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20260330 いのちのハーモニー #130最終回
2026-05-18 14:30

20260330 いのちのハーモニー #130最終回

ゲスト:森滝春子さん(市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表)②

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NPO法人 世界被爆者展がお送りする
いのちのハーモニー
いのちのハーモニーでは、自然と調和し、多彩な命がハーモニーを奏でる、母なる地球の新しい文明の創造に向けて、
いのちの視点から世界を変えていこうとする人たちをゲストにお迎えし、自由に語っていただきます。
進行は森下美穂と、安西尚人です。
この番組は、NPO法人 世界被爆者展がお送りします。
先週に続いて核兵器廃絶を目指す広島の会・班は、共同代表の森崎春子さんです。
春子さんのお父様は、戦後の原水爆禁止運動を牽引し、広島の両親と言われた倫理学者森崎一郎さんです。
自らも被爆で見決めを失いながら、核と人類は共存できないという哲学を掲げ、世界で核実験が行われるたびに平和公園での座り込みを続け、その回数は生涯で500回を超えます。
その不屈の精神を間近で見つめてきた春子さんもまた、長年核兵器廃絶の先頭に立ってこられました。
広島の枠を超え、イラクの劣化ウランダン被害など世界の被爆者との連帯を訴え、2025年には広島で核のない世界を、第3回世界核被害者フォーラムを開催されました。
春子さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
世界の被爆者という視点にだんだんなっていかれた背景とか、どんな活動をされてきたかというのを簡単にご紹介いただければと思いますか。
私の場合は病気退職した後ですね、父も亡くなってから、いわゆる核兵器廃絶を目指す広島の会を結成したりしだしたのが2001年ですから、
それまでは少し前に1996年ぐらいからインドとパキスタンが、今もまた対立危険な状態になってますが、
核を持って初めて核実験をして、カシミルを巡る戦争というのをすでにやってまして、核を使うのではないかという危機感から被爆者の方たちとインドとパキスタンに別れて渡ったんですね。
で、向こうでいろいろ核戦争の実態というのを広島から伝えるという案件をしたんですけど、その過程で今度は広島もっともっとこれを伝えていかなくちゃいけないというので、
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今度は直接英語で体験とかですね、核の実態を伝えるというので、被爆者の方でない融資を募って回りました。
その時に向こうから若い人たちに伝えてほしいと、広島に招いて学ばせてほしいというので、ずっと2001年から2007年まで、
5編両国から合計で指導者も含めて十数人を広島に呼んで、いわゆる反核平和教育のプログラムを組んで、
そういう中で私が行き来何度もインドにもパキスタンにも行ったんですけど、その中で出会ったのがインドの差別社会、極度の貧困と富の格差ですね。
それと同時にウラン鉱山がじゃどこだというところで唯一インドの核開発のために開発されて、そこで掘り出す過程、それからそれを採掘する労働者に地域の先住民が住んでいるようなところなんですけど、
そこから動員されて採掘婦になり、彼らが被爆して甚大な被害を及ぼすわけですね。
そこで掘り出した鉱石を精錬する、その過程で出る放射性廃液であるとか防災ですね、残った残りかすの鉱石をその地元に集落にしているわけですね。
そこに何度か行き、そしてやっぱりこれは調査しないと、地元の住民もその時すでに防災の反対同盟という先住民ですけど、自ら組織を作って戦っておられて何人も暗殺されるんですね。
そういう本当に地域とインドの一般社会と百絶された地域で、そういうところにこれは何とかしないとというので、実態を初めて行った時見て本当に胸が下がる思いでした。
子どもたちの様子ですね、いわゆる先定性障害、身体的、それから知的障害、そういう発達障害を含めて本当に悲惨な状況が。
一見本当に平和な産村なんですけど、そういうところで起こっているということに気がついたんですけど。
で、ウラン公社と戦うわけですね、住民が暗殺されるような対立までして。
だけどこれは先住民の不衛生な生活習慣であるとか、アルコール中毒であるとか、そういうもののせいで放射能のせいではないというふうなことを言うわけですけど。
だから科学的にやはりその世界に突きつけないとこういう実態は大変だという思いがしました。
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初めてそのそういう実態をですね、見たわけです。
それで専門家というと京都大学原子炉実験所の小井出博先生にお願いして一緒に行っていただいて調査を。
調査も大変でした。
あの官権がずっと見張るので資料を取り上げられるわけですよね。
それをしないために住民も結束して確実に持ってくれたり、何ヶ月かの推移を見なくちゃいけない測定なんかの。
住民が教わって、あとそれを持ってきてくれたり、そういうことから支援もしなくては、医療設備が全くないわけですから。
そういうのを立てる資金的な支援のための看破活動とか、そういうのをするのが私の積極的な活動としては第一でしたね。
昨年10月に広島で開催された第3回世界核被害者フォーラムでは、世界核被害者の権利宣言が採択されました。
