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48物語の役割
2026-05-17 21:18

48物語の役割

「物語の役割」小川洋子さん

書くことと話すこと

聞く話す・指導要領の話をしようと思って忘れてた。またあとで。

感想

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サマリー

このエピソードでは、小川洋子さんの著書『物語の役割』を読んだ感想を中心に、物語が持つ多面的な意味と役割について語られます。話し言葉が書籍になることの魅力や、書くことと話すこと、聞くこと、読むことの密接な関係性が考察されます。また、自身の「本や物語」という活動を通して、語られる物語が状況や聞き手によって変化する様子、そしてそれが持つ多様な真実について深く掘り下げています。TOKUBOOKSでの出会いや読書会の経験も交えながら、物語が人々の繋がりや自己認識に与える影響が語られる、示唆に富んだ内容です。

小川洋子『物語の役割』との出会い
昨日、われながらいろいろ歩いて、宇都宮とかは歩いて、下妻もたくさん歩いて、しもんチャリのチャリも乗って、うるちょろしたので、結構疲れたなぁと思ったんです。
ひばらき県下妻市のTOKUBOOKSで、ゆっくりだらだら過ごしてね。
でね、録音した感じもわかんないけど、ちゃんとはわかんないけど、なんか疲れてる感じだったと思うんですね。
ただ、体の疲れと頭の疲れは違うと思い込むことにして、お昼寝をしたのもあって余裕が頭的にはあったかなと思ったので、読みました。
ちょっとだけ読んでいた、昨日早速買った物語の役割っていう本を読みました。小川陽子さん。面白かったですね。
物語の役割、小川陽子さんそんなにすごい数読んでるわけじゃないんだけど、それこそ一番最近はね、
琥珀の瞬きか?これも棚オーナーさんに教えてもらって、棚から買ったのか。で、読んだのが一番最後の小川陽子さんから私の中で。
あとね、これはネットの読書会で教わったんだけど、なんとかの読書会だったかな。なんかね、なんかあんだよ。
なんでアリ読んでないんだろう、まだ。読みますけど、読みます。
で、まあ興味ある作家さんではあったんですけど、こういうのやってるんだねと思って、ちくまプリマーシン賞から出てる小川陽子さんのやつで。
まあ、いっとい、ふしぶしでおっしゃってることがすごくね、僕としては僕なりのでしょうけど、よくわかったんですね。
「話すこと」が「書物」になる魅力
で、これはね、喋ったことが本になったんですよ。で、これが僕ね、割と好きなんですよ。
内田達郎さんとか、あとね、夏目漱石とかも結構あるんだけど、いや、知らないよ。好きなんですよと言っときつつ、そんなに知りません。
たま、知らないんですけど、もっといろいろこういうのがあるとか、こういうのがいいよっていうのがすごいあると思うんですけど、
話したことが本になってるっていうのが、僕はとても好きなんですよ、一言で言うと。
書くことと話すこと、聞くこと、読むこと。
まあこれ、そう並べると学習指導要領のようだけど、小学校、中学校、国語科の文科省から出てる学習指導要領ね。
あの、のようだけど、全部大事だなーって思ってるけど、密接に関わり合ってて、
書くんだけど話面白いんだよとか、逆とかね、書くことは面白いんだけど全然話さないんだよとかね、
その逆とか、いろいろあるんだけど、なんか全部面白いなと思ってるんだけど、
あの話すこと、話すことが、しかもすごいな、すごいことだねと思って、それを文章にすることを考えたわけでしょ。
本人、おそらく本人じゃないと思うんだよ。
もしくは逆に言うと、そういう実績があるから、講演してくれませんか?みたいなことになるんだと思うんだけど、
全部の作家さんがね、講演とかそういうことするわけじゃないと思うから。
だからといって、それしないとか、話す人が偉いとか、話さない人が良くないみたいなことじゃないんだけど。
今言ってるのは、でもただ僕はそういうことをしているのに興味がある。
で、昨日買ったのもアルカラ書店さんかな。
