ゲスト:大川 樹生 が語る出張買取の未来
出張買取はなまるの大川樹生が、自身の過去から学んだ教訓を基に、業界のイメージを変革する挑戦を語る。高校中退から職人としての経験を経て、出張買取を通じてお客様ファーストの姿勢を貫く彼の物語。真珠シニアアドバイザーとしての資格取得や、今後のビジョンについても触れる。
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🎧今週のハイライト🎧
- 大川樹生が出張買取で業界イメージを変革
- 高校中退から職人としての経験を経た背景
- 出張買取はなまるの経営理念と実践
- 真珠シニアアドバイザー資格の取得
- お客様ファーストの姿勢を貫く理由
- 今後のビジョンと目標について
- 出張買取の悪い印象を変える挑戦
- 医療機器の取り扱い資格取得を目指す
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⏱Chapters
- 一粒の星砂 〜まだ誰も知らない、あなたの人生に〜 - 大川樹生の出張買取と業界イメージ変革 - 高校中退と家族への思い - 職人としての第一歩と後悔 - 出張買取の仕事に至るまで - 出張買取で得た喜びと親孝行 - 人生の得点と過去の挫折 - 真珠シニアアドバイザーの資格取得 - 出張買取の未来と業界の変革 - 対応商品の拡大と目指す未来
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今週も最後までお聴きいただきありがとうございました。この番組は、人生に花を咲かせるPODCAST番組をお届けするLifebloom.funの制作でお送りいたしました。
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サマリー
出張買取花丸の大川辰樹さんが、高校中退後に職人として働き始めた背景と、母親や姉を思って選んだ道への後悔を語ります。建築現場で営業の難しさを経験した後、短期間に多くの顧客と接する出張買取の仕事に転じ、仲間と会社を設立しました。真珠の知識不足をお客様に失礼だと感じ、真珠シニアアドバイザー資格を取得した経緯や、利益にならなくても相談者に丁寧に向き合う喜びも話します。悪い印象を持たれがちな出張買取業界を、お客様ファーストと対応範囲の拡大によって変えていきたいという今後の目標が示されます。
出張買取花丸と大川辰樹の歩み
一粒の星砂、アナウンサーの宗清未央が、自分を何者でもないと思っている、すべての人へお届けする番組です。
今回は出張買取花丸の大川辰樹さんをお招きしました。 16歳で高校を中退し、右も左もわからぬまま職人として社会に飛び込み、
絶望を味わった過去。そこから出張買取の仕事を通じてお客様と向き合い、業界のイメージを変えようと歩み続けてきました。
今が人生最高得点だと語るその理由とは、最後までお聞き逃しなく。
それでは本日のゲストは出張買取花丸の大川辰樹さんです。 大川さんよろしくお願いします。
この番組の中で大川さんをどのようにお呼びしましょうか?
じゃあもうお任せします。何でも大丈夫です。
普段どんな風に呼ばれてるんですか?
目上の方だとたっちゃんとか。
ちゃんですね。
下の名前が辰樹って言うんで。
辰樹さんって珍しい名前ですよね。樹木の樹に生きると書いて辰樹さん。
樹木の一文字の方は多いんですけど、生きるが生える人はあまり見たことないですね。
そうですね。どんな由来というかご両親の願いがこもってるんでしょう?
樹木って年をとるごとに太くなっていく年齢が増えていくっていう。
なので大人になっていけばなっていくことを、真の太い人間になるようにっていうのと、
樹木って何百年っていう樹齢を長年生きるっていう意味で長生きしてくださいっていう2つの意味を込めて名付けていただきました。
すごく素敵なお名前ですね。ご両親の愛情とか思いが、長生きの願いも込められているっていう。
素晴らしい。まだまだお若いですけど、これからますます活躍できると思います。
現在のお仕事は出張、買取っていうことなんですけど、これまでってどんな経験してきたのかなっていうのをお伺いしたいんですけど、
まずですね、今大川さんのこの24年の人生の中で、今現在って100点満点のうち何点ですか?
30点ぐらいですかね。
あれ?30点結構低めですね。
低いですね。
その理由は?
まだまだいろんなことできるなっていう伸びしろも込めてっていうのと、やっぱ過去に失敗したことで、それを今経験を得て挽回しようっていう段階なので、
今ここで高得点つけちゃうと、自分で伸びしろを潰しちゃう可能性があるし、もっとできる、もっとできるっていう向上心なくなっていっちゃったりやなんで、30点っていう定数をつけさせてもらいました。
伸びしろの塊ですね。じゃあまだ70も伸びしろがあるということで、そうですね。過去の失敗っていうのは話せます?
