ふふふ #127 えーちゃんすーちゃんの運動会!「できない」子と強者の論理、じゅんちゃんと考える(4y7m&1y4m)
2026-10-14 44:39

ふふふ #127 えーちゃんすーちゃんの運動会!「できない」子と強者の論理、じゅんちゃんと考える(4y7m&1y4m)

今回はえーちゃんの運動会についておしゃべりしました。

去年より笑顔でダンスを踊ったり、かけっこを頑張るえーちゃんの姿に成長を感じた僕ら。

運動会で泣き崩れる子を見て、子どもの「やりたくない」という気持ちにどう向き合うべきか、また「強者の論理」について深く考えました。

夫婦関係におけるコミュニケーションや子育ての環境についても語り合っています。

みなさんは、子どもの「やりたくない」という気持ちにどう向き合っていますか?


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サマリー

夫婦は、えーちゃんとすーちゃんの運動会を振り返り、去年より笑顔で踊り、4人中4位でも「もっと走りたかった」と話したえーちゃんの姿や、初めての雰囲気に抱っこを求めたすーちゃんの様子を語る。運動会で泣いて走れなくなった子をきっかけに、子どもの「やりたくない」にどこまで向き合い、先生や親がどう支えるべきかを考える。運動や勉強が得意な側には、できない子の自己評価や、努力以前に必要な段階が見えにくいという「強者の論理」があり、他人との比較には傷つける面だけでなく、自分の位置を知る役割もあると話す。評価されない運動や、苦手な子を含めて工夫する全員リレーのように、競争との距離を調整できる場の可能性も語られる。不登校で好きな絵だけを続けた子が、後に周囲との技量差に挫折した例から、比較はすべて悪いわけではないという見方も示される。子どもの権利や尊厳を守るには、運動会や学校を効率よく管理するだけでなく、本人がどう感じるかを想像し、事前に家庭と園・学校で対応を考える必要があるという話に広がる。教員の働き方改革では、青森県の教員アンケートで6割が効果を実感したことや、まずやめる仕事を決める重要性、部活動の地域移行が話題になる。後半は、夫婦のコミュニケーションや産後のホルモン変化にも触れ、話せる相手と結婚すること、つらい時期には距離や対応を調整することについて率直に話して終わる。

運動会で見えた子どもたちの成長
ふふふラジオ!
この番組は、長野県に移住してきた30代の夫婦が、
子育てのこと、日々の生活のことなど、今、話したいことをおしゃべりするラジオです。
研究者として働くじゅんちゃんと、
小中学校で働くゆうじがお送りします。
乾杯!
ぜひ、こちらを食べてみましょう。
これは何ですか?
クリームチーズの味噌漬け?
味噌漬け。
おいしい。
これ、つまみだね。
これだけあっても、なかなか味濃いけど。
酒と合うね。
というわけで、いつものように、週末の夜、
子供が寝静まったから、おしゃべりしているわけですけど、
今週は、運動会でしたね。
運動会。
いやー、よかったね。
去年は、親子競技ってなかったよね。
なかったっけ?
そうかも。
かけっこして、玉入れして、あとリズム。
そうだね。今年、玉入れなかった?
玉入れ、小学生の分。
そうだよね。
元気そうのはさ、かけっこじゃん。
そうだね。
親子競技はさ、赤白、赤対白だけど、
別に楽しくやれたらいいよねみたいな。
そうね、そうね。
かけっこだけだったよ、今年。
勝負って言ったら。
いやー、えいちゃん可愛かったな。
すごい。
去年はさ、
去年もポンポン持ってダンスしてたけどさ、
去年そんなに笑顔多くなかったと思って、
今年ニコニコでやってて可愛かったな。
練習頑張ったんだなと思うし、
かけっこもね、頑張って走ってました。
頑張ってた。
年中3になると、どの子もさ、
勝ちたいっていう気持ちで走るから、
もう悔しそうにしてたよね、2位以下の子は。
えいちゃんは4人中4位でしたけど、
ゴールを駆け抜けて、
ずっと先まで走って座り込んでたね。
でも後で聞いたら、
もっと走りたかったって言ってた。
一番速く走れたわけじゃなかったけど、
一番長く走ったんだぞっていうことはあるかもね。
ああいう競争ごとにどう向き合うかっていうのは、
なかなか難しいところでもあるけどさ、
でも本人なりに勝ちたいとかさ、
頑張りたいっていう気持ちがあるなら、
頑張れればいいよね。
結果はどうある?
