お盆の思い出と準備
おはようございます、kannです。
フラワーリフレンズコスプレという、コスプレNFTプロジェクトのファウンダーをしたり、カウンセラーをしたり、精神世界のお話をしたりしております。
今日もkannのNFTライフを始めていきたいと思います。
今日は8月の13日、ということで水曜日ですけど、きょうお盆ですね、皆さま。
ご実家に帰られて、いろいろ親戚の方と会われたりとかね、お盆の行事をしている方もいると思うんですけど、
私はですね、お盆は一応両親にお迎えしなくちゃいけないんですけど、
今年なんか私、昨日ね、ぼーっとしてて、ちょっとすごいぼーっとしていて、お盆の買い物をし忘れて、
今日ね、お仕事終わってから、用意してお迎えしようかなと思っております。
1日くらいずれてるんですけど、まあまあ、こんな私なんでね、
まあ両親も、亡くなった両親も、まあまあしょうがないよねって思ってくれていると思うので、
帰ってからね、いろいろと準備をしようかなと思っております。
というゆるい感じのお盆ですね。
ホーライとのコラボ発表
今日何話そうかな、今日カードも引いてなくて、もう今ね、本当に寝なくちゃいけない時間なんですけど、
やっぱり気になってね、撮ることにしました。
今日はね、1日本当にちょっと、なんかやっぱり疲れが溜まっているのか、
ぼーっとずっとしてお昼寝したり、寝たり起きたりしながら、合間合間でスピリチュアルの本を読んだりとかしていたんですね。
私が今読んでいるのは、アクオスイミラクルスっていう教えの本ではあるんですけど、
そこの中でいろいろ思ったこともあったんで、何かシェアできたらなと思います。
宣伝の方まず寝させてください。
今日、昨日か、昨日の夜発表したんですけど、今回の新作白玉NFTの方はですね、コラボの方発表しました。
なんと、ホーライさんとコラボいたします。
皆さんホーライさんご存知ですよね。
機動とかね、あとはVillainsとか、LelicのNFTのクリエイターもされていたり、
あと遊戯園のね、アンバサダー兼クリエイターもされていたり、
あとはトニーさんのね、やられているマディソンのね、マディソンくんのクリエイターさんでもあったりとか、
本当に他方面で活躍していて、海外にもたくさんファンの方がいるホーライさんです。
ホーライさんはね、愛知県の方なんですよ。そういう同居ってこともあって、すごく仲良くしていただいている感じです。
すごい素敵な方ですよ、ホーライさん。
私も一度お会いしたことがあって、そこからご縁がずっと繋がっているんですけど、
前からね、コラボとかもし興味があったらいつでも協力しますよってことをおっしゃってくださっていて、
ありがたいなと思っていたんですけど、このタイミングでやっとね、
白玉ちゃんとホーライさんのコラボのNFTが出せることになって、本当に本当にめちゃくちゃ嬉しいです。
すごいワクワクしています。
まだ白玉ちゃんの方の撮影が進んでいないので、そこからのコラボになるので、まだこれからなんですけどね。
絶対すごいものができてくると思うんで、だって白玉ちゃんとホーライさんのコラボですよ。
絶対すごくないわけがないじゃないですか。
っていうところで、本当に皆さんに期待していただきたいと思います。
詳細は後ほど、後日発表いたしますので、ぜひ楽しみに待っていてください。
自己受容の重要性
販売予定は8月29日の金曜日夜9時からとなっております。よろしくお願いします。
では今日のお話なんですけど、何から話そうかな。
いろいろ物事が起こっていく中で、すれ違いとかあるじゃないですか。
自分はこう思っていたのに相手は違って思っていたとか、そういうすれ違いとかあると思うんですけど、
やっぱり自分の思い込みっていうのはすごく正しくなかったりすることもあって、
相手のことをネガティブに見たら、相手はネガティブな人になってしまうし、
相手のことに一つの事象をとっても、プラスにとれればプラスな人になるわけですよ。
だから、怒ったことには何の意味もないって私もよく言いますけど、
怒った出来事は出来事として何の意味も持たないんです。
意味をつけるのはそこに関わった人たち一人一人の考えですね。
だから被害者的な立場に立った人にとってはすごくネガティブだし、
それをしてしまった人にとってはいろんな理由があってこうなんだよってことも言いたいだろうしっていうところで、
本当に物事って良い悪いはなくて、だから本当にこれが全てだなって思うのね、物事は。
どんな例えばすごい過去にひどいことがあったとしても、
でも一瞬でも何か良いこともあったと思うのね、良い思い出も。
今あんまりこの時代はやめとくかな、ちょっとタイムに過ぎるから。
例えば恋愛関係において、最終的には本当に喧嘩別れして、
