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こんばんは。今日はね、クリスマスですね。
はい、12月25日の夜なんですけれども、私は毎年思ってるんですけど、クリスマスっていうのは静かに、もうサイレントナイトで、自分の内側に意識を向ける日かなって思うんですよね。
やっぱどんちゃん騒ぎとかパーティーとか、なんかそういうんじゃなくて、
大切な人と静かに過ごすのもいいけど、一人で過ごすのもいいと思うんですよね。
でもアクセスバーズ受けるもいいし、なんか瞑想したり、そういうこう、とにかく静かに過ごしたいっていうのがあって、
今日はですね、私ちょっと夜にね、宇宙についてお話ししようということでね、ちょっとお話しするんですよ。
宇宙の法則とかね、神秘的でいいでしょう。なんかクリスマスの夜に、自分の内側に意識を向けて、本当の自分とはっていう話をね、するんですよ。
それがめっちゃ楽しみで、ワインとかね、飲み物を用意して、ちょっとお話をする中でですね、
前にも紹介した、本当の自分を知る本で、これやっぱりすごくて、前紹介しましたけど、読むたびに新しい覇権があるんですよね。
今日はですね、なんかこういうクリスマスの夜ってことで、死んだらどうなるの?生きるとは?死ぬとは?っていう話をしたくて、
で、前ちょっと言いましたけど、皆さん死んだらどうなると思いますか?と。
無にはならないと思いますっていう意見がね、このスタイルを聞いてる人は多かったんですけど、
で、なんか、なんで生まれてきたんやろう?とかね、この地球にね。
そんなことをよく考えるんですけど、で、なんでそんなことを考えるかって言ったら、やっぱ辛い時ですよね。
苦しい時に、もうなんでこんな辛い思いをして生きなあかんやろう?みたいな。
え、なんでこんなことをするために生まれてきたん?とか。
なんかね、しんどいことをしてる時とか、嫌な思いをしてる時に、思ったから、やっぱりそこを問いかけていってたんですよ。
で、まとめると結局ね、なんでこの地球に生まれてきたかというと、皆さんもですけど、本当の自分を知る旅なんですよ。
これちょっと面白いなと思ったのが、あのですね、生まれなかったらね、他人とか地球とかがなかったらね、ただの自分の心だけやったら、自分が何か分からないんですって。
自分という魂はあるけど、自分が何か分かんない。
だから、この地球にえいーって生まれて、で、あえて私なんかはね、ややこしい親を選んだと。貧乏でとんでもないなんかダメな親を選んだ。
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でもそうすることで、自分が子供になって一体どういう家族を築くのかと。
泣いたり叫んだり怒ったりする、喧嘩もするんだろう。
それをすることによって、あ、自分ってこんなんなんだって気づくじゃないですか。
で、まあ幸せな親だったらね、それはそれで感謝するのかとか、まあそれでもグレたりとか、なんか感謝の気持ち分からない人もいれば、幸せに暮らす人もいるじゃないですか。
何をやってるかって言ったら、自分というものがこの地球にえいーってやってきて生まれて、
あ、こういう環境になったらこうなるんやってことを知るためっていうね。
これすっごい上に落ちません?