じゅんちゃんは結構撮影とかさ、
いろいろ記録もしてくれましたけど、
じゅんちゃん的ハイライトはどこですか?
ハイライト?
このシーン可愛かったなとか。
スーちゃんもね、
未満時三クラスの出し物というかあったし。
スーちゃんに関しては結構、
初めての運動会だからさ、
なんか異様な雰囲気の中、
抱っこ抱っこになることが多くて。
確かに普段よりそうね。
入隊場の場所に行って、
降ろせなくてさ、
降りたくないみたいな。
しがみついてきて。
所属するクラスの先生とか、
お友達と一緒に入場みたいになっても、
あんまり離れようとしなくて。
風車を取りに行くやつなんですよ。
基本、子供が走って取りに行って戻ってくるっていう、
想定で作られてるものだけど、
もう行くときは、
なんとしてでも降りないみたいな。
すごい勢いで首振ってたから。
私が抱っこして行って。
風車取ったらニコニコして、
自分で走ったけど。
親子競技もなんだかんだ、
スーちゃんは葉っぱの上に乗って、
シューッと引っ張られて。
蝶々の羽もつけて、
青虫から蝶々になってゴールするみたいなやつ。
もうなんだかんだやってくれて。
そうだね。
泣いて拒否みたいな感じじゃなかったしね。
「やりたくない」と泣く子への対応
泣かれて拒否されたらどうしたらいいんだろうね。
あの場で泣かれたらどうするか。
もうあれじゃないの。
ママが羽根付けて走るしかないんじゃないの。
泣いたし。
でもさ、思ったのがさ、
Aちゃんの駆けっこの時もさ、
一人もう、やだやだって言ってさ、
スタート前にもうグズって、
スタートを一応したら、
すぐ転んじゃって、
そこでもううずくまって、
泣き崩れてる子がいて。
先生が二人駆け寄って、
両脇を持ち上げてさ、
シューッとゴールまで滑るように進んでたけどさ、
あれ難しいよな。
例えばさ、
自分の子が走れてよかったなとか言うつもりはないけどさ、
やっぱり自分のね、
それこそAちゃんがああいう時にさ、
もう走りたくないとかさ、
転んで泣いちゃって、
泣いちゃってというか、
もう走りたくなすぎて、
座り込んじゃった時にさ、
どういう風な気持ちになるんだろうとか、
先生とか周りの人にどういう対応されたらいいんだろうとかさ、
ちょっと悩んじゃうよね。
そういう経験がなさすぎてさ、
なんとなくAちゃん楽しめちゃうからね。
自分自身もそうじゃなかったし。
運動できる方だったからってことね。
できない子の気持ちと強者の論理
やりたくないことをどこまでやらせるべきかっていう話でもあるからさ、
別に駆けっこだけじゃなくさ、
勉強にしろさ、
なんかいろいろあるじゃない。
やらなきゃならないとされてることみたいな。
全部いいよいいよやんなくていいよでもないけど、
ただ別になんか、
駆けっこしなくてもいいしなとも思うしね。
私基本体育系得意なんだけどさ、
陸上の中のハードル走あるじゃん。
あれすごい苦手なの。
障害物を飛んで走る意味が分かんなくて、
そのまま走らせろよって思ってて。
邪魔すんなよと。
すごいね。
腹立って全部倒して走ったらやり直しって言われて。
時々オリンピックの映像とかでもさ、
全部倒しながら走ってる人の映像とかあるよね。
飛ぶんじゃなくて最後はそのまま突っ込んで倒すっていう。
投げ倒す系の競技になっちゃった。
でも本当に運動が苦手で、
心の底から体育嫌いなんだって人の気持ちは分かんないからさ。
それで言うとやっぱりね、
俺は教員してるけど勉強が得意だったからさ。
苦手で苦手で嫌だみたいな人の気持ちが、
どこまで分かってるのかっていう。
できるできないってこっちは評価してないけど、
でも多分彼彼女は自己評価をしちゃうとかさ。