大丈夫です。
高校中退を選んだ理由と後悔
一番の失敗は、僕の中でもう本当に一番後悔してるのは、高校を中退したことですね。
そうなんですね。
はい。
理由は?
理由、もともとお姉ちゃんが2つ上にいて、お姉ちゃん芸術系の大学、大学院まで行きたいっていうのをもともと言ってたんですよ。
はい。
で、僕母親一人でお姉ちゃんと私を育てていただいてて、
そうなんですね。
で、お母さんもパートをやってるんで、結構そのお金回り厳しい状態が続いているのが幼少期の頃だったんですけど、で、お姉ちゃんがやりたいことがあって、目標に向かってずっと走り続けてて、僕はやりたいこととかが特になくて。
なんで、やったら勉強しないでずっと仕事しようと思って、ここ行く気なかったんですよ。
そうでしたか。
はい。
で、それで母親に、いや高校だけは出てくれって母親の方から言われたので、入学して、でもなんかやっぱり気持ち的にやりたくない仕事して、自分の分を稼ぐからお姉ちゃんに集中してほしいっていう風にずっと心の中でどっか思ってて。
優しい。
で、なんかその高校入るとやっぱり学費だったり制服とか入学金とかもあるんで、それで結構厳しいよなって母親きついよなと思って、そのなんか仕事したい仕事したいっていう欲がやっぱり前面に出て、高校もやっぱり面白くなかったですし、勉強もそこまで好きじゃなかったんで、もうすぐ辞めるって判断して仕事の方に行こうと思いました。
それは高校何年生の時ですか?
高校1年生入学してから3ヶ月後に辞めてます。
そんなにすぐ決断されたんですね。
僕は自分のおじが職人をやってて、典型の塗装工事の授業を立ち上げてる人間なんですけど、そこに中学生からずっと日登生でバイトをさせていただいてて、で、高校行かずそこで就職しようと思ったんですけど、母親が止められたんで、一旦辞めてたんですけど、
母親が朝早く出て、夜遅くに帰ってくるっていう生活をしてて、それを毎日で休みなしみたいな。
年寝も年寝だし、つらいよなと思って、高校に行ってる間、最初の1ヶ月だけ帰って、あとの2ヶ月間は朝一、部活の朝練があるって言って、制服で出て行って、
学校のバッグに職人用の作業着を入れて、自転車で現場の集合場所まで行って、学校行ってるふりして、職人の仕事をしてました。
もうなんか涙が出てきそうです。パッちゃんすごいお母さん思い、そしてお姉さん思い。
そうですね。
そうだったんですね。でもやっぱり後悔してる。
後悔してますね。
どのあたりが悔やまれますか?中退の。
一番は母親に迷惑かけたっていうのが一番でかくて、入学金とかも払ってもらったのに、やっぱり自分が稼げばお姉ちゃんに時間使えるでしょう、お金使えるでしょうっていうふうに自分の中で勝手に決めてたことで、
母親はやっぱりお姉ちゃんと僕を育てるためにいろいろ計画して、頭の中で考えて動いてたみたいで、
そんなことを子供に考えさせるのがごめんみたいな感じで相談されたりとか話してもらったときに、
なんか自分がやってたことって間違ってはなかったんだろうけど、母親からしたらちょっと嫌だったのかなとか、
っていうふうに思ったときは、すごいなんかやってくれたことを全部否定してしまった感じがしたのはちょっと後悔はしてますし、
あとはもうちょい勉強していけばよかったなっていう単純な、はい。
でも、お母様にしてもたっちゃんにしても、どっちもすごくお互い思い合っての行動だったっていうところは素晴らしいって私は感じますけどね。
お母さんっていう存在がでかいですよね。だから世の中のお母さんっていう立場になっている方って強いんだなって、そこでちょっと感じました。
そうですね。
はい。
職人経験から営業・出張買取へ
そうかそうか。もっと勉強しとけばよかったのところなんですけど、何で感じます?
やっぱ数字に弱くなったりとか、なんかその、してる部分で、その数字管理とか、あとはその、メールでのやりとり、メッセージのやりとりとかの言葉、漢字が読めないとか。
あー、なるほど。
あと、こういう言葉ってあってんのかなとか。っていうのをやっぱり、尊敬語、丁寧語とかを学んでおきたかったな、言語を学びたかったなっていうのと、英語をすごく勉強したかったなって後悔します。
あー、そうなんですね。
はい。
でもそれ、全部これからでも、たっちゃん若いので、いくらでもできることだと思います。
この今の出張買取の仕事に至ったまでの経緯って、なぜここにたどり着いたのかってありますか?
