00:17
ちょっとマイクの音量などを調整させていただきます。
いい感じ。
服装がすごいですね。マジンモードですね。
それはでも意識してますね。普段着がほんま終わってるんで。マジで。
マジンモードの時はそのブランディング的な感じで。
割と綺麗な感じというか、綺麗やけどあんまり見たことないからみたいな。
確かに。
それでもあれなんですけど、もともと去年目立った方がいいなみたいなんで赤いジャケット着てて。
なんかそれインスタで見ましたね。
動画にもあるんですけど。もともとはもうちょっとタイトなやつであって。
今年、たまたま通販で大きいの見つけたんで、ちょっと大きめのやつ着てみたいな。
やってたんですけど、あまりにも恥ずかしくなってきて。
流石に。
エピソーチックなファッションはいいけど、赤はさすがに街中歩くときにこいつバチバチ主張してるやんとかなるからみたいな。
なるほど。
恥ずかしさはだいぶある。
そして今オリーブに。
たまたまあり合わせでやって、ええ組み合わせやんみたいな感じでやったっていうのもあるんですけど。
マジンモードじゃない時の普段着はまた違うんですか?
終わってるっすね、ほんまに。
だからもうファッションとして成してないというか、あるやつとりあえず着るみたいな感じなんで。
服装があれなんですよ、ファッションが興味ないんで。
だから考えるのがめんどくさいみたいな。
学生の時にちょこちょこ買ってたやつとバラバラなのは最悪外出れるレベルかなみたいな感じなんで。
マジンモードのファッションは何なんですか?何をイメージしてるんですか?
センスっすよ。
なんとなくのセンス。
それこそ赤いジャケットとか着た時とか。
もう一個が典型的なやつで。
冬場だと黒いタートルネックと、
これですね、ゴールドのネックレス。
タートルネックにかけて、
上はどうやったっけな、ちょっと忘れたんですけど。
上はこういう茶色系のジャケットとか。
でも下はこのまんまなんですけど。
っていうのを一回、これしっくりくるみたいな。
やってずっと着てたのがあって、
これで続けてきてるから。
変に変えるより、こういう系でいこうみたいな。
03:00
これがマジンスタイル。
別になんてカテゴライズできるわけでもないから、
なかなか似たようなんで変えようと思ったら難しい。
何系とか分かりにくいですよね。
とりあえずちょっと綺麗な感じではあるみたいな。
なるほど。音声もいい感じですね。
今日は一応目標というか、
マジンさんがどんな思いでこのカフェマジンやってるかとか、
あと何でやってるかっていうところを順番に聞いていきつつ、
みんな結構興味あるところのインスタグラムの具体的な運用というか、
どうやったら伸びるんだみたいな。
大枠のところは確かにあるんで、それもお話できたらなって。
僕も結局投稿そういうのしようと思ってやってなかったんで。
最初ですか?
知りたいっていう人もいるんで、
基本伸ばそうと思った時の根っこの考え方とか。
こういう場で結局まとめるのめんどくさいから、
喋っちゃうのが一番よなと思うところもあって。
いい話を聞けそうです。
ほんまに。
だから台本でいただいた感じと、前の収録とかも見らせてもらうと、
最初に幼少のバックグラウンドみたいなのを駆け足でやっといた方がいいんかなみたいな、
今の情報は結構多分言えること多いんで。
ではでは、早速台本を読ませていただきます。
本来僕と白石くんってもう一人相方がいるんですけども、
白石くん今日はちょっとお仕事の都合で、まさかの参戦できずで。
ここ2、3ヶ月くらい登場してないんですけど。
編集頑張っていただいてるんで、白石くんは元気ですということで。
では行きます。
有田市のコーヒーショップARCの上田です。
この番組は毎回和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
既選ラジオ第33回です。
本日のゲストは現在インスタグラムのフォロワー9400人超え、
収録で和歌山のカフェを巡る魔人がカフェ巡りの楽しさをシェアハピでおなじみ、
和歌山カフェ巡りの伝道師カフェ魔人さんです。
魔人さんの生い立ちから現在に至るまでのルーツ、現在の活動のこと、
インスタグラムの運用のこと、これからの活動についてお聞きしていきます。
魔人さんよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では早速なんですけど、まず魔人さんから簡単に自己紹介していただいてもいいですか?
