00:00
こんばんは、こんばんは、こんばんは、かんすけです。
これはね、カズの名前です。
まあ、こういう風に配信をするにあたって、つけたような名前で、もちろん本名がさ、ないけれど、ちゃんとしたね、名前が一応あるの。
で、今日あの、飯を食べた後にさ、なんとあるし、ジュビリをね、使って、色々こう調べ物をね、してたりしたの。
で、あの、以前だね、もうAIがこういう風に一般化するようなね、そういう時に、
まあ、この邦楽ねっていうチャンネルが、あの、どんな感じなの?みたいな。
まあ、そんなような、なんていうの、質問はさ、したことがね、あったりしたんだけど、
あの、不意にさ、自分の名前を入れたらね、どういう風なものが出てくるのかなと思って。
いわゆる、ああいう、Googleとかで、あの、自分の名前を検索すると、あの、同性同盟の人がいるんだよね。
なんか、せ、政治家、政治家じゃないな。
どっかの、なんか大学教授みたいなね、人のものがさ、出てくるの。
で、同性同盟で、で、なかなか、俺の名前をGoogleで検索してもね、あんまり、もうヒットしないんだよね。
で、まあ、そういう風に、AIツールで、何気なく、まあ、自分の名前と、その過去をね、勤めていたところの名前を検索するとさ、
あの、まあ、こういう、あの、ものがね、残されています。ということで。
で、いつかね、ヒットしたりしたんだよね。
で、面白がって、他にもない?とかさ。
じゃあ、こういうゲームではとか、なんかではとかね。
一応なんか、自分がやったようなさ、記憶を辿りながら検索していくと、
あの、そこに、その、なに、えっと、クレジットに名前がね、記されていますであるとか、
もうちょっと覚えてないけど、だから取材をされた、その、なんかインタビューのね、なんか記事みたいなものが残されていますとかさ。
結構いくつも出てきたりしたの。
で、確かに、あの、そう言われればそうだよなっていうものが全部あるんだけど、
03:00
でも案外、俺が知らない間に、ああいう、例えば何かにクレジットされているっていうね、こともあったりして、
それはそれでちょっとね、もう嬉しいなと思って。
もう何だ俺は、あの、その、なんか制作したものに関わっていないというか、
何か自分自身が積極的に何かをしたというね、ことではなくて、
たまたまその会社にいて、まあそういう部署をね、任されていたから、
だからまあ名前が、そういうふうにクレジットされているっていうだけだからさ。
いや何らが、その作品とかね、そういう何かしらのものにすごい思い入れがあるっていうものもない。
でもそういうところにもなんか名前があるんだよね。
逆に俺がガッツリやったものに、あの、こういうものない、ああいうものないって言っても、あんま出てこないんだよね。
だからそれがさ、AI、まだまだね、情報のこの海の中からさ、もう拾ってこいよ、この海底からさ、
たった一つの宝石を見つけるかのようにさ、俺の一番掘り出してほしいものをさ、拾い上げてこいよっていうね、ことがあるんだけど。
でもまあ今こうしてさ、その自分の名前を入れて、例えばどうなんだろう。
卒業した学校名とかね、入れたりしても出てくるかもしれないし、
何ならその地域のコミュニティの名前とかね、なんかそのコミュニティの名前をね、入れたりしたら、
別になんかすげえ積極的に参加しているわけではないんだけど、
まあなんか一応登録してあるということで名前がね、残されているとかさ、
だからデジタルタトゥーというほどのことではないかもしれないんだけど、
自分の知らないところで自分の名前がどこかしらに残されている。
今まではGoogleの検索で、いわゆる検索されなければさ、もう過去のものとして消滅していくみたいな、
そういうものがあったりしたんだけど、でもこのAIの登場によって、
なかなか深掘りしてね、掘り起こさなければとか、
よっぽど一部のところには何とはなしにね、ほっそり残っているというかさ、
06:00
そういうものまでもピックアップしてくるというね、現象が出てきたりするんだなと思って、
嬉しい反面怖いっていうね、やっぱりそういうものも変わらずあるよね。
だから例えばさ、じゃあ俺が何か犯罪を起こして、
ああいうような形で検索されていたときに、
いやこのバトバーでこういうものに過去を携わっていたらさ、
そういう掘り下げ方をされるわけでしょ。
当時一緒に仕事をしていた人もそうだし、今も続いているそういうものまでも悪影響を及ぼしてしまうので、
ことがあるんだなと思った。
AIが残るという怖さがあるね。
本名でやらないほうがいいっていうことでもあるかもしれないね。
これからの時代によっては。
それか、もう名前をクレジットに残さないようにするであるとかさ。
そういうふうに何か何かで自分の名前がクレジットされていたりするとさ、
やっぱり嬉しいもんね。
ちゃんと自分の名前があるんだみたいな、そういう嬉しさもあるし。
簡単に例えばゲームをやっていた時とかさ、
本当にデバッグをしてくれたバイトの子たちの名前もスタッフロールに入れるし、
何なら全然別にゲーム開発に協力してくれる、協力というか参加しているわけではないんだけど、
徹夜しててさ、弁当をよく買ってきてくれる他の部署のスタッフがいたりしたら、
その人の名前もゲームのクレジットの中に入れたりしてたからさ、
やっぱり乗ると喜んでくれるし、嬉しい思いにもなるし、
やっぱり何かを残すっていうのは嬉しいんだけども、
