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かーさんのひとりごと 花見予祝
2026-03-29 17:11

かーさんのひとりごと 花見予祝


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サマリー

今回の放送では、家族での花見を「予祝」と捉え、豊作を祈るように、日々の感謝や幸せを感じることの大切さを語っています。また、仕事における「良かれと思って」の行動が、必ずしも良い結果に繋がらない現実や、未来を見据えた行動の重要性についても触れています。さらに、言いたいことを抑え込むのではなく、宣言し実行することの責任や、それを周囲に伝えることの難しさについても考察しています。

花見と「予祝」の意義
えー、着信だー、入るかなー。
音声乱れなきゃいいけど、とりあえずこの着信は後で。
はい、では始めたいと思います。
初っ端、初っ端ちょっと着信があって、音声が乱れたかもしれないですが。
えっとですね、今ちょっと人が来るまで待っとくという感じなので、来たらいつものごとく終わります!
となるんですが、それまでお話しします。
で、今日は昼の時間にちょっと抜けて、あのー、まあ、花見、通称花見、家族だけでですね、ちょろちょろっとしたんですが。
まあ、いい感じで咲いてましたね。
えーと、山桜ですね、今咲いてるのは。
で、山桜は、この写真のやつは綺麗に咲いてたんですが、他のところは8分、7分、まだもうちょっと先が満開かなーってとこだったんですが。
でですよ、まあ、昨日とといは他の人も、まあ公民館とかですね、そういうところで、
いや、花見はしたほうがいいだろう、いや、しなくていいだろう、いろんな人がいたんですが。
まあ、このですよ、余粛って、花見て余粛って聞いたことありますか?
あの、秋の収穫のお米の穂に見立てて、花が満開なのをそれと重ね合わせて、わー、やったーって喜ぶことで収穫、豊作を祈るみたいな、なんですが。
まあ、今日みたいに家族だけでやる花見というか、これはこれで本当に余粛だなと。
あの、基本的にどんな感情が大事かって言ったら、あの、いつも通りが一番ベストなんですよね。
この、余粛だから、はっちゃけなきゃいけないとか、いろいろ言ったりすると思うんですよ。
ただ、あの、ほんとに最近、陰と陽の、この陰が極まりすぎると陽に転ずり、陽に極まりすぎると陰に転ずるように、どっちかに偏ると絶対に反対がまたやってくるわけです。
だから、中間がいいと。つまり、精神的に乱れず、騒がず。
ただ、えーと、やっぱり花見って言ったら、みんながいると、わきあいあいとなりそうなんですが、やっぱり意外と人って相性があるからですよ。
まあ、言わなくても、声には出さないけど、あの人がいるとちょっとなーみたいな人も中にはいるので、それは、やっぱりその花見って楽しくないわけじゃないですか。
その人からすると。あの人がいなかったら花見楽しんだけどみたいになると、やっぱり多少ギクシャクするので、そういう時の余粛って成立しないんですよね。
なので、そう考えると、お互い気を使わない家族だけ、身内だけで花見を、別にわーってお酒も入らなくても、いつも通りでいいんですよね。
このいつも通りという説明がなかなかややこしいところですけど、別に祝わなくていいんですよ。
いつも、食べ物に感謝しろとも言わないですし、食べれて当たり前とも言わないけれども、食べれてよかった、美味しかった、家族がいて嬉しい、楽しい、幸せだなーが感じれるなら、もうその時点で余粛成立なんですよね。
その余粛が成立するのを、わざわざ花見に合わせなくても、普段の食卓から、そういう心持ちでいればいいという話であって。
かつただ、この花見の時というのは、ちょっと意外的には、そういう春の季節の神様というか、そういうのも来るから、そういう神様にお弁当というものを、わざわざ手作りしたりして、手間をかけるから、
んー、あの、なんだ、いろいろ神様を祀る時に、お米を準備したり、お酒を準備したり、さかきを準備したり、手間暇をかけるじゃないですか。
あれを手間と言ったらちょっと失礼な気もするけど、その手間暇をかけるから、神様に願かけというか、覚悟を祈るというか。
まあ、お米、酒、さかき、水を準備したから、叶えてくれるというわけじゃないわけですよ、神様って。