あ、なるほどねーと思って。
だからそんななんか罰として辛い試練を与えるとか、神様がね罰を与えてるとかじゃないんですよ。
自分で作ってやってるんですよ。自分で作って自分でやって、自分で苦しんでるんですよね。
そう思ったら、ほんまに真剣にないものはアホらしいんですよね。
いやほんまにもう私もそうとしか思えへんようになってきて。
でまあ例えばこう恋愛して振られるとか、結婚して離婚したとか、
あーなんかお金なくなったとかをやっている時に、自分はどう行動するかっていうことで本当の自分がわかりませんかね。
で今この瞬間もね、なんかこれを聞いて、あ、わかるーと思う自分とか、
いやーちょっとよくわかんないわと思う自分で自分を知ることができませんかね。
でこんなんが好き、この音楽が好きとか、
もうねあの一番好きな花ね見て、このドラマ好きって思ってる自分、
やっぱああいう繊細な心の内側をこうゆっくり丁寧に考えるような、
ドラマが好きってことはそういう生き方が好きってことですよね。
毎日パーティーしてどんちゃん騒ぎしたいって思うんだったらもうそういう、それが自分ですよね。
本物の自分は、あ、どんちゃん騒ぎしたいんだなとか、
でこう人を騙したい、文句を言いたかったら文句を言いたいために地球に来たんだなっていう。
もうそれで宇宙ってこうジャッジがないんですよ。良いとか悪いの。
でこうなんかそうやってどんちゃん騒ぎしたり、人を騙すってことも別に良いとか悪いとか別に誰もジャッジしない。
自分はそうなんだなというだけ。
もうこれはね、あの極端なこと言っても犯罪者であっても、
犯罪ってこの地球で裁かれるじゃないですか。警察に捕まってとか。
そうそうこれねプロ語が言ってたんですけど、
あの、例えば殺人を犯しますよね。
警察に捕まりますよね。
でまあ死刑だの、何年だのって下されますよね。
それってね、殺してはダメって誰も言ってないですよね。
殺してもいいとも言ってないけど、殺したら罰則があるよって決めてるんですよ人間同士で。
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罰則をね、極端な話。
俺死刑になってもいいっていう人は人殺してもいいってことなんですよね。
でそんなひどいと思うかもしれんけど、その生きるとか死ぬとかいうことに対して、
この宇宙ってそんな大げさなことじゃないんですよね。
よくこうドラマありますよね本当に。
病気で、なんか大好きな人が死ぬ。
嫁3ヶ月とか。
死なないでみたいな泣き叫んで。
あなた以外考えられないって泣き叫んでる。
お母さんお父さん。
子供が死んだりとか、みんな泣き叫んでる。
けれども宇宙的には、その死というもののその概念が、
やっぱ人間がこう大げさにというか、
感情的になって作ってるもので、
私自身がね、ものすごく大げさなんですよね。
犬1匹でも、もう死なないで。
かー寂しい。
もうね、そんな言ってました。
でも今の子も12歳からもうもしね、5、6年先に死んだらもう発狂するぐらい泣いて、
なりますけれども、
本人の犬は何とも思ってないらしいんですよね。
あージョムヨ来たなーバイバーイみたいな。
ありがとう美味しかった楽しかったバイバーイみたいな。
犬が死ぬの嫌やって言ってるっていうか、
まあ喋らないけど思ってる犬いないらしいんですよ。
犬に限らずその、前言った牛さん豚さんみんなね、
どんどん死んでいくけど、
まあ痛みとかは感じるんだろうけど、
別にこう、あー死ぬんだなみたいな。
それをやっぱ人間が作って、
かわいそうに死ぬのが気の毒だとか、
やってるわけなんですよ。
でね、でですね、この死に対するこの考えも、
ただ地球卒業みたいな、
肉体滅びますよね、こう火葬場で焼かれて、
形がなくなりますよね、私が死んだら私のこの体がなくなる、
でも私の魂は生きてるっていう、生きてるというか、
存在してる魂が。
そう考えたら、
肉体ありがとうみたいな、もう年老いていくおばあちゃんになってね、
私の肉だしらがでシワシワになった肉体、
まあ80年か100年か、
ありがとうバイバイなだけで、
あー寿命この地球で経験させてもたわー、
ほんで本当の自分がある程度わかるじゃないですか、
100歳になったら、
こんなことしてこんなことしてって、
言って、
だからこそ思ってること何でもした方がいいって当たり前のことなんですよね。
いやいやなんか誰かがあかんっていう人が怖がって何もしないっていうのは、
え、何のために地球に来たん?っていう、
なんか無難なことばかりして、
行動しないとか、
いやもうそういう次元の話じゃなくて、
自分を知るためにこの地球に奇跡的に生まれてね、
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やってんのに、やって生きてんのに、
やらないとか、もうちょっとこう何年後かでいいとか、
そういう話じゃないんですよね。