で、それ見て、いわゆるメンテみたいな感じになってて、これ面白いと思って。
あの、博士の挨拶式で一番有名なんじゃないかな、一昔前ですけどね、それがすごい話題になったの。
で、藤原雅彦さんという数学者さんもいて、
その人の本も2冊ぐらい読んだんですけど、まあ面白くてね。
あれは何だ、国家の変革とかだったね、数学。数学の話なんだけど、数学の話じゃなくて、留学の時の話とか。
国家の変革じゃなかったか、あれは。
まあでも、とにかく面白いんですけど、そっちの人もね。
自身の「本や物語」と物語の連鎖
で、自分のことに惹きつけることを自覚しながらなんだけど、本や物語っていう陣を作ってるでしょ。
作ってるし、書いて少ししながらやってるんだけど、まさに物語なんだよね。
物語家批判の哲学っていうのも起きましたよね。
で、イン・ザ・メガチャーチっていうのも物語の話でしたよね、ある意味。
で、いろんなことがね。
で、これね、物語批判の哲学みたいなこと混ぜちゃったから余計見えちゃうかもしれないんだけど、何が良いとか何が悪いとか言ってんじゃないんですよ。
物語っていうものにまつわる何かが、僕は今すごい気にかかっていて。
で、自分の営み、本や物語っていうのに物語をつけた。
まあこれ単純なね、下妻物語のパロディってわけじゃないんですよ。
全然読むと内容も違うしね。
でもなんか物語なんだよなと思っていて。
語られる物語の変容と多様な真実
で、あの、これごめんなさい、話し出しちゃって大丈夫かどうか。
えっとね、ノートをね。
ノートをフォローしてくださっている方に、自分の寺院のね、本や物語っていう寺院をこういう風に出そうと思った。
で、あのーっていう話した時に、なんかねコメントとか頂いてお返事したりしたんですけど、
その人の直近のノート、今の直近かどうかは分かんないけど、その時のノートをちらっと見たら、
なんか話した人、インタビューっていうかその誰かゲストを呼んで話す、イベントをやられるそうなんだけど、
そういう話した時にその人の話すインタビュアー、インタビュアーじゃないや、インタビュアーがインタビューする人、話してくれる人いろいろ。
その人、講演とかに来る人、講演っていうか語ってくれる人、
その人が話すことってやっぱり微妙に変わるんだって。
あのー適当だとかよく覚えてないとかそういう意味じゃなくて、変わってくのよ。
で、俺本や物語を微妙に改訂しながら、それこそテンスさんとか忍さんにもちょこっと話したんだけど、
あとからこれ追加しようとか、これも思い出したからこれも入れようと思って、
入れるんだけど時系列的にあれどこだっけとか、それ入れるとなんかおかしくなるなとか、
あれそもそもこれってなんかちょっと違くないかみたいなことを思ったりとかして。
なんかね、やっぱね、一連の物語として語ろうとすると、その時の瞬間の物語だから、
後でそこにちょっとこれもとかってやろうとすると変な感じになるのよ。
まあ多少変な感じでもいいやと思いながらやっちゃうんだけどね。
あの、うん、なんだろう、何かをさやってさ、一発でえいってやらなくちゃいけないのになんか失敗したから、
あ、ごめんちょっとだけとかってここだけいじってみたいなことやると台無しになるときあるじゃん。
あれな感じ。携帯のカバーとかつけるときもそうじゃね。
なんか一回、ちょっとだけ出てきた、でもちょっとだけなんだよな、ちょっとちょっとえいみたいな、
あーだめだったみたいな、そういう、なんかねそれに似た感じがあって。
で、そのノートでフォローしてくださってコメントくださった方も、
だから、いつにこの人に対して語ったこの人の話みたいな形でまとめるんだって。
その人っていうのは話すことはいろんな場面とか聞かれ方によって変わったりするじゃない。
場合によっては矛盾しなかったりもするし、実は矛盾してたりもするのかもしれないんだけど、
全部が全部正しいっていうか、あることなのよ。
何が良いとか何が悪いとかじゃないから。
だから、同じ人の話です。で、人もさ、いろいろいるからさ、自分の中で。
