プロ奢ラレヤーへの尊敬と学び
プログラレアーのことがすごく好きで、
毎日ライブ配信を見たり、彼の文章が好きで、
とても哲学的だと思うので、尊敬しているんですけど、
彼から学ぶことがとても多いので、仕事のこと、生きること、考え方、
自分が今、とても面白いなと思っている人物なんですけれども、
それでちょっと今日、ふと思ったことなんですけどね。
ホームレスへの従来の感情と行動
ホームレスの人っているじゃないですか。
私、以前ホームレスの人を見たときに、私って本当に感情的で、
すごい泣いたり怒ったり喜んだりが激しいんですけど、
そのホームレスの人を見たときに、かわいそうという気が湧いてきて、
同情ですよね。お腹空いてるんだろうなとか、
自分が恵まれてご飯も食べれているのはありがたいけれども、
どういう事情か分からないけれども、ホームレスになって、
ご飯食べれないのかなと思ったときに、コンビニでおにぎりでも買って
渡そうかなと思ったんですよ。
けれどそこで思ったのが、同情で一回渡しただけでどうなるんだろうとか、
かわいそうという気持ちがすごく湧いてきたんですね。
やっぱり湧いちゃうんですよ。
ホームレスの人を見たり、ちょっと病気の人を見たりとか、
車椅子の肩を見たりとかすると、気の毒だなという気持ちが湧いてきて、
何かしてあげないといけないのかなという気持ちが湧いてくる性格だったんですね。
プロ奢ラレヤーの対等な接し方と気づき
ちょっと彼、プロゴラレアが結構ホームレスの人に話しかけたりしているみたいなんですよ。
池袋とか行って、このあたりホームレスの人に
おにぎり買ってあげたよとかいう話をよく聞くので、
彼の考えというのは決して同情じゃないんですよ。
かわいそうなんてこれっぽちも思っていなくて、その逆で、
面白いおっちゃんいるやん、喋りたい。
お茶でもおにぎりでもあげて一緒に喋ろうみたいな、
友達みたいな感覚なんですよね。
それだけでも聞いたときにすごいなと思って、
違うでしょ、考え方が。
目から鱗というか、私の今までしてきたこととか考えてきたことが
本当におこがましかったなというか、上から目線じゃないですか、はっきり言って。
かわいそうだし、買ってあげないといけないかなとか。
なんちゅうこと思ってたんだというのにちょっと気づいて、
勝手に気づいて反省しているわけなんですね。
無邪気さと平等がもたらす心の解放
なんて言ったらいいかな、これ。
プログラレアの無邪気なホームレスのおっちゃん、面白いから
友達になるとか話聞きたいっていうその無邪気さが好きなんですよね。
なんとも言えないこの素晴らしさ。
彼は決して人を見下さない。
彼は奢られて生きていると言いながら、やっぱり働いている人を尊敬すると言っているんですよ。
感謝するんですよ、ありがとうと思うと。
すごいなと思う、自分にはできないから、こんな生き方しかできないからっていう風に
生きているのを見て、なんかいいなと思って。
なんか今まで自分が順位付けてきたもの、決めつけてきたもの、
上とか下とかを持ってきたもの、ガラガラガラガーって崩れるような思いで
なんか、彼を見ているとなんか楽になるんですよね。
人間ってみんな平等というか、いつか死ぬし、そんなカッコつけなくていいよとか
そんな頑張らなくていいよっていう気にさせてくれるんですよね。
本当にね、こんな気持ちになることはないな。
彼の言葉による自己変革と自由な生き方
これね、本当に伝えていきたい、彼のこと。
私毎回、彼のブログに書いてあることを見て、目から鱗で
今まで思ってきたこと、偉い人が言ってきたことと逆のことを言っているなって思えそう。
でも、これ風に落ちるなっていう、なんかどんどん生まれ変わっているみたいな、自分が。
生まれ変わるんじゃないな、自分らしくなっていっているのかな、彼の言葉を聞いて。
そうやなーって、上辺だけじゃない飾らない、そのままの本質、自分らしさ、自由さ、楽さ
なんかそういうものを持っていて、なんでその大人になったらいらないものばっかり持っているんですかね。
で、天才とか世間体とかカッコつけたり、上とか下とか決めたり、お金とか持っているとか地位とか名誉とか
本当に馬鹿らしくなって、愚かで滑稽っていうか、そういう人たちが。
そういう風に世界がね、変わったんですよね。
で、プロゴラレイヤーをリスペクトして、私はアクセスバーズっていう、今哲学的なことを学んでいるんですけど
一緒なんですよね。考え方とかが、良い悪いとか決めつけないとか、自分らしく生きればいいみたいな
そういう考えをね、学んでいるとね、とっても自分らしく楽にいれます。
本当にね、心地よくて、面白くて、彼のこと、これからも発信していきたいと思います。