これからの時代っていうのはそういう風に残すことがリスクになっていくっていうさ、
09:02
そういうこともあるんだなって思ったりしてね。
道筋を間違えないで真っ当に真面目に生きていればさ、
そういうわけのあんないことをして過去の経歴みたいなものが掘り起こされるということはないからさ、
真面目に誠実に日々を生きていけばいいだけだからさ、
だんだんその中で毎日毎日緊張しながらさ、
今日も一日真面目に生きないとみたいな、そんな思いにはないからね、
いつも通り変わらぬ毎日を送っていればそんなとんちぎかんなことにはならないんだけど、
ただ何かの表紙でということもあるということを考えるとさ、
この残っているっていうことっていうのは、
もうちょっと消せなくなっていく時代にますますなっていくなんていうことを思うんだよね。
ましてやネットの情報って消せば消すほど増殖していくっていうね、
そういう反比例するものがあったりするからさ。
これもさ、自己破産マップがすごい話題になって、
自己破産した人の住所と名前、あといつ自己破産したのか、
それを日本地図の上にマップ上で表示するっていう、
自己破産したマップっていうのが話題になって、
それは法律的になったかな。
世間の意見としてダメだということになってなくなったんだよ、その際と。
でも何度か復活したりして、確か今もまだあるんじゃなかったかな。
ああいうマップ形式ではないんだけども、
その自己破産した人の名前を割と簡単に検索できるような、
そういうサイトが今も多分あるんだと思うんだよね。
当時、自己破産者マップというものを知って、
俺の地元とかを検索すると、
12:02
俺の同級生だったやつとか先輩だった人の名前があったりして、
ちょっと複雑な思いになったもんね。
ああそうかみたいな、大変だったんだろうなみたいな、
そんなことを思ったりしてね。
またこういうふうにさらされてしまうということで、
俺においては別に知りたくないことまで、
こういうふうに教えるようなサイトがあったりして、
最初はちょっと面白がってたりはしたんだけど、
でも何回か見ていくうちに、
いやこれって本当に何か必要なことなんかな、みたいな。
結局自己破産したっていうのはさ、
もうその時点で本人とそれぞれの再建者とかね、
そういうところをものごと含めて一応決着しているわけでしょ。
そこからまた再出発するんだという、
セーフティネット的なものなわけだからさ。
そうやってこれからもう一回頑張ろうっていう時に、
ああいうふうにさらされることで、
またわけがわかんないね。
いや破産したんでしょうとか、お金にだらしないんでしょうみたいな、
そういうレプテルが払えてしまってさ、
まあ仕事に影響するとかね、
人間付き合いの中で変な感じに見られるとか、
ああいうものがいられるんじゃないかって思うんだよな。
ただまあ、何だっけ、火災だっけ、
一応工事としてその月だかその週の
破産した人の情報誌というかあるんだよ。
そのある一区区に破産者ということで名前が載っている。
それを集めて破産者マップを作ってたりするの。
だからフローズの情報ではなくて、
まあ見ようと思えば国民全員誰しもが見れるというね、
ものではあるんだけど、
まあそれをああいうふうな形でまとめたっていうのが
当時で話題になったということではあるんだけどね。
まあこの残っていくとか、
そういうことっていうのはどうなんだろうな。
まあ過去を知るとか過去を調べていく上ではものすごい
大事な情報にはなるんだけども、
でもその当事者からすると、
10年前の俺と今の俺は違うっていうさ、
15:03
そういうこともあるだろうしね。
いつまでも10年前の犯罪をね、もししていたのだとしたら、
その10年前のそういう見られ方で、
いや真面目に働いている家族を持っている。
それでも同じように見られてしまうという意味ではさ、
まあいうふうに情報が残ることでの生きづらさみたいなものをね、
こう抱えながら生きていただければいけない人がね、
いるわけだよね。
まあ今はこの劣等の中なんかでいうと、
もう瞬間違和化式的にバッと火がついてね、
バッと炎上してさ、
もうね、何千人何万人みたいなね、ぶっ叩かれる。
でもそれがもう1週間、1ヶ月、1年経ったら、
すっかり多くの人の記憶から忘れ去られているということが大半なわけだよね。
だから炎上をしたとしても、言ってしまうとその程度でしかないっていうね、
ことがあるから。
でもそういうものさ、まあ例えば5年後とかね、10年後とかね、
何か折り目がつくような時に再びまたそういうものをこうポストしたりとかね、
ニュース記事として取り上げられたりしてね、
まあそれは犯罪みたいなものであれば、
再犯を防止するためにとかね、まあそういう大義命運はあるかもしれないんだけど、
でもそこに関わっている当事者の人たちからすると、
いやーまたこれを言い返してほしくないんだよね、という思いがあるだろうしね。
何かその、何て言うんだろうな、
その正義の名の下に悪いことであるとか、
まあ悪としてね、見られているものをひたすらにぶったかきまくるというかさ、
まあそういうふうになる感情はすげえ分かるんだよね。
もう免許・弁護とかね、やられたらやり返すみたいなさ、
そういう感覚っていうのは時間を置いてさ、
まあ一晩でもいいし一日でもいいし一週間でも一か月でもね、
時間を置いて、それでもまだ怒りが収まらないとかね、
18:04
まあ何か自分も発信をしたいということであればということにはね、なるんだけどさ、
