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「おはぎ」と「ケガ」から気づいた、見える世界の変化
2026-03-25 15:29

「おはぎ」と「ケガ」から気づいた、見える世界の変化

怪我をして、めっちゃ落ち込んでました🔆

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サマリー

このエピソードでは、足を怪我した経験から、普段見過ごしていた日常の変化や人々の優しさに気づいた話と、お彼岸に食べるおはぎとぼた餅の名前の由来や季節との関連性について語られています。怪我によって行動が制限されたことで、自身の感情と向き合い、現状を受け入れることの大切さを学びました。また、おはぎとぼた餅の名前がそれぞれ秋と春に咲く花に由来することを知り、日本の文化の美しさを再認識しました。これらの経験を通して、日常に潜む深い意味や人々の優しさに気づくことの豊かさを伝えています。

怪我による落ち込みと気づき
はい、皆様おはようございます。片付けコースあるタントのまっちゃんです。このラジオでは、シンプルに自分の日常をちょっとだけ機能やレスキーになるための学びをシェアしていきます。
はい、皆様いかがお過ごしでしょうか。ちょっと前回のポッドキャストお休みしましたが、あのー ちょっとなんか体調崩したりとか、ケガをしたりとか
ちょっといろいろいろいられまして、今は結構あの大丈夫になりましたが、はい。 今日はね久しぶりになんかこうちょっと雑談会というか、ちょっと思いつくことをポロポロ話そうかなと思うんですけど、
ちょっと足をねケガしたんですよ。で、歩けなくてうまく歩けないから、普段歩くことがすごい自分なんだろう、普通というか、歩くことが結構元気になるための必須の行為だったので、お散歩も好きだからね。
そう、だから歩けないってことは結構自分にとって、あの思ったよりダメージがあってですね、そう。なんか痛いとか、そういうことよりも歩けないという自立が、こっからあっちまで行けないみたいなのがね結構来てて、うん知らない間に、だからあの落ち込んでました、めっちゃ。
私こういう時なんか、昔はですね、なんか結構理論的に考えちゃうから、落ち込んでてもしょうがないからこうした方がいいみたいな対策を考える方に頭が行っちゃう方だったんですけど、
ですけど、いろんな経験を経て落ち込んだ方が理論的にもいい。自分の感情を無視してはいけない。無視したらむしろ長引く、この嫌な感覚ね、長引くということを学んで知ったので、落ち込むだけ落ち込みました。
めっちゃ落ち込んで、主人公ですよ、この世界が終わったぐらいのね、落ち込みをしてですね、今ちょっと這い上がってきたところでございます。
結構、お片付けとかも何でもそうだと思うんですけど、なんかこううまくいかない時とかって結構体調がね、優れなくって、それがいろんなところに派生して、片付けができなくて落ち込んだりとか、
やりたいことができなくて落ち込んだりすることあると思うんですよ。体がやっぱり整ってないと何事もうまくいかないんですよね。
周りの人は結構その体の状態とか何でもそうですけど、元の状態に戻ることを結構願ってること多いじゃないですか。私もよくその病院で骨折されたりとか、脳のね、障害脳の出血とかで、
体の状態がガクッと落ちてる人と普段から接してってすごい思うんですけど、結構ね、その状態になってること自体よりも、周りが元に戻ることを願い続けることって結構本人にとってしんどいんですよね。
だから、私も今回足を怪我して、足を怪我したという事実よりも、私自身がこれぐらい治るのに時間がかかるんだろうなって分かってるんだけれども、結構かかるんだろうなって分かってるんだけれども、
