00:01
こんばんは。こんばんは。こんばんは。
屋敷高人です。こんばんは。
あの、屋敷高人ってさ、ひらがなで書くでしょ?
でもこれ漢字で書くと、屋敷ってこういう字を書くんだなーっていうものがね、ありました。
屋敷っていうのは、あの、家の屋敷とかね、そういうことではなくて、
家に、あの、敷とかで敷き詰める、要はあの、舗装の穂っていう字ね。
この辺でね、書く舗装の穂という字で、屋敷というね、ふうに書く身を字でね。
全国の身を字ランキングで言うと、3倍1026位という。
もうこれが一体何位までね、あるのかっていうのがあるんだけど、
全国でね、およそ100人しかね、いないという身を字のようですね。
まあ、かなり珍しい名前ということで、屋敷高人。
屋敷高人は、俺高人のバーとかで好きでよく見てたりしたら、
まあ高人と言えばね、やっぱ好きやねんが、記憶にね、残るところでもあるんだけども、
なんかね、すごいまあ面白いと言ってはあれだけども、彼にとってはね、
まあ大変な状況だったんだけども、
シンコガラシ・モンジュローの主題歌、焼けた道をね、歌うんだけども、
まあこの時に彼がね、旅人役でゲストで出演した。
でもまあその内容がね、惨憺な内容ということで、
ノイドーゼになって、自殺寸前にまでね、追い込まれたということでさ、
まあかなりね、人生最大の汚点だという風にね、後に語り継ぐほどに、
まあどういうね、現場だったのかというのはちょっとわからないんだけども。
でも主題歌を歌って、そのドラマに出て、その後、旅人役でしょ?
まあ言ってしまうと多分そんなにね、キーとなるようなポジションではない、
役所を演じて、それでノイドーゼになって、自殺寸前までに行ってしまうというのはさ、
まあかなりこうセンシティブな感情を持つ人だったりしたんだね。
俺が知っているタカジンって、もうタカジンの場のああいう姿でしかないからさ、
なんか強気な感じの人でね。
03:00
まあただ、その言葉の端々で出てくるようなものが、内面はものすごく優しい人だったなみたいな。
そんなことをね、思いながら見たりしてたなあ。
まあ不意にね、居屋敷タカジン。
ちょうど2024年で10年なんだね。彼が亡くなって、64歳だからさ。
若すぎるよなあ、なまにぎも。
なんかさ、こういう昭和の世代の人たちの合法雷落さというの。
なんかね、こう怒涼がある感じの人たちがね、やっぱりなんなんのこの辺で言って、
今日も渡辺恒雄さんが亡くなられたという報道を受けて、
あの人もまあいろいろね、言われるところはあるし、プロ野球への影響かとかね、いろいろあるんだけども。
でも、まあやっぱり戦後のね、こういう日本を作ってきた一人でもあるからね。
そういう存在がなくなり、またね、時々あのTikTokでさ、
石原慎太郎の言葉とかが切り取られてアップされているものがあるんだけども、
やっぱりなんかちょっとこう、刺さるものがあるよね。
あの石原慎太郎の考え方とか言葉には、ものすごくこう、
当時ね、都知事をやっていた時っていうのは、毎日毎日ね、会計をしてたりもして、
まああんまりそれを見るということはなくてね、
まあただいろいろ要所要所でね、彼がまあやりたいという、そういう言葉を聞いた時に、
バリッと俺は石原慎太郎がこう支持しているようなところがあったりして、
好きだ政治家であり知事であったというね、ものがあるんだけども、
まあなんか今の時代はなかなか言葉がこう、政治家の言葉に重さがないし薄っぺらいことに、
こうね、なってしまってとても、もう何言うんだろうな。
もう何を言ってもさ、信用できないというものがあるでしょう。
でもああいう選挙の時であるとか、メディアに出る時は、綺麗な言葉を並べてさ、
いや何をしますか、何をします、って言ったところでね、実際自分がそういうね、統制をして政治家になると、
下の根も乾かないうちにさ、発言を撤回してみたりとかで、
06:04
ああいうものをもう何十年とだよね、何十年と国民はさ、見てきているわけだよ。
これってさ、もうなんか、どういう関係だろうみたいなものがあるよね。あるでしょうか。
まださ、惚れた弱みであればわかるんだよ。じゃあ自分の好きな彼女がとかね、彼氏が、
まあ毎回小さな嘘であるとか大きな嘘であるとかさ、つくんだけども、
まあそれですごい嫌な思いをしたとしてもさ、まあそれはその惚れた弱みみたいなね、
