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夕焼けひとりきり。 始まりました。昭和。
二桁生まれのパスノリティー。 ミッキーロンリーが
ご案内します。 昭和レトロ。
今は懐かしい思い出。明日も心配もせず、 駆け抜けた昭和の時代。
優しい昭和の情景。 心のままにお話しできればと思います。
どうぞお付き合いください。 今日は、昭和レトロのお話。
テーマは、紙芝居。
歴史を込めてお話したいと思います。 昭和平成の
現代に来るリスナーのみなさん。 紙芝居。
幼い時に教育所を見られた方もいるかもしれませんし、 世代によっては
紙芝居、その日本独自の文化に、 その思い出を記憶の中にお持ちの人もいるかもしれませんね。
私ミッキーがエピソードを交えてお話します。 聴いてください。
紙芝居、その歴史。 夕焼けひとりきり、番組でも。
宇治山公園での紙芝居。 現代人に捧ぐその
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何か忘れて欠けていたそのテーマに関して、 時折放送しております。
そんな紙芝居も実力としてその歴史には深い重みがあるということを皆様ご存知でしょうか。
昭和101年目のこの年にも実はその以前から、 紙芝居は歴史を重ねてまいりました。
古くは歴史の上でも関東大震災という、 その人々の記憶の中にそれは
不幸というものを考えなければいけない、 その生活からの再建の中に、
収益を確保するために、 その外交での紙芝居を生業としていた方々が当時はいました。
それは、天災による被害からの人々の生活、 暮らしの営みの中に勇気を与えるもの、
愛を感じさせるものであったかもしれません。
広場、空き地で、 表紙居、ホラー街を越えて人々を集め、
その集まった中に減量、 それは見る代わりにおせんべいや飴玉を売るという、
その好感情のものの営み、 生業とも考えられています。
そして独特の語り口で人々を魅了する。
そしてその最高からも、 またもや世界恐慌から始まる、
その昭和の時代に再度暗黒の時代となります。
そして紙芝居は数を減らしていき、
歴史でも我が国における太平洋戦争の最中にあり、 その姿を見ることはなくなりましたけれども、
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敗戦後、その戦後にまたもや復活をしだす。
人々が荒れ果てたその焼け野原がまだ残る時にこそ、
人々にまたそのなりわいを思い出させてくるあの表紙芝居。
それを打ち直し人々が集まり、
まだ当時は希望を見出せない時代かもしれません。
その中から目、語り口によって人々、特に子どもたちに、
夢、愛、希望を知るものであったかもしれません。
それまでの文国主義から民主主義へとの転換の時代に、
そのヒーローになるもの、それは何か自分と重ねて当時の子どもたちが見ていたかもしれません。
そして、なぜか人情。
その紙芝居に載せるものというのは、
世界でも類を見ない日本独自の芸能でもありますし、
表現はできるかどうかわかりませんけれども、
一枚一枚心を込めて、
そして何もかもが今の時代とは違い、
想像する何か、見せつくさない何かを考えさせるような、
その絶妙な、空気感を人々はその紙芝居を見つめる中に、
なぜか自分がその舞台に入り込んだかのように、
そして自分の家族や友人のことを思い描いて、
その紙芝居を見ていたかもしれません。
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そして関東でも全国的にもその紙芝居を生業とする人たち、
古い大きな自転車に紙芝居の用具一式、
引き出しのある飴玉、おせんべいといった、まただらしも詰め込んで、
土曜に打ちなし、また笛を吹いて人々が、
そのやってくる紙芝居の人に心躍らせて、
何か自分の未来、将来を希望に重ね合わせていたのかもしれません。
そして時代はその後の頃、経済成長への流れとつながっていった中で、
現れて、実は外島紙芝居、その発展とともに同時に現れた、
昭和の時代の代表的な人々の次の時代に現れたテレビ番組、
その普及とともに、悲しい外島紙芝居の文化は徐々に数を減らしていくこととなります。
そしてその当時、紙芝居でいつも何か目調子で、
人々にその絶妙な語り口で何か想像をくらましていた紙芝居のおじさんは、
いつも次回は何か含みを持たせるような終わり方で、
もったいぶったところがありましたけれども、
そして時代は変わり、人々はテレビ番組の中でその代替わりという文化に慣れ親しんでいきます。
そして今では時代が過ぎ、教育上でもその紙芝居が見直されています。
そして当時の記憶を思い出す人、また新たな子供もその新鮮さが受けているようですね。
紙芝居の文化、いつまでも残していきたいものですね。
このあたりで本日は終わります。お付き合いしていただきありがとうございます。
次回の番組、お楽しみに。