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2023-12-18 28:36

【人生論】愛を得るのは簡単なのになぜ得られないのか◆愛と恋との違い

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ほんと、人生って、いろいろありますよね。

でも、大丈夫ですよ。これは気休めではありません。


本当に「大丈夫」なんです。


なぜなら、この世界は「愛」で出来ていますから。


ここで言う「愛」とは「愛情」という一般的な意味ではありません。

「完全状態」という意味です。

ある意味、科学的な意味です。そこに「一切の矛盾がない」ということです。


つまり・・・


「普通にしていれば、人生は普通に善くなる」んです。

あとは「あなたの心」次第。


エゴで心の視界を曇らせないことが、とても大事です。


私が、あなたの「心」を整えるお手伝いをします。


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サマリー

彼はなぜ愛を得られないのか、その理由は愛を知らないからです。愛は難易度が低く、全てを含んでおり、幸せになることができます。しかし、恋と愛を混同している人々は愛を得ることができません。このポッドキャストは、提供高校というものがあります。この学校は誰でも入れる難易度ゼロの学校で、限定性がなく、校舎も広く、みんなが幸せになれる場所です。ここでの架空の話を通じて、愛を得ることは簡単ですが、本当の愛を得ることは意識が向かなければゲットすることができませんというメッセージが伝えられます。現代では、集合意識の影響を受けているため、小難しい哲学書や難解な話も意外と簡単に理解できます。愛を得るためにはまず論理的な理解から始め、日常生活で実践を繰り返すことが必要です。

