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家族の情景を語り継ぐ 青春編 from Radiotalk
2026-09-15 11:43

家族の情景を語り継ぐ 青春編 from Radiotalk

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夕焼けひとりきり、始まりました。
昭和、二桁生まれのパーソナリティー、ミッキーロンリーがご案内します。
昭和レトロ、今は懐かしい思い出。
明日の心配もせず、駆け抜けた昭和の時代。
暖かく、優しい昭和の情景、心のままにお話しできればと思います。
どうぞお付き合いください。
今日は、昭和、思い出の中に家族の情景を語り継ぐ。
みなさんにとって家族、それは幼い日の思い出に浮かぶ情景でしょうか。
今、いらいている思いは、囲まれている家族、それぞれに思い出があることでしょう。
誰しも物語として綴れば、それは幼い時、この世に生まれて抱きかえられた父や母の思い出。
喜んでくれた、名前もつけてくれたことから始まるかもしれませんね。
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幼児、児童、そして思春期を経て、学生時代を過ごし、社会人になって現在まで、多くの方が過ごしてきた。
まさに戻ってくる場所、帰ってくる場所、それが家族の温もりがあった。
その情景はどのような姿でしたか。
湯気の支度、当時の台所、食卓と今でも比べると大きな違いがありますよね。
当然カウンターキッチンというのはない時代。
母親の背中の姿が脳裏に浮かびます。
壁にフライパン、さまざまなものをフックでぶら下げてあるような家庭でした。
そして、冷蔵庫の中には今の時代と違ったアルミ製、ステンでしょうかね、ゼリー。
それを作ってくれて、私は固まる前のゆるい状態のものが好きでしたし。
その食卓という部分で思い出があるのは、ロールキャベツ。
まんまるのパン粉でこねこねしたケチャップをつけたハンバーグ。
わかめの味噌汁、赤だしですね。思い出すことができます。
当然伸びゆく時代で父親の帰りは、それはビジネスマンとして
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とても帰りが遅く帰ってくる父親は疲れていたような気がしますけども。
あの当時、三太らし団子をいつもお土産として買ってくるものが
実は冷えてあまりおいしくなかったのですね。
ただ、そんなことは口が裂けても言えないし、しなしなになっているんだけども。
そして父親がたまに昆布のだしをとって、そばつゆでそばを作るのが好きでした。
私と弟で食したものですけれども、これも実はあまり当時おいしいとは思わなかった。
それも口に出せない。
そして年月は進み、高校時代までその実家という部分で、徐々に皆さんはいかがでしょう。
それまでの友人、自分の家に遊びに来たり、友達の家に遊びに行ったというような
そんな思い出が、記憶が徐々に減って、勉学に追われるように、その受験勉強、
なぜか忙しいあの頃からそんな自分、時間に追われるような思い出で
家族とのつながりというものは徐々に減っていったような気がします。
当然あの頃の皆さんはどうでしょうかね。
やはり時として会える家族で揃った瞬間、わずかな時を
父母はそれは大事な時として精一杯の料理を作ってくれていたような気がしますけども
悲しいかな、その当時の自分はあまり感情表に出して喜んだとかいう記憶があまり思い出せません。
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反抗期があったせいでしょうかね。
そしてその後自宅を離れて大阪の方に、手前店の話ですが行くことになります。
ただ一人暮らし、当時は心なしのアパートに憧れ、やはり多くの影響でしょうかね。
そこで時として母親が精一杯決して大きくない段ボールに目一杯の食料品を詰め込んで
インスタントの焼きそば、チキンラーメン、私が好きなことだというのを知っていたのでしょう。
生活用品、洗剤、そして食品なども入れてくれたような気がしますけども、もちろん嬉しく。
時にはそのアパートのピンク電話で家にかけるけども、
なかなか親というのは、当時10円玉の鉱種でたくさん積んでも親からはなかなか切ろうとしなかったですね。
そして自分自身では、今では恥ずかしいのですけど、鬱陶しがったような冷たい話し方をしていた気がします。
少し思い出すと情けないです。
年月を経て家族の在り方というのは、今自分も形が違えどそのようなものを人から感じられているかどうかは分かりません。
皆さんはいかがでしょう。
このあたりで家族の情景終わります。
お付き合いしていただきありがとうございます。
次回の番組、お楽しみに。
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