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おはようございます、ヒデジです。
3月19日、木曜日です。
双子パパのライフデザイン、今日も始まります。
今、地獄、朝8時を過ぎたところです。
今日は、私の出張が終わったので、
今日は、もう移動ということで、
景崎市にいるんですけども、
F澤市の事務所に戻りますね。
車で戻りまして、
事務所で少し仕事をして、
夕方前には、午後には、
もう、自宅に帰ろうかなと思ってますね。
今日は、もう、
今日までですね。
明日は祝日お休みで、
私もですね、三連休予定しておりまして、
久しぶりの三連休ですね。
明日ね、お休みなんですけども、
ちょっとどうしようかなっていうのが、
雪山に行こうかなっていう話をしてたんですよね。
天気次第か、
子どもたちとかの状況次第かなと思ってまして、
一回とにかく帰ってから考えようかなと思うんですけど、
日帰りで行けないかななんて思っているんですね。
だいぶでも暖かくなってきてはいるんですが、
スキー場はまだ営業しているという状況ではありますね。
今日のお話なんですけども、
先日、図書館に行って、
過去の日経新聞を見まして、
これはですね、
粛札版というものがあるんですよ。
これもしかしたらね、
いろんな各自治体というか地域の図書館にはあるかもしれないんですけど、
新聞をそのまま残しておくと結構かさばるので、
そもそも新聞社の方で出している粛札版というもので、
1ヶ月ごとで1冊の本にして出しているのがあるんですね。
私も今回初めてそれを見たんですけども、
何を見たかというとですね、
シンガポールのお話になります。
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今日は少しシンガポールのお話をしたいと思いますが、
その日経新聞なんですけども、
1999年の1月のね、
1月1日から1月31日までで、
計30回にわたってですね、
私の履歴書っていうコーナーがあるんですけども、
ここにですね、シンガポールの最初のですね、
首相になったリークワンユーさんの、
私の履歴書があるんですね。
これはですね、私もシンガポールに行ってた時、
2014年に行った時に、
うちの勤めてた会社の社内で共有されてたもので、
その私の履歴書、リークワンユーさんの私の履歴書だけの冊子みたいなのがあるんですね。
これ結構オフィシャルなものだったんですけど、
その冊子は探しても今出てこなくて。
その時はね、みんなで回し読みしてて、私もそれで読ませてもらってて、
これからシンガポールで働くよという時に、
まずそれをね、読ませてもらいましたね。
まずというか、結構早い段階でね。
でね、それをなんで知らなきゃいけないか、
何をしたほうがよかったかというか、
結果的にはやっぱり読んでよかったなというところがあったんですけど、
やっぱりシンガポールの成り立ちと、
あとどういう思想でこの国としてやってきてるのかっていうのが、
リークワンユーさんはね、もう30回にわたる私の履歴書で、
すごいいろんなことを書いてるんですね。
これがですね、見返したいなと思ったんですけど、
その冊子もちょっと探してもないし、
やっぱり見るなら新聞見るしかないなと思ってですね。
で、図書館に行って、
私の履歴書の部分をですね、携帯でバシャバシャ30枚撮りまして、
これもあれなんですよね、申し込まなきゃいけなくて、
ちゃんと復写しますよとコピーしますということで、
ちょっと名前書いたりして、
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カメラで収めてきました。
久しぶりにちょっと目を通して読んでたんですけども、
シンガポールのこのリークワンユーさんが、
泣く泣くですね、最終的には泣く泣くシンガポールっていうのを独立しなければいけなくなっちゃったんですよね。
その経緯もね、東南アジアというかマレーシアとシンガポールの関係っていうのがよくわかるんです。
もともとはイギリスの領土だったんですけど、そこから独立することにはなるんですが、
独立と一緒にですね、同時にマレーシアの一部として、
なんでかというと都市国家なんで、何も資源がないんですよ。
資源が全くないわけですね。水すらもないんですよ。
飲み水すら輸入しなきゃいけないというような状態だったんで、
国としてやっていくっていうことは、最初の時点でね、リーク・アニューさんもなかったんですよね。
ある政党として活動してて、マレーシアとマレーシアの一部にならせてくれということで、
