1. 夜明けのブレス
  2. 夢の話、旧友の伴走者との別れ
2026-09-03 15:03

夢の話、旧友の伴走者との別れ フォロワー限定

26/09/03(木)
昨晩、不思議な夢を見ました。

目が覚めてからも、しばらくその光景が頭の中に残っていました。

今日、伴走者と話をしているとき、その夢のことを話したら、「そういう、目が覚めても残っている夢は、夢診断してみると面白いよ」と言われました。
普段は夢占いのようなものをあまり気にしないのですが、あまりにも印象に残っていたので、試しにChatGPTに聞いてみました。
夢の中で、僕は職場の仲間たちと出張に来ていました。どこへ来ていたのかは、よくわかりません。ただ、このあと飛行機に乗って、さらにどこかへ移動することになっていました。
その前に、みんなで昼ご飯を食べようということになりました。何人かずつに分かれて、小さな店に入ります。
僕は男性の仲間4人くらいと一緒でした。店の中では、いつものように何気ない話をしながら食事をしていたような気がします。何を食べたのかは覚えていません。
食事を終えると、みんなで店を出ました。ここから電車に乗って、飛行機の出る場所へ向かう。そんな流れだったと思います。そして僕も電車に乗りました。
ところが、乗ってしばらくして、何となく様子がおかしいことに気づきました。さっきまで一緒だった職場の仲間の声が、どこにも聞こえません。代わりに車内には、観光に来ているらしい人たちがいました。楽しそうに話しているカップル。子どもを連れた家族。どこへ行こうか、何を見ようかと相談しているような声。みんな、それぞれの旅を楽しんでいるようでした。
そんな中で、僕だけが一人でした。そして、ふと足元に気配を感じました。

犬がいました。

盲導犬です。

でも、今一緒にいる犬ではありません。もう20年近く前に、僕と一緒に生活していた盲導犬でした。懐かしいその犬が、僕の足元で身体を低くして、じっと伏せています。不思議なことに、夢の中では「どうしてこの犬がここにいるんだろう」とは思いませんでした。そこにいることが、ごく自然なことのように感じていました。

列車は、そのまま走り続けます。

やがて、普通の電車ではないことにも気づきました。どうやら観光用の列車のようでした。

しばらくすると、まるで遊園地のアトラクションのように、車体が大きく揺れ始めます。右へ傾いたかと思えば、今度は左へ傾く。身体が持っていかれそうになるほど、妙な動きをする列車でした。
周りからは、楽しそうな声が聞こえます。観光客にとっては、それもこの列車の楽しみの一つなのでしょう。
でも僕は、だんだん不安になってきました。自分が乗るはずだった電車は、本当にこれだったのだろうか。
その間も、足元の盲導犬は動きません。列車が大きく傾いても、びくともせず、ただ静かに伏せています。

そこでようやく気づきました。「あ……電車を間違えたんだ」

僕は、職場の仲間たちとはぐれてしまっていたのです。みんなは今ごろ、空港へ向かっているはずです。自分だけ、まったく違う列車に乗っている。
そう思ったところで、電話が入りました。留守番電話を聞いてみると、仲間の声が入っていました。「御園さん、どこにいますか?」

僕を探している声でした。なぜか大田さんでした。

僕は電話をかけ直しました。

そして、意外なくらい落ち着いて、「先に飛行機に乗って行ってください。自分は後の飛行機で行きますから」そんなことを伝えました。

そこで目が覚めました。

目が覚めてからも、いくつかの場面が妙に鮮明に残っていました。楽しそうに話すカップルや家族連れ。自分だけ違う列車に乗ってしまった感覚。「御園さん、どこにいますか?」という仲間の声。

そして何より、

大きく揺れる列車の中で、何事もないように僕の足元に伏せていた、昔の盲導犬。

それがずっと心に残っていました。

それで、伴走者に言われたことを思い出して、夢診断をしてみました。すると、なかなか興味深いことを言われました。

夢の中の飛行機は、大きな環境の変化や、新しい場所へ向かうことを表しているのではないか。
仲間とはぐれたことは、これまで同じ道を歩いていた人たちと、自分の進む方向が少しずつ変わっていくこと。

そして最後に、「みんなは先に行ってください。自分は後の飛行機で行きます」と言ったことには、「みんなと同じ道を、同じタイミングで進まなくてもいい」という気持ちが表れているのではないか、ということでした。