ものがあるからさ、もう許してしまうというものがあるんだけども、
政治家のああいう嘘っていうものはさ、惚れた弱みではないよね。あるでしょうか。
諦めであるとか、もう嘘前提で政治家に何かを期待はしていないんだけども、
何かを任せなければいけない。要は、ああいう国の仕事ってさ、
俺はなんかすげーめんどくさいことだと思ってしまうんだよね。
まあああいうね、政治家であるとか官僚になりたいという人はさ、
日本を動かしたいとかで日本をつくりたいという、そういう思いがあってなる人もいるだろうし、
最近ものすごい感じるのは政治家になりたいっていうのはさ、
ある種就職先を見つけるような、要は毎月毎月の安定した収入が欲しいがために政治家になるというね、
そういう人がいやものすごい増えたらっていう。
例えば東京であればさ、区議選とかね、ああいう人たちって、
いやその区をね、何とかどうこうしたいというよりも、
それ以前に就職先としてのね、ああいう議員になりたいという、
そういうものの方が思いとしては強いんじゃないかなっていう。
だから信念がもうないというね、ものがあってさ。
まあそういうもので、もう何十年もおびせつけられてきたからさ、
うーん、まあ国民としては政治家に何かを期待するという風なことは、
俺はすかながらず、俺はないな。
いや誰が総理になったからとかで、誰がどこのこの大臣になったからといって、
変わるかって言ったら、変わる感じはしないよね。
俺の中の感覚では、めんどくさいああいう国を司るような仕事を任せているだけ。
まあ誰かがいないと回らないから、
そういう人たちをまあ選ぶだけみたいな、割とそういう感覚がある。
09:02
いわゆるその、期待というよりは押し付け。
嫌なことをやってくださいというね、押し付けで選ぶような、
そういうものがね、あったりするんだよな。
うーん、だから、まあやる方はやる方でね、
様々な思いがあってとかね、あるんだけども、
もうなんかね、言葉が届かないんだよな。
思いも届かなければ言葉も届かないし、
結局形外化した存在でしかないというのかな。
もう形だけ、名前だけあるみたいな。
もう企業でいうところの、なんかね、あの資料室の部長みたいなさ、
そういう感じというのかな。
そういうものが、まああるよな。
やっぱりなんかね、戦後間もなく生き抜いてきた人たちの、
あの生命力の強さとかね、信念のありようとか、
ああいうものはね、やっぱり俺ぐらいの世代と比べてしまうと、
正直ね、敵わないものがある。
だから、まあね、上の世代の人たちが、
こうどんどんどんどん、こういう風になくなっていけば、
世の中が変わるんじゃないかというものはあるんだけども、
でも残された戦後間もなくを知らないとか、
まあそういう人たちが次の時代を作っていくようにはなるんだけども、
なかなかその信念を持っているというものにはね、
どうなんだろうな、
ならない、そういう気がするな。
まあそれはその、まあ中にはいるよとかね、あるかもしれないけども、
でもそういう人を支持する国民側の方にね、
あまりそういうその政治に対しての意識が向かないわけだからさ、
結局、なんか俺のような感覚で嫌なものを押し付けるというようなね、
まあ誰でもいいわみたいなさ、そういう選び方になっていく。
で、まあ最近のこの都知事選であるとか、衆院選であるとか、
ネットの力がというものがあるんだけども、
結局こうネットで動かされる人たちというのは、
なんていうんだろうな、その、
炎上にね、人が湧いてくるのと同じような現象で、
まあネットの中で話題になる、
まあそれはいい連鎖としてね、話題になるという人に、
12:01
投票が集まっていくというものがあるからさ、
割とこういくらでもね、そのネットの中でのいい情報をさ、
捏造するという方法は、まあ比較的容易にできるわけだよね。
要は、炎上をする火種、ああいうものも容易に作れるように、
いい噂というものもさ、まあ容易に捏造ができるわけだよね。
で、それによって政治家で選ばれていくという風になった時にさ、
まあそこに、なんかね、本物としての、
なんか信念や存在が本当にあるのかなっていう、
ハリボテのような感じがして、
これはならないんだよね。
だからネットで話題になっている人に票が集まるというのは、
むしろ、危険であるなと思ってしまう。