もともと職人をやってて、で、建築具系の見積もりとか施工とかをすごい若い頃からずっと叩き込まれてて、
で、自分に足りないのって何だろうって思ったら、やっぱり建築業の技術もまだまだ一二枚じゃないし、
で、一番困ったときは、会社が換算機で現場がないときっていうのがめちゃくちゃに困ったんですね。
仕事を作ってくれれば作ってくれるんですけど、会社に利益が全く残ってない状態で、
親戚のおじさんがやってる会社なので、経営のこととかも色々教えてもらってたりはしてて、
出費もあるけど入金がないっていう状態がすごい、2ヶ月ぐらい続いたときに会社がやばいよねってなって、
なんで現場がないんだろうと思ったときに、営業すればいいんだと思ったんですよ。
はい。
で、転機の作業員だったときはご自宅のほうにあって営業して、
でも若いからっていうのと、営業の根本がわからなかったんですよ。
で、人への気遣いとか言葉遣いとかもわからないまま飛び込んでいって、
それはもう本当に地獄だったんですよ。
現場が全く取れないし、門前払いされるし、ボケ吐かれるし。
そしたら、営業力があると自分強くなれるなってそこで気づいて、
で、おじさんには相談させてもらって、
ここを目処に、ちょっと僕は人として強くなるために営業会社に行ってきますっていうのを聞きかけで、
出張買取っていうところに出会ったんですよ。
あ、もういきなり出張買取に行くんですね。
で、出張買取と出会った理由が、エージェントに営業職をやりたいですっていうのだけを伝えて、
広報を出してもらって、不動産だったりとか保険とか、
いろんな営業職が出てきたんですけど、
出張買取だけ直接お客さんのご自宅に上がって、
しかも査定する件数、なのでお客さんとの相対する件数がだいたい50件から70件的なんですよ。
すごい件数ですね。
短期間でいろんな人に会えていろんなコミュニケーションを取れるんだったらそっちの方がいいっていう判断で、
出張買取の会社に正社員として入社しまして、
で、もともと職人やってたので、現場職のことも分かるんで、
お客さんに買取のこと以外にも現場職で培った経験で、
塗装工事、解体工事とか、外光工事、ソーラーパネルの設置とかの提案をして、
それで受注いただいているっていう状態だったんですけど、
で、全職の正社員で働いてたところが建築業の資格を持ってないんで、
そういう仕事の受注って怖がってたんですよ。
なんかリスクがあるよねって。
なんで、もうそういうのやめてくれって言われて、
なんか自分の得意だった部分を全部消された気がして。
なるほど。
なんで、いや、だったらもうこれだけ知識もつけさせてもらったり、
コミュニケーション能力もつけさせてもらったんだったら、
もう自分で一人でやったらどうかなっていうので、いろいろ考え始めて、
そしたら僕も独立したいんだよねって言ってる人間が一緒の会社にいたんで、
もう同時にやろうかって言って、協力し合って今会社を建てたっていう感じですね。
そうだったんですね。
お客様に向き合う仕事の喜び
今の仕事やってて一番、やっぱりこの仕事でよかったって思う瞬間って何ですか?
物を売ってくれなかったりしても、なんかありがとうって言われることすごい嬉しくて、
会社として動いてるじゃないですか、
会社の売り上げとか利益って求めるのは必然的だと思うんですけど、
例えばLINE、メール、電話、直接でもいいんですけど、
相談されて、これっていくらになるかなっていうのとか、
こういうのってどうやって捨てたらいいかなっていう、
僕らの会社に全く利益が残らなくても、
ちゃんと丁寧に説明して、ちゃんと話を聞いてくれて、
それで聞いた上でありがとうとか、
そういうことだったんだねっていう風に教えられる瞬間ってやっぱいいなっていう、
自分の今まで経験してきた部分が、
人を助けてるなっていう感じる部分はすごい嬉しいなって思います。
なるほど、そうだったんですね。
今ご自身で会社経営されて、
お母様へ何か恩返しというか何かされてるんですか?
今年の年末にタイ旅行に行って、
年明けのタイで有名な花火を見に行こうかなと思って、
もう予約はしております。
素晴らしい、最高の親孝行ですね。
お母さんの人生ね、今が30点っておっしゃってたんですけど、
これより高い点数の時ありました?人生で。
いや、ないですね。
じゃあ今が最高得点。
今が最高ですね。
素晴らしい、じゃあ本当に伸びしろですね、あとは。
アップダウンなく、今30点でこれからどんどん上へ上へ行こうとしている。
最低得点だった時はありますか?
