京都新聞さんのポッドキャスト、このおかわりキュンと、しかもまだ聞いてなくて、京都新聞さんのポッドキャストを聞かれたことない方もいらっしゃるかもしれないので、まずどういった番組なのかということを立ち上げ広瀬さんですよね。
広瀬さんから教えてもらっていいですか。
はい、京都新聞ポッドキャスト毎週火曜日朝6時から配信させていただいてるんですけれども。
大体3つ企画があって、1つはしんどくならないニュースということで、普段京都新聞デジタルとかニュースとかをたくさん読むのにちょっと疲れちゃったなという方とか。
ニュースって基本的にちょっとしんどいコンテンツになりがちな部分もあるので、そういう方でも夜寝る前とかにそっと聞いてもらえるようなニュースの届け方を何か考えていこうという企画が1つと。
それから物語の路地を歩くという、京都市がお舞台にした小説にまつわる企画を1つ。
それから京都サンガ元番記者的アフターマッチ放題、国貞ともう1人大竹というディスクがいるんですけれども、2人とあともう1人佐藤ですね。
にサンガの試合のことを喋ってもらうという、ニュース、文化、スポーツみたいなちょっと思いがけず新聞っぽいラインナップにはなってるんですけど、その3つで今のところやらせていただいておるんですが、
まだ配信始まって3ヶ月ぐらいで、私たちはまだ模索しながら番組作っているというところでございます。こんな感じで大丈夫ですかね。
大丈夫です。めちゃくちゃ分かりやすい。
広瀬さんはもうポッドキャストをやってみたいっていうのは結構前から声を上げてはったんですか?
そうですね。再企画書とかを作り始めたのが1月ぐらいだったんですよね。
去年の忘年会とかでちょっとやりたいですっていうことをね、クロスフォードセンターの忘年会で。
普段はニュースの配信作業も時々入っているような感じで、紙面作ったりデジタルのニュースを配信したり、どっちもやってるんですけど、その配信の方の忘年会ですね。国定の方の。
いろんな忘年会があるんだ。
部署が違うということですけど。
ちょっといろいろ聞いていきたいんですけど、配信の方っていうのがクロスフォードセンターっていうところなんですか?
そうですね。京都新聞で多分皆さんイメージされるのは新聞を作ってる、新聞を発行してるっていうイメージが多分大きいと思うんですけど、
特にそうですね、10年ぐらいは京都新聞デジタル版というので、ウェブに記事を配信したりということが増えていて、そこの配信を司っているのが私によるクロスフォードセンターであり、
広瀬も県務で入っているクロスフォードセンターというところがやっていて、このポッドキャストも基本的にはそのクロスフォードセンターっていうところが一応やってるっていう、そういう立て付けになってるんですけど。
さっき、産画のこと、国里さんがよくずっと取材してきてるんで、それこそポッドキャストで、過去を振り返るシリーズ。
私は国里さんほどはもちろん知れてないですけど、国里さんが苦しい時代を喋った時が、私ちょうど結構関わってた時だったんで、すごい共感して聞かせてもらってて、現場でもよくお会いしてましたけど、
あんまりいまいち分かってないのが、あの時はスポーツ部みたいなところだったんですか?
