報の流れが早すぎてみんな追いつくのに必死ですからね。
結局言ってること古典の使い回しだったりとか。
あとは古典って何がいいって2000年以上残ってきたってすげーことじゃないですか。
現代100年、この100年ぐらい見てこの先100年残るなっていう本って多分結構少ないんですよ。
なぜおさむとか残るだろうなとかいうのはありますけど、三島由紀夫とか残るだろうなとかいうのはあるかもしれないけど、
現代の作家でそこまで残すみたいな文学も少ないだろうし、ましてや自己啓発本みたいなのでそんなに残るの多分ないです。きっと。
残っても本当に20年30年しか残んないだろうなみたいな。
それが昔から時代めちゃめちゃ変わって国も変わってんのに残ってきた論語とか、
もうそこら辺の昔の中国古典の四書五経もそうだし、日本の中でも法条記とかもそうだろうし、
なんか万葉集だってそうだし、その残してきた価値と残してくるっていうそこの部分のなんだろうな。
残してきた人の思いみたいなのもあるんで。
それが現代に通用するかしないかっていうのは別に特に関係なくて、
それを読んどくと現代に活かせるかもよっていう、それを真に受けるなって話じゃなくて、それを読んで考えろっていうことなんですけど、
それが今一番重要じゃないっていう情報があふれすぎてよしよしわかんないんだったら、
絶対にいいとされてる古典を読んどけば間違いなくないみたいな。
そこまでたどり着くのもすごいけどな。
意外と、でも入門編から読むんですよ。
解説書から読んで、気になったら原文書いてあるの読もうかなみたいな。
勉強かよな。
割と最近熱が入ってますね。
吉田松陰からめっちゃスイッチ入っちゃいました。
もうその人カットしちゃったら1時間かかっちゃうから。
なんか基盤作りみたいなのがすごいあります?
それで勉強してるというか。
でもそうですね、僕の基盤となる思想を作りたいっていうところで古典学び始めたんで。
志立てるためにちょっと、立てるなら変なもの立てたくないじゃないですか。
志立てちゃったらそれでやるしかないんで。
だったらいい志立てないなっていうので、いろんな人の志を見たりして聞いたりして、
その中でいいの取り入れて、自分なりの志はこれだなって決めようかなっていうので始まったんですよね。
開いてきました。
うん。
なんていうのか、なんかその考え方がすごいこれだっていうか、なんかそれがなんだろう、そういうのはすごくいいって感じはしますけどね。
そのメッセージ的にというか。
なんかもっとやってっていうか、なかなかそういう人本当にいないと思う。
そういうの好きな人、古典好きな人はいいと思うんですけど、それをちゃんと勉強し直してってところも、なかなかできないというか。
さっきの話にもあったように、やっぱりみんなその情報に操られてるじゃないけど。
どうしようってなった時すぐそのエアにお願いするとかもそうですけど、子供に教えてとかいろいろ言ってたのもすごいいいですよね、これからの子たちというかね。
そうですね、情報を得るんじゃなくて、情報を得た後にどう考えてどう活かすってとこまでやってほしいんですよね。
今の人たちはもう聞けばわかる、調べればわかる、AIに聞けばわかる、だから危ないなと思ってるんですよ。
AIに聞いた後、その答えが本当に合ってるかを考えて自分なりの意見を出せばいいんですけど。
聞いてこれが答えだって言っちゃうのは危ないなみたいな。
知識を入れることって簡単やと思うんやけど、知識入れた後に知恵を使ってその知識を使うっていうことが一番大事やと思うから。
そこをみんなもっと学んでいくというか、鍛えていくというかね。
そこが多分これからの重要度が一番高い部分だと思いますね。
大事。応用力じゃないけどな。
調べればわかるって全員そうなんで、それでいいと思ってるってことは優劣つかないで、みんなと同じで、みんながダメな時はみんなとダメになりますってことなんですよね。
そこで自分でそういう応用力とか知恵があるんだとしたら、みんな危ないから自分はこっちに行こうとかなんなら周りの人を助けていけるかもしれないんで。
考える力っていうのは重要ですよね。
そうね。そういう人は重宝されるしな。
多分これから。
すごい気づきでしたね。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
おいやさんどうぞ。
私は気づきなんかどうかはわからないんですけど、この前喋ってた時に、私が言うことって悪意がないって言われて。
そういえば他の人にもそれ言われたことあると思って。
言われてたけど、自分でああそうなんかなーみたいなすごい。
認めてないわけではないけど、フワッとしててずっと。
確かに別に誰かを悪くしようとか、そういうふうに思って言ったりとかまずしてないのはもちろんあるけど、人から言われた時にああそうなんかみたいなちゃんと意識をしてなかった。
で、改めて悪意がないから何でも話もできるし、話してもらったことも入ってきやすいみたいなことを思って、なるほどねってなったのと、
これだけ何回もそういうこと言われてるっていうことは、ちゃんと自分で自覚しなさいよって言われてるんやなっていうことに気づく。