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あなたが進化するメルマガやってます。詳しくは概要欄から。
言霊の力であなたの人生を変えるコーチ天野です。
愛と恋の違い
今回のテーマは、愛は誰でも簡単に得ることができるのになぜ得られないのか、です。
人は愛を求めますよね。
やっぱり寂しいなという思いもあるし、愛を得ることができたら幸せだろうなというふうに考えるわけじゃないですか。
だから、いろいろと愛を得られるように頑張ったりとか、いろいろするわけですけど、なかなか得られないわけなんですね。
で、それはなぜかってことなんですよ。なぜか。
なぜ得られないのか。
それはですね、愛を知らないからなんですね。
愛を知らないから。
これが全てなんですよ。
そうですよね。知らないものを得ようとしたって無理じゃないですか。
そうですよね。
例えば、果物とかで、りんごって知ってますよね。
知ってるものは、なんとか得ようかなと思えば、それはなんとか得ることはできるわけじゃないですか。
そのお店に行ったり、お金払ったりして、得ようと意図して、それなりの金額を払ったり労力をかけたりすれば、得ることはできるわけですよね。
もちろん、その難易度っていうのはありますよ。
りんごだったら、ある程度難易度は。
低いですけど、例えば、何万円もするようなものっていうのは、ちょっと難易度は高いわけですよね。
若干、やっぱり根も張るし、もしかしたら限定発売とかだったら、なかなかタイミングによっては得られない場合っていうのはあるかもしれませんよね。
だけど、それもなんとか、いろいろと工夫をしてみたり、オークションなんかを漁ってみたりしつつ、存在さえ知っていれば、得られるわけですよね。
少なくとも労力、お金を惜しまなければ、得られるわけですよね。
存在さえ知っていれば。
だけどですよ、存在を知らないものは、それ、得ようがないじゃないですか。
そうですね。存在を知らないものって、どうやって得るんですか。
果物でいうと、りんごは知っていると思いますけど、
例えば、ゴンリっていう果物があるとして、
知りませんよ、そんな果物があるのかどうか。
仮にあるとします。
あるとしてもですよ、その存在を知らなければ、得ようがないじゃないですか。
だって、知らないんですから。
仮に目の前に現れても、それをゴンリだと認識しないんで、
その醍醐味みたいなものは得られないわけですよね。
まさにこういう感じなんですよ。
愛をなぜ得ることができないのかっていうのは、それは愛を知らないからなんですね。
知らないから得ようがないんですよ。
しかもですよ、実は愛を得るための難易度ってむちゃくちゃ低いんですよ。
まず値段は0円です。
タダです。
かかる労力も0です。
別に何かの練習する必要もないし、筋トレする必要もないし、
勉強する必要もないです。
場所を移動する必要もないです。
今、ここ、今この瞬間でお金を払わずに労力かけずに、
もう一瞬で得ることができちゃうんですよ、愛なんて。
簡単に。
だから、世界で一番得るのが簡単なものなんですね、愛っていうのは。
だから、本来ならば、みんなが愛を得ていなければおかしいんですよ。
でも、実際のところ、この現実世界っていうのを見てると、
愛を得ることができてる人もいれば、そうでない。
でも、実際のところ、この現実世界っていうのを見てると、愛を得ることができてる人もいれば、そうでない。
でも、実際のところ、この現実世界っていうのを見てると、愛を得ることができてる人もいれば、そうでない。
も、いるわけじゃないですか。
で、それはじゃあ、なんでそんなふうに差が出てきてしまうのかっていうと、
それは愛を得ていない人は、それは愛を知らないからなんですよ。
知らないものは得ようがないんですよ。
これっていうのは、そういうこと言われても、愛は知ってるよ、と。
愛っていう言葉も習ったし。
辞書を見れば意味が書いてあるし。
愛は知ってるよ、知らないなんてはずないだろ、っていうふうに言うかもしれないですけども、
ありゃ、どうやって、それが言えるかもしれないですね。
そういう人が言う愛というのは愛じゃないんですよ
愛とはまた別のものを愛だというふうに思っているんですね
例えば恋愛の愛とか
恋愛の愛というのはどちらかというと愛というよりかは恋ですよね
恋と愛って全然違いますからね
恋は争いを生みますけど愛は争いは生みませんから
恋は盲目的になりかねないですけど
愛は盲目的になんか全然なんないですから
恋は限定的ですけど愛は全てを含んでますから
だから全然違うんですよ恋と愛って
恋の限定性と愛の広がり
だけど恋愛ドラマみたいなものを見てると一緒のような感じに見えちゃいますよね
だから愛ったものが愛だと思い込んでいるとするのならば