運動部っていうのがあって、産画であるとか、高校野球であるとか、スポーツに特化した取材をする部門があって、そこにいたんです。
みるさんと結構現場でお会いしたっていうのは、その時期ですね。10年、15年くらい前。
そうですね。よくいろんなことを、本当に京都新聞の記者の皆さんに教えてもらって、手分けして取材しましょうみたいな、すごいお世話になってまして、ありがとうございます。
で、いま広瀬さんは、普段は一番主にどういう仕事っていうと。
メンは夕方出勤して、報道部が出してきた原稿に見出しをつけて、新聞のページがありますよね。見出しの内容を考えたりとか、レイアウトを考える部署にいて、それが通常業務で。
これがちょっとさっきチラッと聞いて、めっちゃびっくりしちゃったんですけど、見出しはその記事を書いた人、取材した人がつけるんやって思ってたんですけど、違うんですね。
そうですね。記事を出すときに、その記事のデータに書いた記者がこういう見出しにしてくれっていうふうに指定してくる場合もあるんですけど、ページを考える方の記者はそれに別に必ず乗っかる必要もなくて、
こっちでこういう見出しがいいと思うという提案もできるし、そういうのをちょっとやりとりしながら、明日の新聞が出来上がっていくっていうようなイメージですかね。伝わりますかね。
つけてほしい。私もたまに特集とか担当するんですけど、ニュース、特集始まる前にテレビの画面の下に出る大きい見出しと、始まったときに右端とかに出るサイドスーパーっていう、ちょっとちっちゃめの始まってからの見出しとかがあるんです。考えるのがすっごい苦手で、
いっつもめっちゃ普通やなって自分で思いながら。
私たちね、一日に多分、もっとたくさんの量のニュースを多分紙面に入れ込む作業になるので、必然的に多分頭風がいる状態ではありますよね。常に多分テレビのシロリンマですね。
でも逆に、自分が取材してないというか、人が書いたのを読んでつけるのも大変そうなイメージ。
ただ、あれなんですよね。取材したり記事書いてると、どうしても自分の世界に入ってしまっていることがあって、もちろん自分はこういうふうに伝えたいからっていうので、記事を作ってる、書いてるつもりなんだけど、やっぱ読むのは読者なんですよね。
自分の、一人終わりはダメなんで、あれちょっと客観的な目で、その原稿を見て評価をして、価値付けとか、一面のトップでいくのかとか、これは地方版の記事だよねとか、そういう価値判断もそうだし、見出しとかもやっぱり読者が読みやすいような。
そういう見出しを、ある部分プロでもあるので、キャッチコピーみたいなものを作ってるっていうふうな考え方もできるから、そこは本当に持ち屋持ち屋じゃないけど、そういうふうな人たちにやってもらった方がいいものができるんじゃないかという、多分新聞の先人の知恵なんだと思うんだけど。
そもそも、でもそれってテレビも一緒やんね。客観しないといけないし、いるんじゃないか。あ、でもね、もしかしたら他の大きいテレビ局とかはそうやったはたりするんかな。ちょっとね、私はKBS京都のことしかわからず、あまり人が十分にいるとは言えないので、みんなで頑張ってやらなきゃいけないとこがあるんかなって思うんですけど。
あのー、ポッドキャストね、先ほど1月ぐらいから暴電回でこんな話なんていうところから始まったってことですけど、最初始めていくにあたって、こういう番組にしたいって、なんかどんな思いを持って始めはったんですか。3つの今ね軸があるっていうところに決めるのも結構難しい。私すっごいフォワンと始めちゃったんで。
なんか自分がポッドキャストを聞くことが習慣になったっていうのが一番あの始めたいと思うきっかけだったんですけど、自分が聞いている番組は雑談みたいなカルチャートークみたいな番組がすごく多くて、あのーそういうものが多分ポッドキャストでもよく聞かれてるんだろうなと思ったんですよ。人気のある番組とかもたくさんあるんで。
で、新聞社のよその番組もたくさん業界研究じゃないですけど聞いたんですけど、それを聞いてるとやっぱり普段からニュースが読める人が聞いて面白いなっていうものが結構多かったんですよね。取材の裏話とかこぼれ話みたいな話で。
でも、新しい読者の方と出会える場所にもしたいなっていう思いがあって、それは多分普段ニュースを読めないのか読まないのか、読むのがしんどいという思いがあるのかなーみたいなことなんか一人でこういろいろ想像したりしたのが、しんどくならないニュースっていうののなんか企画のきっかけですかね。
ふんりーさださんはポッドキャストってそれまで聞いてたりしました?
