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今晩は5月16日土曜日、20時になりましたって言ってますが、20時を過ぎておりますが、今収録している時間は20時13分です。
20時になりました。楽しくおしゃべり❗まこにぃの部屋のお時間です。いつも聞いてくれてありがとうございます。
そして、いいねやコメントも本当に励みになっております。ありがとうございます。
さて、いつものように本題に入る前に一つお知らせをさせてください。
僕が作ったチャリティー絵本、リュウとミオ夢の虹という作品があります。
この本は、ただの物語だけではなくて、誰かを救う気持ちや応援の気持ちを届けるための本になっております。
この作品の売上のロイヤリティーは、ノトの震災支援として使っていただく形になっております。
誰かのために何かがしたい、でも何をしたらいいのかわからない、そんな優しい気持ちを小さくてもちゃんと形にできる一冊になっておりますので、
もしよかったら概要欄の詳細を貼っておきますので、手に取っていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。
さて、ここからが本題です。
今日は、居場所は甘やかす場所ではないというお話をしていきたいと思います。
ちょっと強い言葉に聞こえるかもしれませんね。
居場所って聞くと、優しい場所、受け止めてくれる場所、安心できる場所、否定されない場所、なんていうね、そういうイメージがあると思います。
もちろんそれはとても大事です。
誰かに傷つけられた人、何かに疲れてしまった人、自分のことがうまく出せなくなってしまった人、そういう人にとってここにいていいよと言ってもらえる場所は本当に救いになると思います。
でもここで少しだけ考えたいんです。
居場所ってただ何でも許してくれる場所のことなんでしょうか。
何もしなくていい、変わらなくていい、向き合わなくていい、ずっとそのままでいい、それが本当に優しい居場所なんでしょうか。
僕は少し違うと思っています。
本当の居場所ってただ甘やかしてくれる場所じゃなくて、ちゃんと安心できるからこそ少しだけ前を向ける場所なんじゃないかなって思うんですね。
ここすごく大事だと思っています。
人は安心がないと挑戦できません。
ずっと否定されていたら人は動けなくなります。
笑われるかもしれない。失敗したら責められるかもしれない。
うまく言えなかったら馬鹿にされてしまうかもしれない。
そんな場所では誰も本音なんて出せないし、小さな一歩なんて踏み出せません。
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だからまず安心は必要です。
でも安心だけでは人は前に進めないこともあります。
安心できる場所がいつの間にか動かなくてもいい理由になってしまうことがありますね。
ここが難しいところなんです。
傷ついている時は休んでもいい。動けない時は立ち止まってもいい。泣きたい時は泣いていい。それは本当にそうです。
でもずっとそこに留まり続けることがその人にとって本当に幸せかというと多分違うと思います。
本当は変わりたい。本当は一歩踏み出したい。本当は誰かと関わりたい。本当は自分も何かをやってみたい。
そういう小さな日が心の中にあるのに無理しなくていいよだけで終わってしまうとその日が消えてしまうこともあるんじゃないかなと思います。
もちろん無理はしなくていいんです。でも無理しなくていいと何もしなくていいは全然違いますね。
ここを混ぜてしまうと優しさが少し違う形になってしまいます。僕はそう思っています。
本当の優しさって相手をずっと同じ場所に留めておくことではないと思います。
相手は相手の今を受け止めながらでもその人の可能性を信じること。
あなたは今しんどいよね。それはわかる。ちゃんと休んでいい。でもあなたはそれだけの人じゃないよ。きっとまた歩けるよ。
小さくてもいいからこっちを向いてみようか。そう言えること。それが本当の優しさなんじゃないかなと思います。
これは責めることとは違います。いつまで休んでいるの?もっと頑張りなよ。みんなやっているよ。
そういう言葉は相手を追い詰めることがあります。
でも逆にそのままでいいよだけを言い続けるのも本当にその人を信じているかと言われたら少し考えてしまいます。
だってその人にはまだ見えない可能性があるかもしれないからです。
だから居場所には安心と挑戦の両方が必要なんだと思います。
安心できるから挑戦できる。戻れる場所があるから外に出られる。失敗しても大丈夫だと思えるからもう一度やってみようと思える。
これが居場所の本当の力なんじゃないかなと思います。
いろのさんが伝えている大丈夫君の居場所あるからという言葉も僕はそういう言葉だと思っています。
ただそこにいればいい。ただ何もしなくていい。ただ慰めてもらえばいい。