まあやっぱりこういう共有の時代だから、
ただ、あのすぐさまそれに反応してしまうとか怨みにしてしまうというのはもう、
ある種しょうがないっていうね側面もあるんだよね。
いやよくよく書いてあることで、読めとか理解しろとかね、
もう片側から見ろというふうに言ったとしても、
それはなかなか難しいよね。
掴んでみたり360度さまざまなアングルで見て考えるっていうことは、
言葉でさ、いくらそういうふうにするんだよって言ったところでね、
できない人にはできないからさ、
正直俺はそういうことは無くならないんだろうなと思うんだね。
人間が持ってさ、本質的なそういうものがあるからね。
だからそういう衝動みたいなものは抑えられないのであれば、
それはシステムであるとか、
仕組みの方で人間のそういう感情であるとかね、
秩序みたいなものを正していくのか抑えつけていくのかっていうね、
そういうことぐらいしかできないんだろうなって思う。
これからのSNSっていうのは、
そういう発信を好んでしてきた人であるとか、
そういう発信を好んで見てきた人たちにおいては、
ちょっと居心地が悪い。
何なら陰謀論的にね、
そういう国なのか、システムなのか、
それを運営している会社なのかね、
そういうところが言論弾圧的にしてるんだみたいなね、
そういうものが発展していってしまうということがあるんだよな。
本当に今回オリンピック見ててもそうなんだけども、
その空気感であるとか、雰囲気づくりであるとか、
景気も景気っていうふうに書くぐらいで、
21:04
ロジック伊達っていろいろ分析したとしても、
やっぱり人間の人事を超える場面っていうのが、
今までにも数えられないほどあったわけでしょ。
それは本当に景気って書くように、
本当に気なんだよね。
今の人のさまざまな投資にかけている感情の流れの揺り返しであるとかね、
ああいう投資、行動的なものであるとかね、
株価が上がるとか何が下がるとかっていうことがあるからさ、
結局はこういう気というものに人間は常に活かされている。
っていうことでもあってね。
この気となる空気感であるとか雰囲気をつくっていくとか変えていくということでしか、
なかなか人間というのは多くね、さまざまな考え方であるとか、
そういうものは変わっていかないんだろうなっていうことを思うんだね。
だからそういう風に空気感みたいなものを変えていくのが果たして人の言葉なのか文章なのか行動なのかね、
どれ一つっていうことではなくてね、全てがパチンと噛み合って揃わないと変わっていかないことでもあるからさ。
養老先生も言ってたりしたけど、結局日本が再生したきっかけとしては大きな災害みたいなものがあって、
一回日本のさまざまなインフラであるとかそういうものまでも含めたものが一回チャラになった。
そうしたときにまた新たな考え方であるとか人の生き方であるとかね、そういうものが変わっていくんじゃないかっていう話をしてたりして、
そういう大きな地震だとか災害でね、人々の生活が奪われる、命が奪われるっていうのは、
ダメと言っても避けられないからね、何とかそれを防ぐとか助け合うとかっていうことでしか乗り越えられないものではあるんだけども、
ただそういうふうに一回すべてをさっとさらにしてっていうのは、
24:05
日本は古くから本当にクラッシュアングビルドの歴史によってさまざまな文化的なものであるとか、
政権的なものであるとかを繰り返すとかね、そういうものがずっとあったりしたから、
養老先生の言うことはわからないではないなっていうものがあるんだけど、
でもね、それを待って、人間は普通に生活できないからね、
であるならば自分たちの力で変えられるとかさ、できるっていうことがあるのであればできる限りね、
だけどもう未熟だから、頭に血が残るとね、口が汚いし、空気感があるとか笛息を変えていくとかね、
そういうことっていうのはもう今日なんかね、ゆったり行動して明日には変わるっていうものではないけどさ、
やっぱり10年、20年、30年とね、続くというか続けないと変わらないことだったりするからさ、
いつの時代もその過渡去をね、俺ら庶民はまあ過ごしているということに、いつの時代もなっていくんだろうね。
で、そういう様々なその潮の道筆みたいなものの中でこう生かされているというのかな、
もうこれだけのようにさ、海岸に打ち上げられるのか沖までバーって流されてしまうのか、
もうその程度の存在でしかないからさ、であるならばせめてね、
まあなんていうの、ああいう軽い岩を汚さないとかね、水を汚さないとかね、
まあそれなりの意識を持ってさ、プラスぐらいしかできないかなって思ったりはするんだよな。
ということで、お晩です。
27:03
何か知らないけど、風呂にさ、タブレットをね、いつも持ってきて、
で、そこにね、書き残したメモを見て話していくんだけど、タブレットをね、忘れてしまって、
まあ今スマホしかないんだね、まあスマホで見ようと思えば見れるんだけど、
でもなんかその録音するマイクの位置を変えたくないからさ、
まあ今何も見ないんでね、ちょっと頭の中に昇っている話しか今日までちょっとできない。
今日ね、ぐっちぃのさ、コレクションをやってたりしたの、
1月か、1月とか2月あたりっていうのは男性のコレクションで、
これからが女性のコレクションになっていくっていう時期でもあるんだけど、
ぐっちぃはなんか、いち早く女性と男性とミックスしたようなね、