言われてみると、少しわかるような気もしました。

人生には、思っていた電車とは違う電車に乗ってしまうことがあります。

周りを見ると、みんなはそれぞれ楽しそうに、自分の目的地へ向かっている。
そんな中で、「自分だけ違うところに来てしまったのではないか」と思うこともあります。

でも、目的地へ向かう方法は一つではありません。
同じ電車に乗らなくてもいい。
同じ飛行機に乗らなくてもいい。
少しくらい遠回りしてもいい。
自分なりの方法で、最後に目的地へ着けばいい。

そして、夢診断の中で、僕がいちばん心に残ったのは、昔の盲導犬についての解釈でした。
周りの景色がどれだけ変わっても。
乗っている列車がどれだけ大きく揺れても。
僕の足元には、静かに動かないものがあった。

それは、
「これまで積み重ねてきた経験や、自分を支えてきたものは、環境が変わってもなくならない」
ということなのではないか、と。

夢なんて、脳が勝手につくった物語なのかもしれません。
夢診断に、どれほど本当の意味があるのかもわかりません。

でも、
楽しそうな人たちでいっぱいの、知らない列車の中で、
20年近く前に一緒に歩いていた盲導犬が、
何も言わず、
ただ僕の足元にいてくれた。
それを思うと、少し不思議で、少し温かい気持ちになります。

もしかすると、
「大丈夫。道を間違えても、ちゃんと行けるよ」
と、久しぶりに会いに来てくれたのかもしれません。

26/09/02(水)
バンバンクラブの訃報をいま知る

先日、学生時代から付き合いのあった後輩が亡くなっていたことを知った。

最後に会ったのは、たぶん2018年か2019年頃だったと思う。

彼と出会ったのは、僕が大学院生だった頃。
全盲の僕の学業を1年間ほどサポートしてくれていた。

朝が苦手で、よく遅刻してきては謝っていたのを覚えている。
でもパソコンにはめっぽう強くて、夜中まで一緒にパソコンをいじったり、いろいろなことを試したりした。

当時の僕にとって、彼は「ランナー」というより、完全に「パソコンオタク」という印象だった。

ある日、修士論文で疲れ切っていた僕が、
「ちょっと走ってみたいな」
と言ったことがある。

すると彼が、
「伴走やりましょうか?」
と声をかけてくれて、筑波大学の周りを一緒に走った。

僕はまったく走れなかったので、その時はそれっきりだった。
でも今思えば、これが彼と走った最初だった。

それから何年か経ち、僕が社会人になった頃。

仕事で視覚障害関係のイベントに行ったとき、偶然彼と再会した。

「こんなところでどうしたの?」
と聞いた僕に、

「御園さんの影響で、視覚障害に関わる仕事をするようになったんですよ」

というようなことを言ってくれた。

ほんの短い会話だったけれど、これは今でもよく覚えている。

そしてさらに年月が流れ、今から10年ほど前。

運動不足だった僕が、「そろそろ何か運動しないとまずいな」と思っていた頃、久しぶりに彼と連絡を取り、一緒に飲むことになった。

そこで初めて、彼がパラスポーツの伴走をしていることを知った。

そして、

「走ってみませんか?」

と誘ってくれた。

それがきっかけで、僕は初めて本格的に伴走者と一緒に走った。

その時の感覚は、今でも忘れられない。

全盲になってから、自由に走るということをどこかで諦めていたのだと思う。

伴走者と一緒に走った時、
まるで背中に翼が生えたような感覚があった。

「走るって、こんなに楽しいんだ」

そう思った。

そこから数年間、僕はかなりランニングにのめり込んだ。
今は以前ほど走ってはいないけれど、今でもジョギングは続けている。

考えてみれば、僕が走り始めたきっかけを作ってくれたのは彼だった。

その後も何度か一緒に走った。

最後に会った時には、お互い家族の話をしたり、これからの暮らしの話をしたりした。
すっかり父親になった彼を見て、学生時代とはずいぶん変わったなと思ったのを覚えている。

それから数年。

どこかで元気に仕事をしながら、今も誰かの伴走をしているのだろうと思っていた。

だから、亡くなっていたと知った時は、すぐには理解できなかった。

学生時代のパソコン。
大学の周りを走ったこと。
久しぶりに飲んだ夜。
初めて伴走で走った日のこと。

いろいろな記憶が一気に戻ってきた。

人との出会いというのは不思議なものだ。

本人は何気なく言った一言だったかもしれない。
何気なく誘ってくれただけだったかもしれない。

でも、その一言が誰かの人生を少し変えることがある。

僕にとって、走ることがそうだった。

彼があの時誘ってくれなかったら、僕は走る楽しさを知らないままだったかもしれない。

ありがとう。

またいつか、きちんと挨拶に行きたいと思う。

 

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

コメント

スクロール
フォロワー限定ポッドキャストです

エピソードを聴くには、ポッドキャストをフォローしてください。