お互い本当に嫌だと思って別れてしまった相手だったとしても、
やっぱり素敵な思い出もあったはずなんですよ。
そこを拾い上げて、こういうこともあって、こういう学びもあって、今こういうことがあって別れた。
それは一つの学びとして受け取って、良かったこともあったよねっていう、
プラスマイナスゼロにしていくような感覚とか、そういう気持ちの持ち方もすごく大事ですよね。
なかなかそう思える人も少ないかもしれないんだけど。
だから、喧嘩両性敗とか、お互いに良かったし悪かったしっていうのがあるよねっていうのは、
もともとは物事に良い悪いはないんです。
人が別れることに関しても良い悪いはないんですよ。
それが一つの学びであったりするし、お互いに必要なことであったりもするから、
良いか悪いかで決めつけてしまうのは、その人の心であったりするんで、
どんなことも自分の心持ち一つで変わるっていうことをいつも覚えておいたらいいんじゃないかなっていつも思いますね。
なかなか情とかそういう気持ちが入ってしまって、そこの状況の中に入ってしまう。
だから要は映画で言うなら、映画の中に出てくる登場人物になってしまうと抜け出せないんだけど、
でもそれを見ている観客になった時に全体が見えてきて、
この場合はこうだよね、この人たちからするとこうだよねっていうのが見えてくるっていうね。
だから自分の人生を映画と例えるなら、主人公にはならなくていいんですよ、自分の人生の。
人生の観客になって、自分が監督になって、自分の人生を見て、こうだねこうだねって、じゃあこうしていこうかっていうのを自分でコントロールしていく。
他人にコントロールされるのではなく、自分でコントロールしていくっていう意識を持っていくことがすごく大事ですね。
だからあとはね、もう一個今日思ったのは、誰かのせいで何とかになったとかあるじゃないですか。
私もね、そう思っていたこともあるし、思っていることもちょっとあるかもしれない。今はほんまないけど。
あの人がこうしたせいでこうなったとか、この人がこうしたからこうなったっていう、この状況がこうなったから自分の人生がこうなってしまったとか思うこともあると思うけど、
だけどそれを許しているのは自分ですよね。その状況を受け入れてしまったのは自分だから、やっぱり責任は自分にあるってことですね。
なんか人から文句を言われて、例えば苦情とかいろいろ言われて、なんか自分の人生がこう、なんか悲しいものになってしまったとかね、普通にあると思うんですよ。
だけど、じゃあそう言われてしまう自分を作ってしまった自分は何なんだろうっていうところを考えたときに、やっぱりその余裕、そういう余白を与えてしまっている自分もいるんじゃないかなって思うことも大事かなと思いますね。
やっぱり、人に何も言われない自分とか言わせない自分というか、そういうことに影響を受けない自分、言われたとしても影響を受けない自分、そこを必要なことは聞き入れて、でも必要がないことは聞き流して、理不尽なことを言われたらそれは聞き流すべきだし、
っていうところをちゃんと見極めているかなっていう、自分自身が何でも受け入れちゃってないかなっていうところを自分で考える必要もあるかなと思うんですね。
だから、なめられちゃう自分になっている自分じゃないかみたいな、それどうなの自分っていう、なんかこう、やっぱりいつも自分自身に問いかけることが必要かなと思いますね。
そこまで強くなれないよっていう人もいっぱいいると思うんだけど、だけど私がいつもカワセリンとかで言いたいのは、あなたは今もずっとずっと完璧なんですよということです。
何も欠けていることもないし、欠けていると思っているものは、誰かが補助、埋めてくれるものだし、あなたは今の状態で全部完璧だから、何も劣っているって思う必要はないよっていうことはよく言うんですよね。
なかなかそう思えないこともいっぱいあると思いますよ。私ももちろんありますよ。自信満々じゃ全然ないから。
だけど、今の欠けている自分でもいいんだっていう、それで十分私なんだ、自分なんだっていうところを受け入れてあげるということがすごい大事かなと思いますね。
今日は何かいろいろ喋りましたけど、何が言いたいのかというと、欠けているものは何もなくて、誰かに影響される自分でもないんですよ、本当は。
影響されちゃいけないんです。影響されない自分というものは本当はあるので、それをもっと自分で認めて受け入れていってあげたら、もっと自分の人生って自信が持てるし、楽しくなるし、人の痛みもわかるようになるしね、ってなると思います。
ということで、今日のお話は以上になります。
お盆なのにちょっとクドクド話しましたけどね、皆様、自分のご先祖様を敬い、自分のルーツを大事にして、穏やかな気持ちで今日一日を過ごしてくださいね。
では、また明日。バイバイ。