そうですね。わざわざ僕の自己紹介文でシェアハピという言葉を言うことですら恥ずかしい思い出してるかなと思ったんですけど。
06:01
インスタのプロフィールそのまましてもらいました。
簡単に自己紹介すると、僕も和歌山の人間なんですけど、和歌山のカフェが好きで最低週6ぐらいで和歌山のカフェを巡っていて、
そのお店紹介をインスタグラムでしているというのがメインになっていて、
あとは本音で言うとその紹介を通しながらカフェを巡ると楽しいなと思っているので、
その楽しさとか伝えていけたらなという気持ちでインスタグラムで趣味で発信しているという感じですかね。
ありがとうございます。
週6ってすごいですね。
意外とそのフレーズを入れるとみんなもそういう反響があってみたいな。
ぶっちゃけ週6っていうのは1日1軒換算でいくと週6どころじゃなくなったりも、
休みの日は3軒4軒とか行くときもあるんで、ほぼ毎日。
週8とか9とかになるんですけど。
イタリア向けみたいな。
ただ自分が仕事サラリーマンをやっているんですけど、
丸1日の休みが日曜日しかなくて、
最初はお休みの日に巡ろうみたいな思っていて、
でもある日考えたのが、
休みの日だったら軒数は回れるけど1日しか回れないみたいな。
ただ夜やってる店もあるから、夜行けるんやったら毎日行けるなと思って、
それで行き始めたみたいな感じではありますけどね。
そんな魔人さんとの出会いというか、
フードセンターいわせに先週コーヒーを飲みに僕が行ってたんですけども、
そこでそう君といろいろ喋ってたら、
魔人さんが仕事帰りで入ってきて、
まさに夜で行けるやんみたいな、そのタイミングで。
それまで僕カフェ魔人さんの存在を知らなくて、
入ってきたらそう君がいきなり、
この人次のゲストええやんみたいなことを言ってきて、
何者なんですかっていう話から。
しかも何なら本物の仕事終わりっていう感じで、
スーツにメガネかけてみたいな感じでしょうね。
魔人モードの今とのギャップに驚いてますね。
普段はこういう感じで回ってるんでっていう。
そこでもちょっとしか話できなかったんで、
ガッツリお話しさせてもらうのは今日が初っていうことなんですけども、
ではではよろしくお願いします。
そんな魔人さんのルーツから、
これからちょっと教えてもらいたいんですけども、
まず生まれはどちらですか。
生まれは和歌山市内ですね。
駅の近くの、これはまだ歴史ってもって話ですけど、
紅葉病院っていうところで生まれまして、
日清中学校とかの近くなんですけど。
09:02
育ったのもあの辺のエリアっていう感じで。
ややかしいんですけど、
裏割れたのがそこで、
育ったのが実家が和歌浦とか西浜とかっていうあたりになるんで、
その辺でもずっと育ってたって感じですね。
なるほど。
子供の時ってどんな感じだったんですか。
幼稚園の時は周りのお母さんとかから、
この子はリーダー機質やねみたいなことを言われてたのは覚えてるんですけど、
小中と減るごとに、
やっぱり学校って勉強も学びますけど、
僕の中では自意識を自覚する場所だと思ってるんですけど、
他人からどう見られてるかみたいな思春期とかがある。
それが結構異常に強いみたいなんだと思うんですけど、
なんでこうやったらちょっと出過ぎたら調子乗ってるやろなみたいな、
っていう意識が結構強くて、
だからあんまり目立った感じじゃなくて、
内気な感じだったかなと思います。
中高までは。
今がお年が30?
30、はい。
ということは1992ですね。
2年生まれですね。
なるほど。
中学校、高校も地元で?
地元で、そうですね。
でも今回収録させてもらうにあたって、
予習しとかなきゃなと思って。
ありがとうございます。
第1回の、それこそ同い年なんですけど、
におくんのコーヒーマーケットのラジオ、
ちょうどこちらに向かう、
言いながら車で来たんですけど、
まさかの、僕も陸上部やって、
中高陸上部やったんで、
一緒やったなと思って、
彼の場合は結構ガチでやってて、
僕はそうでもなかったんですけどっていう、
繋がりはあったりみたいな。
中高陸上やって、
ちなみに高校とかどこに行かれたんですか?
高校は、それこそ紅葉病院で生まれ、
高校は紅葉高校っていう、
近いところみたいな感じなんですけど。
中高時代とかどうでした?
ぶっちゃけ、中学生に関してはやっぱり、
小学校とほぼ同じ高校になるんで、
その小学校上がりの友達とかが
仲良かったりしてっていうのがあって、
部活も陸上でもそこそこ、
何て言うんですかね、
努力は頑張るみたいな感じだったんですけど、
高校になるとやっぱり、
それぞれみんな変わってくるっていうか、
行く方向が変わってくるし、
仲良い甲羅が、
ベラ語に頭良くて、
みんな遠いに行くんですよ。
高校も結構賢い学校じゃないですか?
今ではそうらしいですね。
当時の時は一応、
公立新学校ではツートップで、
とは言われてたんですけど、
やっぱり明確に東院と高校で差があって、
僕も東院にした理由が、
12:00
もともと東院志望してたんですけど、
受験の勉強で心折れて、
願書を出すギリギリ当日に、
もともと東院のつもりしてたけど、
当日にやろうと思って、
高校に帰って受かったみたいな、
感じだったんですけど。
高校生活はどうでした?