できない私が嫌だとかさ。
できるようになりたいけどできないみたいな気持ちの話だからさ。
周りのフォローとも違うじゃん。
だから多分さっきの架けっこの話でもさ、
別に遅くたって頑張ればいいんだよみたいな気持ちで周りがいたとしてもさ、
本人は許せないみたいな話でもあるからさ。
違反とも仕方ないよね。
でもどっちもさ、
自分の中で目指したいレベルみたいなのがあるわけじゃん。
ちょっとでも早く走りたいってことはある。
勉強もさ。
勉強できない子って結構やり方が下手だったりするじゃん。
まあね。
そのなんかコツみたいなのを知った上でやってみてどう感じるかだよね。
うん。
まあね。
Aちゃんもさ、なんか結構頑張りたいみたいな風に顔をしだしていたから。
早く走る練習方法あるよって言ったもん。
太もも上げるやつとか。
これ練習するとちょっと早くなるよって。
本当だよって言って。
でもね、真剣にやろうとしなかったから。
そんななんだろうなと思って。
やりたかったらやるだろうし。
それは多分ね、やや強者の本理ではあるから。
同じ練習をした時に伸びが違うし、
同じ練習をパパパッとそれこそもも上げできる人と、
パパパッとその筆算のやり方聞いたら再現できる人と、
そもそも足が上がんないとかさ、例えばね。
そもそもその手前の手前の足段ができてないとかさ、
まあ勉強面においてはいくつもステップあるけど、
多分運動もきっと似たようなところもあって。
結局はそれ、その自分が嫌だっていうところにどう向かえるかはさ、
鍛錬を積めばできるようになるマインドに至る手前のさ、
だってそもそも足が遅いんだもんとか、
だってそもそも勉強私できないんだもんっていう自己認知の状態が難しいよね。
そしたら練習すりゃできるようになるし、
人それぞれそれなりに伸びるのは間違いなくても、
そうは言ってもあの子より早く走れないっていうところとか、
そうは言っても周り全員より計算ができない私みたいなところも
分かっちゃうから努力できないっていうのはあるよね。
競争と比較をどう生かすか
いかに周りと比べないかだな。
まあそうだよね。
結局昨日の自分より良くなりたいみたいなさ。
自分との戦いだから。
それはもうそうだよね。
でもまあ僕らだってさ、
人よりすごく苦手で、
かつ別に自分もそんなにめちゃめちゃ頑張りたいかと言われたら、
そうでもない分野に対してさ、
終わったら歌うまくなるよとかって言われてもさ、
うまくなれたらいいけど、
かといってそのためにコツコツ発声頑張って、
ちょっとでも恩返り取れるようになりたいかって言われちゃうと、
まあ分かんないなみたいな。
美術ももちろんパッとさ、
描けるようになればいいけどさ、
こういうデッサンをコツコツやると、
少し物を見る目が養われて上手に描けるよって言われてもさ、
うーんみたいな感じもあるじゃない。
もちろんね、うまく描きたいな、
なんか変でやだなって気持ちがあるのかも分かんないけどさ、
俺も別になんか、
歌もっと上手になりたいなとかは思うけど、
けどみたいな感じではあるよね。
でも披露する場があるなら私頑張るよ。
コツ教えてもらえるなら。
美術展示をすることになってます。
でも下手です。
すごい上手な人にさ、
実はすごいコツがあるんだよみたいな。
まあねまあね。
センスじゃないから美術はとかつって。
それ聞いたらすごい。
私は頑張るな。
でも全分野じゃなくない?
アラビア語披露スピーチでする場があります。
こうすれば上手くなりますって言われて、
分かった頑張るって言えるかって言うと。
披露しなきゃいけないなら頑張るよ。
でも披露しなきゃいけない場を勝手に設定されることもムカつかない?
勝手に?