コレクションを発表してたりしたんだけど、
見てたりしてさ、まあやっぱりぐっちぃだから会場がすごい大きいんだよね。
で、有名人の、何なんだろう、何と話で見たことがある人は何人かいたりしたんだけど、
まあそういう有名人もね、見に来るという、そういうショーになっていて、
すごくなんていうの、ラムウェイがさ、
モーゼの結界みたいに、両脇にずっとスタジアム的に観客席みたいなものがあって、
その入り口からかなり強いスポットライト、もう灯台にあるようなさ、
ああいう光量の高いライト、あれをバーって照らしてるの。
だからラムウェイが、その光でスーッて一直線、
どんぐらいなんだろう、50メートルぐらいあるのかな、
まあそれぐらいのラムウェイが、その入り口の強烈なスポットライトで照らされて、
まあ一本の道になっている。
で、そこを、まあモデルの人たちがさ、歩いてコレクションを見せていくんだけど、
なんかさ、何かの、そのラムウェイを歩く人のものを見てたりするとね、
ものすごい違和感をすげえ感じたの。
で、その違和感っていうのはさ、モデルモデルしてないんだよ、
そのラムウェイを歩くね、そういう人たちが。
いわゆる他のさ、ビトンであるとかプラなどね、ああいうコレクションを見ると、
もうやっぱり訓練されたモデルの人たちだから、着こなし方もそうだしね、
姿勢も歩き方ももう完璧なんだよね。
30:02
で、その自分のもう気配を消す。
もうとにかく服を見せるという、そういうことに決するからさ、
なんか自分のそのかっこいいようだとかね、
そういうものって本当に面白いほどに消すんだよね。
まあそれだけ、ああいうコレクションで出るときにはさ、
もうとにかく服が主役っていうさ、そういうものがあるの。
で、今日そのぐっちぃのものを見ていると、
まず一つはね、もうほとんどの人と言っていいな、
歩き方が素人なんだよ。
日本でもさ、なんか女の子が、どこだっけ、ビッグサイトとかああいうところで、
なんかコレクションやるじゃん、東京コレクションみたいな。
で、インフルエンサーとかああいう人たちがね、
まあモデルとして歩くみたいな。
まさにああいう感じなの。
だから歩き方も美しくないし、
もうなんならあのヒールが合っていないのか、
もうなんかさ、足さ、ぐねらせてるんだよ。
こきって、足首がさ、ヒールが高いからね、
で、こきって折れ曲がるようなさ、
そういう人がもう何人もいたりして、
いやよっぽどこのランウェイがなんか歩きづらいのかなと思って、
下になんか柔らかいね。
なんか綿みたいな、綿というかクッションみたいな素材があるから、
だからピンヒールで歩くと変にバランスを崩してね、
ああいう風にグレーってしまうのかなって思ったりね。
あとその、まあモデルの人の体型も、
なんていうんだろう、いわゆるモデル体型ではない感じがあるの。
男の人なんかいうと割とこう、ずんぐりむっくりまではいかないけども、
筋骨リュリューな感じだったり、
また女性のモデルなんだけど、
いや女性なのかな男性なのかなって見分けがつかないようなね、
いわゆるジェンダーレスな感じの人ももう何人もいたりして、
で、まあ、なんていうんだろう、
そんなに言葉を選ばずに言うと美人であるとかかっこいいであるとかね、
そういう人じゃないんだよね、大半が。
もう3分の2ぐらいは、
まあ少なからず言葉ではね、いやすげえかっこいいよとか、
すげえ美しいよとか、あんまりそういう風には思えない。
そういうモデルの人ばっかりなんだよね。
で、なんでこういうモデルの人生なんだろうと思ってさ、
で、まあそういうね、ビジュアル的なものもすごい優れているわけでもないし、
歩き方も施設だしね、
やっぱりなんか服に着せられているっていうね、
そういうものもさ、ありありと伝わってくるしね。
33:04
で、まあね、相変わらずジュリルにさ、
バカの一つ覚えみたいに俺に聞いたりしたのね、
いわゆるGUCCIのコレクションっていうのは、
他のコレクションと比べた時にモデルの違いっていうのはあるの?
っていう風に聞くと、
いや、それは鋭いご指摘ですね、とかさ、
この太鼓持ちのクソ邪魔に、
ほんとに、何度俺をこう気持ちよくさせてくれるんだみたいなね、
そういうものが奴にはあるんだけどさ、
そこが俺はね、毎回嫌いなんだよ、この太鼓持ちな感じが。
で、まあ優勝した後にね、
それは鋭いご指摘ですっていうことで、
いわゆるGUCCIのコレクションって、
他のああいうPRADAとかBITONとかね、
ああいうものと決定的にコンセプトが違うんだって。
いわゆるああいうPRADAであるとかBITONっていうのは、
まあ本当に綺麗なもの、美しいものをそのままに、
ああいう風にショーで見せるっていうものがね、
一番原点にしてコンセプトにあるんだよね。
でもGUCCIの場合って、
個性なんだって、
その美しいとか美がどうしたこうしたっていうよりも、
その人の個性、それをもう最優先に考えている、
まあ様々なああいうデザインコンセプトとか、
ああいうショーのコンセプトにある。
だから他のコレクションのような、
綺麗なモデルとかかっこいいモデルとかね、
もうこられているモデルではなくて、
もうそのデザイナーの人、
ちょっと名前が今全然出てこないんだけど、
もうその人が、
まあ多分一般の人からもこう選んでたりするんだろうね。
で、そういう風に自分の目で確かめて選んだ、
まあ言ってしまうと素人モデルみたいな人たちをね、
