仕事と日常の振り返り
みなさんこんにちは、みゆんです。
久しぶりの配信となってしまいました。
何してたかって?
仕事してました。
月曜日から、あのー、木曜日まで。
いや、ずっとね、フルタイムで。
私、こう入ると9時間拘束なんですけど。
いや、それで、仕事ずっと入ってました。
いや、スタイフもね、全く全然聞けてません。
それこそ、携帯自体もほとんど触れない状態。
そんなん、4日間でした。
でも、いやー、ハードやったけど、
うん、あ、やり切った!って自分の中で、
こう、満足感はありました。
それは、やっぱりこう、働いている保育士さんとか看護師さん。
もう、やっぱりね、お子さん育てている中で、
で、春休み入ったりとか、病気だったりとかね、
そういう時に、あ、身近な方も寄り添えてるんじゃないかって思えると、
私の中で、うーん、それもやっぱり、
喜びだったりやりがいだったりするのも感じた4日間でした。
アニメ「100M」との出会いと「自分らしさ」
今日の配信は、バーニングさんとヤマルさんが
各種出されているサブカルワ世界を救うラジオの、
この前、バーニングさんの回で、100Mというアニメを紹介されていました。
いやー、それがね、私の中で響いて、
いや、100Mね、見させていただいたんですよ。
いやー、自分らしさ、そしてガチになる、というところで、
少し私の視点でお話をさせていただきたいと思います。
今の私の心。
それを入れて、配信させていただきたいと思います。
いやー、この100Mって映画皆さん見ましたか?
いや、これ、ネットフリックスで今ね、やってるんですよ。
私、WBCが見たいがために、ネットフリックス登録したんですよね。
で、あの、見させてもらって、
いやー、なんかこう、自分らしさって何だろうとかね、改めて考えたり、
そして、自分の好きなことにガチになる。
いやー、そこのことを私はすっごいこう、
うん、自分の今の心にタイムリーで、
いやー、心動きましたねー。
いやーバーニングさん、山田さん、ありがとうございます。
私が今、好きなことにガチになるということ、
それは、最近私が動いたことは、
応急手当普及員資格への挑戦
応急手当不給員の資格をやっぱり私は取りたくて動きました。
私が住んでいるところの市では、応急手当不給員の講習がね、定期的にないんですよね。
前も消防の方連絡したんですけど、
いつになるか分からずに連絡しますで終わっていたので、
でも私はやっぱり取りたい。
その思いがあって、京都市の方に連絡させてもらいました。
そして、いや京都市に私は住んでいるわけではないんですよね。
で、働いているのも京都市ではないので、
一応ね、ベビーシッターの仕事として京都市にも行くこともあります。
ということで、お話をして、
京都市の人優先でなのでということで、
ギリギリ、申し込み日のギリギリで、
もし人数が余裕があったら大丈夫ですということで、
大丈夫だったんですよね。申し込ませていただきました。
4月の頭に3日間、1日3日間フルであって、
講習と試験があってなんですけど、ちょっと頑張って取っていきたいと思います。
過去の経験と資格取得の動機
私がこういうのね、救命講習とかそれを取りたいって思ったので、
私は知事が癌で亡くなっています。
その時にもう末期だったので、本当にもう、
本当に呼吸もだいぶ、
あーしてるのかな、してないのかな、ぐらいのなっている時期までも来てました。
そんな時に、担当の先生が、
最後はお家でということで、というのはどうですかということで、
家でね、父を病院から退院して病院にいました。
そんな時に、母が父の息が止まっているのを見つけ、
で、お父さんが、と呼ばれ私と姉で、
お父さんのところに行き、そして姉が胸骨圧迫をして、
母は人工呼吸をして、私が119番にかけてということで、
したんですよね。
で、その後でも病院に運ばれて、父はそのまま亡くなりました。
いやもう、もちろん末期だったので、
父は助からなかったと思います。
でも私はその時に、もうその時に保育士をしていたので、
普通救命講習を受けていたんですよね。
それでも、私はやっぱりその状況で、
私が胸骨圧迫すればよかったと思います。
知識は持っていたので。
でもできなかったし、もうどうしていいかわかんなくて、
いやもう泣いてばかりでした。
それから私は普通救命講習を受けるようになって、
それから上級救命講習という形で定期的に受けるようになりました。