それは愛じゃないんでだから愛を知らないってことになっちゃうわけなんですね
当然ながらさっきから言っているように知らないものは言いようがないんですよ
そうした場合ですよ
よく愛と間違えられがちな恋なんですけど
恋っていうのはさっきも言ったとおり限定的ですし
範囲が狭いし
ちょっと得るのが難しいんですね
恋が成就するみたいなことっていうのは
ちょっと場合によっては成就しなかったりするんですよ
それはそうですよね
これは当たり前の感覚でわかることですよね
例えば好きな人がいたとして
その人に恋心を抱いているわけですよね
その恋心が成就するかはそれは相手がいることですから
相手さんが納得してくれたらその恋は成就するし
納得しなかったら成就しないと
それだけのことですよね
ただとても危ういものなんですよね
範囲が狭くて相手の心次第で変わってしまうと
言ってみたら難易度が高いんですよ恋ってのは
でも愛は難易度低いんですよ
低いどころかゼロですよ
ゼロさっきから言ってるゼロですよ
愛が成就しないなんてことは
これはちょっとないんですね
ない
こんなことはありえない
あり得るとすれば愛を知らない場合
愛を知らなきゃそれは成就しないでしょうね
それは
愛ってのは何で難易度が低いかって言うと
全てを含んでるからですよ
単純な話そうですよね
限定的だったら難易度高いですよね
一方範囲が広かったら難易度低いじゃないですか
範囲が広いどころか愛は全てですから
広いも広い極限まで広いわけですよ
無限大なわけですよ
単純な話で例えば範囲が狭いということで言うと
学校とかで言うとですよ
入学者数がすごく限られてるとか
そういう学校ってやっぱ入りにくいわけですよね
入りにくい
選ばれし者しか入れないみたいな感じ
一方で範囲が広い誰でも入れますっていう学校は
文字より誰でも入れるんですよ
だから誰でも入れる範囲が広いものは難易度低いんですよ
範囲が狭いものは難易度が高いんですよ
だからそうした視点で言うと
恋は難易度が高いんですよ
愛は難易度が超低いんですよ
しかもですよ
範囲の狭い恋というものは
難易度が高いくせに
毒を含んでるんですねいろいろと
さっきも言った通りそこから争いも生まれますし
いろいろイライラさせますし
人生が苦労する原因になるんですよ
一方で愛っていうものは
範囲が広くて誰でも超簡単にゲットできる上に
デメリットがないんですね一切
毒がないんですね
毒がない毒がないんですね
どころかもう幸せにしかなれない
愛をゲットしたらもう幸せにしかなれない
むしろ不幸になる方が難しいみたいな感じのものなんですね
すごく特殊というか
まあ普通難易度が低いものはデメリット多いんですけど
でもむしろメリットが多いところがメリットだらけなんですよね
愛っていうのは
でそういう愛というものを知らずに
もうなぜかですよ人っていうのは
範囲が狭くて難易度の高い
かつ毒性のたくさんある恋みたいなものにむちゃくちゃこだわっちゃうんですよ
それで無駄に人生を苦しくしちゃってるんですね
だからそんなものにこだわるよりは
範囲が広くてメリットしかない愛を
今ここで今この瞬間練習ゼロ勉強ゼロでゲットした方がいいんじゃないでしょうかって
なんか僕なんかから見るとすごく思うんですけどね
愛を知ることの重要性
でもゲットできないんですよね
それはなぜかっていうとさっきから言ってる通り愛を知らないからですよ
なので言葉としては知ってますよ
辞書にはこう書いてある愛の意味はこうであるみたいな
そういう言語的な意味は知ってますけど
でもそれは誤解して受け取ってるわけですからね
言葉で言い荒らしてる愛っていうのは愛じゃないですから
本当の意味で愛っていうのは目に見えない概念ですからね
だからまずそれを知る必要がある
で知ったらもうゲットするのは簡単ですから
簡単にゲットできるんです
で幸せになれるわけなんですよ
この状況っていうのはちょっと例え話を出しますよ
分かりやすくするために
あくまで架空のお話として例え話を出します
例えば提供高校ってありますよね
甲子園とかサッカーとかで有名な提供高校
提供高校って誰でも知ってますよね
すごい有名人たくさん輩出してる学校じゃんみたいな感じで
超有名だし誰でも知ってますよね
誰でも知ってるけど
本当の提供高校は知らないわけじゃないですか
意外と
本当はどうなってるのか
本当にあくまで今話してるのは架空の話なんで
本当の提供高校がどうかってことではなく
ちょっとこの架空の話の中でちょっと進めさせてください
あくまで分かりやすくするためですからね
まあその前提とするとですよ
もしですよ
もし提供高校というものは
誰でも入れるとしましょう
誰でも
難易度ゼロ
校門の前に行って願書出せば誰でも入れる
校舎がむちゃくちゃ広くて
もう範囲が限定されてない
むちゃくちゃ広いから
もういくら生徒を受け入れても