まあただこの流れはね、もうこれからより増えていくだろうからさ、
まあネットの中で話題作りをしてとかね、発信をして、
それで票を集めていくという流れになってはくるんだろうし、
まあまたネット投票みたいなものがシステム化されていった先というものはさ、
どうなんだろうな。
ものすごい正回転していって、今のようなわけのわからないネットであふれている、
無像、無像みたいなものがAIであるとか、
優しくシステム的なものであるとか、
振り分けられていく。
本当に正しい情報というか、
正しい情報も難しいよね。
誰をもってして正しいかどうかというのがあるからね。
ただまあ本当の意味で正しい情報というのは、
その情報を受けた一人一人がその情報をもとに考えてね、
答えを出せるというものが突き詰めていくとね、
正しい情報であると思うので、
まあ今のその報道というのはどうしても変更報道であるとか、
加工された報道であったりするからさ、
特に大手メディア、テレビや新聞というものは、
そういうものにあふれていたりもするからさ、
あの情報というのはさ、
ある種その受け取る側が何も考えなくていい、
要はこういう大手新聞が出している情報、テレビ局から出ている情報、
15:00
だから信じてもいいんだというさ、
ものがね、もうずっと何十年も続いてきたりしたからね、
でもそれが何らんど、その情報のブサブサさ、変更さというものがね、
剥がれてきた結果、
まあああいう大手メディアから出てくる情報というものも、
正しくない情報でね、あるんだよね。
だから本当に正しい情報というのは、
これからね、どういうふうに手にしていくかということが重要になるね。
まあ結局受ける側はさ、
都度のつまり何かしらのメディアに触れない限り、
それがテレビであれラジオであれ何であれネットであれ、
結局全てはさ、大なり小なりのメディアなわけだからね、
そのメディアから発信するものを受け取るときに、
果たしてそのね、メディア発信しているものが正しいのか、
正しい情報をちゃんと伝えているのかというね、
ものがあるからな。
まあその見極めをというのはあるんだけども、
まあそもそもね、人がやっているわけだからね。
まあこれがAIがやるようになったとしても、
そのAIを人が結局はコントロールをして、
右寄りにとかね、左寄りにとかね、
まあ作っていくだろうからさ。
結局何かその一つのメディアを信用してという、
偏りがあるわけだよね。
あり続けるわけだから、
まあそういう偏りをなくすためには、
いくつものメディアをね、
串刺しにして読みを受け止めてみて、
自分でやっぱりね、答えを出すということをね、
しない限りは、
まあ正しい情報。
難しいなあ。
正しい情報というものがそもそもないんだろうなあ。
正しい自分の考え。
正しいと思える自分の考えだね。
まあ世の中に何が正しくて、
何が正しくなくてというのは、
まあ一応法律があったりとかね、
倫理的なものがあったりして、
これは正しいとか間違っているとかね、
そういうものはあるんだけども、
ものすごい究極的に考えていくとさ、
いやそもそも法律であるとかね、
倫理観みたいなものっていうのは、
結局人が集団の中で生きるために、
共存する、
そういうためにさ、
まあある種ご都合よく作られたものなわけだよね。
18:03
だからそもそもはそれが全て正しいというふうにさ、
死にきってしまう、
そういうアヤンサボあるもんなあ。
だからやっぱり、
正しいっていうことって難しいね。
突き詰めて考えていくと、
まさに前にもね、ちょっと話したことがあるんだけど、
中井圭一がさ、
役者をやっていて、
まあ一人で演技をするときに、
悪役というのはもう簡単に演じることができるっていうね、
話をしているんだね。
要は一人演技をしたときでも、
まあ悪部で言えばね、
例えばなんかね、
煙草を吹かして、
それをこうね、
床に投げつけて、
足で踏みつけて消しながらさ、
ちょっと汚い言葉でも言えばさ、
まあなんか、
悪というものはね、
演じることができるんだけど、
でも正義をね、
一人演技で演じることはさ、
できないっていう、
そういうことを言っているんだね。
結局こう一人演技で正義を演じるっていうと、
確かにそう言われるとさ、
何をもってして正義をね、
一人演技で演じるかっていうと、
俺も思いつかないもんね。