勝手にカラオケ大会エントリーされたりしてさ、
いや別にいいよ。
俺別にカラオケ披露する気はないよ。
そんな趣味レベルの話はやんないよ。
学校とか仕事とかさ、
なんかやらなきゃいけないことってあるじゃん。
決められてることというか。
それは誰が決めてるか問題でもあるよな。
まあてことで幼稚園のかけっこレベルはとりあえずやっときゃいいと思うけど、
でもなんか今後さ、
幼稚園、小学校、中学校その先とさ、
基本的にはやらなきゃいけないことで植え尽くされていくわけじゃない。
そりゃいや、毛も刺すでしょっていう。
気持ちもやっぱり忘れてはいけないというか。
感じはあるかな。
だからよく体育着られた人はさ、
大人になって趣味で少しスポーツ始めると、
逆にハマる人がいたりとか、
体育はあんだけ点数つけられて、
他の人と比べられて嫌だったけど、
別にコツコツジョギングする分には好きとかさ、
仲いい人とバスケやるのは好きとかさ、分かんないけど、
そういう評価されない場が用意されるとできるみたいなことも同時にあるよね。
完全に勝ち負けがない運動会をする学校もあるじゃん。
手を繋いで都競争をゴールするみたいな。
何が楽しいのか分かんない。
それはそう。
スポーツでチーム一丸となって戦うみたいな。
あの楽しさ。
苦手な子でも、全員リレーとかそうだったんだけど、
クラス全員リレー。
運動苦手な子をいかに早い子たちがカバーするかみたいな感じで。
なんか順番考えたりね。
順番考えたり。
せめてバトンパス上手にやろうぜとかね。
バトンパスもすっごい早く走り出してもらう。
遅い人だから。すぐ追いついちゃうからね。
すっごい早く走り出してもらって、
ほんとギリギリでバトンパスしてすぐバトンパスするみたいな。
その子が走る距離を最小にしようっていう。
その子もいっぱい走りたくないから。
利害が一致してる。
っていうやりくりの楽しさはあったな。
確かに。
そういう場がないとね。走らずに。
タイミングよく走り出すことができた時の喜びをその子にとっても。
来たみたいな。ちょうど減速もせず頑張ってたら、
早い人に追いつかれていい感じにバトンもらえた。
それはそうね。練習しがいが。
あとSNSで見たけど、
不登校を選ぶことは最近増えてきているけど、
それは苦手なことから、よくも悪くも目を背けられちゃうから、
逆に自分の好きなこと。
例えば不登校で自分は絵がすごく好きで描きまくっていたけど、
いざそれこそ高校とか美術部に入ってみたら、
周りの子めっちゃ上手いみたいな。
私この程度だったのかもみたいな。
よくも悪くも他の人と比べられないまま来ちゃったから、
挫折したみたいな話もあるらしくて。
そういう社会の物差しというかね。
他の人との比較が、
全部良いものではないけど、でも全部悪いものでもないというか。
ある程度そういう共通の物差しは、
遅かれ早かれ必要になってきちゃう。
自分はどのくらいなんだろうみたいなことを、
どこかで知っていく必要はあるよねっていうのも納得だよね。
とかって思うと、
冒頭の嫌すぎて泣いている子に対してどうするのが良かったんだろうなとは、
やっぱり思うね。
あのクラスの担任だったらどうするんだろうなとかすごく考える。
その前にどういうやりとりがあるかわからないから、
あの場でどうこうできる問題でもないけど。
親だったらどうしてほしい?
事前にやりとりしておきたいね。
つまりああいう風になりそうなことはさ、
事前の練習見てればおそらくわかるじゃん。
ただ練習の時はめちゃめちゃ普通に走ってたのに、
あの日だけああなったのか、
事前の時からもう嫌だってずっと言ってて、
ああなったのかって考えると、
事前に嫌々言ってる可能性もあるんじゃねって気はするから。
なんかそういう様子があるなら、
こんな様子ですけどどうします?みたいな。
ことが相談できるといいような気がするよね。
その日たまたま機嫌が悪かった。
パターンね。
その日たまたま機嫌が悪かったらどうしたらいいんだろうな。
めっちゃ個人的なことを言うと、
先生が出てくるべきではないと思うから、
それこそゴールした子に対しておめでとうと言いつつ、
あの子走れてないけどどうする?みたいな感じで、
幼稚園くらいの子だったら走ってもらってって、
どうしたの?とか。
一緒にゴールまで行こうよみたいなやり取りは、
まあできてもおかしくないよねって気はする。
まあむずいけどな。
いっぱい観客がいるからね。
そうだね。
絶対シーンってなるよね。