マレーシアの一部になってたんですが、結果的には追い出されたような形になってですね。
で、やむなく一つの国としてやっていくしかないんだなということを決心して、
実際にはシンガポールに住んでた市民もですね、そこには賛同したってことで、都市国家としてのシンガポールが出来上がっていくんですけども、
それの話がいろいろ書いてあるのがすごく面白くて。
もう一つはリーク・アニューさんも戦中ですね、第二次世界大戦の戦中も生きていらして、
当時日本が攻めてきた時にもシンガポールで働いてたんですね。
そこが生々しく描かれているようなところもありまして。
戦争に関しては、やっぱり日本人としても、シンガポール、他の国もそうかもしれないですけど、
日本軍というのは何をしてきたのかっていうのは、結構それは本当に事実なんだと思いますね。
リーク・アニューさんもね、日本人に対して言っていることはですね、
もともと日本軍が攻めてくる前も日本人というのはシンガポールに働いてたんですね。
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非常に日本人というのはきめ細やかだし、丁寧な仕事をしてるとか、
すごい日本人に対する評価っていうか、印象っていうのはすごい良かったんですと。
ただ攻めてきた日本軍というのは全然日本人とは違ってたと。
すごく野蛮なところがあったりとか、そういう話が結構出てくるんですね。
結局何をそこで思ったかって言ったら、ちょっと話がそっちの方に行くとすると、
自分の国っていうのは自分たちで守らなきゃいけないんだなっていう話なんですね。
以前もお話ししたかもしれないですけど、シンガポール自体はですね、
本当に国をどうやって守るかっていうのをちゃんと考えてるんですね。
これいろんな他の国もそうかもしれないですけど、
国民が逃げれるシェルターが、地下鉄の駅とか全部シェルターになってるんですね。
守るっていうことをちゃんと考えた上でも、建物の計画だとかそういったところが配慮されてるんですね。
小国だからこそ、それをやらなきゃいけないと。
それは日本軍が攻めてきたときに、イギリス軍がいたんだけど、
あっけなくやられてしまったっていう現実を見て、人に頼っててはいけないと。
そういうところがあるんで、やっぱり戦争の経験を経て、今のシンガポールっていうのがあると。
そんなことも書かれております。
ちょっとまたじっくりと読めたいなと思いますが、そんなこんなでね。
面白いですよね。
1999年の1月の祝撮版っていうやつだって、いろいろパラパラ見てたんですけど、
老人が大口首相で、経済がどういうふうに回ってたみたいなことは、
あんま時間なかったので、私もそんな読んでないんですけど、パラパラめくっている中ではね。
こんなこともあったのかとか、もう潰れてしまった証券会社とか、いろいろそういう名前も書かれてて。
面白さはありましたけど。
図書版ね、やっぱりいいですね。活用するのがいいなと思って。
ということで、したいなというところは話していきたいと思います。
終わりの雑談というか、昨日もですね。
夜、加藤先生のボイシーに登壇させていただきまして。
3連登でしたか。もうちょっとやってるような気も。
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でも私もちょっとね、肩をぶっ壊しそうなところがあるんですけど。
でも昨日、ささかまぼこ様とお話できてすごく嬉しかったです。
いつも聞いてて、ささかまさんのユニークなところというか、面白い、大好きなんですけど。
本当にその経営者としての考えをちょっと垣間見えて、すごいなと思いました。
もっといろんなお話、聞けたら聞きたいなと。そんな気持ちもありましたけど。
いやもう本当にあれですよ。有料級って言い方がいい。
有料級というか、もう本当に貴重なお話だと思いますよ。
まして、大変光栄でございました。
ちょっと私もね、精進していきたいなと思いますけど。
加藤先生のオーディオブックというか、対談音声、いっぱい欲しいなと思うんですけどね。
ちょっとそこにお金を割けてないですけども、ぼちぼちちょこちょこ聞いていこうかなと。
ということで今日はこのあたりとしたいと思います。
これから私もね、ちょっとドライブで行こうとなりますけども。
安全にいきたいなと思います。
最後までお聞きくださいましてありがとうございます。
いつもいいね、コメントいただきましてありがとうございます。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。ありがとうございました。