そもそも神社って、こう、自分もこんないい時ながら、昔は神社に行ったりしたら、お祭祷投げて、叶いますように、みたいなことをお願いしてた身ではあるものの、ほんと最近では、
あ、あそこは、あの、お願いします、じゃなくて、自分これ頑張ります、見届けてください、っていう場所なんだなと思って、
それと同じで、こういう花見の時に、こう、お弁当を準備して、それを花を見ながら、まあ、楽しむというか、もう、ただ、自分最近、言葉で言うなら、
あの、刹那の時間を楽しむ、楽しんでるって言うんですよ、自分は。だから、刹那の時間って言ったら、もう、ほんとに瞬間、瞬間、もう、何万分の一秒だか、何百万分の一秒の時間を、毎秒楽しむから、いいのかなって思いながらですね。
仕事における行動と責任
あ、腹ペコはっちさん、こんばんは、いらっしゃいませ。
なので、あの、とりあえず、自分の、私利私欲のために、生きるのもいいなと思いながらも、私利私欲のためだと、やっぱり疲れるというか、うまくいかないというかですよ。
だからといって、人のためばっかりも、うーん、人のためにならないこともあるわけじゃないですか。
今日は社員の方にも、あの、楽って何ですかね、みたいな。
その社長の言う楽って、それは今は苦しいかもしれないけど、あとは楽が来るっていうのは、それは社長の考え方であって、人それぞれじゃないですかね、っていうのはあったんですが、
まあ確かに、あの、ごもっともですと。
ただ、その、まあ今回はですね、ちょっと、ホースを踏んでる人もいて、そのホースが破れたわけですよね。
そのホースが破れることに対して、このホースを踏んじゃうことに慣れてる人がいるんじゃないかなって話をして。
でもそういう心持ちだと、やっぱり物持ちも悪いから良くないんじゃないかなって話をしながら。
で、そのホースを気がけてどける子がいたんですが、それをどけちゃうと、そのホースをどけてくれた子は、あの、良かれと思ってどけたかもしれないけど、
その、実際ホースを踏んでしまった人は、ああラッキーとしか思わないよと。
どけてくれてありがとうなんてそもそも思わないというか。
あの、そもそもそう思うなら、実際ホースを事前に片付けるのが、その人の倫理的にも善としての心構えだって。
そうじゃないから、うーんっていう話。
まあちょっとここは、割愛します。話がちょっとややこしくなりそうだったんで。
とりあえずですね、人それぞれなんのはわかるけど、
とりあえずここの会社で仕事する上では、社長である自分のもうわがままかもしれないけど、
この考えにのっとって動いてくれてる人が、必然的に評価は上がるよと言いながら、じゃないと続かないよと。
自分勝手に動かれても、やっぱりこうやってホースが現実で壊れちゃってるし、破れちゃってるし。
この考えがみんなが良しとしてしまうと、またホースが破れた。買い替える。
でもその買い替えたからといって、別に給料が下がるわけでもないし。
で、じゃあこの分のコストはお客さんにやるかっていうと、そりゃお客さんとしても嬉しくないし。とかですね。
なんか結局いろいろ繋がっちゃうから、今を見るんじゃなくて、うーん、長い目を見るというか、
その自分がちょっとめんどくさい、大変だと思うことをやることで、
子供とか孫とか、その先の未来の人たちのためになるなら、
それをやっていくしかないよね、みたいな言いながらですよ。
まあ、言うとですね、やっぱり淡々と言わなきゃいけないから、
面白くはないのはわかるけど、絶対大事だよなあと思いながら、
あの、どこだったか、3.11で、どっかの議員さんがですよ、
何十億、三十億だかそれぐらいのお金をかけて堤防を作ったと。
その堤防を作ったけど、まあ、津波が来るまでは、
そんなお金を無駄に使ってとか言われながらも、
でもその、実際3.11の津波が来たときに、
その堤防のおかげで助かった3000人の村の人たちは、
その亡くなってしまった議員さんに対して感謝しただろうなあと思うと、
まあ、そんなもんだよなあと思うとですね、
今、今生きてる人たちのためにはきっとならないだろうと。
もう、未来、将来の人たちがよかったと思えればいいのかなあぐらいのもう、
なんて言うんでしょうね。そんな気持ちで思わないとなあと思いながら。