まあそうだね。
それで言うと、
拍手は起こるかもしれないけどさ、
その場で機嫌が悪くなって、
ああなった子だったとしたら自分が、
拍手起きたら何が何でもいかないって気になりそう。
まあそうだよね。
だから先生が来るべきじゃないと思ったけど、
先生が行くのはいいけど、
先生がゴールまで運ぶべきだったかは分からない。
どうする?みたいな。
別になんていうのかな。
知らないことが悪ではないじゃない。
別にだから早く退場させなきゃいけないわけではないから、
もうちょっと時間とってもいい気はする。
もし本当にその場で機嫌悪くなっちゃったとしたらね。
予期できるなら先に手を打っておくべきだと思うから。
逆パターンでいうと、
転んでるからめちゃめちゃ大げさにやるとか、
骨折れた子に対する対応ぐらいの、
大丈夫か?みたいな。
本部席にめくばせして、でかい×とか出して、
タンカタンカ!みたいな感じにして、
タンカ呼んで、乗せて運んで、
退場するとかだったら、
走れなかったことが悪いかどうかじゃなくてさ、
そんな怪我してるはずないのに大げさにやってる、
コメディーとして処理されるから、
それは一つありかもしれない。
松葉杖持っていくとかみたいな。
それこそ、お母さんウォーグしてあげてくださいとか言って、
ちょっと巻き込みながら、
おかしく退場しちゃうみたいな。
どうしても先生がゴールまで運ぶだと、
走れなかったことが良くなかったことだみたいな、
見え方にはある程度なっちゃうけど。
いずれにせよ、事前にちゃんと考えておかなきゃいけないのが難しいね。
でも、法実だけって感じでもないんじゃないかな、どうなんだろうな。
本番の雰囲気で泣いちゃったこともあるかもしれないけど。
なんとも言えないですね。
子どもの権利と学校環境
懐かしいね。
いずれにせよ、
なんていうか、
その子がどう感じてるかっていうのは、
想像しても分かんないけど、
でもなんか、想像していく必要があるよね。
自分と同じように感じてるに違いないと思っちゃったらさ、
ほぼ間違えちゃうからさ。
どう思ってるんだろうみたいな。
この子にとってどういう感じなんだろうみたいなの。
まだそれこそさ、
我々の子供は幼稚園だからさ、
僕らが過ごしてる時間も長いからさ、
なんとなく分かる気はするけどさ、
俺が年代上がっていくとさ、
なおさら分かんなくなってくるよなぁと思って。
中学とか行っちゃう。
悲しいなぁ。
でももうあと、
6、7年したらそうなわけでしょ。
うん。
冷えだね。
それで言うと今日はさ、
女三女生まれのコミュニティで集まってさ、
スーちゃんと同い年の子たちがワーッと集まって、
ちょこちょこお兄ちゃんお姉ちゃんがいる状況だったけどさ、
幼馴染というか、
いう存在が居続けてくれるといいよね。
なんというか、親と子の関係はさ、
年齢変わるとさ、
色々変わっていくというか薄くなっていく。
そうあるべきだけど。
でもそういう同い年の繋がりみたいなのがあればさ、
そこでちょっとカバーされるものというか、
あいつ昔からああなんだよねみたいな話とかさ、
お前最近こうだよねみたいなことをさ、
言える人がいたりするといいよね。
運動会終わった後、ご飯食べに行った。
お宅の娘さんも、
Aちゃんも幼馴染だもんね。
幼馴染。
赤ちゃんの時から知ってる。
幼、小、中ぐらいまで一緒の可能性が高いよね。
中ね。
今の状態の中学校、
あの中学校に行かせたくないなって思うじゃん。
しかもたぶん彼らが行く頃は、
またもうちょっと小中再編話が進んでると思うから、
それこそもう片方の方の再編がどうなってるか、
それを受けてその中学校もどうなっていくかを、
よくよく見ていく必要がありますね。
頼むから軍隊はやめてくれって思う。
いい加減。
それで言うとちょっと微妙にずれるけど、
今日、見取り師をしてる人と話をしてきて、
どうしても人が亡くなる時って、
ギリギリまでも延命治療されて、
亡くなる瞬間だけ家族に任されて、
どうそこに立ち会っていいか分かんない中で、
ご隣住ですってなって、
そうなった瞬間に葬儀や連絡して、
ポンポンポンと話が進んでいって、
気づいたら終わってるみたいな、
その途中で傷つく人もいるみたいな話で、
見取り師の活動としては、
もっとゆったりと最後を過ごそうよと、
その人の尊厳に関わるよねっていう、
スタートだったらしいんだけど、
亡くなっていく人の権利とか尊厳とか、
子供もそうだよね、
運退式で圧力かけられて育つのが、