なんかその、いい人とかさ、
礼儀正しい人とかね、
そういうものはできるかもしれないよ。
でも正義を一人演技で演じるっていうのは、
できない。
それは悪がいないからなんだね。
正義っていうのは悪がいて、
初めて成り立つね、
ものなんですよねっていう話をしていてさ、
だからこういうふうに、
正義とかで正しいことっていうのは、
悪があるから正義が成り立つ、
正しいことが存在するというだけであって、
そんなこともさ、丸めて考えていくとね、
正義とか正しいって、
本当に難しいことなんだなって思うんだな。
ただなんかやっぱり唯一正しいなと思えるのは、
大切な家族であるとか大切な人がね、
なんか悲しんでいたりとか苦しんでいたりとか、
そういうことがないように、
淡々とした日常を送れる行為であるとか、
21:05
行動であるとか思いであるとか、
少なからずそういうことが正しいっていうふうにね、
思えるのかもしれないなっていうことは思うかな。
ちょっとね、まとまりがないんだけども、
あとさ、ふとね思ったことがあって、
結局歴史に残っていることって、
怒りによる行動であるとか、
ものすごい崩れ落ちるほどの悲しみであるとかね、
結局そういうことしか歴史には残っていないんだなっていうことなんだよね。
その淡々とした日常っていうのは、
残っているものはあるかもしれないんだけども、
でも歴史の教科書であるとか、
ああいうものに様々残っていること柄っていうのは、
大きな怒りと大きな悲しみと、
そういう出来事しか歴史には残っていなかったりもしてね。
結局なんか人が生きてきた歴史を刻む時のこと柄というものはさ、
そういうものでしかないんだなって思うとね、
すごい日常の平穏な日々というものはさ、
本当にその人が生きている間にしか体験できない、味わえない、
大事な、大事なというか、
要はその本人しか体験できないことなんだなって思って、
だって今俺がこういうふうに話しているものは、
100年後にはさ、何かこの令和のね、何年今?5年?6年?
それすらも怪しいというものであって、
この12月19日というこの日常はさ、残っていないわけだよね。
でもこの日常は確実であってさ、
俺だけはこう体験している、堪能しているというものがあるでしょう。
でもこれがもし俺がものすごいなんか世の中の人をさ、
驚かせるような事件を起こすであるとか、
俺がものすごい有名人で突然いなくなってしまう、
そういうものがあったとしたら、
もしかしたら100年後にも残っているかもしれないよね。
だからそういう歴史に残るということはさ、
24:04
日常の平凡な時間というものはさ、
あまりにもね、儚すぎるというか儚いという言葉も合わないような、
本当に消えてなくなるだけの時間というのかな。
そんなことをね、思ったりするんだよな。
なんでこんなややこしい話になったんだろう。
全ては屋敷高人がいけないな。
まさかパッと思いついたら屋敷高人からさ、
こういうようなその本当に正しいことっていうのは何なのかとかね、
歴史に残ることっていうのはどういうことしか残っていないのかっていうのをさ、
考えるに至るまでになるとはね、思わなかったな。
これがなんか自分自身は悪いところでもあり、
いいところでもあるなっていうふうに思うんだね。
いつもこう配信をするときって、
最初の話題ぐらいはなんかこんな話をしようっていうね、
ものがあるんだけども、でもこう録音ボタンを押して、
例えば今日であれば屋敷高人ですって言った途端に、
もう屋敷高人から派生していく話題になっていってしまうんだよね。
最初に話したいと思ったことではないんだよ。
今日はさ、本当はなんか話したかったのが、
ベイブーの話をしたかったの。
電子煙草みたいなさ、ああいうものがあって、
俺ベイブーさ、一時期すげーハマってさ、
電子煙草は全然興味がなかったりしたんだけど、
ベイブーはね、面白いなと思って、
その話をしたいと思ったんだけど、
屋敷高人って言った途端にさ、
屋敷高人から派生する話題になっていくっていうのが、
自分自身はね、毎回収録をして、
今日はどういう話になっていくのかなっていうのがね、
自分自身でも楽しみでもあったりしてね。
まあこれは悪いね、まあ癖でもあるし、
逆になんか話している自分としてはね、
結構いうふうに、どういうふうに話がね、流れていくのかっていうのが楽しいというね、