確かに。
それが気づきなんかどうかはちょっと自分ではわからない。自分のことに気づいたって感じです。
周りの人たちがやっぱり自分のことに関して教えてくれるなと思ってて、
人って自分のことやから自分が一番知ってるって思ってると私は感じますけど、
でも実は自分のことの方がわかってないっていう人の方が多いなっていうのは、
スピリチュアルを勉強し始めるきっかけになったところでもあって、
スピリチュアル、心理学、哲学とかいろいろちょこちょこ勘でる。
そんなめちゃくちゃ勉強してたわけではないけど、気になったところだけちょっと調べて勘でるみたいな感じの時に、
やっぱ自分のことってわかってないんや、知らんねえやっていうのに気づいて勉強し始めたから、
でも人はやっぱ教えてくれるのって周りの人たち。
自分が自分で見えてないところを言ってくれるし、見えてるし、
自分のことに気づかせてくれたっていう気づきと、
やっぱり人がいいところも悪いところも教えてくれるっていう気づきがあったなって思います。
はい、以上でした。
人に言われて気づくことめっちゃ多いですよね。
自分ではそう思ってなかったけどっていうのは。
当たり前になってることもあるやん、自分の中で。
それを改めて言われると、気づきに変わるなっていうのがあった。
確かに。
私も癒し担当って言われない限り癒し担当だと思ってなかったんで。
えりこさんは癒しですよみたいなの言ってくれると、そうなんですかみたいな。
全然そんな人癒す気持ちでいなかったって言ったらいいですけど。
それからちょっと癒したいなっていう気持ちになりました。
これしか出てこなかったんですよね。
喋ってても。
確かに。
どんな話も受け入れてくれるし、癒するっていうこともないし。
あれって、なかなか受け入れてもらえる経験を持ってこなかった人にはとんでもない癒しだと思うんですよ。
それをずっと喋ってたときに感じてたから、癒す人やん、癒す人やんみたいな。
ずっとえりこさんに言い続けてました。
話すとき毎回アンジのように。
癒しなのかって毎回思って。
やっと最近癒しに、人がいい気持ちじゃないけどなるような方向がいいなっていうのは思ってはいるんですけど。
例えば触って癒すとか、マッサージとかね、そのようなのもありますし、気を送るとかそういうの全くやってないんで。
そうなのかっていうふうに気づかされたっていうのはありますね。
めっちゃ受け入れてもらえるみたいなのはめちゃめちゃ感じますよね。
1対1で話すと寄り添う感じますね。
嬉しい。でもめっちゃ受け入れます。
どんな感じだとしても、とりあえず一旦は包容力を出します。
でもたぶんこれはもしかしたら子供なんだっていうのもあるかもしれないですね。
子供のせいが余計出てきたというか、そういうのもあるかもしれないですけど、なんだかわかんないですけど。
でもすごい重要な役割ですよ。
そうですよね。
ありがとうございます。毎回言っていただいて。
桃太郎さんの中だけじゃなくて、現代人に必要なことだと思うんですよ。
時間に追われてたりとか、日常に追われてる人たちがすごい多いと思うんで。
最近は正解がわかっちゃうからこそ、間違ってるときに受け入れてもらえるってことがたぶんほぼないんですよね。
間違ってたら間違い、合ってれば合ってるっていう、本当に正解か正解じゃないかっていうのがすぐわかっちゃうし、それだけでしか多分判断してないなっていうのがあって。
正しさじゃない部分でちゃんと聞いてくれるっていうのは超重要だと思いますね。
でも私はIAさんはマイスタイルですよ。イメージっていうか。
マイスタイルを貫く人みたいな。
凌介さんはこれだっていうものを提示していく人みたいな、そういうイメージですね。
それで人の上げていく人ですね、状態を良くしていくっていうか。
一段上げようとしてくれるように支えてくれるみたいなイメージですね、そういう。
なるべく変な方向に行かせないようにしなくちゃいけないけど。
これだって言ったやつが変な方向だったらそのまま飛んでいっちゃう人だったら大変ですからね。
でもそこには重さというか支える力っていうのが存在するんですよ。
ただ単に上げるだけだったらいい言葉伝えていただないけど、簡単に言えることかもしれないですけど、
そこには支える力っていうものが存在していると私は思いますよ。
確かに。
そうかもしれないですね。官邸でもこうしたらいいっていうのをどんどん出していって、
じゃあこうしていきますって言ったときに間がないときがあるんで、
そのときにその間の部分の提示だけしておいてあげるみたいなことはたまにしますね。
たぶんその間ないとどこからどう行けばいいんだろうって、
たぶんこの話、官邸が終わった後悩むよなみたいな。
テンション上がって結構うまくいきそうって思ったのに、
そういえばどうやってやるんだっていう最初の一歩がもう踏み出せないみたいな感じになっちゃったらやばいなっていうのがあって、
一歩分ぐらいは絶対置いとこうかなみたいな足場だけ。
大事。
確かに。
あとなんかりょうすけさんと話した後はテンションがおかしくなるんですけど、
どういうこと?