あ、ホームビルさん、いらっしゃいませ。こんばんは。
意思決定と発言の難しさ
いやあ、なんていうかですね。哲学なのかわからないですけど。
何がいいのか悪いのかって話になったときですよ。
もやもやっとするわけですよね。
まあ、とりあえずその公民館とかの総会もあってですよ。
何かしら決めるってなったら、風当たりは強いけど決めなきゃいけないんだよねって話があって、
まあそうだよなあと思いながら。
で、どんな勢いでだったのか、その今、副館長じゃないなあ、副をしてくれてる人がいて、
部会の、その部会の副をしてくれてるおじさんに対して、年上の人がですよ。
あの、ごちゃごちゃいろいろ口挟むなみたいなことを副会長に向かって言ったみたいなんですよ。
まあその副会長からすると、みんなのために良かれと思って言ってたのに、
その、口挟むな、いろいろ言うなって言われると、もう何も言えないなって話をしてて。
で、そうなると、その副会長は、実際言いたかったけど抑えてた言葉としては、
そんなに言うならお前がしろみたいなのを言いたかったと。
まあ今となっては言えなかったらしいけれども、言いたかったなあみたいな言いながら、
あ、着信だ。どうしようどうしようどうしよう。
ちょっと待ってくださいね。ちょっと待ってくださいね。
はい、お待たせしました。
えーと、そろそろ来る手でしたが、まあとりあえずですね、なんか本当に、
あーだこーだ言う人たちがいて、みんな、みんなですね、
昨日満場一致で、そんなに言うならやらせればいいと。
もう本当にやらない人ほど、突っ込んでくるみたいな。
なんなんですかねって話をしてたんですけど、
まあまさしく本当、今日そういう話のやりとりでしたね。
なんか社員も思うことがいろいろあるみたいで、
言いはしてくるけど、いや、言うんだったらやったらいいよって言いながら。
やったらいいよって言うと、引っ込むわけですよ。
うーん、自分は基本的に許してるんですけどね、どれも。
何かあったら、まあ、やれる、やりたいっていう理由をきちんと述べて、
そしてやればいいじゃんっていう話をして。
言語ができない場合は、まだまだ爪が甘いのかなって言いながらですね。
そんなとこなんですよ。
皆さんがどういうふうな仕事のたんどりやら、決定、意思決定をですね、
周りに伝えてるか、ちょっと気にはなるとこですけど。
まあ、脳科学とかいろいろそういうので、言ったりするとですよ。
心理学的なので言うと、いろいろあるんでしょうけどね。
宣言したらやっぱり、言った責任みたいなのがあるから、言いたくないっていうのもあるでしょうし。
でもそんな甘い世界ではないなと、つくづく最近思いながらですよ。
やっぱり決めたことは、宣言していかないと、なんだろう、周りは、
言ったこと、やってることしか認めてくれないからですよ。
思ってることなんて、ほぼほぼ認めてくれないなと思いながらですね。
まあ、逆にこういう配信とか、配信をしてたり、
他の人の聞いてコメント残してるのを知ってる人たちは、
分かってくれてるじゃないけれど、分かってくれてるなーって思ったりですね。
現実って、どっちも現実なんですけどね。不思議と。
記憶と行動の整理
この精神的な葛藤を、言語化うまくしてくれる人もいるかもしれないですし、
いろんな人の配信聞いて、見つけていくかなーと思ったり。
まあ正直、答えは出てたりするんですよね。頭の中では答えは出てるけど、
うーん、やっぱりこう、仕事しながら、次から次へと別の要件があると、
若干記憶が上書きされて、あの、ごちゃってなるんですよね。
これだ!っていう答えみたいなのが出たと思ったら、
うまく答えが、えっと、答えは出てるけど式ができてないみたいな。
だからその、式をうまく組み立てて、反復して、覚えたいとこなんですけど、なかなかですね。
あ、今着信があった。途中切れちゃったかも。
まあ、取り留めのない話にならないようにしたいので。
ちょうど今連絡も来たので、終わりたいと思います!
いつものごとく、突然ですが。
聞いていただき、ありがとうございました!
それでは、またねー!
ポチッとな。
あれ、聞こえるかな?
あ、しまった。着信で切れた。
あ、どうも!
ありがとうございました!
17:11

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