もうもっともっと受け入れることができる
しかも
みんなが幸せ
嫌な思いをしてる人はもう一人もいない
生徒の中に
幸せしかない
そういう高校だとしましょう
繰り返しますけど
あくまで架空の話ですよ
架空の話を分かりやすくするために
架空の話として話してます
まあもちろん本当の提供高校も
本当の意味では提供高校も
提供高校の魅力
あの素晴らしい学校なんですけど
まあ
ただ
あくまで
今回のお話
に沿ってということで
ちょっと
いろいろとデフォルメなんかも加えて
お話ししてるわけですけどね
まあそうした場合です
そうした場合
まあ
ここでしているお話は
提供高校というものは
誰でも入れる難易度ゼロの学校で
で限定性がない
校舎がむちゃくちゃ広くて
もう無限大に広くて
ドラえもんのポケットみたいに
たくさん入ると
誰でも入れちゃうみたいな感じ
いくら人が入っても
どんどんどんどんもう受け入れることができる
みたいなそういう学校で
しかもみんなが幸せ
誰もが幸せ
その中に入れば
それが提供高校の本当の姿だったとしましょう
でそうした場合ですよ
僕らはまあ
提供高校の存在は知ってますよね
まあいろいろスポーツで活躍してたり
有名人がたくさんいたりとかするわけですよね
だから提供高校は知ってるよ
よくテレビで見るよっていうふうに
言うわけじゃないですか
まあでも
提供高校に入ろうかっていうふうに
考えるかっていうと
まあ必ずしもそうじゃないわけですよね
入ろうかと思う人もいれば
そうじゃない人もいる
でこれまあ
なんか考えてみるとおかしいわけじゃないですか
あくまで今話してる架空の話として
話を進めていくと
提供高校に入れば誰だって幸せになれるんですよ
しかも限定性はないんですよ
年齢ももういくらでもOK
子供でも入れるし
おじいさんおばあさんでも入れる
どんな人もOK
みんなが幸せになれる
そういう学校難易度ゼロ
そういう学校だったら
これ絶対入るじゃないですか
普通に考えたら
そうですよね
たとえもう大阪とかに入るときに
大阪に住んでても
本当の愛を知るために
とりあえずちょっと提供通いたいよってことで
引っ越してでも
入りますよね提供に
だってそれだけの価値があるわけですから
でも入らないっていう風にしていく人も
多いわけじゃないですか
みんながみんな提供に入るわけじゃないわけですからね
じゃあそれは何でかっていうと
本当の提供高校を知らないからなんですよ
つまりなんとなくマスコミとかで見えるような
その
一部分だけしか知らない
スポーツで活躍してる姿とか
そういう一部分しか知らない
だからまあ興味は持つし
名前も知ってるし
存在も知ってるけど
じゃあ自分が入るかって言われると
まあ例えば家が遠かったりしたら
そこまでして入らないかなっていう風な
決断にもなるわけですよね
で行ってみたらですよ
行ってみたらこれって
提供高校のことを知らないのと
全く同じじゃないですか
本当の提供高校を知らないのと
全く同じですよね
ま全く同じってか全く知らないわけですよね
本当の提供高校のこと
で知らないことは栄養がないわけですよ
知らないことは興味が湧かないわけなんですよ
だから提供高校の巨像みたいなものには
興味がきますよ
まあスポーツが強いとか有名人たくさんいるとか
そういう部分には目を惹かれるし
注目しますよ
だけど肝心の
本質部分本当のその提供高校の本当の部分には
目を向けることができないわけですよね
なぜならば知らないから
まあそうなんですよ
知らないものは目を向けようがないんですよ
意識しようがないんですよ
知らない果物のことを
この欲しいとも思わないし
ゲットしようって気持ちすら起こらないのと
全く同じで
知らないものはどうしようもないですよねこれ
だから言ってみたら愛ってそういう感じなんですよ
愛って言葉みんな知ってますよね
辞書を引けば意味が書いてあります
恋愛ドラマとかでよく愛が表現されていたりします
だからこれが愛でしょっていうふうに
みんな思ってるわけですよね
だから興味が湧くわけですよ
興味が湧くし
論理的な理解と感覚的な理解
まあ愛を得たいなとも思うわけですよ
まあでもそれは愛じゃないんですね
自分が愛だと思ってるものは愛じゃないんですよ
で本当の愛というものは
結構知らないんですよ
ほとんどの人は
知らないものは注意が向きようがないんですよ
注意が向きようがないってことは
ゲットしようがないんですね
だからここがすごく悩ましい部分で
なぜならばやっぱ簡単ですからね
愛を得るなんてことは
超簡単にできることですからね
限定性もないですし
もう誰でもウェルカムですし
超難易度低いんですよ
低くてかつ素晴らしいもの
なんですよ
ゲットするしかないじゃないですか
そんな素晴らしいものだったら
でも知らないんですよ
知らない
知らないから意識が向かない