もう終わってたと思う。
今思い返したら、
ほんまに終わってたというか、
全然何も楽しんでないみたいな。
唯一の小さな楽しみが、
春こそ陸上部入ってて、
これも怒られる話なんですけど、
練習はそんなにやってないみたいな。
ただ陸上部の部活の友達とかが仲良いんで、
それのためだけが楽しみみたいな。
クラスメイトもそこまで仲良いやつ少なくて、
ほんまに陸上部ばかりだったという感じですね。
ちなみに種目は何やってたんですか?
種目は100メートル、200メートル。
もう花形な感じで。
ほんまでも実力は、
高校に関しては本当に終わってて、
まだただ部活の席置いてるから、
大会に出てみたいな。
やってるっていう。
当時の顧問の先生もちょっと変わってて、
それこそニオくんが行かれた北湖から、
実は北湖で教えてた先生なんですけど、
でもこっちの公立に変わって、
多分生徒の質の差に打ちひしがれたと思うんですけど、
参加してくれるだけでいいんやみたいな。
頑張り合ったら指導するみたいな感じだったんで。
僕はほんまに不真面目だったんで、
そうか参加するだけでいいんやと思って、
そんな感じだったんですけど。
結構自由にいい雰囲気でやれたみたいな。
そうですね。
高校は特にあんまり楽しみを見出してなくて、
それこそ逆に新学校やったんで、
当時の僕らの世代だと産内運動っていうのがあって、
バイトとか原付とかさせないみたいな。
新学校は。
のがあったんでバイトもしてないしみたいな感じでしたね。
勉強と部活と頑張ってみたいな。
勉強も部活もそんな頑張ってなかったから、
何してたんやろっていうぐらいのもんなんですけど実は。
その時好きなこととか趣味的なことってなかったんですか?
それがあんまり人とって言うわけじゃないんですけど、
当時たまたま仲良かった友達がヘビメタにハマってて、
ハマり始めてて。
僕も実はめっちゃ思ってたわけじゃないんですけど、
歌歌うことは中学校ぐらいから好きで。
その友達の影響で聞いた時に、
男性ってこんな高い声出るんやみたいな。
今でこそJ-POPって高い曲多いじゃないですか。
15:00
当時はそうでもなかったから衝撃受けて、
どうやったらできるんだろうみたいな。
今だってYouTubeでめっちゃ教えてる動画とかもあるんですけど、
本とか探しまくって、こういう技術使うかみたいなんで、
別に披露するとかレッスン受けるんじゃないですけど、
ただただ一人で自分の歌唱力を上げ続けるみたいな。
この曲を持った中で上げ続けるみたいなのはハマってたみたいな。
ちなみにその時どんな歌歌ってたんですか?
その時はそれこそその影響もあるんで、
海外のそういうヘビメタの曲から流れて、
日本のX-FANとかじゃないんですけど、
もうちょっとマイナーな、
ガルネリウスっていうヘビメタ好きな、
ジャパンメタ好きな人やったら一番上ぐらいのバンドなんですけど、
そういう曲とか歌ってたりして、
結局歌えなかったんですけど。
みたいなのをやってて、
ただそれがあれなんですよね。
もう部活のやる気がすでに高校でなくなってたんで、
絶対大学も上がったんですけど、
陸上は絶対やらんって決めてて、
代わりには歌好きだから歌できるやつやろうみたいなんで、
結局その当時大学には合唱団しかなくて、
経営音部か。
でも経営音部は、
部室の前に朝起きたら、
何か土砂物があるみたいなお酒好きな曲だったんで、
僕実はお酒飲めないんですけど、
それだからここはやばいなと思って、
一瞬合唱団入ったんです。
でもやりたい曲全然違うみたいな。
全然やんない人間が合唱団入って満足できるわけないだろうみたいな。
まあでもどっちかというと、
もう主考もちょっとポップス寄りになってたんで、
それでもまあ合唱はちょっと違うなと思いながら。
で、大学入りたてで、
友達作らないみたいな思ってた時期に、
いろんな人に声かけてる中で、
うちアカペラ好きで、
サークル作ろうと思ってんねんみたいな子がたまたまいたんで、
そこで自分らの台とたまたま同じこと考えてた上の台、
一個上の台の人らとアカペラサークル作って、
アカペラを3年間ちょっとやってたっていうのにはつながって、
みたいなのはあったんですけど。
大学は県外ですか?
和大ですね。
和大なんですね。
じゃあもうめちゃめちゃ和歌山育ちですね。
本当に就職まではずっと和歌山にいて、
でも就職してからもうちょっと東京とか大阪にいたんですけど、
帰ってきてからここなんで、
ほぼ和歌山にいるって感じですけどね。
大学生活はどんな感じですか?
