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恋と闇,時々こじらせ。~大体人生脱線してる。
予定通りになる。そんな自分を愛して行こう。
どうも、こんにちは。元情緒不安定系こじらせメンヘラで、現役司会者のりぃちゃんです。よろしくお願いします。
そして、デキ婚罰一で、現在パートナー専用セラピストを目指すしんくです。
はい。人生のどこかでつまづいた2人が、16年内のネット友達としてリアルな日常を語る番組です。
テーマは恋愛感やオタク趣味、人には言えない性癖など何でもある。
30代になってこじらせにこじらせた私たち。でも、何とか笑って喋れるくらいには元気です。
生き方って別に正解じゃなくていいよね。そんな気持ちで今日もゆるく語っていきます。
恋こじ 恋と闇の闇の部分を気の向くままに喋っていこうと思っています。
どうもこんにちは。しんくです。今日は恋こじソロ回、シンク回ということで、なかなかこう話すことも機会もタイミングというかね、あるにはあったんだけれども、
自分で喋っていることがね、訳わかんなくなりそうだなということで、あまり手を出していなかったというか、
全然手を出していなかった領域に今日は触れていこうと思います。とはいえね、何を話すのかっていうことなんですが、私はどちらかというと生きづらい人間だと思っているんですね。
何を言っているのかと思いますけど、普段人がそんなに考えなくて生きても何も不利益がないような、そんなことを一生懸命考えてしまう生き物なんだろうなということで、
今回に関しては全く無駄な無駄な話をつらつらと飾っていこうと思います。ということで題して、シンクのむだしそうラジオ始まります。
恋こじ。今日のテーマは知らない方が幸福である理論ということですね。これ何なんっていう話なんですけど、知っていることは良いことだと
みんな思っているんですよ。 例えば勉強ができるとか、本読んでいるとか、
新聞を読んでいるとかね、まあ新聞なんていうのは最近の時代だと少ないのかもしれないですが、ニュースを見たりとかね、そういったなんか教養をつけたりとか知識をつける行為っていうのは基本的に良いとされている、社会通念上良いとされていると思うんですね。
ただし歴史的に見るとですね、人は必ずしも知識イコール良いことというふうには考えていなかったのではないかなと。
例えば旧約聖書の禁断の果実のように知らないでおいた方が幸せだよねというような例え話があったりとかするぐらい、そういった知識を得るということ自体は良いことではない、むしろ危険な行為であるというふうに思われていた時代もあったようなぐらいですね。
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ここで私が思っているのは、知識というのは本当に人間を幸せにしてくれるのかというよりも、知識を増やせば増やすほどむしろ不幸になっているんじゃないか、そういうふうに考えて喋っていきたいと思います。
例えば話している内容なんかでも、知識が少ない状態だと身の回りのものを大事にするというか、身の回りのものが全てが世界であって、いわゆる地球全体が世界だとは思っていないというような形になると思うんですが、一番日本で生きている人の中で幸せな人間っていうのはマイルドヤンキーだと思ってるんですね。
これは何が言いたいかというと、彼らは地元がすごく大好き、地元で生きて、地元で死んでいく人たちであって、無鉄砲にマイホームを買ったりですとか、ザンクレでアルファードを買ったりですとかね、そういったことをして子供の生き足を無条件に伸ばしていって暮らしているんですけれども、彼らってすごく幸せに見えるんですよね。僕の目線ではすごく幸せに見えるんですよね。
そこに適応して生きていくことができさえすれば、知識なんていらねえんだろうなと。高校で勉強してようが、大学に進もうが、別に何の意味もないというか、自分たちが幸せであれば全てが解決するというか、そういうふうに見えるんですよ。
これ何でかっていうと、知らないでいい方がいいことを知ってしまうことによって人間の限界だったりとか、そういったものも見えてくるし、諦めがつかないというか、そういったふうになっていくんじゃないかなというふうに思います。
インスタグラムであったりとか、Xであったりとか、いろんな各種SNSもそうですけど、今の時代ね、キラキラした生活をしてお金を稼いで暮らしている人たち、すごくスタイルがいい美女、めちゃめちゃかっこいいイケメンの男性だったりとか、そういった人がですね、その辺にうじゃうじゃいる状況。
恐ろしくないですか。小学校や中学校で、特に僕のところは田舎だったので、その中で一番にすらなれないのにですよ。全部の世界が今見える対象になってしまっているから、もうかっこいいにもかわいいにも限度がないし、お金を持っているにも限度がないわけですね。
そんなことを知ってしまうと、自分はなんて賄賞な人間なんだろうと思わざるを得ないなというふうに僕は思っています。今話しているのって格差の問題だと思うんですよね。人間、格差はあるんだけど、見えなければあまり気にならないような気がするんだよね。
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会社で一生懸命働いてお給料をもらうという行為は、基本的には自分で事業をしない限りは大多数の方たちがやっている生活様式だと思うんですけど、同じ働き方でも、例えば東京や都心部で働くときの業務内容、業務料、お給料、それから田舎で働く業務料とお給料には圧倒的な格差があるんですね。
平均時給もそれを表しておりますけれども、いまだに土日休みっていう概念が僕の田舎にはないんですよ。土曜日も出て働くのが当たり前の環境になっているんですね。それをみんな苦だと思ってないんですよ。当たり前だと。当たり前だと言わんばかりに。
何を当然そんなことを聞いてくるんだというふうに思っているぐらいの考え方で過ごしていると。じゃあ別に知らなかったら週に6日間働いていても当たり前なんだよね。それが世の中には土日、宿、休みで暮らしている人たちがいて、しかも自分たちよりも少ない労働力で大きな金額を手にしているっていうことを物足りにしたときにしんどくなりません?僕はしんどいですよ。
