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こんばんは。えっとですね、ちょっと、こんばんはと言ったらもう、うちの犬がビクッてこっちを向くから、
何?みたいな感じで。かわいいよね、この子。本当になんかもう人間かなって思うぐらいに、
なんか、あんなーって言っただけで、はい、なんでしょうか?みたいな感じで集まってくるから、すごいかわいい、もう。
本当にね、いいね、犬はね。なんでこんなかわいいんやろって、毎日思いながら。
一緒にいれて幸せやなぁと思ってね。まあね、あの私も本当に小さい頃から犬が好きで、
今この子を飼っても10歳なんですけど、10年間本当に楽しくて、
本当に犬飼ってよかったなぁと思いますね。
もうそんなお金がかかろうが、手間がかかろうが、長期の旅行に行けない、行けなくても、
全然かまわない。もう飼ったことを悔やんだこともないし、もう、
本当によかったなぁしか思わないね。いつも笑顔をくれるし、元気をくれるし、
こんなかわいい生き物いるかなっていうか、いや、でもこの子は特別やと思ってて、
犬ってもっとボケーとしてしてる感じがするんやけども、この子ほんまに目力が強くて人間みたいで、
私の話をすごいよく聞くんで、なんかこう、すごく刺激的っていうか、この子と一緒に暮らしてると、
なんか、なんて言うんだろう、存在感がありすぎて、
ね、人間みたいで可愛いなぁと思って。
まぁ、そうやね、ほんまにね、あの私、2年前にね、まぁ会社に勤めてて、約20年ぐらい勤めてたんですけど、
本当に会社人間でね、仕事仕事人間で、男性と同じように働いてて、朝早くから夜遅くまで働いたんで、
やっぱりこの子と一緒にいる時間がね、少なくて、ずっと一人ぼっちでね、お留守番させてたんで、
あの、寂しい思いをさせたなぁと思って、
まぁ、辞めた理由はね、いろいろあるんですけど、まぁこの子とね、一緒にいる時間を増やしたいなっていうのがあって、
本当に。それでね、本当に辞めて一緒にいる時間が長くなったので、
ほとんど今ね、家でお仕事をしていることが多いので、
ありがたいなぁと思って、よかったなぁって思いますね。
でね、あの今日のね、あの発信は、私常々ね、昔から思ってたんやけどね、
なんかこう、人生のその人それぞれの幸せっていうのは、何が違うのかっていうのはね、
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あの、振り切りだと思ってて、
あの、ブランコと一緒で、こう、ブランコのなんていうの、こう描くのが大きければ大きいほど、
ビヨンってこう、ジャンプ力が高くなるでしょ。
こう、なんていうかな、高く飛ぼうと思ったら、やっぱりこう、大きく振り切らないと飛べないでしょ、高く。
ブランコから飛び降りる時にね。
で、あの、そのブランコの揺れが本当に小っちゃいわずかだったら、
どこにも飛べないし、全然遠くに飛べないしっていう。
っていうのは、あの、
なんか幸せっていうのは、
苦悩からの解放っていうのが私は、すごい腑に落ちてて、
あの、まあ苦労をした方がいい。苦労を若いうちにたくさんした方がいいっていうこの考え方ありますけど、
そういうことじゃなくて、した方がいいというよりも、
私自身がね、なんか、すごい辛い思いをしてきたな、ものすごくエゴくて、
しんどくて、ちょっともう死にそうだな、生きていくのが辛いなって思うような経験をしたんですけども、
なんか今っていうのは、そこからの解放のような気がしてて、
なんか今が幸せというよりも、その苦悩から解放されたなっていうのが方が大きいんです、実は。
まあ他人から見たら、なんか幸せそうに見えるかもしれないですけど、
なんか私にしたら、ただ解放されただけというか、
これね、またプロオゴラレアが言ったんですよね。 幸せなんて苦悩からの解放なんだって。
それがすごい腑に落ちてね、なんかみんな幸せ幸せって漠然と言うじゃないですか、お金持ちになって、なんか好きな人と暮らしてとか、