10点とかじゃないですかね。
それはいつですか?
16歳の時です。
16歳。
高校入ってすぐ辞めて職人始めた時は、
社会人になるっていうのがよくわかってなかったんで、
正直社会をなめてたんですよ。
何でそれを感じました?
やっぱり母親とお姉ちゃんに集中してほしいっていうのがあって、
もう16で僕実家出てるんですよね。
そうだったんですね。
まず賃貸の審査も絶対通らないんで、
おじさんに名利を借りて、登録してもらって、そこに住むのが僕で、
支払いとか生活っていうのを全部一人でやるっていうところを考えてたんですけど、
もう何もかもわからなくて、
電気の賃貸で入って、
電気の契約方法もわからず、ガスもわからず、水道もわからずっていう状態で入って、
家賃もやっぱり16の時の職人の給料じゃ結構厳しかったですし、
細かいところでのお金を使うんだなとか、
こういうところにもお金発生してるんだなとか、
名義変更とか、いろいろめんどくさかったなっていうのを、
全く無知の状態でスタートしたのが、
すごい人生の中で絶望しましたし、経験にもなったっていう、
自分の無知なことに気づいたっていうので10点ぐらいでしたね。
なるほど。
はい。
じゃあそこからどんどんいろんなこと経験されて、
どんどんどんどん人生よくなってきての今30点。
そうですね。よくなってはきてますけど、まだ満足はしてないっていうのはありますね。
まあまあそうですよね。
はい。
真珠シニアアドバイザー資格の意味
真珠シニアアドバイザーっていう資格もお持ちじゃないですか。
はい。
これはなぜお取りになったんですか?
全職施診で当たれているときに、真珠っていうところに着目して、
で、授業を新しく野後を作って、それがちょっと当たったんですよね。
真珠の媒体からお問い合わせいただいたお客さんに、
出張査定でお伺いするときに、
やっぱり大手は真珠の買い取りが弱かったり、知識がなかったり、
査定ができないっていうことが、やっぱりいろんなお客さんからのお声で気づいて、
で、そのとき新しく野後を作ったばっかりだったので、
僕も他のメンバーも真珠の知識って全くなかったんですよ。
で、やりながら勉強していくみたいな流れだったんですけど、
いや、なんかこれお客さんに対して失礼だよなって思って、
高く買って大事にしてたものを知識のない人間に触られるって、
すごい嫌だなって僕だったら思ったんで、
そしたら他の会社のメンバーとも差別化できるし、
自分の知識になれば力のスキルになるよねと思って、
真珠についても勉強して。
すごいですね。難しいんですか?
真珠は難しい。
宝石、色石とかは全部難しいので、
でもその中で比べたら真珠はまだ優しい方なんじゃないかなって思います。
そうなんですね。
僕でもできるんで。
この真珠がやっぱり今のビジネスに生きてるなって感じることって多いですか?
やっぱりありますね。
真珠シニアアドバイザーっていうワードを聞いたことない人が多いと思うんで、
その資格持ってて真珠とかをもし大手さんに売却しようって考えてるんであれば、
一度拝見させていただいて金額の提示まで進めさせていただけたら、
大手さんの方に持って行ってもらって大丈夫ですっていう自信を持って提示できることもありますし、
あとは本当に真珠を大事にしてた方とか思い出があるいただいた方とかだと、
やっぱり金額が高いところに売りたいだったりとか、
ちゃんと説明してくれる人に売却したいと思っていただくことが多いので、
そこで最終的に選ばれることが多いんで、
この資格取ってよかったな、勉強してよかったなっていうふうに会社では生きてるなと思ってます。
よかったですね。もう勉強した甲斐があったわけですね。
ありましたね。
そうですか。
出張買取業界を変える将来像
たっちゃん、これからこのお仕事、今後もずっと続けていく予定ですか?
今のところそうですね。
この仕事を基本にいろんなことを派生していけたらいいなとは思ってます。
3年後とか5年後とか10年後とか、何かいろいろイメージしてることはありますか?仕事でもプライベートでもいいですけど。
プライベートは、結婚もそうですし、家庭を持つっていうのは理想としては持ってます。
家族愛強そうですもんね、たっちゃん。
家族大好きですね。
素晴らしい。きっといい家庭が作れますね。
頑張ります。
お仕事のほうはどうですか?この先、こうしたい、もっとこうしたい。
30点からもっともっと点数を上げていくにあたって、これやりたいとかありますか?