テンションどっちですか?悪い方は下がるんですか?上がるんですか?どっちですか?
下がらないんですけど、
私が例えば普通に話してて、電話終わった後とかにめっちゃテンション上がったっていうか、
自分っぽくないなってなる時があるんですね。
終わった後、実はその日中ずっと続いてるんですよ。夜までとか。
そういうことがあって、なんか不思議だなって思いました。
自分じゃないみたいはちょっと怖いですけどね。
こんなんだったっけみたいになる時があるんですよ。
別に悪いことじゃないんですよ、それって。
ちょっといい気持ちにさせてくれてる時間っていうのが持続してる感じなんですよ。
ちょっと例えば雰囲気のいい場所にずっといるような感覚だったりとか、好きな音楽をずっと聴いてるような感覚だったりとかっていう心地いい状態を、
平常心って別に心地いいかって普通じゃないですか、普通の状態。
それを心地いい状態にあげてくれてて、それが続くみたいな感じなんですよ。
だから例えば変な話、好きな人と電話したらテンション上がったりとかするじゃないですか、男女関係なくというか。
だけど終わったら別に普通に戻るじゃないですか、終わりっていう。
けどそれが終わっちゃうと持続してるっていう謎の状態なんですよ。
多分あれですよ、悩み事とかがある時に話してもらって、それが終わった後にはもう悩む必要がなくなる状態になるじゃないですか。
なんで悩んでたんだろうぐらいの、そんなことどうだっていいかみたいな感じになると思うんですよ。
だから多分その悩みのマイナス部分がないからちょっとフワフワできるって感じなんじゃないですか。
多分人間常にちょっとだけ悩んでるじゃないですか。
もうちょっとだけ悩んでるのを多分その日中は忘れられるっていう。
悩む必要がなくなる1日みたいな。
なんかそれでちょっとフワフワしちゃう。
なんかすごい元気にならないみたいになるんですよね。
でも次の日ぐらいにやると普通に戻るんですけど、なんかその日の夜ぐらいまでは結構バーっとする。
ご飯とかも早く着くのみたいな。
いつも旦那さん帰ってくるギリギリになってやばいみたいなのやってるんですけど、
今日ちょっと早く着くのみたいな。
そういうちょっと前向きになるっていうか。
リポスケさん自身が陽のエネルギーが強いから、
それを多分えりかさんはめっちゃ受けてると思うんですよ。
確かにそれはありますね。
受け取りやすいですよね。
エネルギー受けて、交換神経と副交換神経がピッて切り替わる感じ。
なるほど。
そういうことだったんですね。
私多分陰のエネルギー強いから、多分それで。
言ったらなんかちょっと酔っぱらってる状態ですよ。
そうかもしれないですね。
でも別に悪い要因とかじゃない。
別にこうね。
ところすごって思ってますよ。
そんなことがあったとは。
というか陽のエネルギーがあったんですね僕は。
どっちかっていうと陰だと思ってました。
陰はないでしょ。
意外ない。
ないな。陽しかないよ。
じゃあこの3人結構陽しかいなくないですか。
私陰ですよ。
私も陰ですよ。
俺反転に見えてるのかな。
可愛い。
なるほどね。
面白いな。
面白い。
面白いな。
私はどちらでもないっていうか。
確かに確かに。
だから第一夜から太陽の光を浴びて、
気持ちいいってなってるってことでしょ。
なるほど。
エネルギーありがとうみたいな。
確かに確かに。
面白いな。
イメージとして出てきてるもんな今。
映像が出てきてる。
映像が出てきてる。
でも陽さんと話してても、
私自身も整理をいつもさせてもらったりとかしてたんで、
心の整理じゃないですけど、
今日行けますとか言ってね。
今日行けますかみたいな言って、
今日ちょっとこれやったら午後行けるよみたいな言ってくれて、
じゃあ午後に話しなきゃみたいな感じで、
話すことも今までも何回もやって。
3時間とか2時間以上は。
そうそうそう。
全然ないだろうな。
喋りにくいとかがないから、
ずっと喋って、話がどんどんどんどんいろんなところに行くけど、
でもいろんなことを整理しつつ、
私は私でエリカさんに受け入れてもらって癒してもらって、
っていうなんか循環がすごいできてるなって。
だから3人ともいい循環なんですよ。
確かにさっきの話で言ったらめっちゃいいですよね。
太陽と月と大地で。
面白いなあ。
すごいなあ。
そんな感じなんかイメージとして出てきたなちゃんと。