そういうことじゃなくて、単なる苦悩からの解放と思ってて、
例えば、無実の罪で刑務所に入っている人が10年ぐらいいられて、
でもそれ無実が晴れて釈放されたら、もう釈放されただけで苦悩からの解放じゃないですか。
例えばもうDVの夫に縛られて10年間暮らしてたら、もう離婚したら苦悩からの解放じゃないですか。
人それぞれの苦悩からの解放が幸せなんじゃないかなって。
すごいそれ腑に落ちててね。 だって何もなければ幸せって味わえないじゃないかなって。
何にもない退屈な毎日を、もうとにかく可もなく不可もなくやとするじゃないですか。
まあまあお金もまあまあ、家族もまあまあ、仕事もまあまあでね。
可もなく不可もなく、まあ退屈、暇みたいな、でもしんどくもなくご飯も食べれてみたいな、
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とにかく退屈な毎日を過ごすとしたら、幸せって何なんだろう、そういう人の。
私ねそういう人と出会ったことがないんですよね。退屈をしている人の。
あの、だって話すことがないし、関わることないんですけど、もしそういう人がいたら、
そういう人の幸せって何だろうね。
なんか振り子がほら揺れないでしょ。
ということは、そのまま生きたいんだろうか。それか、
刺激が欲しくないのかな、別に。 なんかね、そんなふうなことを考えて、
あの、すごい極端な例ね、退屈な人と、めちゃくちゃもう死ぬような思いをしてきた人とっていう、
どっちか言ったら、私はこっち寄りのね、不幸寄りの人生を送ったんですけど、
それはね、後悔してなくて、そういうことがあったから、今がある。
今、その、すっごい幸せを感じてるんでね。
もう、このなんか好きなことをして、愛犬と暮らして、
その寂しいとかっていう気持ち全くなく、最近ね、全然疲れない。もう何をしても。
かといっても貧乏でもないし、もちろん。
豊かさにあふれ、健康で好きなことをして、疲れないんやね、何をしても。
しんどいことはしてないからね。しんどい人と関わらないし。
SNSは好きで書いてるし。 なんかね、あの、何もかも自分の好きなようにね、してて、
ご飯も無理に食べろっていう人もいないから、
結構腹八分目にしてますね。それがやっぱり健康につながっているかなと思って。
なんか満腹に食べるとかね、満腹でお腹苦しいまで食べるとやっぱ不健康と言われてて、
やっぱりいろんな病気をね、引き起こすんですよ。それね、
あの、会社員時代にストレスがあると、やっぱりその、
上司とかと食べに行くと、食べろ食べろって言われたり、そういうのね。
なんかこう、いろんな家族がいたり、親戚付き合いが、食べろ食べろって言われる場面が多かったなぁと思って。
無理に食べてとか、ストレスで、なんか今日はイラつくし、ってガーって食べたりっていう、
あまり満腹すぎるっていう、ストレスで満腹になるとね、本当にね、あの、ちょっと病気を引き起こすと思うんですね。
それは今はない。本当に、美味しくいただけると。
で、それと、それとね、私毎日お腹がペコペコになるっていう状況を作ってて、
ずーっと家にいたらね、ペコペコにならない。もうなんか、やっぱ口にしてしまうので、
やっぱこう、出かけたり散歩したり、あの、12時にお昼食べないといけないって決めずに、
で、1日3食食べなければいけないっていうのも決めずに、
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お腹がペコペコになったら食べるっていうのをやってて、
そうすると全然太らないし、病気にもならないし、風邪も引かないし、もうめっちゃ健康やなっていうのを感じてますね。
だから、とことん自然体に生きてるなぁと思って、
だからそういうこう、しなければいけない、いかなければいけないという苦悩から解放され、
こう、自由に生きてるっていうことが、もう私にとったらね、たまらなく幸せで、
毎日何もなくても、なんか幸せでね、