だからこの人が、この夕日にこの人に対してこの時語ったこれですっていうまとめ方をするっていう話を聞いて、
今そうなってるって聞いて、めっちゃそうだなーと思ったの。
あのー、自分の人生においてこれをっていうのを、
これはなんか捉え方が変わるだろうなみたいな、もう自覚できるくらいなこともあるわけじゃない。
それ、本屋物語の中にも触れてなかったりするんですよ。
で、それはね、自分の中で悪いことだったから、良くないことだから、黒歴史だからっていうこと、もちろんそういうのもあるけど、
じゃなしに、時によって場合によって捉え方も変わるだろう、みたいな部分がある。
全部そうなんだよ、全部そうなんだけど、特にそうっていう、もう自覚的にそう思っちゃってるようなこと。
これどうしようかな、これは。でも消化はしたいな。消化はしてるんだけど。
なんか、言葉の形にするかどうするかと思ってて。
話したりすることもね、全くないわけじゃないんだけど。全くないわけじゃないんだよ。
一度、隠したいわけじゃないから、
本当に全然、仲はいいけどそこまで深くない人たちに、何の気なしに、これどうなんですか?みたいなこと聞かれたから、
なんか普通に喋ってみたんだけど。
で、別にそんな、えー、みたいな、なんだそれ?みたいな感じじゃなく、普通な、そうするしかないわね、聞く側もね。
別になんか、犯罪の話とかそこじゃないからさ、一応。
ってのあったりするんだけど、なんかそういうのとかさ、何の話してるかわかんないからめちゃくちゃなこと言ってますけど、
いろいろそういうのがあって、物語の役割っていうのが、いいな。
『物語の役割』の再評価と本の扱い
あのね、本当に、もうお話が、話されたことがベースになってるからってのもあるのかな。
もう本当に、文章的にもそんなに、なのかな。だから、さらっと読めました。
その前に下妻図書館借りた本まだ一冊残ってるから読めやって話なんだけど。
えー、ただこれちょっとね、どうかなっていう感じですよ。
これは、ちょっと手元にも置いておきたいかな。
良いから手元に置いておきたいっていうことじゃないのよ、単純に。
なんつーの、良くないって言いたいわけじゃなくて、じゃあ今まで置いた本は良くなかった本を置いてんのか、
とめどに置いていくまででもないから置いたのかっていうとそういうわけじゃないのよ。
ちょっとどうしようかなと思ってますね。
「本や物語」に宿る個人的な物語
物語っていうものをつけてることにも、自分なりに物語ができ始めてるなってちょっと今思っていますね。
っていうか、そもそもあったんだなっていうね。
本屋物語と名付けたけれども、そこには下妻に越してくる本屋と出会う、
インザメガチャーチが本屋大賞を取る物語家批判哲学っていうのを買っちゃう。
ドックボックスで買ったと思ったらもうすでに持って行って、
自動値の方かわかんないけど置く。
置いたのをまたそれ棚オーナーが違うオーナーが買って読む。
で、インザメガチャーチはもう一回俺棚に置いてやったらまたそれを読んで置いてもらう?
わかんないけど。
とかがね、面白い。
今もう適当に並べたけど、物語っていうのがちょっとテーマになって、
本当にね、物語ってさ、昔話とか伝承みたいなので、
講伝、伝承、口伝えみたいなのであったりするじゃない。
ちょっと聞いてもらおうかな今度。
すごい時間あるときとかに。
ちょっとわかんないな。どうしよう。
思ってますけど、それはいいや。
自分のアレになっちゃったけど。
『物語の役割』の紹介と読書後の感想
物語の役割って大川陽子さんのチクマプリマー神書。
チクマプリマーじゃない。チクマプリマー神書053。
これを置くかもしれないし置かないかもしれません。
っていうね、本の紹介でした。
疲れてたんだけど、やっぱり読んでよかったなと思ったので、
もう朝のうちにね、今日はもう仕事なんですけど、
もう今お弁当も作り終えて、あとは行くだけなので、
割と余裕を持っていけますね、と思います。
ちょっと本な。またせっせと本も読んでいかないといけないね。
今日は買うことはないだろうから、
消化を地味にしていこうと思うかな。
読書習慣と本の選定基準
そうだね。自分の本。
そうね。なんかね。