ほぼほぼ聞いてないですね。なんか2、3年くらい前に一回流行ったというか、最初の波来た時があったような気があって、その時はちょっと聞いてたんですけど、
でももうしばらくは聞く習慣、聞く機会がほぼほぼない状態で、うちの広瀬がやりたいっていうので、僕もちょっといろいろ聞き出したみたいなぐらいですね。
やりたいって聞かれた時はどう思われたんですか。
まあやっぱ新しいこと何かやっていかなくちゃ、新聞自体もなかなか特に若い人たちとかに読まれなくなっているから、新しいアプローチは必要だよねっていうのがやっぱり問題意識としてあって、
広瀬が本当にすごい思いを持ってやりたいというふうに公言して、実際準備も彼女は相当やってくれたんで、これならいけるなというふうに思って一緒にやっていったという感じですね。
そのしんどくならないニュースとかで話されるテーマ決めとかも基本的には広瀬さんが全部されているんですか。
最初自分でいろいろ考えてみようと思ってやってたんですけど、やっぱり結局うちが出しているデジタルから面白かった記事とか伸びた記事っていうのはやっぱり京都新聞読んでいる人もデジタルだけの人からもやっぱり関心があって、みんな聞きやすいもんなんだなっていうのが分かって、
やっぱり基本は記事に乗っかるスタイルで、でも乗っかりながらもうちょっとこう紙面ではなかなかやらないような話とか、ちょっと砕けた話ができるようにしていきましょうかみたいな、そういうことを一応全メンバーとか、あと出てないメンバーにも何人かチームいるんですけど、そのあたりとちょっと打ち合わせつつみたいなイメージですね。
いや、最近、これ8月12日に収録していて、13日配信ですが、京都新聞さんのポッドキャストで直近の大学生、大学あるあるトークというか京都の大学のカラー、あれももともとだから井上翔一さんへの記事、インタビュー記事から派生してってことなんですよね。
あれ聞いててめっちゃ寄りたいと思いました。
すごい寄りたかった。
京都っぽい、大学の話もそうですけど、京都新聞がやるポッドキャストなんで、ある程度京都とか、あと滋賀県でも京都新聞出してるんですけど、やっぱり地元の身近なようなテーマ、話題のほうが、僕たちがやる意味もあるよねっていうふうに思っているので、
たまたま大学のやつ聞いてくれはって。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
すごい面白かったし、でも知らないこともいっぱいあって。
そうですか。
え、なんか、何でしたっけ?内部生のことを、なんて言うんですか?
内場。
内場?そう、私初めて聞いたと思って。
でも、そうですよ。内部生同士ではお互いのことを内場とかって呼ぶことないから。
言われてるから。
え、本当ですか?
知らなかっただけじゃないですか。
本当ですか?
うち多分、同志者卒が一番、一番というか、結構人口いるんですけど。
京都新聞さんの中で。
はい。えっと、内場って呼び方あったよね?あったあったって言ってる人結構いる。
え?どの世代ですか?
あ、でも全。
全世代?
全って言うとあれですけど。
いや、僕は今、あれなんですよね。だからもう50の手前なんですけど、年齢が。
はい。
同志者大学の卒業なんですけど、僕たちの頃は内場じゃなくて、内部、内部っていう。
あ、私も内部は聞いてました。
うん。あの子とかあの人内部やしなみたいな。
内場に。
内場。
ER、人の、人のね、あの、つける時の、英語のERつけるっていうのは。
はい。
なんかただ最近の。
YouTuberとか出てきた感じの時ですかね。
あー、それはあるかもしんないですね。
ね。だって、そもそもなんとかばーっていう。
確かに。
他思いつく、ティックトッカーみたいなんですよね。
いやー。
広瀬が、同志者大学の卒業は。
はい。私10年ぐらい前に卒業したんですけど、その頃、内場っていう言い方があるっていうのはありました。
へー。
でも、何期限なのかとか、何由来なのかとか全く。
私ね、その間の10、2010年卒業ですけど、ま、まさに内場ではあるんですが。
内場は聞いたことないなと思って。
でも、内部生同士は岩倉だよねとか郡だよねとか。
あー。
はいはい。
言い方あのされますよね。
なんでそれが、あの伝わってくると私も、あ、なんとかちゃん岩倉やもんなみたいなのは、サークルの中とかではあったかな。