ものもあったりするんだよね。
あとさ、まあ言葉で言うとさ、
言葉って本当にどこまで信用できるのかなっていうものがあるよね。
例えばさ、言葉を言っているんだけど、
27:00
その言葉が自分の本心ではないことって、
ものすごいいっぱいあるでしょ。
例えば男の俺なんかで言うと、
じゃあ彼女にね、ごめんねっていうふうに言う時がある。
でもそのごめんねっていうのはさ、
めんどくさくなるのはね、嫌だから、
だからごめんねっていうことがあるんだよ。
あるというか、むしろ多いんだよ。
もうなんかとりあえずごめんねって言っておかないと、
またギャンギャンギャンギャン言ってくるなとかね、
またなんかね、過去のことをさ、引っ張り出されてね、
やいのやいのみたいにことになるんであれば、
まあその場をね、収めるために心にはない思いだとしても、
とりあえずさ、ごめんねっていうことはある。
こういうことってさ、もう反省しているわけじゃん。
心の中ではさ、全然ごめんねっていう思いがないんだよ。
めんどくさいからごめんねというだけであって、
ものすごい都合がいいんだよね。
だからこの言葉もね、本当に正しい言葉、正しいというか、
本当にその人の本心を言っている言葉かどうかっていうのは見極められないし、
なんならその言葉を吐いているその人自身もね、
本当にその言葉がその人の言葉かどうかっていうことはさ、
わからないんじゃなくてよ、なんて思うんだよね。
ある種こう脳がそういう状況をね、
あんが見て反射的に出ている言葉かもしれないわけじゃん。
というかむしろ言葉というものはそういうものにあるんじゃないかなって思うんだね。
結局コミュニケーションをとるためにこういう言葉がね、
進化してきたというものがあるわけだからさ、
なんかその本心を言ってしまうとどうしてもそのコミュニケーションが取れないとかね、
そういうことがあるから結局口にしている言葉っていうのは、
お互いに共存していくために必要としているものをね、
音にして言葉にしてというだけであって、
本当のその人の思いよっていうのはさ、
いやなかなか数少ないんじゃないかなーって思ったりしたね。
だからさ、あの男のごめんねはさ、もう面倒くさいから言っている。
ただその一方で男の言うありがとうは、
本当にね感謝しているっていうものがあるよね。
これありがとうっていう時って本当にね感謝してるんだよね。
30:01
さっきのごめんねはもう面倒くさいからとりあえずごめんねっていう風にね、
言うことが多い。
でもありがとうっていうのは本当に何か誰かがしてくれたら
ありがとうって本当にこう感謝の意味でね、
使ってたりもするし、
本当に俺はこの自分自身ので体になるよりもありがとうっていうね、
思いがすごい強いんだよね。
なんか健康でいてくれてとかね忙しい時でも乗り切ってくれて、
いやありがとうみたいな、
そういう思いが俺は自分自身の体にものすごい、
割とね頻繁にこう声をかけるというものがあって、
本当に感謝している時にありがとうということはね、寝る。
その一方、女のごめんね。
で、俺ね、女の人で言うごめんねは割と本心からごめんねっていう風に言っているんじゃないかなって思うんだけど、
青いかな。青いのかな。
で、まあそういう風に覚えたいっていう希望でもあるかもしれないな。
女の人の言うごめんねもまあめんどくさいからね、ごめんねって言ってるのかもしれないんだけど、
でも少なからず男が言うごめんねよりはもうちょい本当に相手に悪いなという思いがね、
込められているんじゃないかなって思うんだけど、
ダメ?
そんな甘ちょろいことを言っていてはダメかな。
でもそんな風にさ、まあ思いたいし思ってたりするんだよね。
で、一方、女の人のありがとう、これは体裁なんじゃないかなって思うんだけども、
敵に回してしまいましたが、女性を。
なんだろうな。まあこれは俺の周りにいた女の人たちがそういう感じの人が多かったからという、
まあ狭いね、エビデンスでしかないんだけどね。
俺はなんかそんなことを割と感じてたりするんだよな。
だから男のごめんねはめんどくさくて言っている。
男のありがとうは本気で言っている。
女のごめんねは俺も本当に言っている。
で、女のありがとうは体裁で言っている。
というね、感じがね、してます。
甘いですか?青いですか?