付箋を貼っちゃいながら読んだりもするんだけど、
付箋を貼らなかったのは、
一気に付箋を貼るのも忘れて読んじゃったみたいなのもあるのよ。
付箋を貼るっていう文化がすごい意識的に自動化されてないから、
貼るときめっちゃ貼るんだけど、
全然貼らなかった。めっちゃ面白かったのにって時もあって。
そうなると棚に出すチャンスなんですよ。
今言った物語の役割を起こさんのは、
どっちかというとチャンス側の方なんだね。
ちょっと持ち歩いておこうかな。
置けるようにしようかな。
ユニークな読書会と本の繋がり
昨日言わなかったけど、読書会の陣も2冊くらいあった。
西野魔女が死んだとか、東京都同情等ね。
これもタイムリーなんだけど、僕の中では。
文庫が最近されたので、タイムリーというかそういうものなんですけど。
これも面白くてね。
読書会とは合わないんだけど、
それぞれ読む、感想を書く、
感想とかを読み終わった上でもう一回読む、
2回目の感想を書く、3回目もやるみたいな感じの
ユニークな読書会。結構あってないのね。
あってないって本当にZoomとかネットとかだなと思ったらそうじゃなくて、
本当にあってない。
手書きだったり、デジタルだったりするんだけど、
とにかく本当に感想の紙1枚みたいなのを
お互いに読み回しして、また読む。
読んでるのかな。読み返すっていうのか。
そのまま2回目書くのか一緒に読むのかよくわかんないけど。
そういうのもありなんだなって思って。
ネット読書会と棚を通じた出会い
昨日、ほぼ聞くだけになっちゃったんだけど、
ネットの読書会もちらっとね。
最後、本読んだ後から聞いてて。
で、僕も一応その本の棚借りてますよっていうのを
いろいろね、行ったりはしてるから、
それに後押しされて自分でも借りてみたんです。
で、最近それが本当にすごいいろんな繋がりとかが出てきたので、
ちょっと今日言わせてくださいって言って、
そういう人がいてね。
で、聞かせてもらったら、まあまあまあまあ、
はいはいはいはいみたいな。
昨日もそうだったし、僕もあのトクボックスさんでいろんな
いい出会いとかいい時間を過ごさせてもらってるけど、
やっぱりもう結局みんなそうなんですよ。
棚でやったらこの誰々さんと全然知らない人と話してみて、
その人も棚オーナーさんで、その人とこんな話ができてとか、
そういうようなことがやっぱりあって、
まあもうそういうもんなんだなって思って。
だからなんていうのかな。
今こういう経験が自分の経験だし、
自分だけじゃないしっていうのがあるしっていうのをちょっと思ったな。
自己と他者の物語、そしてTOKUBOOKS
思ったからなんかいいなとも思ったし、
なんかいろいろ考えて、さらにトクボックスだからのみたいなこと考えようみたいな。
なんていうのかな。
結局自分中心の人間なので自分は。
別にこれ自分だけじゃなくても場所が違ってもなんか似たようなことを話す人いるんだ。
だったらちょっとなんかもっと違う自分だけとか思っちゃうね。
究極的にはオリジナリティのない人間だから。
他の人のを読むと違うよな。
他の人のを見るったり読んだりするとやっぱり違うんで、
うわこの人だからこそだなこれはってめっちゃ思うもん最近。
面白いよ。
人の考えることは。
自分ではそうはいかないからだからか。
まあねちょっといいや話があちこちしちゃってきちゃったから。
とりあえず物語の役割っていう置くか置かないかよくわからない本の紹介をしました。
置く場合はトクボックスに置かせていただくと思うし、そもそもホテル本屋さんとかで売ってると思いますし。
わかんないなこれまたこんなこと言ってトクボックスにこれ置いてありますとか言われたらどうしよう。
多分大丈夫だと思うんだけど。
そもそも置く置かないとか関係なくトクボックス的な出会いの中の一つに、
線だとしたらそこの線上にある、その近所にあるなっていうことだったので紹介をしました。
今日もお仕事を頑張ります。
おはようございました。
21:18

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