自分も元に戻りたいけど、元に戻らないかもしれないっていう現実もあるんですね。怪我ってあるじゃないですか、何でもそうですけど。だから、自分も元に戻りたいけど、元に戻らないかもしれないっていう現実もあるんですよね。
落ち込むだけか落ち込んで、そこから元に戻らなくてもいいっていうスタンスで、今の自分の状態を冷静に見て今の自分でできることをやるっていうのって結構病気だけじゃなくて何でも大事だなと思うんですよ。
例えば、出産された方もそうですし、生活環境がガラッと変わった、誰かと住み始めたとかね、怪我とかだけじゃなくてポジティブな意味でも生活環境が変わった時って変化が何だろうな、いつまで続くか分かんなくて、いつか戻るだろうとか、いつか治るだろうとか、いつか自分が思った通りに変わるだろうみたいな。
希望を抱いていくけど、それが変わらなくて、とりあえずの生活でどんどん過ぎていくことって結構あると思うんですけど、目の前の感情はちゃんと自分の感情を拾いながらも、自分の目の前に起きている現状とか、今の体に起きている現状っていうのを肯定も否定もせず冷静に見て、自分が今できることを楽しくやるっていうのは、
今日一日楽しく生きていくためにはやっぱ大事だよなって思ったんです。改めてね。
なんかすごいシビアな病気みたいな話してますけど、私はちゃんと治る怪我です。ちょっと時間はかかりますけど、
っていうことを感じました。なのでやっぱ、目の前に起きていることの現状から目を逸らして、今日が幸せだって感じることはやっぱり難しくて、現状を見るのって、今の目の前の起きてるリアルな今日を見るのって、
辛そうなニュアンスがあるんですけど、結構そんな辛くないんですよね。
しかも私怪我したりとか、そういう生活がガラッと変わったりとか、今まであったものを失ったりした時とか、生活スタイルが変わった時って、今まで見えなかったものが見えるじゃないですか。
私、電車に乗ったんですけど、ちょっと足を浮かせながらね、ちょっとうまく歩けないから。
そしたら、めっちゃいろんな人が私の一挙一走、動きをすごい敏感に感じて、いろんな人が私の動きを見てて、
次の瞬間には席を譲ろうと何人か構えてる空気感とか、私が歩いてたら、普段みんな普通にぶつかってくるのに足怪我してるから、
めっちゃ道をすごいファーって、直し感の時みたいに避けていくんですよ。
びっくりしました。人ってめっちゃ優しいんだなって。
勝手にみんなどんどんぶつかってきたりとか余裕がなくて、冷たい人多いのかなと思ったけど、
人ってめっちゃ優しいやんと思って、びっくりした、衝撃的でした。
なので、怪我したこと自体は悲しいですし、悲しい生活スタイルが変わったことって悲しくなることってあるんですけど、
でもそうなってから初めて見える、今まで気づかなかった世界も見えるんだなって、人間って優しいなって改めて思いました。
お子さんいらっしゃる方とかって、今まで大人の目線では見えなかったものがきっと毎日たくさん見えて、面白いんでしょうねって改めて思いました。
怪我話はちょっとそこ置いといて、最近相談会とかもやってて、私が直接このポッドキャスターの向こう側の人と話す機会も多くて、
私の方がエネルギーもらうぐらいめっちゃ楽しいんですけど、やっぱりリアルな人っていいですよね。
私、人見知りですけど人が好きなので、いろんな素敵な方にお会いできてすごく楽しいです。
結論は私今は大丈夫なんです。落ち込みましたよ。めっちゃ落ち込んだんですけど、歩けないという事実で落ち込みましたけど、今はだいぶ戻りました。元気です。
もう一個話そうと思ったのが、最近お彼岸だったじゃないですか。お彼岸の時におはぎとか食べるじゃないですか。
おはぎとボタモチの名前の違いを私はよくわかんなくて、あんま使い分けしてなかったんですけど、
普段はおはぎっていうことが多いんですが、90歳のおばあちゃんとか80歳のおばあちゃんと話してて、