本当に敵に回してしまいましたが。
でもまあいずれにしても、なんかね、
言葉って難しいっていうふうにさ、一言でくるめてしまうのはね、
33:07
ちょっと安易すぎるなというものはあるんだけども、
まあ難しいよね。本心と言葉。
それにはね、必ず一対ではないというさ、ものがあるよ。
大変だわ。こんなことばっかりさ、毎日毎日真剣に考えていたら、
剥げちゃうわ。本当に剥げちゃう。
まあちょっとね、だいぶまとまりがないね、
今日の話になってしまいましたが。
あのね、ベイプはね、
俺が一番好きなリキッドは、
3つあって、1つがアップル。
リンゴ味のね、ベイプ。
あれが良かった。
一番好きだったのが、コーヒーのベイプが一番良かったな。
なんか食後とかでさ、コーヒー飲むじゃん。
ブラックのコーヒー飲みながら、コーヒーフレーバーのベイプをすると、
すごいコーヒーの味が、カビをもってね、美味しくなるんだよね。
それがすごい一時期ハマって、よくね、やっていた。
3つ目がね、イチゴのミルキーとかさ、
ああいうものがあったじゃん。
あのイチゴ味のミルキーフレーバー。
あれがね、すごい良かった。
もう口寂しい時、
なんかね、パソコンで仕事をしている時に、
あのイチゴのベイプを吸っていると、
もうなんか幸せな気持ちになれるんだよ。
ずっとイチゴの甘い味を反応しているみたいなものがあって、
好きだったりしたね。
自分でコイルを巻いたりとか、
名称忘れた、
綿みたいなリキッドを吸い上げるものがあるんだけど、
あれも色々、長さとか柔らかさとか素材とか選んで、
吸い上げる力が違うからさ、
色々ね、自分でカスタマイズしたり、
また電圧を上げるとさ、煙がすげー出るんだよ。
であれでね、色々遊んだりとかして、
決して悪くないよ、ベイプって。
ニコチンが入っているリキッドがあったりとか、
ちょっとドラッグ的なリキッドもあったりして、
日本ではそういうものが一応買えないからね。
使ったことはないんだけども、
俺はもうベイプ専門のショップであるとか、
アマゾンであるとか、
ああいうところで買えるものしかやっていないから、
決して違法のものではないんだけども。
でもね、ベイプを止めたのは、
ちょうどすげー羽ばっている時に、
アメリカで報道があってさ、
36:01
ベイプが爆発したっていうので報道があったの。
ベイプって結局バッテリーを積んで電圧を上げたりすると、
よりさっきも言ったように煙が出やすいとかね、
そういうものがあったりして、
本当に好きな人って色々カスタマイズしていくんだよね。
あとやっぱりベイプって中華性が多いから、
そのチャイナクオリティみたいなものもあったりして、
爆発するっていう事件が一時期頻発したんだよね。
それでちょっと怖くなってしまったね。
ベイプを止めたっていうのと、
あともう一つがね、これがすげー大きな理由にあったんだけど、
車に乗りながらさ、ベイプをよく吸っていたりしたんだよね。
そしたら、やっぱり誰だったかな、
ラッパーの人が自分の飴屋か何かでベイプをね、
パクパクパクパク吸っていると、
そうすると、もう車の中がベトベトになるんだよっていう。
フロントガラスもそうだし、天井もそうなんだけども、
ベイプの煙でベトベトに車内がなっていて大変なんだよっていう話をしていて、
いや確かにね、ベイプって結局、
ああいうリキッド液状のものを蒸気、水蒸気のようにして、
煙にして出しているにしかすぎないからさ、
リキッドがもともとベタついているリキッドであれば、
それが単純に細かい水蒸気になって煙となって、
ブワーって出ている。それをパソコンの前で吸っていたら、
パソコンのファンとかさ、キーボードとかさ、
モニターの隙間とかから入っていってさ、
ベトベトになるよなと思って。
それからね、車で吸うのもやめたし、
パソコンの前で吸うこともやめたりして、
結局タバコと一緒だね。タバコ吸っている人のパソコンとかさ、
車ってもう大変じゃん、槍が。
あれともう全く一緒。
もうそういう風にね、車内がベトベトになるとかね、
そういう話を聞いてね、すっぱりやめてしまいましたね。
あれどうするんだろう。
ベイプのさ、あれだけ、
いっぱいあるもん。30個ぐらいあるよ。うちに。
だから一時期なんかね、ベイプすげー流行ったりしたんだけど、
今どうなんだろう。
一時期俺がハマっていた時よりも下見になってたりするのかな。
本当にね、ベイプって安全であればね、
面白いんだよね。いろいろ自分でカスタマイズできるというものがあったりしたからね。
まあ少しばかりベイプの話ができて、
今日もともと話したいなと思ってたことが果たせたので、
余は満足じゃ。ということで、おやすみなさい。