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シニアアップデートチャンネル始まりました。 パーソナリティは、ライフコーチ・Kindle作家でオンライン講師のリュウスタイル、
Apple Podcast、Spotify Podcast、StandFMをキーステーションに、シニアの皆さんが安心して60代を豊かに過ごせるように準備するための情報をお送りします。
突然ですが、皆さんの本棚には、買ったけれどもまだ読んでいない本とか、いわゆる積ん読本というものはありますよね。
哲学者のショーペンハウアーは、かつてこういうことを言ったと言われています。
本を買うとき、人はその中身を理解するための時間も一緒に買えるものだと勘違いしていると。
まさに皮肉ですね。その通りですよね。
世間ではですね、よく積ん読は罪悪感のもとだとかね。
買っただけで満足してはいけないなんて言われますよね。
実際大手書店の本棚がですね、読書好きを対象に行った調査というのがあるんですけど、積ん読がある人の52.8%、つまり半数以上がですね、本を読了していないことに罪悪感を感じているということなんだそうですね。
半数以上の人が本棚を見るたびに少しだけ胸を痛めているということ、意外と多いみたいですよね。
でもね、僕はそうは思わないんです。
僕にとっては、読まないまま棚に並んでいる本っていうのは、罪悪感の対象じゃなくて、むしろ宝の山に近いような見え方をしていますね。
今日は、積ん読は宝の山という先ほどの話について、僕の実体験についてお話をしてみたいと思います。
第1章。40年の歳月を経てじわりと染み出す面白さ。
今、僕の手に一冊の本があります。
ホイジンガという人の書いた、中世の秋という有名な古典ですね。
この本を買ったのは、僕がまだ大学生の頃でした。21歳の時ですね。
1981年、当時4,000円した本で、僕は当時、中世フランス史を大学で学んでいたということもあって、卒論の学びのために思い切って買ったんです。
でもですね、正直に言って当時、わけわかんなかったですね。
ページをめくってもめくっても、内容が頭に入ってこないんですよ。
4,000円も出したありがたい本だからと思って一生懸命読むんですけど、そして当時赤線を引いた跡がいっぱいあるんですけど、何にも覚えてないし、おそらくその赤線も入れただけで頭に入ってきてなかったんだと思うんですよね。
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その赤線もね、ページも途中で止まったままになってました。
結局それからですね、その本は40年ぐらいね、私の本棚の隅にずっとあったんですね。
ところが60歳を過ぎてからふとした表紙にその本をもう一度手に取って開いてみたんです。
そうしたらですね、面白いんですよ、これがね。
書かれている時代背景とか、著者の深い洞察とかが感じられる。
それらがですね、これまで自分が生きてきた人生経験と混ざり合うんですよね。
そしてじわりじわりと面白さが感じられるようになっていたんです。
最近では夜の読書の時間にこの本を置いておいて開くのが非常に楽しみの一つになっているんです。
大学生の時にはね、学ばなきゃならないという気持ちがあったんでしょうね。
一生懸命学ぼうとして読んで、一文字も頭に入ってこなかったんですけど。
歓歴を過ぎてからようやく一つ一つの意味というかね、書かれていた背景とかそういうものが一体になって入ってくるようになって。
なんかね、かみしめているというような感じで読めるようになってましたね。
知識にですね、自分の生きる実感が追いついたみたいな感覚かもしれませんね。
40年前の僕というのはいつか面白く読める日が来たらいいなぁとか思いながら。
僕はこの本を未来の自分に託すつもりで本棚に置いておいたんですよね。
ようやくその時が来たかなぁと思っています。
第2章 漱石の成功へのワクワク感に追いつくまで
もう一つ忘れられない本があります。
皆さんご存知の夏目漱石の我が愛は猫であるですね。
この本と最初に出会ったのは小学生の頃ですけど、読んでみようと思って読んだのは15歳の時でした。
世の中でですね、これほど称賛されている本だからさぞ面白いなかなと思って読み始めたんですけど、
これもまたね、全然面白くないんですよね。
何が面白いんだかさっぱりわからなくて、途中で投げ出してしまいました。
それからですね、20代で読み直して、やはり途中で辞めちゃいました。
そんなのに付き合っているよりも、下の授業の準備の方が大事だったからですね、当時はね。
30代で挑戦して最初の方、なんかちょっと面白いなぁと思いはし始めました。
