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こんにちは、色葉やです。 先ほどですね、モックンこと本木雅宏さんという俳優さんの
漢歴に出された写真集について、ちょっと見てみました。
これは、前にグロウラボのメンバーの方が、暴いて調べてたらこれが出てきたって言って、写真を送ってくださったんですけど、
それで知ったんですね。 だから、いつだったかなぁ?
結構前です。それで知って、今頃ちょっと調べてみてるんですけど、私、本木雅宏さんの大ファンで、
って言っても、なんか押し勝つする感じではないので、小学校の時好きだったんですよね。
渋河期待で。小学校の時に下敷きに写真入れたりとか、たぶん下敷き自体も持っていたと思うし、
レコードとかも買いました。 そんな感じのファンだったかな。
あと、雑誌とかに顔が出てたりとかするのも結構買っていて、切り抜いて挟んだりとかね。
そういうのをすごく知って、本木くんの大ファンだったんですけど、一番思い出すのが、
たぶん小学校の時に、ひいおばあちゃんのお家なのかな。もうないんですけど、そのうち。
そのうちに、いとこの子と一緒に、いとこというか、はとこになるのかな。
の子と一緒にいて、そのはとこの子がなぜか本木くんの実家の電話番号を知っていると言って、そこで電話をかけたんですよ、そのひいおばあちゃんの家から。
で、そしたらお父さんが出られて、すいません、間違えましたって、いらっしゃいますかって言ったんだけど、その子が。
まさひろさんいらっしゃいますか、いませんって言われて、たぶん切ったんだと思うんですけど、どっから電話番号を入手してきたんだろうって、ずっと思ってた記憶があります。
なんかそれが今までで一番本木くんと近かった話、全然近くないけどね。
で、今回なんかその淡いで、なんだろう、
なんかちょっと親近感を覚えたりとか、なんか彼のね、このこだわりの強さとか厳しさとか、
なんかそういうところがすごい好きなんですよね。あの綺麗な顔してるのに、なんかものすごい自分に厳しいところがあって、
で、ストイックなところとかがなんかすごく好きなんです。
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で、そのね、写真集の題名が淡い刹那と永遠のまにまにっていう、なんかすごく面白い題名だなと思って、ちょっと調べてみたら、刹那って一瞬みたいな感じのことで、永遠で永遠じゃないですか。
で、そのまにまには何とかのままにとか、おもむくままにみたいなの意味を持つ古典的な言葉だそうです。
風の吹くままとか、心の吹くままってここに書いてありますけど、なのでこの一瞬と永遠の、なんかままに、おもむくままにみたいな感じのことで淡いっていう風に、
その間とかね、中間とか境界線とか、なんかそういうところにいるよみたいな淡いのテーマみたいです。
そう、なんか最近淡いって言葉使ってる人結構いるので、ただなんかもっくんと重なったっていうのは、なんかちょっと感慨深いなって思いながら見てました。
なんかこの日本の昔の言葉、大和言葉とか、この音の美しさにすごく惹かれるんですよね。
で、今ひらがなを書いていて、それは書で習ってるんですけど、それもいろはにほへとっていう、昔のこのひらがなの、なんていうんですかね、あいうえおじゃなくていろはにほみたいなやつ。
こういうのなんて言うんだろう、もうそれ自体もわかんないんですけど、なんかその、それをね、感じたのが、そのいろはにほをなんか使いたいなって思ったのが、ものづくりをしてた頃なんですよ。
で、このいはいで何か作ろうと思ってたんです。で、ろはろで。で、全部作れたら面白いなと思って、もう何を作るか考えてなかったというか考えたんですけど、もうやらないんですけどね。
なんかそういう昔の言葉を、なんていうのかな、再来させるじゃないけど、なんか復活させるというか、ある意味なんか伝承とか伝えるとか、後に残すとかそういう意味もあるのかもしれないけど、
それを引っ張り出してくる人がたくさんいればいるほど残っていくじゃないですか。で、多分忘れられてどんどん使われなくなっていくと廃れていくんだと思うんですよね。で、こういうのってきっと残す言葉だから、いろんなところであわいとか、さっきのまにまにもですけど、なんかこう復活されるのかなっていう気がしました。
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だから、ある意味循環なのかな。なんか、その言葉が湧き上がってきました。で、上に上がってきたので、それを誰かがすくって拾って、また使って、で、また一瞬使われなくなるんだけど、また誰かが捕まえてきてっていう風に、なんか表面に押し上げていくというか、すくい上げていくみたいな。
なんかそういう循環があるのかなって思って。で、なんか私今その手でちょっとこうすくい上げるみたいな、輪にする動作をしてたんですけど、そうしたら、なんかこの手がね、ほんとね、観覧車あるじゃないですか。観覧車が下まで行きますよね。
で、下に行くと、多分自分の中にある何か可能性みたいなものをすくい上げてきて、上に上がって表面化してくるんですよ。で、なんとなく掴みました。で、また下に沈んでいきます。で、また忘れちゃうのかもしれないし、別のものを持って、それと組み合わせて何かになっていくみたいな。
なんかそういう循環が自分の中に起きているんじゃないかなっていうのをなんか今急に思いました。ので、ちょっとこれは記録として残しておこう。
なんか最近ね、スタンドFMどういう風に使っているのかなって自分で思ったんですけど、自分の中に結構なんか哲学的というか、すごくなんていうのかな、なんか人生とはとか人とはとか生きるとはとか、なんかこう人間の根本みたいな、生命の根本みたいなものをすごい考えている時が多くて、そういうことについて話していることが多分多いと思うんですよね。
あと昨日もキャラの話したんですけど、キャラをどんどん増やしていくと自分の可能性が広がるみたいなお話をしたんですけど、そういう感じで人の中にある可能性とか才能とか、何か自分の奥底に眠っている何かを表面化するとか、そういう感覚的なことをすごく話をするので、
それをスタンドFMに何となく思いついて、私大体目を閉じて喋ってるんですけど、そうすると口が勝手に喋るんですよ。で急に何か思いついて今みたいになんかすくい上げるみたいなのが出てくるんですけど、もっくんきっかけでね。
そういうのをなんかこう表面化させて何らかにする場みたいな感じで多分スタンドFMが存在しているのかなって自分の中で思っているので、なんかここにあるものってあんまり言語化ちゃんとされてないし、何となくふんわりしていて、
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なんか自分の中にあるのか多分その人っていろんな可能性があると思っているのできっと自分の中にある何らかの可能性なんだと思うんですけど、それを記録している場所でそれをもとに今度何らかの言語化を自分で後で考えたりとか、それによって思いついたり思い浮かんだりすることを組み合わせて何かになったりとか、
なんかそういう一番最初の場所なのかなって思ってます。だからもしかしたら毎日やろうと思ったのかもしれないですね。最初は5分チャレンジで毎日話そうと思っただけなんですけど、何かしようと思ったわけではなく、何となく位置づけ的にそんな感じなのかなって今思いました。
なんか面白いですね。黙韻きっかけの淡いきっかけで急に思いついたことがこれでした。なんかこうすくい上げる感じの、すくい上げているのかもしれないですね。
はい、ということで、今日も聞いていただきました。ありがとうございました。こんな感じのお話でした。もしよろしければ引き続き聞いていただけたら嬉しいです。
良い日をお過ごしください。バイバイ。