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プラットホームという映画を観て、その感想を発信したいと思います。
ちょっとネタバレがあるかもしれないので、今からネタを通知を取ってやってみてください。
ものすごく考えさせられる内容で作られたお話というか、実際にはないような設定だったんですけども、
建物みたいな感じで、ビルみたいな感じで、説明が難しいんですけど、
エスカレーターで食べ物が運ばれてくる、縦長の刑務所みたいな感じで、
一番上が一番大きくて、一番下が悪いっていう部屋の服になっていて、
何がいいのかと言ったら、スーパーに2人入ってて、
そこもトイレと一つしかなくて、食べ物というのは、
テーブルに何百人分、一番上の人は並んで出てくる、1日いっぱい。
それを自由に食べていく。
けれども、時間が来たら下にエレベーターに下がっていって、
次の下の人は上の人を食べ残しにしか食べれない。
次の段、時間が来たら下がっていって、
3,4,5,6でも何百部屋と下にあるのがいいのか。
そうすると、何部屋の人、120階までしか、
119人が食べ残ししか食べれない。
すごい面白いです。
どんな食べ物が入っているかというと、
時間が来たら、何階の人は、
最初はケーキとかミックスとか野菜とかが、
すごいウィッグスに盛り付けされて、
一番上の人は、何百人分があるのに、
もう下の方に小口がかかるので、
食べ物の残骸、食べ残し、ケーキがめちゃくちゃになっている。
それをみんな、必死で食べたがるという状況になる。
1日1回しか食べ物が出てこないから、
みんな、必死で食べている。
でも、一番下の方の人は、
スムーズに思いをして、
死んでいくみたいな感じ。
面白いなというか、
すごい設定だなと思ったのが、
やっぱり人間って、
生きる瞬間になったら、
同じ部屋にいるから、
自分と暴いてきている。
奪い合いや、
人に浮気与えるとか、
できないものを使って、
生きる瞬間に関わっている。
で、下の人は、
残しとこうと考えるじゃないですか、
設定を分かっているんだから、
一番下の人は、下に何百回来ていると分かっていて、
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自分たちのために残しを食べると分かっているんだから、
残しとかなと思えばいいじゃないですか、
人間として。
それをしないと、
直々にたどちらかしたり、
足で踏みつけたり、
巣箱掛けたりする人もいても、
人間のどの大きさが見ても、
誰も見ていないし、
もう誰も罰せられない。
殺し合っても、
秩序がなくても、
行事悪くても怒る人がいないから、
助けている人もいてね。
だから、自分の欲望を見せるだけ。
自分さえ生きたらいいよという、
自分の欲望が、
その人の中にあって、
異性的な状態だなと思っていて、
日本なんかでね、
暮らしていたり、
すごく慰められていて、
食べ物がないと思わない、
お菓子のスーパーに行ったら、
あくびほどありますよね。
そんな状態の中で、
奪い合ってたらいいという状況が、
ちょっと変わらないなと思ったけど、
そのときに飛び込められて、
精神的に追い詰められたら、
最後には、
死んだり殺し合ったり、
殴り合ったり、
奪い合ったりして、
やっていったんですよ。
それを見ていたら、
究極の状況だなと思いながら、
やっぱり、
自分の感想が包まれているなって、
思い知らされた。
その映画の映像を、
いくつか見せてみて、
何を見せられたのかなって、
思ったんですけど、
何百人で、
食べ物を分け与えながらで、
いちいち言わないけど、
みんな分かるじゃないですか。
それが人間ってできない。
生きる趣味になったら、
ちょっと今日は腹自分にして、
下の人に残しておいてあげようっていう、
余裕さえない。
今も普通、
日本に住んでいたらできるじゃないですか。
みんな日本人って優しいでしょ。
人に親切にしたり、
何かあげたりもの。
それってできるのは、
やっぱり自分自身が、
余裕がないとできないんだなって、
気づかされたんですよ。
衣服足りて霊説を知るだったかな。
そういう言葉があるじゃないですか。
自分の着るものとか食べるものが、
やっと満たされてから他人に、
親切にできるっていうのは、
こういうことだなって。
だってそんなところに閉じ込められて、
もう一日一回しか食べられないと思ったら、
手掴みでもう奪い合ってやるっていう状況で、
人に親切もクソもあるかみたいになる、
究極のものを見せられたなと思って。
だから自分が病んでたら、
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人に病んでる人を助けられないように、
自分が空腹だったら、
隣にいる空腹の人を助けられないように、
やっぱり自分が満たされないと、
他人にどうか何かをあげようっていうことは、
できないんだなっていうことを、
思い知らされた映画だったんですよね。
だからこそ、
今私がずっとやってるのは、
心地よく過ごしましょうってやってるのは、
まず自分を整えて心地よくした上で、
サロンしようってことに気づいて、
この2年間やってきたので、
来てくれる人に疲れた顔とか、
イライラしてるところとか、
私がお腹ペコペコでボロボロ出てきたら、
みんなびっくりすると思う。
そんなサロン来ないと思うんで、
やっぱりこう、
そうなんですよ、
私こんなおいしいもの食べたよとか、
こんないいとこ行ってきたよっていう、
SNSで発信して、
わあいいなみたいな、
私もかずこさんみたいにそんなの食べたいとか、
そんな風になりたいって、
言ってもらえるようになりたいなと思って、
サロンをするにあたってはね、
やってきたなと思うんですけど、
それをやっていくには結構時間かかったしね、
自分を整えるにはね。
やっぱり過去の私は余裕がなかったので、
いやでもそういう世界が変わればね、
そういう人もいるんだなと思って、
改めて今自分がいる状況っていうのはね、
すごい恵まれてるなって感謝の気持ちが湧いてきたんですよね。
コンビニ行ったら食べ物買えるし、
大型スーパーにはもうあふれるほどの食料があって、
今でもなんか食べたいと思ったら買いに行けばすぐあるし、
こんな状況やからこそ発信してね、
自分の部屋で心地よくいましょうとか、
携帯から発信してる、
この状況っていうのはね、
本当にいろんな人の周りの支えがあって、
助けがあって成り立ってるというか、
牛肉を作ってる人、牛とか豚とかを育てて、
そこから肉を作ってる人がいるから、
牛肉を食べれる。
野菜もね、玉ねぎとかニンジンとか、
何年もかけて作ってる人がいるから、
野菜炒めが食べれる。
水道も電気も発明して、
ポールして作った人がいるから、
肉炒めが食べれる。
全てのことを当たり前だなと思ったら、
あかんなーって思ったんですね。
そしたらこの動画を見てね、
それだけの気づきと感謝の気持ちとね、
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改めて知ることができてね、
すごく濃い時間を過ごせましたね。
プラットフォームって言うんですけど、
一つの映画とか本を見ると、
ものすごく深くいろんなことを感じ取るんですよね。
いろんな感想が生まれるんですよ。
いられないですね、いつも。
本を読んでも自分の人生と照らし合わせて、
いろんなことを考えるんですね。
そういう風にああだこうだ、
哲学的に考えたり、
人間とは、欲望とは何か、
幸せとは何かとか、
そういうことを深く考えるのがすごく好きなので、
今回の映画もね、やっぱり自分の余裕がなければ、
人に親切になんかできないんだなっていうことを、
改めて思い知らされた映画で、
生きる死ぬの時には、
こんなに醜いものなんだなっていう、
人間って愚かなんだな、
弱いんだなっていうことを、
改めて知る映画だと思って。