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毎週木曜日のこの時間は、飯田和郎のブラッシュアップです。
今日は、日中関係についてです。
今年も日本と中国の間には色々ありました。
日本の駐中国大使が、今月、後退しました。
1年を振り返る時期になりました。
その年のせいに、3年間の北京での勤務を終えて、先週帰国した日本大使。
お名前は、たるみひでおさん、32歳。
お話をしたいと思います。
あ、62歳ですよね。
すみません、62歳です。
62歳です。
外務省で中国語を学び、中国を専門に担当してきた、いわゆるチャイナスクールの外交官です。
日中関係と言いますと、今年1年に限っても色々なことがありました。
特に思い出されるのは、東京電力福島第一原発からの処理水の海洋放出が始まりますと、
中国はこれを核汚染水と表現して猛反発しまして、日本からの水産物の輸入を全面ストップするということで、これが今も続いているんですよね。
他にもありますね。
日本人の有罪判決もありましたね。
スパイ行為に関わったとして、日本人男性が中国で裁判にかけられて懲役12年の実刑判決。
これが先月のことでした。
これとは別に、製薬会社の別の男性社員も3月からスパイ容疑で拘束されたまま、日本と中国の間はあまり良くない話題ばかりが続いた1年だったと思います。
世界どこでもそうだと思うんですけど、こういう問題が出てくると、日本の大使はその国と折衝の最前線に立つわけですよね。
そうですね。
大使館の大きな仕事の一つは法人保護ってあるんですね。
その国に仕事や学問などで滞在する自国民、自分の国の国民を保護すること。
また、2つの国の間の関係において問題が起きたときに、大使はその国の外務省から呼び出されて、抗議を受けることもありますね。
日中の場合、これだけ問題が山積してきますと、樽見大使も何度も呼び出しを受けたっていうことになるんですかね。
ただ、樽見さんの場合は結構言うべきことは言うタイプでして、
例えば5月のG7の広島サミット、このとき首脳宣言の中で、法の支配に基づき国際秩序を維持するために結束を強める、こういうことが明文化されました。
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これは明らかに中国やロシアを念頭に入れているんですが、中国は抗議しました。
ただ、呼び出された樽見大使は中国外務省の公館にこのように反論しました。
中国が行動を改めない限り、これまで同様、G7として共通の懸念事項に言及するのは当然。将来も変わらないだろう。
こうした懸念事項に言及しないことを求めるのであれば、まずは中国側が前向きな対応を行うべきだ。
まだあります。2021年の12月、今から2年前ですね。
首相を退任した安倍晋三さんがこんなことを言いました。
台湾有事は日本・日米同盟の有事だ。
このときも樽見大使は中国の外務省から呼び出されて、抗議を受けました。
台湾をめぐる状況について、日本国内にこうした考え方があることは、中国として理解すべきだ。一方的な主張は受け入れられない。
こういうふうに日本側の立場に立って、主張するべきところはしっかり主張するというのは、すごく頼もしい存在だなと思います。
そうですね。背景として、さっき樽見さんはチャイナスクールと紹介しましたが、ある意味異色のチャイナスクールなんですよ。
これまでのキャリアを振り返ってみると、不任した外国は中国や香港や台湾という中華圏だけなんですよね。
これ合わせて7回。
普通外務省のキャリア官僚はそのスクール以外も経験するんですよ。
例えばチャイナスクールであっても、アメリカに行ったりヨーロッパに行ったりする勤務があるんですが、樽見さんの場合は中華圏1本なんですね。
私も北京や台湾での勤務の時期が樽見さんと一緒の時がありまして、さっきの発言なんか、いかにも樽見さんらしいなと思います。
そういう経歴に加えて、樽見さんは自分で動いて、不任先で人脈を作るタイプなんですよ。
特として、それが中国側から警戒されることもありましたね。
ご本人も中国人を誰よりも知っているという自負を持っていました。
だからさっきのような、従来の大使にはあまり見られないような発言も飛び出すんだと思いますね。
