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居酒屋時代 先入観のリグレット/差別と誤認 from Radiotalk
2026-07-31 12:01

居酒屋時代 先入観のリグレット/差別と誤認 from Radiotalk

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00:11
夕焼けひとりきり、始まりました。
昭和、二桁生まれのパーソナリティー、ミッキーロンリーがご案内します。
昭和レトロ、今は懐かしい思い出。
明日の心配もせず、駆け抜けた昭和の時代。
戦く、優しい昭和の情景。
心のままにお話しできればと思います。
どうぞお付き合いください。
今日は、居酒屋時代。
素敵な名前のこの店。
柔らかく温かい明かりが店内を灯す。
カウンターの奥に、味わい深く、しみじみとお酒を嗜む人。
HOPE、希望の人。また会えました。
カウンターの中には、上品な和服のいで立ちのおかみさん。
菩薩のような御縁をたたえ、人々に慈愛と慈悲の心で癒しを与え続ける。
私、ミッキーにどんな癒しで包んでくれることでしょう。
そばにいて、お酒を組み交わしたいと思います。
お付き合いください。
HOPEさん、こんばんは。
そばにいて、よいですか。
やあ、ミッキー。また会えたね。
03:03
おかみさんも笑顔をたたえ、HOPEさんも嬉しそうだ。
何を考えていたって?
ミッキー、ボーダーライン、境界、そんなテーマについて考えてみたい。
私たちは日々、暮らしの中で線引き、いわゆるボーダーだ。
無意識のうちに引いているのかもしれないということに考察してみたい。
例えば、あらゆる世の分断が避けられる中、その分野により、
例えば側面として、経済的な保有層と貧困層、
そして、身体的なものとして障害を持っている方とそうでない方。
また、若い世代からもそうだ。
その落書き社会と呼ぶのは悲しいから存在している。
そこで、コンプレックスを抱いてあるところへの線引き。
地域社会における差別、その街の歴史とその悲しい街の歴史において、
ボーダーを引くことも時折危惧という話だ。
そして、自らがそこに属するものと属さないものとして、
人は自らがそこに属さない時については、自分がその側にいることを前提としてあるボーダー。
06:03
境界を引いて、色眼鏡で見ている、また言葉に出さずとも心の中で感じているのも、
実は私の場合も往々にして過去の中であった、それは罪深いことを前もって告白しておこう。
ある以前の話だ。
それは社会人におけるビジネス真似様々な人たちと会う。
もちろん連携した業者の中でも、自らが営業の立場で、その取引業者という部分が自らとして取り上げたいと思う。
その中でたまたま顔に大きな痣をつくっている人がいた。
そしてとても素晴らしい人格者だった。
ただ当時の自分の見識では、そう見ながらも、どこかその職に就いていることに悲観的なもので見ていたものがある。
とても言いづらいのだけれども、そこに職に就いたことがなぜと思えるような、
外観上のものがあったということは、とても言いづらいのだけれども。
そしてとても素晴らしい成績をその方は収め、様々な仕事を受けることになった。
そしてあの頃の私も自らの職に就いた彼に悲観的な同情を持っていたのは事実なんだ。
09:10
とても恥ずかしいことだ。
ただ年月を経て今思うのは、その方を先入観で自分がかわいそうだとか、
同情な視線を投げていたのは否めない。
そして自分自身も今も罪を滅ぼし、
それは私自身もその立場にあるかもしれないということだよね。
そしてやはりつらいのは色眼鏡で見られること。
あるところから何かの側面において健常、正常なもの、
そしてそうではないもののところで同情を引いたり、
そして所属性の問題にしては決してならないという話だ。
ホフさんありがとうございます。
人は棒だ。
無意識のうちにあるところから自分がそこに分野において属してないという、
側に立って属しているものをある先入観で物を見てしまう、
色眼鏡で見てしまうということが往々にあります。
ただ自らが何らかの分野にその側になった時にその気持ちがわかるということ、
そしてその罪深さ、自分がその同情をかわいそうだと思った自分は
ただの無知だということに気がつくという話ですね。
ホフさん、おかみさんありがとうございます。
居酒屋時代、表に出ていないものを自ら見える景色だけで全てを判断してはいけないということ、
その立場になって初めて見えるものがあるということ、
それはいつも自分に対する忌ましみを持たなくてはいけない、
そんな人たちが集まる居酒屋にお立ち寄りください。
この辺りで終わります。お付き合いしていただきありがとうございます。
次回の番組、お楽しみに。
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