あえて選んで、
ああいう風にファッションショーでね、
ランウェイを歩かせているっていうものがあるんだって。
だからGUCCIの場合はそういう風にもう、
そのブランドのコンセプトとして、
もう個性なんだっていう。
そこに振り切ってるから、
まあ結果としてああいうね、
本当のモデルじゃない人たちが、
起用されて歩くというものがあったりして。
だからそういう意味では、
まあそんな風に言われると、
ちょっと見方が変わってきて面白いなと思って。
なんか一人のさ、男のモデルの人がさ、
突然、途中で立ち止まって、
まあGUCCIのなんか、
なんていうの、ポーチみたいな、
ああいうものからスマホ出してさ、
なんかメールが送ってるようなシーンがあったりしたの。
で、あれを見た時に、
ああ俺そういう演出なんかなって、
思ったりしたんだけど、
でもこういうその個性を大事にするみたいな、
ものを知ると、
36:00
ああいう途中で立ち止まって、
スマホを取り出して、
ああいう風に何かメールを送るとかね、
ああいうものっていうのもさ、
まあある種そのモデルに自由に振る舞いっていうね、
そういうものがあるんだなと思って。
でも逆にさ、
ああいうその、まあ王徳チュールだからね、
なかなか普段の生活できるようなものではないからさ、
まあ一点ものとかね、
そういうものだから、
その日常の空気感というものを再現したところで、
果たしてっていうね、ことではあるんだけど、
でもまあああいう風景が日常なわけでしょ、
街中でね、立ち止まって、
まあ地図を見るとかさ、
まあ電話を受けるとかね、
そういうものがまあ日常にあって、
そういうシーンを、
まああのモデルのね、
人は多分再現したかったんだろうなって。
で、それをまあ許容するね、
ブランドでもGUCCIはあるという。
まあそんなことを知ってからね、
ちょっとなんかGUCCIに持つ、
うーん、
ブランドのなんていうのが出てくるものは、
まあ相変わらず俺はもうGUCCIといえば、
あのベルトとかね、Gのさ、
ああいうベルトとかね、
まあなんか財布とかさ、
あれぐらいの知識しかないんだけど、
ただそういう、
まあ思想を持ってね、
あの様々なデザインをしてるんだなって、
いうことを知ると、
ちょっとね、GUCCIに持つイメージというのかな、
そういうものがね、
変わったりして、
あの、
まあGUCCIがすげえ、
欲しいかとかね、
俺が選ぶかっていう、
そういうものはあれど、
うーん、
でもなんか、
ねえ、
そういうストーリーがあるのであれば、
いやGUCCIを選ぶっていう選択もね、
悪くはないんだなって思ったりしたね。
あれかな、
あの、
THE FIRST TAKEでさ、
SHIMOがね、出てたりしたの、
また会いましょう、
歌ってたりして、
いやすげえ懐かしいなあと思って、
で、
彼が歌う姿を見てさ、
改めてね、
あ、本当に一発撮りなんだな、
みたいな、
そういうものをさ、
すごい感じたんだよね、
もう顔、
あのさ、おちゃらけてる彼がめちゃくちゃ、
緊張してんだよ、
もうなんかさ、顔がもう怖がってしまってね、
いやあ、なかなかな、
あの緊張の中で、
本当にまあ一発撮りしてるんだな、
みたいな、
そういうまあ表情であるとかね、
そういうまあ声もそうなんだよね、
なんとなくいつもの感じではないね、
39:00
彼の歌い方からね、
始まってたりして、
まあやっぱりいろいろ言われるんだけど、
一応まあ一発撮りっていう、
ことでね、
収録してるんだな、
っていうものがまあ、
彼のね、緊張する姿から、
垣間見れたりしたので、
もうまあやっぱり、
あの、また会いましょうって、
どれくらいだろうね、
90年代後半とか、
2000年代くらいに入った時かな、
あそこら辺の、
歌ってね、
あと俺が好きなのは、
ルパンザファイアか、
あの歌がもう、
大好きすぎてね、
当時俺、
あの短冊のCD多分買ったと思う、
あのCモノ、
もともとあれ、
彼はさ、Cモネーターっていう、
Cモネターからね始まって、
Cモネーターで、
で、ああいう風にテレビで、
あのヒットして、
テレビに出るようになって、
Cモネーターっていうね、
名前に確かしたと思うんだよ、
だから、まあなかなかさ、
ギスな男なんだよ、
あの男って、
でもそういうところまでも含めて、
まあ面白いしね、
まあ歌も、
このまた会いましょうとかさ、
ルパンザファイア以外にもね、
まあいい歌がいっぱいあるからね、
いや久しぶりに、
来たと思ったね、
まあこの、
まあ何回か話して、
この90年代割からもう2010年ぐらいまでって、
自分自身にとっては本当に忙しいからさ、
あの本当に、
まあ音楽であるとか、
インターネットであるとか、
そこら辺の時代が本当にぼっこり抜けてるんだよね、
たださ、
まあ夜遅く帰ってくるわけで、
1時とかね、
まあ2時ぐらいに帰ってくるわけで、
そういう日が続くんだけど、
カウントダウンTVとさ、
その後にやっていたあの、
なんかランキングの、
番組があったんだよ、
漫画のランキングとかさ、
なんか映画のランキングとかさ、
なんか変な、
クルクルパペッチョパペッペコ、
もう見た?みたいな、
あんなようなキャラとお姉さんが出てね、
ランキングを発表するというものはさ、
まあカウントダウンTVの後にやってたりして、
で、
まあそれは割とこう、
もう欠かさず見れてたりしたんだよね、
だから、
まあ当時もやっぱり今と一緒で、