それはやっぱり、父の目の前でできなかった時の
自分の中の後悔があるからです。
そして私は自衛隊さんであったり、
消防士さんの仕事をすごい応援したい気持ちでいっぱいなんですよね。
それがね、やっぱりリンさんにコーチングしていただいた時に、
前世で自衛隊員だったりとか兵士だったりとか、
その記憶があるんじゃないかという話も受けた時に、
私なんかやっぱりあるんですよね、心の中で。
今回、応急店で普及員の方を取ろうと思いました。
保育と消防・自衛隊の融合への思い
そこがやっぱり保育ともつながっていて、
私は病児保育というところで働いています。
その中でやっぱり子どもの救命だったりとか、
それももっと勉強していきたいなという気持ちもあったんです。
そして私が好きなこと、保育士かける自衛隊、
保育士かける消防という形で何かできないかなというのが、
私のやりたいことであるんですよね。
それをまっすぐ動いてみました。
それが今の私の自分らしさ、そしてガチになるという思いでした。
「100M」制作者からの言葉と自己肯定
バーニングさんが、100Mの配信に私がコメントさせていただいて、
その返信のコメントで嬉しいことを言ってくださったんですよね。
そのコメントを紹介させてください。
いつも自分なりにできることを模索して、
答えを見つけては行動に移し心を燃やす。
あれ?美雲さんも100M出てましたっけって。
言ってくださったんですよね。
そんな風に思ってくださっているのも嬉しいなと思いました。
私は好きなことに関しての熱量が半端ないんですよね。
本当に好きこそ勝たんです。
やっぱり自分のその思い、感覚を大事にしていきたいなというのを改めて思いました。
Official髭男dism「らしさ」の歌詞に共感
そして最後に、この100Mの主題歌になっている
オフィシャルヒゲダンリズム、ヒゲダンさんの
らしさという曲を紹介させてください。
この曲が、これもねバーニングさんが教えてくださったんですけど、
歌詞が響いたところを少し紹介させてください。
誇るよ、全部。僕が僕であるための要素。
好きだよ、全部。
君という僕の黒い部分も、恵まれなかった才能も、
丈夫じゃない性格も。
まずここで思ったのが、君というのは自分の中の弱い自分なんだなと思って。
この丈夫じゃない性格も、この弱さ。
いや、まさしく私やんって思いました。
でもこの歌は自分らしさ。
僕という自分も、君という自分の中の弱い部分も、
それも全部らしさで受け止めていくという曲なんですよね。
で、最後の方で、
らしさ、そんなものを抱えては、僕らは泣いてた、笑ってた。
競い合ったまま。
大好きなことに全てを捧げては、まだまだ泣くんだ、笑うんだ。
意地についたなら、さあ本気で勝負だ。
らしさ、そんなものを抱えては、喜び、悲しみ、不安、期待、絶望、絶頂。
君と僕のものだよ、全部。
らしさ、そんなものを抱えては、ああ、生き耐えるまで泣くんだ、笑うんだ。
本当によかった、ああ、生きててよかったなっていう歌詞なんですよね。
いやー、これはもうちょっとね、心に響きましたね。
いやー、私はやっぱり、自分らしさにガチになって生きていきたいと思いました。
アナウンサー卒業と応援メッセージ
皆さんの自分らしさって何ですか?教えていただけたら嬉しいです。
最後に、今日はね、あのー、お母さん知ってますか?
いやー、あのー、関西の方だったらご存知の。
いやー、そのね、岩本さん、アナウンサーが今日卒業の日でした。
いやー、もう本当に私、岩本さんからめっちゃいつも朝元気もらってたんですよね。
いやー、仕事行く前にね、うん。
今日も元気でいってらっしゃいって、どんだけ元気もらっていたか。うん。
今後、岩本さんは報道記者になるそうです。
いやー、それも現場に行って、現場の声を聞く。
いやー、それをしていきたいからとのことだったんですよね。
いやー、そこも、うん、現場でいたいという思い。
いやー、私とも通じるものがあって、いやー、ちょっと熱いものを感じました。
そして、岩本さんから元気をもらってきたという、あの子育てで悩んでいた時に、
お母さんを見て岩本さんの言葉に救われたというお母様が、岩本さんにメッセージを送っていました。
その言葉を紹介させてください。
しんどくなったら立ち止まったらいい。
大丈夫。
お忘れ物はないですか。
今日も元気で、いってらっしゃい。
って関西の人しかわからないやいかーい。
えんて、噛んでるやないかーい。