でもやっぱり忙しくて辞めました。
もうね、もう読むことはないかなと思ってたんですけど、
40代になった頃に、またふとしたきっかけでもう一度読んでみようと思ったんですよね。
そしたらね、面白かったですね。ようやく面白いと思いました。
非常にね、なんか心の底から面白いと思ったんですよ。
それで、なぜだろうというふうに考えてみたんですよね。
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するとですね、草石がこの我輩は猫であるという名作を世に出した時と、
同じ年齢になってたんですね、僕は。というかもう追い抜いてたんですよ、その頃。
ああ、僕も今の年齢の頃書いたんだなぁと。
だからここに出てくる登場人物たちの息遣いとか、生きている様子とか考えとか、
そういうものが理解できるようになっていたんだなぁということを考えたんですよね。
その視点で読み返すと、草石がこの物語を書きながら感じていたであろうようなね、
成功へのワクワク感とかね、それとか希望とかがページの間からね、
手に取るように伝わっているように感じたんですよね。
あの年賀状が届いた時の話なんですけれども、
読者からなんか猫じゃ猫じゃを踊っている猫の葉書が来たみたいなことを書いているシーンがあるんですけど、
これ本当にこれ読みながら草石が喜んだんだろうなぁと思うようなね、そういうような描写があって。
なんかね、本当にこの草石というのも大文豪みたいなんだけど、
おそらくこれを書いた時には一人のね、これから始めるぞという文学家としてこれから進んでいくぞという不安の中で得た最初の光、
それを味わっている最中なのかなみたいなね、そういうような感じ方で読むことができていたんですね。
当然15歳の僕には到底わからなかった大人の男の挫折とか野心とか、そこから這い上がっていこうとする時の高揚感とかね。
いやー、25年という時間をかけてですね、僕はようやく草石の背中に追いついて対話することができたような気がしてるんです。
本棚に読まれない本がたくさん並んでいる。
僕はですね、それをとても豊かなことじゃないかなと思ってるんですよね。
なぜなら、そこにはこれから味わえる地のストックというものがこんなにもたくさんあるんだよという喜びが詰まっている。
僕にはそのように見えるんです。
若い頃の読書って、試験のためだったり仕事のためだったりとか、何か目的を達成するために学ばなきゃというようなその手段であることが多いですよね。
なので実用書とかをよく読むんじゃないでしょうかね、参考書とか。
でもね、僕たちシニアっていうのは、もう何かのために本を読む年齢を過ぎているんですよ。
ただただ自分の純粋な知的関心を満たすためにだけ読めばいい、そういうふうになってるんですね。
そう考えると、つんどくというものは、まだ開封していない楽しみがたくさんある、それらをいつか開封する予約みたいな、そういうものの集まりに感じるんですね。
なのでそのつんどくの山が高ければ高いほど、僕はなんて自分は豊かな宝の山を持っているんだろうかというふうにワクワクしているわけです。
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今の自分には難しくても、5年前、10年前の自分がこれだと思って手を伸ばしたその直感というのは、おそらく未来の自分への確かな投資になっているんじゃないでしょうかね。
そしていつかその中の一冊というのが、今の僕のようにじわりと私に刺さってくるような日が来るんじゃないかなというふうに思います。
なので、その日まで大切に積み上げておいてほしいと思います。いつでも見えるようにね。
そんなゆとりをもって本棚を眺めることというのが非常に楽しいことであって、知的生活の最高の豪富じゃないかなという気がしています。
はい、いかがだったでしょうか。
つんどくを見て自分を責める人がもしいるとしたら、そんなことはありませんよというふうなことを今日はお伝えしたいなと思ったんです。
それって財節じゃなくて、未来のあなたに贈られた地のストックだよというふうに考えていくといいんじゃないかなと思いますね。
いつかあなたがその方に追いつく時っていうのは必ず来るので、その時のあなたというのは、今のあなた以上にきっと喜んでくれるんじゃないかなと思います。
はい、ということでこの番組では、このようにシニアの日常を一歩だけアップデートするようなお話を毎週月曜と目標にお届けをしております。
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それではまた、リュウタイルでした。