もうランキングに来たら、
もう毎週毎週なんか変わり映えがしないんだよ、
ベスト10なんかで言うと、
いつもなんか1位がじゃあ、
モロナミエでとか、
コムロのなんか曲でとかさ、
そのうちミスチューでとか、
で、そのうちザードでとかさ、
まあそういう大きな流れでね、
変わっていくものはあるんだけど、
でも毎週のランキングなんて、
そんなに変動しなくてね、
変なものがあった分だけさ、
逆にそのすごい当時の音楽を、
ずっこり聴かない俺でも、
42:01
覚えているっていうのは、
そういう擦り込みがあったりしたんだよね、
当時ね。
だから、
まあこういうまた会いましょうとかさ、
ノカンザファイアも、
まあその中の1曲だったりして、
だからあそこら辺の時代の曲ってさ、
俺にとってはもうサビしかね、
覚えていないっていう曲が、
もう多すぎる。
で、
特に浜崎愛美とかさ、
聴いてると、
いや歌いだし何の曲だろうっていう。
で、サビに来ると、
ああこの曲だっていう曲がもう、
めちゃくちゃ多いもんね。
だからそれはやっぱり、
ああいうカウントダウンTVで、
そのサビの部分をね、
10秒、15秒ぐらいしか紹介しないっていうさ、
ああいうシステムがあったから、
まああの当時の曲でっていうと、
割といやサビしか分かんないで、
っていう曲の方が多い人は、
結構いるんじゃないかな。
うん。
あとその前に、
あれも見たんだよな。
松浦彩はもう時々、
なんか思い出したようにさ、
松浦彩って時々すげえ聞きたくなるんだよね。
なんか、
2年に1回ぐらいのサイクルで、
妙に松浦彩が聞きたいよみたいな、
そういうものがあって、
まあつい最近2,3日前も
そんな感じがあったりしてさ、
前にデビュー曲から聞いてたりしたんだけど、
もうちょっと覚えてないな、
デビュー曲が、
タランタンタンタタンタタンタタンだっけ、
ちょっと忘れたんだけど、
で、あの松浦彩ってさ、
ああいうアイドルとして最前線でやっていた時間って、
めちゃくちゃ短いんだよね、彼女ね。
2001年だったかな、
2003年だったかな。
まあいずれにしても、
そこらへんからデビューして、
2年3年ぐらいが、
彼女のいわゆる絶頂期なんだよね。
だから、ああいうモームスとかさ、
ああいう子たちと比べても、
松浦彩ってアイドル時間がすごい短いの。
短いんだけど、
めちゃくちゃ記憶に残っているんでしょ、
彼女の曲。
で、デビューしてから、
どれくらいだろう、
5曲6曲目までっていうのは、
もうツーク無双が続いているんだよ。
もうすげえな、みたいな。
立て続けにツークが、
もう本当に耳に残るような、
キャッチーなメロディーと、
松浦彩のああいうらしさを、
もう最大へ引き出すようなね。
ああいうアレンジであるとか、
歌い方とかね。
ツークって、それこそ汗やんでさ、
モームスがデビューした時もそうなんだけど、
歌唱の、というか歌い方をさ、
すげえこだわるじゃん。
わざと英語のように歌わせるとかね、
舌を丸めて、
あえてちょっと外人っぽく歌わせるとかね、
すげえ細かく歌唱指導してたりするんだよ。
45:03
だからああいう感じで、
たぶん松浦彩も同様に
ツークからのね、
ああいうふうに、なんていうの、
レクチャーを受けて、
ああいう歌い方になっていくと思うんだけど、
にしてもさ、
あの時代のツーク無双は、
はんぱないね。
小物時代があるんだけど、
同様に右隣にはさ、
もつみくがいたよ。
あの時代確実に。
それほどすごい。
特にね、
俺が好きだからっていうのがあるんだけど、
松浦彩と太陽とシスコム。
この二組は、
特に太陽とシスコムに関しては、
もつみくがやりたいことをやりたいようにできた。
俺は唯一のグループだなって思ってたりする。
だからモームスであるとかね、
そのうちに出てくるいくつかのグループがあるんだけど、
そういう子たちはもう最初からやっぱり
ヒットをしないとダメなんだっていう、
そういう背負わされているものが、
ものすごく重くね、のしかかっているから、
曲としては、
頭には残るんだけど、
でも聴いた時に、
いやすげえいいメロディーだわとかね、
いい曲だわっていう風には、
俺はあんまりなってないんだよね。
ただ、残ってるよ。
すんげえ残るんだけど。
でも太陽とシスコムに関しては、
ものすごいメロディーがいいし、
ゴリゴリのファンクの曲もいいし、
松浦彩が本当にやりたいことをやりたいように、
彼女たちにある種実験的に歌わせたというね、
グループだと思うんだよ。
だから太陽とシスコムって、
むしろ大人になってから彼女たちの曲を聴いたりすると、
いやすげえいい曲だなっていう曲が結構あるよ。
で、一方で松浦彩は、
なんていうんだろうな、
またモームスとかとは違うアイドル像というのかな、
なんていうんだろう。
例えばモームスの場合は、
ツインクが書いた曲をモームスの彼女たちが歌うというね、
流れでいうと上手から下手みたいなね、
そういう流れがある。
でも松浦彩の場合は、
松浦彩がツインクにそういう曲を書かせるっていう、
逆、恋の滝登りみたいな感じ。
恋じゃない、鮭か。
カンバックサーモン状態だよ、松浦彩は。
松浦彩がいて、
あのなんか一人で賄っていけるだけのアイドルオーラをね、
まとっているから、ツインクは彼女を見た時に、
もう彼女用にこういう曲しか書けないんだなっていう、
48:05
ある種自由が制限されてしまう。
だから松浦彩からの挑戦を毎回受けるみたいな、そういう感じ。