それはね、やはり積み上げてきたキャリアだったりとか、自分の立ち位置を考えたことだったりとか、賢い行動をしていた人たちがなっているのかもしれないし、必ずしもそうではないと思うけど、少なくとも勉強をしていたからそこに入れるというわけではなくて、生まれた家、環境、資産、そういったものも非常によく関係してくるんじゃないかと思っているんですね。
それは変えられるようである程度変えられない自分の条件っていうのはあって、ただそれを知らなければどうということはないというか、そんな気がします。他にはですね、僕たち人間の幸せだなと感じることに関しては、幻想も結構入っていると思うんですね。
例えば恋愛で言ったら、まあ俺が言えた口でもないんだけど、相手は理想的な人だというふうに自分が受け取っている側だけ見ている間は相手が理想的な人だと思うかもしれないけれど、本当の相手の形、本質とか計算の仕方だったりとかっていうのが見えてしまうと途端にきついものになったりとか、隠していることが見つかっているときに言われようもない裏切られた感があったりとかね。
そういったこともあるし、さっきの働く環境でもそうだけど、公平な世界なんだなって思わざるを得ない。不公平な世界だし、社会は公平で、努力すれば必ずしも報われるわけでもないっていうようなことがありありと伝わってくるっていうのはね、知ってしまうと伝わってしまうんだよね。
ということは、知識があるイコール理想を破壊してくると。理想破壊装置みたいなものだね。現実だけで幸せになれるのかね、人っていうのは。
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ここで繋がるのが、いろんなおじさんたち、おじいさんたち、私たちよりも、私たち30代前半よりも年のいった方っていうのは、特にバブルを経験してた方っていうのもね、昔は良かったとか、昔の日本が良かったっていうのはもう口すっぱく言われているような気がしますけれど、
これ単に景気が良かったとか悪かったの話じゃないと思うんだよね。本当に世界中で起きているいろんな事柄っていうのがリアルタイムと言ってもいいぐらいの情報が滝のように流れ込んでくる。
今の状況って人間が生きてきた中で非常に特殊な例だと思うんですよ。インターネットのおかげでね。だって自分にはどうにもならない、どうしようもないようなことも知ってしまうようになってしまったんだね。
昔のおじいさん、少なくとも僕のおじいさんなんかは田舎で暮らしていて、田舎で余生を迎えているわけですけれども、余生を過ごしているわけですけれども、その街しか知らないんだな、生活様式っていうのね。
これは非常に良いことだと思っていて、本当にその周りの人たち、その街、村の人たちを幸せに生きていればいい。その人たちだけと幸せに暮らしていればいいという状態だったんだろうね。
これをさ、広い世界で生きるようになると、毎日毎日自分にはどうにもならないことを知ってしまって、劣等感に苛まれたりとかね、ルッキー相撲の話だったら生計地獄に落ちてしまう人もいたり、そういったことも起こり得ることなんだろうなというふうに思っています。
だから本当の理想の世界っていうのは、無人島で一人ただ生まれ、一人ただ生活し、一人ただ死んでいくっていうのが、本当の幸せというのはそこにあるのかもしれないですね。
とはいえ、現代の社会で知らずに生きてこれていない私という一戸人を考えると、どうやってこれから自分と折り合いをつけて生きていこうかなというふうに思うんですよ。
これは勝手に入ってくる知識を制限するしかないんですね。
おそらく、例えばニュースを見ることをやめるとか、SNSを見ないでいるとか、その評価を気にしないとかね、そういう吹っ切れるというか、自分軸の世界だけを見ようとする姿勢が生きていく上で必要なんじゃないかと思っているのですが、
そんな私はなぜか、ポッドキャストで自分の考えを発信してしまっているので、ここでもう矛盾が生じているんですけど。
知ることに対して何もメリットがないかって言ったら、当たり前だけどそんなことはなくて、いろんな視野、視点、視座で物事を考えることによって自分の選択肢も増えるし、自由も増えるし、自分のことを理解することにもつながるんじゃないかなというふうに思っているので、
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知らずにはいられない私でも知ることについてのメリットもやはりあるのかなというふうに思っています。
ある程度知ってしまうと、知らないっていることに対する不安だったりとか、そういった部分も感じざるを得ないというかね、そういう気もするし、どうしたらいいんだろうね、今本当にどうしたらいいんだろう、教えてくれ、みんな本当に教えてくれ、誰か頼む。
ということで、私からこのラジオを最後まで聞いていただいたあなたに聞きたいです。
あなたは幸せになるためにどこまで知る必要がありますか?
恋工事
ということで、真空なりの幸せについて本気出して考えてみた的な感じのことをつらつらと喋ってみましたが、皆さんいかがでしたでしょうか。
質疑滅裂ですとか、お前なんかこんなこと考えて生きてるの意味わかんないとか、何でもコメント、感想お待ちしております。
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質問の方は概要欄のボンドから送っていただけると非常に嬉しいです。
それではまたどこかやる気が向いたらその回を撮りますのでよろしくお願いします。バイバイ。
君を探して
彷徨いながら
少しずつ壊れて
それでも前に進んで
愛してる
届かなくても
愛してる
傷を抱えたままでも
立ち止まるよりマシだから
日焼けがまだ胸で息をしてる
やり直せない夜を越えて
鎖が刺す度思い出す
君の声君の仕草全部ここに残ってる
もう二度と君に会えなくても
出会えてよかったありがとう
叶わなくても
愛してる
あの時君がくれたのは
きっと優しさだった
君を愛すだけが
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今活かしてる
君と過ごした日々なら
こじらせても
愛してる