わざわざその相手に直接内場やねとか、そんなことは絶対言う必要がないですし。
たぶんいない、いないとこで。
ちょっと悪口的な感じなのかも。
いないですけど。
要するに地方出身者の言い方ではありますよね。たぶんその外学から入ってきた人たちが。
受験もせんと苦労してへんわみたいな。
そこまで言ってないと思って。
どうかな。
私嫌なんですよね、だから内部っていうのっていうね。
まあそんな話を聞きながらちょっと寄りたいなって思ってたんですけど。
もっともっと聞きたいことあるんですけども、ちょっとこの後、せっかくお二人に来ていただいてて、ちょっとコーナーぽくしていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いします。
ウミヒラナゴミのおかわりきゅんと、京都新聞ポッドキャスト、コラボスペシャル。
京都新聞ポッドキャストさんに聞く、いきなり一問一答。
ありがとうございます。毎回拍手。
今日はですね、せっかくなんでちょっと聞いてみたい質問を7つ考えてきました。
もうね、これほんと打ち合わせなしでやっていきます。
で、もう間髪を入れずにお二人にはイエス、ノーで答えてもらいたいなと思うんで。
もうどっちかなんですね。
どっちかです。
言いたくないですか。
まあそうですね、基本的には。
後で解説する時間とかはありますかね。
はい、後で聞いていきたいと思ってます。
なんでちょっと質問しては、国定さん、広瀬さんって名前言っていくんで、イエス、ノーって答えてもらえますでしょうか。
では、いきなり一問一答スタート。
新聞記者は幼い頃からの夢だった国定さん。
ノー。
広瀬さん。
ノー。
次。
京都新聞に入社してよかった国定さん。
イエス。
広瀬さん。
イエス。
よかった。
出勤してのルーティンがある国定さん。
イエス。
広瀬さん。
イエス。
取材をする時のとっておきのテクニックがある国定さん。
イエス。
気になる。
広瀬さん。
ノーです。
忘れられない仕事がある国定さん。
イエス。
広瀬さん。
イエス。
ボツになった記事がある国定さん。
イエス。
広瀬さん。
イエス。
ポッドキャストを始めてよかった国定さん。
イエス。
広瀬さん。
イエス。
ありがとうございます。
国定さんに関しては一問目以外全部イエスでしたけどね。
ちょっと順番に聞いていきたいと思うんですが、お二人とも幼い頃からの夢だったわけではない。
国定さんは何が夢長くというか。
学校の先生とかちょっとありましたね。
そうなんだ。どういうとこですか。
なんか優しそうな感じ。
何でも教えてきはるんかなと思いました。
育てるのじおじさん。
いつ頃からどうやって目指されたの。
漠然とは興味はあったんでしょうけど、
やっぱり大学で、都市大学の新聞学専攻というメディア関係の専攻があって、
そこに進んだんですよね。
そこからなんとなく興味も出てきて、
なんかマスコミいいなっていう、そういうところで記者になってきました。
就活は新聞社さんばっかりだったんですか。
新聞社とかテレビ局さんとか。
まあ報道関係がメイン。
KBS京都テレビは受け張りました?
いや、受けませんでした。
なんでですか。同じ京都の放送局なのに。
京都新聞が内定が出てたのかもしれない。
ちょっとなんでしょうね。
他のいわゆる全国ネットのキー局とか、
大阪の純キーとか受けてるんですけど。
そんなのやったらあかんのかな。
いいでしょ。私たちはいいですけど。
うちはね、受けてもらえなかったんですよ。
でも、そうか、だからいろいろ受けられて。
広瀬さんは。
私は厳密には幼い頃かもしれないですけど、
中学生ぐらいの頃に文章を書くの好きだったんで、
そういう編集者とか、こういうテキスト系の仕事がやりたいなっていうのをぼんやりやって、
そこからちょっと事件とか、ニュースを扱う仕事に興味が出るきっかけがあって、
そこから、同社大学の、今はメディア学科って言うんですけど、
さっき国里さんが言ってた新聞学専攻っていうのが、そこに私も進学して、
あんまり現場、すごく体力いる仕事なので向いてなさそうだなって思いながら、
でも、一回現場を知らないと、ニュースってどうあるべしなのかなとかいうことを考えられないというか、
一回経験しておかないとなと思って、就活して内定が出たっていう感じですかね。
結構早かったんですか?京都新聞さんって、広瀬さんの時で言うと、
何回生の何月ぐらいに内定出た感じなんですか?