彼女らがドヤ顔でね、おはぎとボタモチの違いわかるって言ってきて、わかんないですって教えてもらったんですけどドヤ顔で。
90歳のおばあちゃんのドヤ顔めっちゃ貫禄があってかっこよかったんですけど、
私みたいに知らない人もいるのかなと思ってちょっと今日ドヤ顔で私今から話しますが、
ボタモチはボタン、お花のボタンから来てるから、春に食べるあんこのお餅がボタモチって言って、
秋に食べるのがおはぎ、萩の花、秋に咲く萩の花から来てるからおはぎ。
おはぎとぼた餅の名前の由来
だから春に食べるのがボタモチで、秋に食べるのがおはぎだそうですよ。
知ってるよっていう方もいらっしゃると思いますけど、私は改めて初めて知ったので、
あとあの季節に咲く花から来てるんだと思って、
JAPAN、美しいって思いました。めっちゃ綺麗じゃないですか。
まさかの普段食べてるものがその季節によって名前が違う、しかもお花の名前がついてるってなんて美しいんだろうと思いながら、
まだちょっとボタモチ食べてないから食べたいなと思っております。
もちろん地域によっておはぎが優勢だったりとかボタモチが優勢だったり、
一般的にはおはぎの方がすごい一般的に言われるみたいですね。
あと形も、春のボタモチは腰編んで丸型が多かったりとか、秋のおはぎは粒編んでたわら型が多かったりとか、
調べていくと夏と冬も一応名前があるみたいで、夏は夜船、夜に船で夜船、冬は北に窓で、
これなんて読むんですかね、北窓って読むんですかね、なんて美しい漢字なんだと思ってね、聞いたことないけどと思いながら、
いろんな呼び名があるんだなぁの食べ物はと思っております。
私はあんこにもち米のやつよりも、きなこもついてるやつ、両方食べれるやつが好きです。
外側がきなこで中にあんこが入ってるやつみたいな、きなこもあんこも両方楽しめるよっていうちょっと贅沢なおはぎがすごい好きです。
お彼岸にぼたもつとかおはぎとか食べますけど、お彼岸ってお墓参りをする、この世とあの世の距離が近い時ですけど、
子供の時はお墓参り行くのめんどくさいなとか、お彼岸ってなんやねんと思ってましたけど、
いろいろね仏教のお話とかちょっと勉強すればするほど、そういう感覚が無意識に生活の中に染み付いてるのはやっぱ面白いなって思いますし、
小豆もね、邪気を払うみたいな意味合いがあったりして、本当にいろんなことが生活習慣の中に染み付いてるんだな私たちと思って。
改めて意味を知るとね、深みが出て、ただ単に私の中ではおはぎを食べる日みたいな感じで認識してましたけど、お彼岸が。
すごい深いなと思って、自分がやってることの意味の深さを知ると、その日の一日の深みが出てくるから、調べてみて面白かったです。
ちなみにこのお彼岸の時期って、皆さん無理してお墓行くから、病院に来るおじいちゃんおばあちゃんの割合ちょっと高くなるんですよ。
墓って足場が悪いからだいたいみんなこけるんですよね。
そういう意味合いでもお彼岸ってすごく私の中で意識に出やすいというか、いつも思い起こさせられる時期なので、
すごく頭に残ります。
今日は怪我をして見えた日常って話と、おはぎとぼたもちの違いの話でした。
というわけで今日はここで終わります。
また次回のポッドキャストでお会いしましょう。
今日は皆さん、もしお彼岸にぼたもち食べてなかったら、この話を思い出しながら
お供えしたつもりでピッてお供えして、ピッてすぐ自分の口の中に入れてあげてください。
別にお墓参りがなくても気持ちがあれば、お供えしなくても食べていいんじゃないのかな。
家族で食べるのに意味があるみたいなので、ぜひ皆さん忘れてたら食べてください。
お彼岸の意味と習慣
ではまた次回のポッドキャストでお会いしましょう。
今日も皆様一日味わい尽くしてください。
ではでは。
15:29

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