だからモームスの場合はさ、
ツインクがある程度こういう歌を歌わせたいとか、
こういう曲で今回は行こうみたいなね、
そういうプロデューサーとしての視点で、
ツインクからモームスに流れていくんだけど、
松浦彩は多分逆だと思うよ。
松浦彩のああいう感じ、
もしかしたら彼女がこういう曲をやりたいんだっていうこともあったかもしれないけどね、
ちょっとそこはわからないけども、
それがあったにせよ、なかったにせよ、
もう彼女を目の前にした時には、
この子にはもうこういう曲しか歌わせることができないっていうのかな、
そういうね、シャキ状態にあったと思う。
だからやっぱり松浦彩はあれだけの短い期間なんだけども、
もう多くのあの当時を見てきた人たちからは、
すげえ記憶に残るアイドルとして、
もう本当にソロのラストアイドルとして、
未だ語れる存在にあるんじゃないかなと思うんだよな。
本当にあれだよね、もう何度となく話してるんだけど、
デビューして、デビュー曲からでもいいし、
途中でちょっと跳ねて、
跳ね続けるヒットっていう時にさ、
一発屋とか二発屋っていうのはやっぱり消えてしまうんだよね。
3曲続くヒット曲を出すともう絶対に残るんだよ。
だから松浦彩も6曲くらいまでデビューからさ、
ずっと大ヒット曲が並ぶわけじゃん。
で、モームスも同様だしね。
で、何回も名前を出すんだけども、
ニュージーンズもまさにそうだしね。
もう縦に続きにとにかく3曲、
もう続けてヒット曲を出したらもう残るよ。
ずっと活動し続けることができるっていうのはね、
あの、ある。
まだあれなんだよな、
俺サブスケでさ、ハロット系のまだ全然聞けてないんだよな。
やっぱりさ、あの、
俺根本的に映像がないとやっぱりちょっと楽しめないっていうものがあるんだよね。
だから曲だけああいう風に聞くっていうのはまあいいんだけど、
でもやっぱりさ、ああいうモームスにしろね、
ハロプロ系の彼女たちにしろ、
51:00
ああいうMVであるとかライブ映像で歌っているものの方が
俺はもう破格に好きなんだよね。
だからサブスケで曲をっていうのは、
まあなんか車に乗っている時とかね、
まあなんか、わかんない、俺は電車通勤してたりしたら
その通勤の行き帰りに聞くとかね、
そういうシチュエーションがあるかもしれないけど、
家にいる時っていうのはどうしてもやっぱりパソコンの前にいるからさ、
まあ映像が垂れ流しにできるからね、
どうしてもそのMVとか映像がついているもので
まあ曲を聴くっていうものがあるからさ、
なかなか未だにね、聴けていないんだよな、
ハロプロ系のサブスクは。
まあカイコチューンの例で言うと、
やっぱりキュープだな。
大きな愛でもてなしてっていう曲と、
マッサラブルージーンズ。
マッサラブルージーンズ。
この2曲は当時のニコニコの踊ってみたで、
多くの踊り手と言われる女の子たちがみんな踊ってた。
もう気が触れたように踊ってた、みんなで。
あれが俺は当時すげえ、なんていうの、
好きだったの。楽しみだったりしたしね。
まあ今でも多分いわゆる踊り手と言われる、
女の子がいろんな曲に合わせて踊ってたりすると思うんだけど、
もういつの時代からか、
プロみたいなダンサーの人も入ってきたりね、
またカメラの照明に凝る人も出てきたりして、
わざわざスタジオを撮って踊るとかね。
風景のいいロケーションで一眼を使ってね、
後ろをぼやかしたような、
本当にプロのような絵作りでさ、踊るとかね。
そんな風になってきてしまってから、
もう途端に面白くなくて、もうぱっかり見なくなってしまったの。
あの、俺が見ていたときの、
荒々しい感じの踊り手。
みんなさ、なんだろう、コンデジとか、
コンデジとかパソコンについているカメラあるじゃん。
ああいうもので踊るんだよ。
だからパソコンから流している音とか、
音もしょぼいし、
映像も解像度が240pくらいしかないみたいなさ、
そういうダルダルの映像なんだよ。
踊りも言ってしまうと、
お遊戯の意気を出ないようなね、
そういうものばかりだったりしたんだけど、
でもそれはそれですげえ熱量があってね、
もうめちゃくちゃ楽しくて、
54:00
あの当時のさ、踊り手の子たちがやっぱりフューチャーされて、
写真集を出したんだよ、あんな素人の。
で、俺何気にそれ買ったりしたからね、当時ね。
あまりにもハマりすぎて。
で、
要所要所でそういうプロみたいな人たちが出てきてから、
もう面白くないって言って、
もう全然見なくなってしまった。
何て言うんだろうな。
今からああいう、
踊ってみたとか歌ってみたとかね、
YouTubeもそうなんだけども、
はじめようとする若い世代の子たちっていうのは、
割としっかり絵作りをしなければいけないとかね、
映像のコンセプトであるとか構成であるとかね、
ああいうものをしっかりしなければいけないっていう、
ものの中で育ってきたりしたから、
まあそういうものがスタンダードにあるんだけど、
俺がやっぱりああいうニコニコの最初の頃とかね、
まあその前のああいう、
リフティーの掲示板文化から始まって、
2ちゃんに行って、
で、ヤフーなんだっけ、
ヤフーのああいうものがあったりしたんだよ。
配信できるような。
ああいうところがあって、
ニコニコがあってみたいなね、
あとユーストがあったり、
あとなんだっけ、ユーストともう一個、
ジャスティンTVか、
まあああいうものがあったりした時代をずっと見てきたりするとさ、