そう、7月ぐらい?私の年は、2016年か。
なんか祇園祭りの宵山とか、みんなが気持ちよく内定出てお酒飲めるように、
その日に合わせて出したんやって、当時の中で言ってた。
10年前の話なんで、今のか知らないですけど、
そんなこと言われた記憶がありますね。
なんで、喜びさんでビール飲みに行きました。
言っちゃいいじゃないですか。
4回生の7月?
しかもね、京都新聞に入社してよかった。
もうお二人とも。
よかったと言わないといけないようなシチュエーションですけど。
国里さんはいい会社ですか?
他の会社知らないんでね。
新卒で入ってずっといるんですよね。
ある意味世間知らずなんですけど、そういう意味では。
相対的な比較ができないので。
一応ずっといるってことは、少なくとも悪くはない。
そういう選択だったのかなって思ったりしてますけど。
京都新聞らしいなって感じる、いいとこってあります?お二人が。
こういうの京都新聞らしい。
結構個人というか、個を大切にするんですよね。
僕のイメージもありますけど。
もちろんチームを組んで、何か取材に当たったり、何かプロジェクトをするってこともあるんですけど。
結構個性的な記者も多いし。
なんとなく京都の土地柄なのか、みんなで群れて何かやるっていうよりは、
ここの才能とかチャレンジをするとかっていうのを、比較的懐深く受け止める。
ネガティブネガティブするといい加減なところもあるんですけど。
割と縛られず、比較的取材とか、自分のやりたい取材テーマであるとかっていうのを尊重してくれる。
そういう会社だと思いますけどね。
広瀬さんも結構うなずかれては。
そうですね、このポッドキャストが立ち上げられたのも、ある種自由さというか。
そうですね、やってみたらっていうことを、いろんな人が言ってくださったから始められたみたいなところもありますし。
あと、京都という土地の恩恵をものすごく受けてるなっていうことを番組始めてみて感じるところで。
そのコンテンツ何にしようっていうのが困らないというか。
予算の地域の方も注目してくれる、大学の話ももちろんですけど。
まだやってないですけど、お祭りの話とかもやろうと思ったらできるでしょうし。
喫茶文化の話、初回やりましたけど。
場所に恵まれた新聞社だよなっていうのは、やっぱりありがたいなとか。
確かに。
それはうちもいつも感じてます。
それを活かしきれてない悔しさも感じながらですけど。
そして、出勤してのルーティーンもお二人ともあるっていうことでしたけど。
国曽道さんは。
これはもう全然面白くないですよ。
本当に面白くない。
普通の、だからパソコンの電源つけて、メールチェックするって言ったって普通の。
広瀬さんは?
面白いですか?
西暦記者のルーティーンって面白いですか?