私も総案の作成に参加させていただいて、皆さんの深い思いに接する貴重な経験をさせていただいたんですけれども、
春子さんはこの宣言の意味をどんなふうに捉えていらっしゃるでしょうか。
広島で私たちがやったのは2015年が最初にフォーラムとして開催しました。
核の被害の実態が判明してきたというか、核の被害者が声を上げ始めた、いわゆる核植物主義によって抑圧され弾圧され、
差別無視されてきた先住民をはじめとする弱者の側ですね。そういう人たちがほとんどの場合、被害に一般市民を含めてなるわけで、
そういったところから自ら立ち上がってというのがどんどん進展してきている。
10年前に開きましたけれども、私自身が直接関わって企画し開催したのはそれが初めてだったんですけど、
その後10年経って今回世界核被害者フォーラムをやってみると、一番感じたのは先住民の人や被害地の人たちの戦いがずいぶん進んできているなというのが実感でした。
思った以上に力強さを感じたんですね。特にウラン鉱山の邪毒だってところは私もずっと関わり続けてきたところなんですけど、
そこの少年が13歳の時に例のインドパキサンの学習プログラムで読んだ中に最年少の少年がいた。
それが10年前の時に23歳になってたかな。立派なフォトジャーナリストになって、
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それは広島で学んだことを活かして実態を伝えたいという、伝えようという意思で写真家になったわけですけど、そうなってやってきた。
そしてこの10年後に今回来た時はいいおっさんになってましたけど、本当に力強いリーダーとなった姿でやってきた。
というふうにこのアシシビルリ君というのは親も放射能反対同盟の委員長なんですね。当初からそういう一家しての反対運動の中心になっている人なんですけど、
その親の家を初めて私が訪れた時は地下に続く抜け道が家の下に掘られて、
いざ何かが襲ってきた場合ずっと伝って他の家に逃げていく地下道が、だからあなたたちがいる間何かあったらここを通じて逃げるようにしますと言わない。
受けた時は本当にびっくりしましたけど、今でもそういう実情はほとんど変わってないって言ってましたけど、
そういう中で若い人たちを率いてリーダーの頼もしい姿で、今回の会場でも一緒にリーダードックを発揮してくれてましたけれど、
これはあらゆる核利用のサイクルですね、ウラン採掘、それから精錬、濃縮、それから核実験、それから核戦争に使う、
それからその廃棄物である劣化ウランを使った劣化ウラン兵器、そして核の廃棄物の処理ですね、解決の全く見通しのきかない廃棄物の問題、
そういうあらゆる段階で核被害を起こしているという、もちろん原発は本当に身近などの国にも今あるわけですし、
特に日本は世界最大の大原発事故を起こした国際的にも非常に責任のある立場ですから、そういったところが言ってみれば大同団結のスタートができたんじゃないかなと思います。
原理宣言が世界中で読まれて生かされるようになったらいいなと思うんですけれども、NPO法人世界被爆者展は、2030年までに世界の1000の学校にこの世界中の被爆者の写真、世界被爆者展の写真を届けて、
写真を見た若者たちが他言語の世界の共通サイトで交流できるような仕組みを作っていくという旅する被爆者プロジェクトを今年から始めたんですけれども、
被爆体験がない若い世代、国とか立場がいろいろ違う、そういう人たちが平和でつながるために今何が一番大切というふうに森崎さんはお考えでしょうか。
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やはり私は若い人はまず自分でいろいろ世界、自分の身の回りを含めて起こっていることを自分の目で見て考える、それがなぜこういうことが起こっているのかどうしたらいいのかという、やはりそこに必ず隠蔽されてくるわけですね。
そういう加害を起こす立場から隠そうとするわけです。そこにある真実を見抜く力を私は若い人には培ってほしい。そのためにはそのいろんな現象、現状に触れて、自分がそこで被害を受けている人の立場に立って、自分もその被害者に明日はなる身ですから、今の現代社会というのはね。
だからそういうのには現状を知る、もちろん一番当事者の証言が一番大きな力があると思うんですけど、でも当時のその実際の写真ですね、とか映像とかそういうものを通じて与える影響というのは非常に大きいと、今までの経験からも思います。
世界核被害者フォーラムで平岡隆元の市長さんの歓迎の挨拶の中で提案されてますよね。世界中でやっぱり写真展をやることが必要で、写真展に象徴されるそういう実態を知らせていくということが、だから素晴らしい計画だと思うんですね。だけど大変なことだろうと思います。
応援の言葉ありがとうございます。このプロジェクト、ぜひ成功させたいと思います。今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
2年半にわたって、世界被爆者展がお届けしてきた命のハーモニーは、今回をもってお休みさせていただきます。これまでお付き合いいただき、皆様ありがとうございました。
番組はひとまずお休みとなりますが、私たちの活動はこれからも続いていきます。また新しいハーモニーを奏でる日まで、ごきげんよう。さようなら。さようなら。
この番組は、NPO法人世界被爆者展がお送りしました。
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