本当にその子の権利にかなってるのかっていう、
観点はさ、
ちゃんと持っておく必要があるというか、
しょうがないよね人が死ぬ時はとかさ、
子供だからしょうがないよねって言っちゃってたらさ、
いつまでもそこで権利獲得はされないなと思うからさ、
そういう正当な権利が侵害され、
出るかもしれないみたいな目線で、
立ち向かっていく必要はあるなーってちょっと思う。
ほんまそういう視点持ってる教員って少なそう。
子供の権利ね。
上下関係、主従関係みたいなさ。
管理対象みたいなね。
結局効率よく管理するみたいな話がさ、
それこそ亡くなる前とか亡くなった後の葬式に至る
そういうシステマティックな流れもさ、
全部そうじゃん。
管理していくとかさ、
効率よくみたいな。
効率悪いのを許容する余力がなくなっているのもあるからさ、
先生の数が倍いればもっとゆったり見れますよって
多分先生が思い入りたいしさ。
子供の権利を一番大事にしつつ、
その支援者である教員とか管理職とかが
ちゃんと充分ケアされてるか支援されてるかっていう話だよなと思うから。
結構青森県は教員の働き方改革進んでるみたいだよ。
まず何をやめるのかを決める。
働き方改革の実感があるっていう教員アンケートで6割いる。
実効性があるというか。
調べてみたい気がする。
やめること決めなきゃダメだよね。
どんどん増えていっちゃうから。
部活の地域移行とかっていってさ、
資格を持った指導者が足りませんって話をしてるけどさ、
昔からそうだったわけでさ。
部活の先生って有資格者じゃないから基本的に。
昔から足りなかったのがたまたま可視化されただけというかさ。
そういう気がするから。
そうやって手放していくと。
部活が好きで教員やってる人もいるよね。
一定数いるよね。
やめていただきたい。個人的にはやめていただきたいけど。
でもそういう人もいるよね。
体育の先生とかさ、結構部活の自分の専門のところでガチでやる。
柔道部でガンガン。
そうだよね。
いずれにせよ、A.Sueちゃんが大きくなっていく環境をみんなで作っていきたいですね。
ちんちゃん頑張ろうね。
教者の論理は本当にね、私気をつけないといけないと思う。
我々はそうよね。
運動に関しても本当そう。
本当は私運動できるから。
落ち込みながら私できるからって言われてもあれだけど。
勉強に関してはね。
もちろん人よりできてたんだと思うんだけど。
でも上には上がいるっていう世界で見てきた人たちってレベル違うんだよね。
勉強量もそうだし。
こっちがやってきた勉強量に比べて全然少ない感じでもできちゃう。
分かっちゃうみたいな。
それもレベルではないから、少なくとも。
本当に血へど吐きそうな程でやったっていう力があるかも。
努力できる才能だよね。
性格もあるな。負けず嫌い。極度も負けず嫌いみたいな。
極度って言われちゃってるからね。
特にね、対子供に関しては、そもそも大人と子供で全然大人の方が強い側にそもそもいる中でっていうところだから。
まあ難しいよね。
自分の中の強者の論理とどう向き合うかっていうのは、
今後なんかより幅広い人と触れ合う中で気づかされたりとかね。
帰り見たりすることもあるだろうし。
都度都度反省しながら改善していくといいんじゃないでしょうかね。
そうだね。
どうでしょうか。
大学生と何年か向き合ってきてさ、
結構いろんな人生相談みたいなのになることもあってたね。
それに関しては結構同じ目線で考えられてる気がする。
強者じゃない人生に関しては。
勉強とか運動とかそれに関しては強者になっちゃうと思うんだけど。
人生全般で。
人生強者じゃないと。
いろんなこと経験してきたからですよ。
わかるわかるみたいなことが多いから。
学生がしんどかったこととか。
その立場がわかるなみたいなのが結構あるから。
それは良かったな。
強みだね。
それはきっとこれからの子育てにおいてはね。
Aちゃんが人生に悩んでる時は、
ママと話すといいよっつって。
パパじゃないかもよっつって。
投稿とかもさ。
一応経験あるから。
なるほど。
1、2週間だけどね。
でも俺は考えたことないからね。
台風で学校休みになった日も行って怒られたから。
学校行きたくないっていう気持ちはわかる。
そういう時どうされたら嬉しいかもわかるから。
その点強いな。
そうだね。
学校行きたくないって言われたらなんでって思う。
いいね。これから先子供に降りかかる様々な。
ピーパン始まった。
じゃあそろそろ終わりにしますか。
いつも工場を行って。