別にごめんなさい。
その日の紙面を組むためのメモみたいなのが出てくるんですよね。
自社でこういう記事が今日出てきまして。一覧と。
京都新聞共同通信さんからも記事をお借りして載せることがあるので。
両方バッとラインナップがある紙を並べて、今日私自分が担当するページに入るのはこれだっていうのをデスクと一緒にチェックするみたいなところから、
仕事が始まるみたいなことをルーティーンというふうに呼んでもよければやっぱりあんまり面白くないですよね。
なんか気になったのが、私たちアナウンサーは結構そうなのかな。
出社して、例えばラジオを喋る、今日生放送のラジオがありますというと、それこそ新聞チェックが結構最初みたいなところがある。
それこそ京都新聞さんをチェックしながら、今日何喋ろうかなとか。
本当にネタとしていつも使わせていただいてるんですが、本当様々です。ありがとうございます。
なので、新聞社の方ってその代わりに何されるんだろうって思ったんですよ。
だからそういう意味では各市を読む。各全国市ですね。朝日新聞とか米新聞とか。
最近は少なくなったかな。抜かれチェックっていうのね。
いわゆる長官段階で、得種をどこか他社に抜かれてないかっていう。
そのチェックは、僕個人というよりは、新聞社の泊まり勤務の人とかがいて、泊まり明けの記者がどこか他社に抜かれてないかっていう。
それは新聞社なり新聞記者としてのルーティンとしてはありますね。
それなんかね、テレビも昔もっと厳しかったみたいな聞きますね。
それこそ新聞見て、なんでうち行けてへんやって言ったらすっごいその記者が怒られたりしたって。
私はあんまりそんな経験はないんですけど。
時間がないんです。すみません。
はい、次。取材をするときのとっておきのテクニック。これは邦貞さんがイエスでしたが聞きたいです。
結局取材相手っていろんな人がいるんで、いろんな人のしゃべりやすいように、こちらが聞き方とか態度を変えるっていうことちゃいますかね。
たとえば。
おかしい。
私も聞きたいです。
ほんまいろんな人いるんでね。
ただまあ、これうちのポッドキャストでも一回ちょっと話をしたんですけど、
やっぱり合図地とかその辺を、
まあ多分普段の日常会話、僕は多分家で妻とかとしゃべってる以上に、必要以上に合図地を多分打ってる。
あのほぼ無意識なんですけど、
でもやっぱりちゃんとあなたの話を聞いてますよっていうことをしっかり、
もう本当に対面とかの取材の場合はね、
そういうところも示しつつやるっていうのは、やっぱり相手の話を引き出せる大きいポイントかなと思います。
テクニックって言ったらまあそれかもしれませんね。
その話も聞いてて、その合図地の話。
それ、なんかえーと思ったのが、記者さんあるあるかもしれないっていうふうに言ってはって、その時。
逆に、同じ取材をするっていうのはね、我々もあるんですけど、
あんまり声の合図地を入れると怒られるんですね。
自分の声が重なってたりすると、
ああ、切りにくい。
すごい新人の頃とか特に、それで被ってしまうと本当怒られるんで使いづらいみたいな。
だから同じような形で私たちが身につけるのは、声にならない合図地っていうか、とにかく頷くみたいなんで。
それこそコロナ禍の時ってマスクもしてるので、頷いてるのが分かりにくい。
めちゃくちゃ目を見えない。
頷いてたなって思って、目力でみたいな。
だからこういうのも違うんだなってちょっと思ったりしたんですよね。
さあどんどん行きましょう。
ちょっと忘れられない仕事があるイエスがね、結構強めに2人とも言ってくださったんですけど、
今回広瀬さんから聞いちゃっていいですか。
もう1年目の時に、嵐山の迂回の取材をさせていただいた時に、
外国人出身の方で日本で初めて迂回にならはるっていう、
ラリッシャさんという方がいらっしゃったんですけど、
その取材、というかその記事が多分、自分が初めて書いた得種記事だったんですけど、
その方とずっと、その方が迂回のデビューをするまで1ヶ月間ぐらいずっと、
週に2、3回ずっと嵐山に通って取材してみたいな感じだったんですけど、
書けない話も含めて1人の人密着するみたいなことが、
本当に入って半年も経たないうちにさせてもらえたんで、
なんかすごく感慨深かったなっていうのは今ちょっと思い出しましたね。
一番長い密着とかだったら、どれぐらい密着して関わる時あるんですか。
でも私がそのそもそも外取材をしてた期間が多分2年ぐらいしかなかったので、
もうそれ以降私全然ないですけど、
国沢さんそういうのありますか、1人の方に長い密着みたいな。
長い密着。
まああれですよね、産画の担当してる時って監督とずっと年間通じてとか、
長い監督と3年とかね。
ずっとそれは密着では密着なのかもしれないですね。
みなさんもわかると思いますけど。
私やってた時すごい短いスパンだった時が多かったんですけどね。
そういう時代ありましたね、産画ね。
ありましたありました。
苦しい時期。
国沢さんの忘れられないシフトは。
僕はその産画の担当が長かったので、
いろいろいい思いでもあるけど、
監督に自分が書いた記事が、
いわゆる消しからんっていうので、
しばらく取材を受けへんっていうことがあったりしたとかっていうのは、
やっぱりあれですね、忘れられないですよね。
話せば長くなるんで、この辺でやめときますね。
多分新聞記者やってると、1つや2つはそういうことがあって、
書いた記事が、こっちは良かれと思って書いてるんだけど、
やっぱりそれが相手さんにとっては本意ではないっていうような表現であったりとかあると、
今はもう相手は顔を合わせない、できんやみたいな、
そういうことが何かしかあったりするんですけどね。
そういうことにあった時って、結構若い頃もありました?