もうあの頃ってないんだよ。
丁寧さもないし、
なんかものすごいね、
構成立ててしっかり物作りをしようとか配信しようとかね、
そういうものがなくて、
もう単に踊りたい人、歌いたい人は、
パソコンのカメラの前で、
もうただ踊る、ただ歌うっていう、
もう衝動だけで月をかすというのかな、
もう本当にシンプルに、
もう歌わないとダメみたいな、
踊らないと、
もう私の血が逆流していくみたいな、
そんな感じなんだよね。
そこにはなんかすげえ有名になりたいとか、
まあまあそういうものもあるかもいったかもしれないけども、
それ以上になんかそのことをただ楽しむっていうね、
そういう遊び場としてのネットだったりしたからさ、
まあ言ってしまうと、
まあ誰一人本気がいないよ。
基本的には遊び場所だから、
まあそこの中でなんか悪口を言うとかね、
何かをするとかね、
なんか警察にさ、
57:01
報道されるようなことをするとかね、
そういう言葉でも含めて、
本気ではないね、みんな。
楽しむっていう、
本当にそこで遊んでるっていうね、
そういうものがあったから、
だからもう破格に面白い場所だったりしたんだよ。
あの子ども、
まあちょっとね、介護状になってしまうから、
あれなのよネットっていうのはね。
で、そこからね、
まあいろいろ本気の人が入ってきたり、
大人が入ってきたり、
悩みやたらにね、
攻撃したりとかね、
すげえ傷つくような人もいっぱい出てきたりしてさ、
で、みんな数と金に踊らされてね、
そればっかりを思うように
輝いているっていうさ、
ものになってしまったからね。
まあ介護中と言われてしまうんだけれども、
あの子どもやっぱりね、
ネットは破格に面白かったし、
自由だったし、
ある種、
まあ底辺だと思うよ。
まあ俺も含めて底辺。
底辺がいっぱい集まっていた。
インテリーな人もいないし、
なんかすげえ金を持って祝い散らすとかね、
そういう人もいないし、
みんながある種底辺で、
シャフみたいな人ばっかりがね、
集い寄り添うみたいな、
そういう空間だったりしたんだよな。
だからもう破格に、
本当に面白かった。
もう毎日外にさ、
遊びに行かなくてもいいよって、
本当に覚えてたもん。
もう別に友達と遊ぶより、
ニコニコ見てた方が面白いわとかさ、
そういう感じだったりしたからね。
まあああいう風にというのは、
ネジを巻き戻すことはもう多分できない。
だと思うんだよね。
まあことはああいうね、
ネットの世界なのに言うと。
だからその中でもしやっぱり可能性があるのだとしたら、
まあああいう、
あずまひろきね、
いつもお前、あずまひろき支持してるのかみたいなさ、
そんな風にね、
思われてしまうかもしれないけど、
彼が言うことを全部支持してるわけではないよ。
人間としてすげえ面白いなっていう、
そういう男だから、
まあ彼のいろんな発言とかね、
ライブ配信してたら見に行くっていう、
ものがあるんだけど、
やっぱりああいう言論っていうさ、
まあ実際に人と人とがあって、
まあいろいろなね、
議論を交わす上であるとかね、
感を合わせるっていうね、
ああいう空間を作った話を、
1:00:01
まあよく知ってるんだよあの人。
だからそこは俺も本当に、
こういう風にネットでね、
いろいろこう、
いろんなことがあるじゃん今の時代。
でもああいう風にやっぱり、
人と人とが顔を付き合わせて、
まあ議論できる、話せる、
出会えるっていう、
ああいう場所が、
まあ最終的にはやっぱり、
なんかこういうネットの中で行きづらいとかね、
めんどくさいなとかね、
そういう人たちがなんかたどり着く、
まあ一つの場所なんだろうなってことを思うと、
まあそこはいろんなね、
さまざまな政治であるとか、
まあ社会のさまざまなことであるとか、
まあ哲学的なことであるとか、
割とまあ俺からすると、
交渉なことをね、
まあ議論したりテーマにしているっていう、
ことがあるからさ、
まあ自分自身が、
ああいう場所を作るのであれば、
俺は本当に、
もう高校とかのね、
物質のようなもうエロ本が転がってるみたいな、
いやこのさ、
かつらぎあやのおっぱいもうたまらねえわみたいな、
そういう感じで、
まあ実際にこう人が集まるとかね、
まあ言葉を交わせるとかね、
それがまあ理学の中にあるっていう、
そういうものがいいなって思う。
まあそれをまあ自分が作るのか、
誰かね作っているところに参加するのかわからないけど、
まあさ、
結局はなんかそういうところに、
人がね、
俺ぐらいの世代であれば回帰していくし、
まあ今のネットがね、
当たり前にある世代の人たちからすると、
そういう場所を見つけて、
そこでね、
楽しんでいくとかさ、
そういうもので、
なっていくんじゃないかなっていう、
それがまあ最初にも話したさ、
まあ空気感があるとか雰囲気であるとかね、
そういうことになっていくようなってことをね、
思ってたりします。
で、
今日もね、直せたので、
ここら辺で、
あとこの2月方角目にね、
お付き合いいただき、
またあのコメントをね、どんばりださんいつもいただき、
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
3月はね、
うーん、変わりません。
変わらぬペースでね、
配信をしていくので、
またあげた時にはね、
お付き合いいただければと思いますので、
よろしくお願いします。
ということで、おやすみなさい。