意識が向かないから
ゲットしようがないんですね
なので本当の愛っていうのを
知っていく必要がありますよね
じゃあそれはどうすれば
知ることができるのかっていうと
まずは論理的な理解からですよね
例えば昔から
宗教的なこととか仏教書とか
そういったことで
愛っていうのが説明されてるわけですね
仏教の場合は
愛とはあまり言わないんですけど
慈しみとかそういうような表現をするんですけど
愛ですよ
言ってみたら愛と同じようなものですよ
キリスト教とかになってくると
もろに愛っていう言葉で説明しますよね
だから新約聖書とかにも
そういったことが表現されていて
よく敵を愛しなさいみたいなことが
言われたりするわけじゃないですか
キリスト教関連の本なんか見てると
って言ってみたらああいうことなんですよ
でああいうのを見たときに
やっぱ表面上だけで見ますよね
敵を愛する
なんかそうやって無理やり
自分に言い聞かすのかな
みたいな風にしか思わないですよね
だけどそういう表面上の理解で終わらずに
ちょっと深く追ってみるんですね
で深く追ってみると
この敵を愛しなさいっていう風に
表現している
ことの奥深さが分かるんですよね
でそれが分かった時が
愛を理解した時なんですよ
で愛を理解すれば
本当に別に敵とかないですから
さっきから言ってるように
愛は全てを含むわけですからね
超範囲が広いわけですから
間口広いわけですから
間口広いということは
当然敵も含まれるんですよ
だから敵を愛するような
そういう心境に慣れた時
それが愛を知った時なんですね
で敵を愛する心境ってのは
別にそんな難しいことじゃないんですよ
本当の愛を知っていれば
まあとはいえ分かんないですよね
いやいや敵を愛することなんてできないよ
っていうふうについつい人は思っちゃいますよね
だからそこのところの心のブロックを外すために
まずは論理的な理解から
まあ仏教書でもいいですし
キリスト教の関連本でもいいですし
もうちょっと現代的に
現代に書かれた本でもいいですよ
哲学書なんかでもいいですし
そういったこと
あのそういった本ってのは
もう単なるノウハウ本じゃないんで
この世界の構造を論理的に説明してるんですね
かなり
あの実際長ったらしいわけじゃないですか
特に仏教書なんて
もうくどくどくどくど書かれてるわけですよね
でなんであんなに長くなるかって言うと
やっぱり噛み砕いて説明するとそうなっちゃうんですよ
どうしても長くなっちゃう
で一方で書店の一般書とか
ライフハックコーナーとかに置かれてるような
軽めの本ってのは
確かに軽いし読みやすいんですけど
その代わりあんまり深い説明ってしてないですよね
どちらかというと目を引くような
景気のいい言葉っていうか
それだけをポンと並べてあるような感じですよね
だからもちろんそういったもので
理解が進む場合ってのもあるんですけど
ただ深く説明してはいないんで
僕ら現代人は特にそうですけど
論理的な理解でまずは入っていくんですね
そうした観点からすると
なんだかんだでいわゆる小難しいと言われてる本
哲学書であるとか仏教書であるとか
なんかうわーって思っちゃうような本
ああいった本って意外と学べるんですよね
本当丁寧に説明してくれてるんです
たまにですね僕のところにも
ちょっと突っ込んだようなコメントっていうのは
来ることあるんですね
もうちょっとそこのところを深くお話しして
教えてくださいみたいな
ただそれを説明し出すと超長くなるんですね
だからとてもじゃないけど
コメント欄で書けるような範囲内じゃないし
だからむしろまあ哲学書を読んだ方が
早いんじゃないかっていうふうに
思っちゃうぐらいなんですよ
あの実際そうですよね
結構いろいろネット上とかで
質問サイトとかでもそうですけど
割とそこのところ
もうちょっと詳しく教えてくださいとか
まあさらにさらに突っ込んで
質問する場合ってあるじゃないですか
でそうやって突っ込んで
あの質問するぐらいだったら
最初から哲学書とか読んじゃった方が早いんですよ
ちゃんと用意してくれてますから
哲学書とか仏教書っていうのは
全部説明してくれてますから
ただそういったものをまずは読んでみる
あの分かる範囲で読んでみる
でそうすると少なくとも
論理的に理解できるわけですよね
愛というものが
でその次にやることは
それを自分の感覚に落とし込むことです
まあこれはどんなことだってそうですよね
論理的に理解できても
それを感覚的にわかるかどうかって別ですよね
もうスポーツなんか典型ですけど
ボールの蹴り方とか
サッカーのボールの蹴り方とか
そういったものってのは
集合意識の影響
サッカーの解説書とか買ってくれば
もう論理的に超わかるわけですよ
足の角度とかどういう風に力を入れるか
それはもう超書いてあるわけですよね
詳しくつまり理解できたわけですよ