若い時ですね。
どうやって立ち直るんですか?私それ立ち直れんかもと思って。
上司が慰めてくれる時ももちろんあるし、
あとはやっぱり時間が解決してくれるっていうのがあると思いますけどね。
あとはもちろんそこからいろいろ釈明をしたりとかね、
そういう行動も取った上でっていうことですけど。
プライド持っていいように書くときばっかりでもないでしょうしね、
ちゃんとね、報道機関ですからね、フォローになってね。
さあ、続いて没になった記事、結構あるもんなんですか?
どっち?2人とも丸イエス。
なんかもうあんまりちょっとこういう飯出せないですけど、
これが絶対この企画ちょっと変わった視点から書けてて面白いと思ってデスクに持って行ったんですけど、
なんか角度はいいけどその企画の趣旨に合ってると思えへんから別のとこ取材してきてって言われて、
もう一回違うとこに行ったみたいなことありましたね。
じゃあ本当に出す場がなくなる、お蔵入りじゃないですか、そういう。
結局書きはしたけど載ってはいないっていう。
とか、取材し始めたはいいけど、どこに着手させていいか分からへんようになったものとかはありましたね。
あんまり具体的な話ができなくて申し訳ないですけどね。
くにさのさんもあるってことですもんね。
やっぱ若い時、新人の頃とかっていうのはありますよね。
さっき広瀬が言ったみたいに、自分は取材したんだけど取材が足りてなくて、
もしくは他の視点とか角度から取材をすべしっていう形で命じられて、
ただ最近はやっぱり、何でしょう、時代も少し変わってきているので、
基本的にはやっぱり記者が書いてきた記事っていうのは何とかして活かそうっていうか、
何か付け加えなり、ちょっと再取材をしてもらったりとかで、
完全に没にする、お蔵入りにするっていうのは、だいぶ減ってるって感じですけどね。
そもそもこのリーダー、デスクみたいな人に、
これを取材してこいって、特に最初の頃とかって言われて、取材をして原稿にする以外に、
自分からしたいものを言って、出せるかわからないけど作り上げていくみたいなパターンもあるってことですか?
本来的には多分そこでコミュニケーションを取って、
特に新人の頃とかは、こういう取材を今しようとしてますとかしてこんなんです。
やり取りするのが一番いいし、倉庫にとって。
だけどやっぱりね、思いがあって、ちょっと突っ走り気味に取材をしちゃったりっていうこともあるので、
そこが難しいところですね。自主性みたいなものを積んじゃってはいけないから。
そうですね、確かに。お蔵入り?
私はすごい尖った取材をしたかったというか、
どうしてもやっぱりうちって伝統あるメディアというか、京都にはもう長い新聞社なので、
どこに、どこもあってみてもやっぱり先輩たちが一回取材してるみたいなところがすごく多くて、
そうじゃないと自分でなんとか開拓したいとか、
違う角度から切ってみたいみたいな野心が強すぎて。
素晴らしい。
でもそれやるんだったらやっぱりきめ細やかに取材しないといけないじゃないですか、当時振り返ると。
それがすごい荒かったなっていう反省もあるし、
やっぱりポッドキャスト番組を企画化とか考えていくと、やっぱりこれはなんかちょっとざっくりすぎやなとか、
もうちょっと聞けるものに整えるために設定とか整えなきゃなとか思うと、やっぱり荒かったなっていうのはすごい思うんですよ。
だから、全然ネガティブなお蔵入りではなくて、当然じゃ当然だったかなって気もしますよね。
めっちゃ素晴らしいじゃないですか、話が。
真面目だし、色重きだしみたいな。