だから私はそれをわかってるからどんどんどんどん挑戦してたのかなっていう。
で、やってみて、あ、違ったわ。
やってみて、あ、しまったとかありますけど、
そこで気づいてるわけですよ。
あ、自分ってこれ嫌いやったんや。
えー意外こんなやりたくなかったんやとか、
あ、これ好きなんやとか、
それをどんどんどんどん試してるだけで私はわかってるから。
で、周りから見たら、なんかどんどん行動力があるとか、
なんか変化が早いって言われるけど、
だって地球に生まれたんだもん。
それやるために来たんだもん。
だって、あの、ディズニーランド行ってね、
1日パスポートあるのに、
乗り物乗らないって言ってるのと一緒なんですよ。
えーなんか怖いし、落ちたら怖いし、やめとこうとか言って。
来といて乗らへんのかい、みたいな。
そういうことなんですよ。
ほんとにもっと軽いことで、
楽しめばいいっていうね。
失敗しても、
失敗しても死なへんから安心していいって言うけど、
もっと言うと、死ぬかもしれんけどやってもいいんじゃないぐらいの。
死ぬっていうことがそんなに、
もう決まってるからね。
自殺したらいいって言ってるじゃなくて、
寿命が決まってるからねって言ってるわけで、
もう自分は決めてきてるんでしょう。
100歳まで生きるとかね。
その間にこれとこれとこれと試して、みたいな。
やって。
ほんでね、もう一個面白いなと思ったのが、
例えば犯罪を犯して、人をひといことをして、
人殺しとかして、地獄に行って舌を抜かれるとかね。
嘘をついて縁魔さんに舌を抜かれるとか、
そういうおとぎ話あるじゃないですか。
人は死んだら地獄に行くか天国に行くかとかね。
徳を積んでいい行いをしたら天国に行くとか。
なんとですね、これ私はすごいわーって思ったんですけど、
これも自分が作ってて、死んだ後も。
で私はね、死んだ後はもう天国っていうか、
もう地球よりずっと心地のいい星に行くって決めてるんですよ。
もう私が地獄に落ちるってのはありえないんですよね。
多少の変なこととか愚かなことはしてきたけど、
それぐらいで地獄には落ちないんですよ。
育体が滅びてお葬式して終わります。
それで私は、死んだ魂は自分で、
穏やかで平和で愛のある争いのない世界って決めたら
そこに行くだけという。
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だって自分の世界だから。
この地球に来て生きようと思ったのも自分。
で魂、終わり、はい卒業ってなった時に、
そこから決めるのも自分やから。
地獄に落ちたっていう人は、
やっぱ自分で地獄を作ってるだけで、
あ、俺は何人も人殺しをしたと。
これは地獄に行くに違いないって思ってるから地獄に行ってるだけで。
ずーっと繰り返すわけでね。
人を恨んだり憎んだり、暴力叩いたりするのが、
好きやからそれをずっと繰り返しているという。
人もいるなーっていうね。
別次元でいるなーみたいな、
眺めてるだけで、
テレビとかネットとかで、
そんなんがいるんやなっていうのは知ってますけど、
関わらないじゃないですか。
次元が違うから。
でも本当にそっちに意識をパッと向けると、
自分も簡単にそっちに行っちゃうというね。
行きたければ行けばいいみたいな。
だから自分もそうやって暴力振るったり、
したかったらね争ったり。
そっちに行けばいいっていうだけのことで。
行きたくなかったら行かなくていいし、
全部自分で選べるっていうね。
だったら、
だったらもう幸せな豊かな心地、
人生をこの地球でも過ごして、
死んでからもう天国的な、
どっかの星に行きますよね私は。
行きますよねとか言って。
それもういいこと書いてあるわと思って。
なんかその辺が曖昧でね。
私結構ちっちゃい頃、
こんなちょっと悪いことしたし、
自分地獄行くんかな、
死ぬの怖いなーと思ってたんですよね。
結構若い時は。
どうなんやろ死んだら怖い。
なんか無になるのも怖いし、
死んで無になるのが怖いって言ってた人いたな。
自分でせっかくいろんなこと考えてきたのに、
全くなくなるって怖い。
確かに無になるのが一番怖いかもしれんね。
なんか塵みたいになってふーって消えるって。
自分の存在が最初からなかったようなね。
そうじゃないっていうことが、
やっぱり書いてあり、
それを読んで受け取って、
腑に落としているので、
そういうことなんでしょうね。
受け取るべきタイミングなんでしょうね。
だからこそなんかクリスマスだってね。
静かにこう聖なる夜に、
なんか静かにこう、
自分の大事な人とお話をする。
美味しいワインを飲む。
で、こう、あったかい部屋で、
美味しいものを食べてゆっくり過ごす。
それを選択しているっていうことなので、
人もね、選べばいいし。
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ということで今日は、
ちょっとクリスマス配信、
聖なる夜に、
自分の魂は死んだらどうなるのかってお話でした。