やっぱり中学校後半から高校で一気に落ちてた分爆発してみたいなので、
大学はやっぱり楽しいなみたいな。
それこそサークル活動、
18:01
アカペラもやっぱり好きなことやってるから楽しいしみたいなんで、
でもほんまにほぼほぼサークルと、
サークル仲間後輩とかと、
大学生活みたいな感じで深夜食べに行ったりとか飲みに行ったりみたいなのをやったり、
あとはもう自分当時実家やったんですけど、
親がもう他の家庭にはないぐらい不寛商な両親やったんで、
夜中もうみんな連れて、
当時やったら中古ゲーム屋さんとかめっちゃあったんで、
ワゴンに投げ売られてる100円とかのやつを、
これおもろそうやなみたいな。
で、選んでその日のうちにクリアしてからみんなで帰るみたいな。
っていうありがちな生活を送ってましたけど。
ご家族の環境とかってどんな感じだったんですか?
何て言うんですかね、
そんなめちゃめちゃ変わってるってわけではないんですけど、
意外と割と変わってる感じで、
父親とは別に仲が悪いわけじゃないんですけど、
いまだにですけどほとんど会話せんみたいな。
向こうから投げかけてきたらしゃべるけどっていう話なんですけど。
あとはもうなんか忘れないんですけど、
こんな身延び話していいかも。
USJがちょうどできた時に家族で行ってみた。
母親と仲良い家族があって、
その二家族で行ったんですけど、
そこで子供同士のいざこざが確かあって、
それに対して父親がたまたまブチ切れちゃって、
それに対して母親がめっちゃ怒ってみたいな。
からえげつない冷え方して。
でもこんな、
もし使えなかったかもしれませんけど、
家とか食事する時も、
父親とおじいちゃんもいたんですけど、
おじいちゃんは食事の食べ方が汚いからとか言って、
同じ部屋なんですけどついたて建てて。
よくわからない。
それすごいですね。
僕も高校の後半ぐらいでようやく、
これは異常なことなんやって聞きついたんですけど、
周りの家族とか聞きながら。
ちょっと変わった。
ただ勉強に関しては一切干渉されたこともないし、
素人が一回も言われたこともない。
マジですか。
それで紅葉を話題にいくってすごいですね。
姉がいるんですけど、
姉がもともと吹奏楽とかがすごい好きで、
この高校って吹奏楽めちゃめちゃ強かったんですよ。
だから何としても入りたいみたいな。
その姉が入ってたのを見てたんで、
頑張ろうとは思ってなかったんですけど、
基準ができたとか。
姉ちゃんは紅葉行ったんやみたいな。
あともう一個は、
これもちょっと親変わってるんですけど、
小学校高学年くらいからみんな塾行くんですよ。
21:05
お母さんは塾はお金がかかるから家庭教師にするみたいな。
これもみんなエイトにあるんですよね。
家庭教師の方が高いよみたいな。
謎の理由で家庭教師始まったんですけど、
それが良くて、
家庭教師、ちゃんとプロのおっちゃんとかもいるんですけど、
大学生の家庭教師が話題性ずっとついてくれてて、
それが勉強とかじゃなくて、
休憩時間に自分は勉強以外に何してるとか、
服好きでこんなファッションやってるみたいなのを先生から聞いて、
大学ってこんな楽しいんやと思って。
高校どこ行こうというよりは、
自分の中では大学生になりたいっていうのが出来上がってたんで、
そこは意味あったなっていう。
なんで僕も大学になってから、
家庭教師のアルバイトもやってたんですけど。
同じ理由で。
大学に話を戻して、
大学はアカペラサークルをやりつつ、
他なんかどんなことしてたとか、
どんな勉強してたとか。
サークル活動は一番多くて、
勉強は和歌山大学の経済学部だったんですけど、
経済学部ってすごい範囲が広くて、
法律系、法学部がないんで、
法律系をやるのか、
あと経営系をやるのか、
あと経済学、純粋な昔からの経済学をやるのか、
三つに分かれてて、
遊ぶのが好きな奴らは経営系のところに行くみたいな。
か、法律系行くみたいな。
経済学っていうのは本当に好きなオタクみたいな。
僕もなんとなく経済学って面白いなって思って、
経済学をやってたんで、
それこそ経済学ってどういう歴史を辿ってきたとか、
僕らでいうとリーマンショックとか、
耳には聞くけど何のことかわからなかったので、
それがどういうことかみたいな。
実際具体的に起こっているというよりは、
理屈のことはばっかり勉強してたっていうのがあって。
それして就職ですか。
そうですね。
就職も結局は僕もともと前職が金融の会社に就職したんですけど、
どこの業界に行きたかったというよりは、
そこの会社がたまたまいろんな就職活動をする中で、
経済学好きでやってたんで、
成績もそこそこ良かったんですね。
唯一そこの会社が、
割とちゃんと学校の成績を見てくれるところだったんで、
24:02
今のトレンドで言うと人間力というか、
その場の面接が非常に高いと思うんですけど、
こんな勉強頑張ってるんだよねみたいな。
それに関する質問とかも結構してくれてたんで、
これは波長が合うんやなって決めたみたいな。
就職で和歌山を出るわけなんですね。
そうですね。大阪の会社で。
やっぱり和歌山にいて、
若者の宿命だと思うんですけど、
出たいという願望があって、
大学も和歌山だったんで、
大阪行けるわと。
会社も全国店舗のある会社で、
社長から当時の面接で言われたのが、
給料もらいながら全国旅行できると思ったらいいやろって言われた。
当時はアホやったんで。
確かにそうですね。
完全に騙されてたんですけど。
で行ったらうまいこと大阪の、
みんな営業だったんですよ。
僕たまたま本社部門に入れて。
タイミングよく大阪もほどほどに、
本社部門も東京にこれからを見据えて、
引っ越そうみたいなのがあったんで。
別に移動じゃなくて、
ただ部署が引っ越すためだけに東京に行けたみたいな。
それで東京でもちょっと1年ぐらい進んでみたいな。
ができたっていう流れがありましたね。
そこからどうなっていくんですか?