それを証明する一つの例なんですけど、樽見大使は北京に不任する前の、3年前ですね、経済専門誌の東洋経済という雑誌がありますよね。
これのインタビューに答えています。これも紹介したいと思います。
例えば、香港問題、南シナ海問題、ウイグル問題などについて、我々は主張すべき点ははっきり主張していく。
そのためには、安定した率直に話し合える関係を構築しておかないと、相手にメッセージが届かない。
言うべきことは主張する。情報できないところは絶対情報しない。
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一方で協力できるところがあれば協力していく。
そして中国共産党が政権党であるとしても、それに批判的な大学教授や弁護士などもいるわけで、
そうした意見もしっかり聞いた上で、中国社会がどの方向に進もうとしているかを理解するのがとても大事だ。
そういう人たちに、日本はこういう国だったのかと再発見してもらう手伝いをしていくことも必要だろう。
樽見大使が北京での在任中、ちょうど昨年、2022年というのは日中国交正常化50周年という節目でしたけれども、やっぱり日中関係というのは低空飛行をたどっていましたよね。
その日中間には戦略的互形関係を築いていくという大きな約束事があるはずなんですけどね。
この戦略的互形関係、これは日本と中国がアジアや世界に対して責任を負う。
国際社会に一緒に貢献していこう。
それと共通の利益を拡大して日中関係を発展させようということなんですよね。
これは2006年10月に首相に就任したばかりの安倍晋三さんが中国を訪問し、当時の古今東首席との間で決めた。
会談後の共同文書の中にある言葉なんですよ。
実は樽見さんは安倍法中の事務方として、この言葉、戦略的互形関係というワードを作ったメンバーの一人なんですよね。
日中関係は政治的な問題が起きると他の分野、つまり文化交流や協力まで影響してしまう。
それだけに冷え切った今こそ、戦略的互形関係の意味を日本も中国もお互いにかみしめるべきだと私は思いますね。
樽見さんが、樽見秀夫大使が北京を離れる前に先日記者会見を行いましたよね。
はい、キーワードが入っていますので紹介したいと思います。
しっかりと安定的な関係を構築すべきだ。
はい、言葉にありました。国が違う以上、立場の相違や摩擦があるのは自然だ。
これで思い出すのはですね、1972年の国交正常化の時なんですよ。
中国の首相だった朱恩来が基本の原則を示しました。
それは言葉として、生意を残して大道につく。生意を残して大道につくって言葉なんですよ。
日本では大道生意ってよく言いますよね。
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日本ではこの意味として生意を捨てて大道につくっていうニュアンスで使われることが多いんですけど、
ちょっと中国では違うんですよ。
朱恩来が言いたかったのは、生意、小さな生意は捨ててしまうんでなく、ちゃんと違いを理解しようと。
そのことを常に頭に置きながら乗り越えて大道、つまり友好と協力を築こうということですね。
ですからタドミ大使はおそらくこれを意識したと思いますし、
退任前に残した言葉と、これは本当にメッセージがあるんじゃないかと私は思いますね。
で、今見てみると日本と中国、自分と違った点をお互い非難し合うと。
これは政府だけじゃなくて、私たち国民にも言えると思います。
難しい時代だからこそ、相手を知ることが必要だと思いますね。
タドミさん、北京在任3年間を終えてやり残したこともあると思うんですよね。
ですから最後の会見で日本人や中国人に伝言を終えていった、私はそんな気がしますね。
感情だけになっちゃうと、まさにジェットコースターのように日中関係も上がったり下がったりってなりますから、
そこは冷静になるとこは冷静になって、互いの違いっていうところも認め合いながら、
そして将来的に大きな目標となる友好という関係を深めていけたらいいですよね。
ここまで飯田和夫のブラッシュアップをお送りしました。
飯田さんありがとうございました。
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