これもういいよ。
工場無しにして。
ポッドキャストとして広めていくことは全く意識してないので。
普通にご挨拶だけして終わりますか。
身内しか聞いてないって。
時々ね、知り合いも。
時々聞いてるよって言われるから。
夫婦の対話と子育ての支え合い
教者の論理ってさ、今思い出したんだけどさ。
お互いが聞いてる男の子育てラジオあるじゃん。
あれにさ、いろんな相談事とか投稿されててるけどさ。
我々の話を聞いて悩みを打ち明けようとは絶対思わない気がするのね。
まあそうね。
なんか上手くいってそうじゃん。
上手くいってるけどね。
楽しんでるじゃん。
楽しんでる人に悩み相談しないと思うし。
重要ないだろうなって思ってる。
確かにお便りとかもさ、お話を聞いて私のことを言ってると思いましたとかさ、
私の今苦しんでることと繋がってると感じましたみたいな感じですからね。
それはそうだね。
ってことは我々カップル教者。
教者じゃない。
これからもちょっと。
ちゃんと話せてるしさ。
まあそうね。
だからなんか夫に対する不満、妻に対する不満とかっていうこともさ、話せばいいじゃんってなるじゃん。
こっちとしては。
もうこっちは言っちゃってる。
だからね。
たぶん聞いてて楽しくないと思うよ。
赤の他人は。
正論しか言わなそうだもんな。
話せばいいと思います。
話せないなら別れればいいと思いますみたいな。
でもなんというか、そういう世界であるべきっていう気持ちはあるからさ。
そこはまあ仕方ないというか。
もうちょっと僕らはね、カウンセラーとかさ、そういう専門職であればさ、それ話せればいいっていうゴールにどう現状から向かっていくかっていう話をさ、もっと丁寧にできなきゃいけないけどさ。
そこはまあなんというか、話せる人と結婚すべしみたいな、もともと細かい話しかなんとこないし。
本当最初大事だと思うし、強く言いたいわ。
ちゃんと話してから結婚した方がいい。
逆に結婚して表現したパターンとかってなんかさ、あったりするじゃない。
結婚前はあんなに優しかった旦那がとかさ。
そのパターンだとどうすればいいんですか?
別れるし。
ダメだよ一緒にじゃん。
本気で早くした方がいいよね。
切り替え早くした方がいい。絶対。
変に子供ができちゃってとかってなったらさ、怒られにくくなる場合もあるじゃん。
子供ができて表現されたら本当、なんてことだよな。
でもなんというか、産後のホルモンのせいでさ、表現する人はいっぱいいるじゃん。女の人に関して。
それはちょっとお目に見てあげてほしいなとは思うけどね。
ホルモンだろ。
やっぱり出産の大変さと裏腹ですからね。
ホルモン?
なんか横沢夏子さんが言ってたけど、
あなたはホルモンと結婚したと思って、女性ホルモンと結婚したと思ってって言ったらしい。
今乗っ取られてるからね。
さえつられてるからしょうがない。
そういうことかもしれませんね。
いつか落ち着くから。
そうね。
でもなんかあれよね、ホルモンの話は新生児育児と一緒でさ、終わればさ、終わったと振り返ればさ、いつか終わるんだけどさ、
そのカチューにいるとさ、いつまでこの子は夜泣きをするんだろうとさ、ほぼ一緒の話であるからさ、
まあやっぱりむずいよね。
つらいよね。
2回目とかだったらさ、なんかわかるから、距離とっとこうとかさ、たぶん2人目だったらわかることが、
今はたぶん、それこそ1人1個増えててさ、もうそれが最初で最後みたいな感じかもしんないからさ、
ガルガル期の対応をわからないまま、なんとなくギクシャクし始めるカップルもいらっしゃるのかもわかりませんが。
難しいんだよね、なんか。
こうさ、夫のやり方にすごい腹が立つとかさ、言うじゃん。
もう一挙手一刀即認。
かといってこっちの言う通りばっかりされるのも腹立つみたいなさ。
やりやすい。
難しいんだよね。
自分で考えて行動してほしいんだけど、みたいな。
そうね。逆に自分で判断して行動して、それなりのクオリティを掘られるとそらそらでムカつくみたいなことになるかもしんないしね。
そうそうそう。結局何してもムカつくんだよね、その時期って。
イヤイヤ期だね。
まあ、それを経て、
妻のイヤイヤ期。
それを経て仲良くなっていくと問題ですね。
そうだね。
じゃあ、おしまいにしましょうか。
はい、で、これは、えーと。
だから、それではできますか。
あ、そっか。
それでは、ごきげんよう。
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