そういう意味だけではないんだと思います。
大丈夫君の居場所はある。だから焦らなくていいよ。
でも君の人生を諦めなくてもいい。君はまだできることがある。君にはまだ誰かと関われる力がある。
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君にはまだ誰かの居場所を作る側にもなれる。そういう静かな励ましがある言葉だと思うんです。
ここがすごく大事なんじゃないでしょうか。
居場所を求める人はずっと受け取る側でいなければいけないわけじゃないんです。
最初は受け取る側でいいんです。誰かの言葉に救われる。誰かの優しさに支えられる。
誰かの存在にほっとする。それでいい。
でも少し元気が出たら今度は自分もほんの少しだけ誰かに渡せるものがあるかもしれません。
コメントをする。いいねを押す。誰かの話を聞く。それいいねって言う。大丈夫だよと一言かけてあげる。それだけでもいいと思います。
それはもう居場所を受け取る側の人ではなく居場所を一緒に作る人です。つまり共犯者です。
この共犯者という考え方が僕はすごく大事だと思っています。
居場所は誰かが一人で作ってみんながそこに集まるだけのものではありません。
そこに関わる人たちが少しずつ温度を持ち寄って少しずつ空気を作っていくものです。
だから居場所には参加が必要です。
もちろん毎回大きなことをしなくていい。無理に目立たなくてもいいんです。立派なことを言わなくてもいいです。
それでもほんの少し関わる。ほんの少しが場を変えます。
誰かが勇気を出して話した時にちゃんと反応がある。
誰かが挑戦した時にちゃんと見ている人がいる。
誰かが落ち込んでいる時にそっと声をかける人がいる。
それだけでその場所はただの集まりではなくなります。温かい場所になっていきます。
でもここで一つ大事なことがあります。
居場所を作る側に回るということは自分も少し責任を持つということです。
重たい責任じゃなくていいんです。
でも自分の言葉が場の空気を作る。自分の態度が誰かの安心につながる。
自分の一歩が誰かの一歩を後押しする。そういう意識を少しだけ持つこと。
これが共犯者になることなんじゃないかなと思います。
ただ優しくしてもらう場所から一緒に優しさを育てる場所へ。
ただ応援される場所から自分も誰かを応援する場所へ。
ただ安心する場所から安心した上で少し挑戦できる場所へ。
居場所ってそうやって育っていくものなんだと思います。
だから今日僕が言いたいのは居場所は甘やかす場所じゃない。
でも厳しく突き放す場所でもない。
居場所は今のあなたにあなたを受け止めながら未来のあなたも信じてくれる場所です。
休んでもいい。でも諦めなくてもいい。泣いててもいい。でもそこで終わらなくてもいい。
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立ち止まっていい。でもまた歩き出せる日が来ることを誰かが信じてくれている。そういう場所です。
そしてもしあなたが少しでも元気になったら今度はあなたも誰かにとってその場所の一部になれる。
これによってすごく希望のある。これってすごく希望のあることだと思います。
居場所は完成品じゃない。誰かが作ってくれるだけでもない。
関わる人たちが少しずつ言葉を持ち寄って、少しずつ優しさを持ち寄って、少しずつ勇気を持ち寄って育てていくものです。
だから最初から完璧ではありません。むしろ完璧じゃない人たちが集まるから居場所には女が生まれるんだと思います。
弱いところがある。迷うことがある。うまく言えないことがある。でもそれでも誰かのために少し関わってみる。
その不完全な優しさが居場所を作っていく。僕はそう思っています。
ということで今日は居場所は甘やかす場所じゃないというテーマでお話ししました。
本当の居場所はただ優しく包むだけの場所じゃなくて、安心できるからこそ少しだけ前を向ける場所。
そしてそこにいる人たちが受け取るだけではなく、一緒に作る側に回った時、居場所はもっと強く、もっと温かくなる。そんなふうに思います。
はい、ここで最後に少しだけお知らせをさせてください。
ひろのぶさんの思いや活動はYouTubeチャンネルプチノブの部屋でも配信されております。
大丈夫居場所、君の居場所あるから。この言葉の奥にある思いや、ひろのぶさんの人柄、活動の空気に触れられる場所です。
ぜひ一度覗いてみてください。概要欄のリンクを貼っておきます。
はい、今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
この放送が少しでも心に残ったら、いいねやコメントいただけると嬉しいです。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。
今日のお相手もですね、まこにぃでした。
それでは皆さんお幸せに。またね。
今日もありがとう。