そういうことなんですよ。そういうこと。で、こう、
よくね、あの何をしたらいいかわからないとか、何が幸せかわからないという人は、
やっぱ中途半端だからなんじゃないかなと思うんですよね。
そんなに不幸すぎる、あの、もう息もできなくなるほど、
のた打ち回って苦しんだこともない、ないんじゃないですかって言いたいんですよね。
まあ一回ちょっとトンゾコに、地獄のトンゾコに落ちてみたらどうでしょうかって、
私は言ったことがあるんですよね、仲のいい人にね。
あの、一回トンゾコに落ちてみたらって。失恋とかその恋愛でもね、
中途半端にこう、お互い慰め合ってってやってると、
なんかこう、痛みが分かりきれないので、
ほんとめちゃくちゃ言い合って泣きながら傷つけ合ってね、
とことんボロボロになるのはいいと思うんですよね。恋愛においても、
まあ家族関係においても、仕事においても、
まあ何においても、とことん貧乏な思いをするとかね、
とことんお金に苦しむとか、
とりあえずとことんをやるっていうのをやってきたなって思うんやね、私は。
だからいろんな、こう、なんていうかな、極限に行けたから今があるのかなって思うので、
なんか、やっぱりこう、いい感じに生きてきたなって思いますね。
こう、何ひとつこう、後悔もなく、
なんかこう、いろんな経験をしてきたなと思って、
満遍なくね、なんか、この地球上の生活を満遍なく、いい感じに味わってるなと思って、
なんか、あれしといたらよかったとか、若い時にもっと遊んどいたらよかったとかないんで、
いっぱい遊んだんで、私。
これね、なんか、いるじゃないですか、歳とってからこうね、
真面目すぎたから遊んどいたらよかった、
あ、私の母親が言ってますね。
もっと遊んどいたらよかったし、
もっとやりたい仕事もすればよかったとか言ってますけど、
もう遅いな、おばあちゃんになってからで遅いじゃないですか、まあね。
いや、私はもうやっぱり、
親に反抗してね、
悪かったかもしれんけど、
いい経験をいっぱいしてよかったなって、
なんか、それがあるからね、
今こう、やっと分別がすくというか、
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うーん、なんか、
よかったわ、ほんとに。
でもなんか、最近の若い人とか20代の子とかを見てると、
ほんとに身長だし大人だし、私よりずっとね、
なんかほんとに大人な対応をするなと、
いい子すぎるなと思うから、
もっとこう、ぶち破って、
もうめちゃくちゃになったらいいと思うんですよね。
それなの、かずや子によく言ってて、
そんなちゃんとしなくていいよって、
もっとめちゃくちゃでいいんじゃないって。
いいと思うんですよ、好きにすれば。
気遣わなくても別に。
うーん、だからね、
私もどんなに、
どれだけいろんな人に怒られまくり、
もう、どれだけ傷つき、
傷つけ合い、私も言ってきたんでね。
だからね、ほんといい人生でしたよ。
まあ反省、反省期というか、
50年生きてきて、
いい人生だなったなあと思うし、
これからまだまだ、
もっといい人生が送れるなあと思うと、
楽しみですよね。
なかなかね、こんなこと言える人も
少ないんじゃないかなとは思うんですけど、
いやまさか、自分がね、その50代になって、
こんなふうなこと言えるなんて、
思ってなかったし、
本当に健康であるのがありがたい。
心がね、健康であるのがありがたいし、
体も健康だし、
何より豊かだし、
人間関係もね、本当に良くて、
最小限にしているというか、
嫌な人なんか一人もいないし、
こんなふうな人生がね、
自分で作れるんだなと思うので、
今日の配信のテーマは振り切りという話で、
中途半端にしがみつくとね、
傷つきたくないとか、恥ずかしいとかじゃなくて、
パッと手を離して、思いっきり振り切ればいいんじゃない?
ということが言いたかったです。
そうしないと、
ああ幸せやなあという気持ちは味わえないよ
ということですね。