なかなか見えないですよね。
ぶっちゃけ自分大学でも爆発したし、
そこから若いまにずっといたのが東京、大阪、東京っていったんで。
どっかで遊んだろみたいな。
それこそいろんな夜の店とかも繰り出したりしてたんですけど。
1年ちょっと早い気がしますけど。
1年ぐらい経ってから、
ふと自分のやってることを、
お休みの日ですね。
見返した時に、
選択肢は当然お店の数とか多いんですけど、
飯食いに行ったりとか、
女の子と遊んだりとか、
映画見に行くとか、
水面とやるみたいな。
ちょっとだけ抽象度上げたら、
他の人とやってたことってあんま変わらへんねんなと思って。
選べる選択肢が多いだけで。
あんなに憧れてたけどみたいな。
1年ちょっとで何言ってんだって今からした話なんですけど。
急にそれで染めて。
都会っていう感じに。
ちょうどその時が、
僕も3年目ぐらいですかね。
入社して。
最初の転勤とかは、
会社も若手なんで、
年ぶり退属してくれるみたいになってたんですけど、
ちょうど僕ぐらいになって、
次転勤なると、
結構田舎みたいな可能性があるよっていう話聞いてて、
僕も死後中になったら和歌山帰ってこようかなって思ってたんですけど、
27:00
その時の、自分結構浮き沈みに左右されるんで行動が。
気分もあって、
これもうわけわからん田舎行くんやったら、
地元の方がいいかもしれへんなと思って。
特に考えなしに帰ってきたみたいな感じですね。
退職しちゃって。
会社からしたらもうたまったもんじゃないと思うんですけど、
ちょうど3年目で退職期に出るタイミングの、
かつ7月っていうボーナスも出た。
最悪の。
僕としては面白かったですけど。
タイミングで帰ってきてみたいな。
えー。
そうなんですね。
ちなみにそこまでの人生というか、
そのカフェ巡り好きとか、
喫茶店好きとかってもうすでに。
ぶっちゃけないんですよ。
まだないんですね。
全然なくて、東京もほんまに、
それこそスタバとか、
他のチェーン店しか利用することなくて、
唯一、
デートとかでよく使えるなと思ってたのが、
今夜カフェ好きな理由にもつながってくるんですけど、
当時の夜カフェが東京に、
前席、ソファー席で、
照明も暗くてっていう雰囲気のいいところがあったんですけど、
それぐらいでした。
そうなんですね。
じゃあ若いもん帰ってきて、どうするんですか?
そこからなんですけど、
これはもう、
自分のアカウントのブランディング的には、
言わんほうがいいような内容があるんですけど、
帰ってきて職務辞めてるんで、
反動で、しかも金もあると。
ある程度持ってるってなったら、
何もしない期間がたぶん1年弱ぐらい続いて、
ほんまのプー太郎生活ですよね。
それで終わったらまだよかったんですけど、
時間も、今まで働いた時間もあって、
退職金とボーナスもあって、
みたいなのがあるときに、
都外で遊んでた人間が何考えられるかってなったら、
男なんで、
向こうでは、
会社とか社外の付き合いとかで、
コンパとか開いたり、
向こうって人多いんで、
ストレートで声かけてみたいな、
やってたんですけど、
若山になると、急にないやんみたいな、
出会いの場が。
ストレートに行ってもナンパできるんですよね。
ストレートに行っても道しか見えへんみたいになってたんで、
ヤバいと思って、
そのときに手が出たのが、
当時流行り始めてたマッチングアプリって、
そんなん聞きたい人いるかみたいな話になってくるんですけど、
でもこれちゃんと繋がるんですよ。
繋がるんですか。
二重で繋がるんですけど、
それでマッチングアプリをやり始めて、
当時言うと、
いろんなあった人には申し訳ない話なんですけど、
僕も今まで燃えた趣味って全然少なかったんで、
歌ぐらいしか。
一個ハマったら結構のめり込むタイプになるんで、
これちょっとアプリで彼女作るとかじゃなくて、
30:04
何人いけるかなみたいな。
なんか芽生えて、
すげえ頑張ってた時期があって。
ちなみに何のアプリだったんですか。
これも戦略的な話なんですけど、
和歌山だと流行り始めとはゆえ、
登録者数がやっぱりめちゃめちゃ少ないんですよね。
どこのクラウドも。
だから一番人が多いっていう、
一番流行ったペアっていうやつ。
一番人口が多いであるところを狙ってみたいな。
その時に、
鉄板ですけど、
夜居酒屋で会おうよみたいな。
ほぼ直球みたいな相方。
