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3月23日、月曜日、朝です。おはようございます。
はい、今日でお彼岸が明けますね。彼岸明けということでね、私、滑り込みセーフで、今日ね、お墓参りに行ってこようかななんて思っております。
あの皆さん、ぼたもち食べた?ちゃんと食べた?
ぼたもち食べ納めだからね。食べ納めっていうか、別にお彼岸じゃなくてもぼたもち食べてもいいんだけどさ、やっぱりさ、ご先祖様をねぎらうというか、ありがとう、いつもありがとう、でぼたもちいただきますね、つって。
ほんでありがとう、つってまたお供えして、そのお下がりのお供え、またいただきますね、みたいな感じで、たらふくね、後悔のないぐらいにね、たらふくぼたもちを食べていただいて、あとはね、気が向いた時に、ずっと食べてるじゃんっていうね、そんなことを思う朝です。
はい、三連休終わっちゃいましたけど、あの皆さんどう?仕事行く気ある?頑張ってください。
はい、連日お伝えしております。今、ナバラアトリーというインドの女神様のお祭りが開催中です。
そしてですね、昨日から、次の神様ですね、昨日から3月22日の日曜日から24日の火曜日まで、今度ね、ラクシュミーっていう神様をお祈りするというか、胸にありがとうという気持ちの思いを胸に秘めて日々を過ごすっていうね、そんな3日間が始まります。
ナバラアトリーのラクシュミーという神様、どんな神様かっていうと、日本でいう吉祥天、吉祥寺の吉祥っていう字に天才の天って書いて、吉祥天っていう神様の姿で日本に伝わってきています。
これね、もともとはね、インドの神様、ラクシュミーです。美とか富とか豊穣とか幸運とか繁栄とか、そういうなんか豊かなもの、そういうものをね、象徴している神様でございます。
この間もね、ライブで言ったっけかな、なんだかで言ったんですけど、そういう富とか心の富、経済的な富とか子孫繁栄とか、もちろんそうなんだけど、そういうものがあろうがなかろうが心が豊かであれば、物理的なもの、物質的なものは全部もう豊かに見えてしまうのね、その人の価値観として。
なのでね、全ての富、この世の物質的なもの、自分が生きていって苦労がないぐらいの富があればいい。まあそれもね、樽を知るっていうところなんだけど、そういうね、生きていく上で大事な部分、生きていく上で必要な部分の富と、あと心の富をいつまでも絶やしませんようにっていうね、そういう願いを込めてね、この3日間過ごしています。
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3月22日、昨日から明日までの3日間ですね、ラクシュミーというね、女神様のお祭りです。
はい、もしよかったらね、カラスが鳴いてる田舎町なのでね、カラスの鳴き声聞こえてるかな、収録に入っちゃってるかな、まあこんな田舎に住んでおりますということもね、踏まえてラクシュミーをね、ちょっと心の片隅に思っていただけるといいななんて思います。
はい、一日一禅です。今日ご紹介したい禅の言葉は、幸運流水。幸運流水という言葉をご紹介します。見出しにはね、自然な自分で人間関係を結ぶとあります。
この字でどういう状況を表しているかというと、空を行く雲、山の間を流れる水のように、山から水が自然に流れてくるように、こだわりのない自然で自由な姿っていうね、漢字からそういう状況を表しています。
これは意味的にどういう意味かというと、すごい簡単。雲みたいに自由に、何のプレッシャーもなく、流れてくる水のように、自由に行きたいところに行くように、何のプレッシャーもなく、私も生きていきましょうっていうことですね。
ちょっと読みますね。
人間関係の中でストレスを感じたり、窮屈な思いをしていることはありませんか。その原因の一つは、相手に合わせようとして自分を抑えたり、殺したりしていることではないでしょうか。いつも自然体の自分でいることです。
その上で気づかれる人間関係でなければ、人と触れ合うことがもたらす喜びは得られません。っていうね、優しい解説がついています。
つまり、あんまり人に気を使わなくても、気を使いすぎないくてもいいよ。ある程度の気遣いは必要よ。それは生きていく上で社会人としてね。気遣いは必要なんだけど、あんまりにも気遣いすぎて窮屈になることなかれ、穏やかに自由に過ごしていけたらいいね。
という言葉でございます。幸運流水。今日は幸運流水という言葉をご紹介しました。では、声出していきましょう。いきます。せーの、ぐいぐいと。良い一日をお過ごしください。それでは、いってらっしゃい。