3年後40点ぐらいになってたらいいですね。
何をプラスしましょう?やること。
今やってるメインの授業が出張買取っていうリユース業なんで、リユース業ってやっぱり出張買取ってすごい悪い印象を持ってるんで、
そうなんですか?
あんまり良い印象を持つような業種ではないんですよ、やっぱり。
ニュースにもなると思うんですけど、買い叩きみたいな安く買われるとか、
アポイント取って高齢の女性の方を縛って金品強奪されるとかっていう事件が発生してしまってるんで、やっぱり良い印象を持たないんですけど、
でもそこを業種自体から変えていくのも大事なんですけど、
やっぱり業種自体をこういう僕らがやってる小さい会社じゃ変えれないと思ってるんで、逆に僕らの会社から変えていって、
いろんな方に良い印象を与えれれば、やっぱりそこから発生して広がっていくかなと思ってるんで、
お客様ファーストで僕らを動けるようにはしたいと思ってて、
あとは対応できる商品の幅をもっと広げるとか、対応できるエリアを広げる、対応できる作業内容を広げるっていう、その業務の幅を広げるっていうのは一番かなと思ってます。
今対応できないもので、これから対応したいものってどんなものですか?
商品で言うんであれば、医療機器ですね。
マッサージチェアも管理医療機器とか、レントゲンとかっていう高度な医療機器の品物も取り扱いできるように資格取りたいなと思ってまして。
資格が必要なんですね。
取り扱いすること自体資格が必要なので、その資格を保有していれば対応できるし、
買取じゃなく運搬設置とかもお手伝いしていただけるようになれば、やっぱり助けられる人もいるし、
会社としてもできることが増えれば、いろんなお客さんとのコミュニケーションが増えるので、それを目標にしてはいます。
素晴らしいですね。またじゃあお勉強ですね。
勉強ばっかです。一番嫌いなんですけど。
いやいやまだまだね、頭にいろんなものが詰め込める柔らかい頭だと思うので、たくさんいろんなこと吸収して本当にこれから30代40代と素敵な大人になっていただけたらいいなと思いますね。
頑張ります。
では最後に何か一言、お仕事のことでもいいですし、PRとか。
出張買取花丸の事業と強み
出張カテゴリー花丸はですね、千葉県市川市を拠点に今合計5店舗で運営しております。
東京、千葉、埼玉、ちょっと飛んで宮城の仙台市、そして千葉ですね。
相互利用修行という形で買取から不要品回収まで一社で全部完結できるよというサービス提案していて。
さっきも言いましたけど、印象の悪い業種っていうところから自社だけでも一旦いい印象を持っていただけるようにお客様ファーストでやっぱり細かなコミュニケーションだったりとかを意識して事業活動を行っております。
うちの会社の強みとしてはとりあえず外商品のジャンルがやっぱり他の会社さんよりも広いところだったり対応できる作業内容が多いこと。
そして建築業と連携も取れてますので、総合建築の見積もりから施工までもできるところ。
あとはやっぱりレスポンスの速さ、お客さんに対してのレスポンスの速さっていうのを第一に考えていて。
事業員とかにもレスポンスを早くしましょうねというふうに会社の方針で決めているので、何か困ったことをすぐに解決できる会社がいるんだなと思ってもらえると心強くなるんじゃないかなと思っております。
はい、ありがとうございます。本当に出張買取のイメージも変えて、これからますます活躍していただきたいです。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
今日のゲストは出張買取花丸の大川さつきさんでした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
人生の経験を力に変える言葉
16歳。まだ何も知らないまま職人としての道を選んだ少年がいた。電気もガスも水道の契約さえもわからぬまま、社会という荒波へ無防備で漕ぎ出していく。
慣れない現場、慣れない人付き合い。家賃という現実に押しつぶされそうになりながらも、彼はその谷底でそれでも歯を食いしばり、静かに何かをつかみ取っていった。
やがて出張買取という仕事に出会い、新樹シニアアドバイザーという肩書きを得ながら、建築現場で培った芽も生かし、一つ一つの出会いを誠実に積み重ねていく。
今日も青空の下、お客様ファーストという言葉を胸に、業界に新しい風を吹き込もうと日々歩みを止めない。その眼差しはいつもまっすぐだ。
今が最高得点と迷いなく語るその声には、過去の痛みを糧に変えた確かな強さが宿っている。
大川竜木、まだ道半ば。けれどその足取りはこれからも軽やかに、確かに伸び続けていくのだろう。
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