夜を指定してくるみたいなのがあってたんですけど、
僕もともとお酒飲めないし、
居酒屋っていうと狙ってる感もあるしみたいなので、
夜カフェに行こうみたいな。
って言うと100%通るみたいな。
通るやんみたいな。
でも当時知ってた夜カフェがほんまに少なくて、
ボートカフェとかデザインウェアカフェっていうのがあって、
そこぐらいしかなかった。
必死で探してみたいな。
そういうデートに使えるのを探そうと思ってたので、
まずはカフェめっちゃ和歌山を巡ったりもしてたっていうのもあったり。
あとはもう、
これはちょっと後でインスタグラムのテクニカルな話につながるんですけど、
やっぱり志を同じにしてる奴ってどんなくだらんことでも実はいて、
先人がいるみたいな。
インターネット、ツイッターとか調べたら、
そういうマッチングアプリでめっちゃやり得る方法、
上手くいく方法みたいなのを提供してくれてる奴がおって、
この方法だったらいけるみたいな。
やってたりしてたんですけど、
やっぱり田舎の宿命なんですけど、
例えば和歌山の中で会うやったら、
和歌山ここで会いましょう。
でも大阪の人とかと会いましょうってなると、
男女関係なく当たり前みたいに大阪で会うっていうのが出来上がってるじゃないですか。
外国人に話しかけるときに、
日本人って気使って英語で片言でも喋るけど、
向こうって当たり前みたいに英語喋ってくれてるじゃないですか。
そんな感覚があって、
せこいなって途中で思い始めて、
これどうにかして和歌山に来さそう方法ないかなみたいなのを、
ちょっと思い始めた時期があって、
その時に大阪と和歌山の違いで、
大阪の人がこっちに来たい理由ってなったら観光しかないと思って、
それこそ白崎海岸とか映える景色の写真めっちゃ撮って、
プロフィールってサブ写真みたいなのがいっぱいあるんですけど、
あれの構成も最初は自分が分かるようにして、
33:03
ストーリー仕立てにここいい、ここいい、ここいい、
こういうお店もあんのやみたいな構成作って、
プロフィールも和歌山って実際にいいとこあんですみたいなのをチラッとやりながら、
仲良くなったらいいとこ観光しましょうみたいなのを組み立てて、
っていうのに変えて始めたら、
最長記録で金沢、石川県から来てくれて、
もうそのひで返りで終わりなんですけど、
とかっていうのを呼び込めるみたいなのがあって、
これめっちゃおもろいやん。
会った人には本当に申し訳ない話なんですけど、
なんかこれ面白いっていう感覚があって、
もう一個なんですけど、
マッチングアプリの、
より直接人と会おうと思ったら、
より多くの人に見てもらう必要があるとかっていう考え方になるんですけど、
その基礎の考え方が、
マッチングアプリっていろんなAさんBさんCさんっていう一覧から、
自分が選ばれるわけなんですよ。
この人ええなって思って開いてようやくプロフィールと。
だから見られる情報がほぼ自分の最初の写真しかない。
だから一番力入れなあかんのはプロフィールの写真。
次開いたときに見られるのが、
サブ写真というか巡れる写真。
それで気に入ったらプロフィール見てみようかなっていう風になるんで、
そのプロフィールの分が良かったら話してみようみたいになると思うんですけど、
その基礎的な考え方っていうのが今インスタグラムに結構来てて、
プロフィール大事なんですよね。
意外と見る人って5秒とかそのくらいしか見ない。
順番、まずここで見られるからここに力入れようみたいな。
そこで培われたり。
僕がデートで使ってるカフェ巡りっていう知識の積載もあるし、
カフェある程度わかった。
運用の仕方もなんとなくわかったみたいな。
それで重ねて最初は日記的にインスタグラムをデートで使った、
こういう店いいよみたいなやってたんですけど、
これ見てもらえるんやったら増やせるなみたいな。
思ってやっていったみたいなところもありますね。
ちなみにそれは無職期間の話ですか?
それは無職期間をやってて、
あまりにもプーしてたんで、
両親からのメモアツルもあって、
僕も実はコーヒーが好きなんですけど、
そのきっかけになったスターバックスで働いてまして。
そうなんですか?
そういう期間ですね。スタバでもる期間でしたね。
スタバでペアーズしてたんですか?
その言い方大変おもろいからスタバでペアーズしてましたね。
ちなみに何店ですか?