頭ででもじゃあ頭で理解できたからといって
それがやれるかって言うと
ちょっとできないかと言うと
できないですよね
だからそれをやるためには
やっぱり実践していくってことが
必要になってきますよね
そうやってまずは論理的な理解から入って
次にそれを日常生活の中で
こういうことかなっていう風に
繰り返すわけですよ
いろんな実践を
これが愛かなっていう
そうしたらわかりますから
意外と難しくないです
今なんかちょっと難しいような感じで
言っちゃいましたけど
哲学書がどうなこうなって
難しいような感じで
言っちゃいましたけど
難しいような感じで言っちゃいましたけど
そんな難しくないです
そんなに
特に
最近は難しいとは感じないはずですね
これどういうことかっていうと
僕らって集合意識の影響を受けてますからね
集合意識の
だから
集合意識に組み込まれたことを前提に
思考をするんで
そうしたことからするとですよ
ここ近年の
だからここ5,6年の
集合意識っていうのは
明らかに本質に気づくような
力学みたいなものが働いてるわけですよ
僕らはその影響を受けてるわけです
だから30年前には
とてもじゃないけど
理解できなかったようなことも
今は割とすっと理解できたりするんですね
例えば30年前は
それはオカルトだっていう風に
オカルトの一言で片付けちゃうようなことで
あったとしても
今は確かにそういうことって
あり得るよねっていうふうに
素直に受け取ることができる
それもそういうのが
これもこれも全て
集合意識の影響を受けてるからなんですよ
言ってみたら
下駄を履かせてもらってると思ってください
その集合意識という下駄を
だから自分でわざわざ
むちゃくちゃ努力しなくても
もともと集合意識の下駄を履いてるんで
だからちょっとふわっと浮き上がってるんですね
浮き上がってるから
より高い視点で
いろんな本とか読むことができるんですよ
だから意外と簡単です
愛を得るための実践
小難しい哲学書とか言っても
意外と簡単に今だったら理解できます
実際そういう動きってありますから
そういう力学って今働いてますから
これはもう宇宙全体で働いてますからね
実際社会現象としても起こってるわけじゃないですか
ありとあらゆるものが統合していく
統合して進化していってますよね
例えば男女の区別がなくなったりとか
ジェンダーレス社会になってきてますよね
そうやっていろんな区別がなくなってきているってのは
これは進化の現れなんですよ
例えば昔だったらですよ
30年前とかだったら
男が女のスポーツをやるとか
女が男のスポーツをやるってのは
これはもうなんかまず
心理的な壁ってのが大きかったし
周りにも理解されないし
いろいろやりにくかったわけですよね
つまり集合意識の下駄を
履いてない状態なわけですよ
例えば女性でも格闘技やりたいとか
女性でも相撲をやりたいとか
そういう人もいるわけですよね
30年前とかでもいたわけですよね
でもなんかやりにくいなっていう
感じでも今だったら
まだすんなりやれるわけですよね
なぜならば集合意識の下駄を履けてるから
つまりだんだん
集合意識が本当の意味での愛に
気づきやすいような状況になってきてるわけなんですね
でそれがまさに統合だし
統合ってことは全てを含んでるってことですよね
全てを含んでるってことは
文字通り全てを含んでるんですよ
男だろうが女だろうが
国籍も一切関係なく
誰でもウェルカムっていうような状況に
だんだん近づいてきてるわけなんですよ
これもっともっともう何百年後まで行くと
国境もなくなりますからね
これも確実です
もうそういう力学働いてますから
で今その過渡期なんですよ
2013年あたりが過渡期なんですけど
まあこれちょっと宇宙論的な話をすると
6500年周期になってるんですけど
でちょうど今がそのタイミングなんですよ
まああんまりこの宇宙周期の話をしたって
今回はそれが趣旨じゃないんで
いずれにしても僕らはね
今の僕らは集合意識の下駄を履かせてもらってると思ってください
だから意外と理解しやすいんですよ
小難しい話も
昔は小難しく思えた話も
だからまずは論理的な理解から入っていく
でその後実践ですよ
日常生活の中で実践を繰り返す
そうすると愛をバチッと理解できるんで
もう理解できたらゲットするのは超簡単なんですよね
難易度ゼロですから
だから今回のまとめを言うと
なぜ
愛を得られることができないのかっていうと
それは愛を知らないからなんですね
だったら愛を知っていくということが必要になってきますよね
少しでも伝えればと思います
人生いろいろですけど頑張っていきましょうね
あなたが進化するメルマがやってます
詳しくは概要欄から
28:36

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