36:02
これは偉大店ですね。
偉大の中にある。
地元に今も仲良い奴が若山にあまりいないんですけど、
一番冷やかしが絶対にない店。
確かに。
これは結構真面目な理由なんですけど、
他の店行きながら偉大店が一番ホスピタリティというか、
患者さんとかがいるから、
すごい丁寧やなみたいな。
なんか接客ってこういうところあるんやって思った部分もあったんで、
偉大店みたいな。
具体的にそれどんな接客っていうか。
どんなんやろうな。
ちょっとお手洗いに行くついでに考えてもらえますか?
スタバの話。
偉大の接客の良さって、
スタバックスの店員さんって基本的に会話も交えてくれたりする人が多いんで、
そこもあるんですけど、
やっぱり患者さんとかもいるからだとは思うんですけど、
細かいありがとうございましたから、
お客さんとかどこまで見てるかとか、
視線外すタイミングが遅い。
最後まで見てくれてるとか。
細かい配慮ですかね。椅子寄せてくれたり。
足不自由な方とかもいらっしゃるんで。
接客ってやっぱりこういうレベルの違いみたいなのもあるんやなっていうのを、
お店の机で座りながら思うところがあって、
ここかなって。
っていう感じでした。
金融の仕事から全然違う方向じゃないですか。
そうですね。
どういう感じで決めたっていうか。
なんでスタバやったんですかね。
なんなんでしょうね。
僕も正直やってから気づいたんですけど、
好きな部分もあるけどちょっと苦手な部分もあったりして、
結局向いてないなっていう結論ではあるんですけど、
なんで、
カフェが好きっていうところから来てたのかなっていうのは、
今見返ったら思いますけど、
業種とかは特に考えてなくてっていう感じですね。
なるほど。
スタバで働いてた人に初めて会うかもな。
本当ですか。
教育とかしっかりしてる感じなんですかね。
あれが、
社会人経験した後にスタバ入ったから良かったなって思うのが、
採用試験の時にスタバックスで働いてた人たちを取りやすいっていう理由がすごく分かるのが、
本当に自分たちもちゃんとした会社で研修受けて育ってたんですけど、
そういうのに必要なやつは全部ほぼできるくらい教育してくれてて、
大学生でもスタバックスで働いてるじゃん。
39:00
大学生から入れる身分のやつでこんなやるんやっていうくらいきっちり教育があったんで、
それこそマニュアル通りにするとかじゃなくて、
考え方を覚えて、
自分でお客さんの動きとか見て、
何が最適かっていうのを判断するみたいな。
プラス衝撃だったのが、
下のレレベルというか、
後から入ってきたりする人に教えるのが前提になってる教育なんですよね。
最初は自分のことだけやるんですけど、
あるタイミングでもう下教育もやっていくよねみたいなステップアップになってて、
それが衝撃でしたね。
アルバイトにできる契約形態のあるお仕事でこんなことをやられるんやっていうのがあったんで。
すごいなスタバ。
レベル高いなって思いましたね。
スタバ期はどれくらい続くんですか?
スタバ期は大体1年くらいですね。
入る前と休憩と終わった後って、
好きなドリンクを飲めるんですね。
女の子とかだとやっぱりフラペチーノとか、
甘いのとかもよく飲むんですけど。
びっくりしたっていうか知らなかっただけなんですけど、
スタバックスって元々コーヒーだけで始まってる会社なんで、
教育としても、知識教育やったらコーヒーのこと結構しっかりやってくれるんですよね。
そのことを初めて知ったびっくりもあって、
自分はコーヒーの違いってわからなかったんで、
何飲んでも一緒だろうと思ってたんですけど、
これ真面目に飲んでたら違いわかるなみたいな。
ノートつけるとかっていう教育もあるんですけど、
味の違いみたいな。
休憩1回だとしても1日3回機会があるわけじゃないですか。
じゃあ全部ブラック飲もうみたいな。
で、飲んで、
社内資格みたいなのもあったんで、
そういうの勉強したりみたいな。
コーヒーの基礎の知識、
入れてる人からしたらもう話にならない話ですけど、
ある程度は勉強したみたいな感じで、
それで今コーヒー好きっていうのには繋がってますね。
スタバを辞めるきっかけは何なんですか?
辞めるきっかけはこれも正直、
もし家族に聞かれる機会があったらちょっとごめんなさい。
本当に、
自分はスタバックスで続けながら、
自分の中で面白いもの見つけたら、
それを仕事にしていこうっていう、
スタバックスで社員になるというよりは思ってて、
それも採用の時点で店長さんにも言ってたんですけど、
のつもりはしてたんですけど、
やっぱり岡山の家庭なんで、
42:00
いつまでも非正規でいるということに対しての
圧力があって、
感動レベルまでいったんで、
これはちょっとまずいなみたいな。
っていうんで、さらに今になったっていう。
なるほど。それで今の仕事に。
そうですね。
それが何歳ぐらいの?
今でも3年目超えたぐらいなんで、
2020年ぐらいですかね。
おそらく。
なるほど。
まだカフェ魔人は誕生してないわけですよね。
根っこは出来上がっているかもしれないんですけど、
ペアーズで鍛えた基礎知識とか。
何て言うんですかね、思考作業みたいな。
本格的にやるというよりはどうやって伸びるかみたいな、
テキ感覚でやってたみたいな感じだったと思うんですけど。
はい。
カフェ魔人のスタートのきっかけっていうか、
それはそこからどんな感じで?
いざ始めるぞっていう感じでもなかったんですけど、
ぶっちゃけギリあれかな、
スタバックス辞める前ぐらいに始めたのかなと思うんですけど。
今残っている一番古い投稿が
2021年2月の?
22年2月かな?
じゃあ違うかな、そっちの方が多分あってますね。
本当は日記のやつもっと前に投稿してたんですけど、
ちゃんと投稿し始めたからそれからになるんで。
こうやって始めるぞっていうわけではなかったんですけど、
やっぱりインスタグラムの投稿を
そうやっていいねの数とか、
フェルノって面白いなみたいなのは
思いつつあったところがあって、
自分も結構バックボーン的に
本当に夢中になれる趣味ってあんまりない方だったんで、
これもちょっとやろうと思った時に
突き抜けたいなっていう気持ちがあったんで、
伸ばし方はなんとなく
アプリじゃないですけど、考え方はなんとなくわかったと。
あとはやる量だけかなみたいな。
クオリティとかは最初だから話にならないから、
量でやるしかないと思って、
最初は毎日投稿しようと思って、
意気込んで何とか始めようと思ったタイミングが
多分その時くらいっていう感じで。
なるほど。その時からアカウント名は
カフェマジンってやってたんですか?
多分あんまり覚えてなくて、
昔から見てくれてる人から聞いたらそうでもなかったみたいで、
途中から変えたのかなって話なんですけど。
そもそも僕何ていう名前でやってたかも
ちょっと覚えてないですけど。
でも割と早い段階でカフェマジンって名前に変えたとは思いますね。
コンセプトというか基本の型は
最初から写真と動画で
生き方の説明とか店内とか
45:00
っていう感じなんですけども、
かつどんな内容でやるとか
コンセプトとかってもう結構ガチガチに決めて
スタートした感じですか?
そこは伸ばしたいという気持ちはありながら
本当にコンセプトっていうのは伸ばすために
よく今で言うと初期設計が大事みたいに言われるんですけど
別にそういうつもりじゃなくて
それこそ僕がデートのために
カフェめっちゃ探してた時に思ったのが
タベログとかって駐車場ありなしとか書いてくれてるんですけど
でもありかなしかの情報しかなくて
どこ止めるの?みたいな
ない場合はどこ止めたらいい?みたいな
あと僕も東京から帰ってきてるんで
現金払いもあったんですけど
できることならクレジットとかの方が楽やし
と思いながら現金持ち合わせない時に
入って会計できやんとか困るし
みたいなとかもあったんで
そういう情報欲しいなって
探しながらすごい思うことがあって
一応始めの方って
その時の自分に向けてやってる
みたいな内容なんですよね
でもそれってみんなも
知りたいことやしなっていうんで
始めたっていう感じはありますね
車の生き方なんてほんまに自分が欲しかった
情報の典型なんですけど
そうなんですね
投稿する店の選定基準っていうか
そんなんってどういう感じで
変な店って言ったらあれなんですけど
ここ行くみたいな
ここ入るみたいな
最初に関しては毎日投稿しようと思ってたんで
目につくもの全部加えるみたいな感じで
目につくやつ全部
行ったろみたいな
和歌山ってこんなお店いっぱいあるんだなみたいな
でもとにかく行ってたっていう感じですね
やっぱり僕の性格が
大多数には飲まれたくないみたいなのが
天野寂のところあるんで
ここ知ってるでみたいなところが
多分出てるかなって思うんですけど
そこからちょっとずつ変わって
みんなが見たい内容の話をやると思って
やっぱりおしゃれなところとかに変えつつも
あったりするんですけど
でも今やっぱり
投稿を積み重ねることによって
一個一個のクオリティのハードルが勝手に
自分の中で上がっていって
このレベルでやったら店に申し訳ないとか
思っちゃって逆に投稿できなくなってきてるみたいな
現象が起きて
今で言ったら謎ルールなんですけど
お店紹介の投稿するときに絶対に2回
行ってから投稿してあかんみたいな
48:01
1回じゃちょっと分かりきらんみたいな
っていう謎ルール作っちゃったり
みたいなのもあるんですけど
それで最近投稿頻度も最初に比べたら
週1から週1もやってるかも怪しいみたいな
これから増やしていきますってずっと言い続けてるんですけど
そういうわけがあったんですね
ではではここから皆さん気になる
Instagramの伸ばし方とか運用方法みたいな
話を聞かせてもらいたいんですけど
お待ち合わせ
飽きて飛び出す
セルフもない
だけど