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はい、えー、こんにちは、はにまです。えーっと、今日は、えー、久しぶりに、久しぶりかな、結構。あのー、完全にソロ、ソロ農業が一日中できたので、2本撮りしてます。
2024年12月29日。今は、えー、1年きり、えー、農作業を終えて、帰宅へ帰っている車の中です。
はい、ということで、えーっと、そうですね、えー、なんかやっぱり、その、いろいろ音声コンテンツを聞いてますと、今年の振り返りをやっている人がいっぱいいるなぁ、ということで、僕もやってみようかな
ということで、話し始めてみてます。
えー、そうですね、2024年、えー、今年はもうすっかり、あー、えーっと、病気がなくなったというわけではないですが、コロナによる帰省へみたいなのはほとんど意識せずに暮らせるようになったので、まあ非常に
正常化したなという1年でしたね。
えー、で、個人的には、やっぱり大きなものは2つありまして、1つは大きくて、ま、会社の株式を売却しましたので、えー、オーナーではなくなって、今、雇われ社長になっております。
で、もう1つはやっぱりこれですね、あれ、新規収納者になりました、ということですね、はい。
あの、まあ毎年正直、なんか安定した落ち着いた年なんていうのはないですし、毎年すごく新しいことが次から次へと起こるので、退屈しない人生だなと思っております。
で、まあそうですね、ちょっとだけ深掘っておきますと、会社の売却に関しては、まあ会社を売却しましたなんていうと、ものすごくお金入ったんでしょっていう風に想像するのが一般的だと思いますが、いや全くそんな
ことはなくて、
僕は今回の売却で2回目なんですけども、1回目の売却の時も、まあそれほど現金は手元に残らず、まあいろんな約束ごとがあったので、僕以外の方に。
その後1回会社を買い戻すということをやってまして、行ってこいで売却した金額で買い戻したんですよね。
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まあその買い戻すためのお金っていうのを借り入れで調達してまして、まだ返済中です。なので個人的には大赤字で売却をしました。
なんでそんなことするねんっていう話だと思うんですけど、まあ当たり前ですが、会社をやっていますと、いい時と悪い時があって、
僕、うちの会社の事業領域的にも、そうですね、なんか先細りが目に見えていたので、まあ売却というのは常時視野に入れていたんですよねと。
一方で売りたいです、じゃあ買いますみたいな、iPhone売り買いするみたいな世界観じゃないので、機会があれば可能性はありますよというスタンスでずっといたんですけど。
倉庫を知るうちに潰れてしまっては、もちろん元も子もないというか、元も子もないというのもなんかちょっと違いますけど、
潰してしまうとやはり従業員であったり取引先であったり、その他関係者にある程度一定の迷惑がかかるので、従業員は究極転職しましょうねという話なので、
そんな巨大な迷惑ではないですが、強制転職になるのは慌てますわねという話で、そんないきなり潰しちゃうみたいなことは僕は全く考えていなかったんですけども。
例えば8年以内に順次転職活動してねとか、過去にもそんなようなやり方をしたことがありますけど、そういう風に考えていますが、
そういった売却によって資本というかその体力を増強するみたいなチャンスがなかった場合にも当然備えないといけないので、
事業転換というのをそれこそ5、6年かけてずっとやってきてまして、結局事業転換もこの言葉を使うと大げさですが、
イノベーションのジレンマというやつで既存事業がうまくいっているときはうまくいかないというか、強制力が働かないので、やっぱり事業を実施、実行していく一つ一つの経営としては絶対やりきらないといけない。
スタッフがどこまでモチベーションもそうですし、パフォーマンスを発揮するには100%納得している必要があると僕は思っていて、100%というのは難しいですが、8割9割納得の上で行動している状態でないとパフ
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ォーマンスが出ないので、
今までもやってきたんですけど、やはりいよいよやばいとなってからようやく事業転換が出し遂げられたという感じでしたね。ここに3年ですかね、まともに事業転換の成果が上がり始めてきたのは。
そんな形で独力でもどうにかこうにか給料を上げてあげられなかったりとか、下手すると下げざるを得なかったりとか、そういう局面は覚悟はしていましたが、どうにかこうにか会社を潰さずに存続していくということに関
してはまだまだ数年いけるなという感覚で、
それまでに工事体質までちゃんと用い直さないとなという感じでやりつつ、あらゆる可能性を否定せずに売却もありというところで構えており、今回ご縁があって売却完了しました。
一応大きな資本の産化に入りましたので、単純に潰れますみたいな、茎が回らなくて潰れますみたいなことはもうなくて、実際にはどうにかこうにか立ち行かなくなった場合、倒産みたいなことはしませんけど、九州合併
みたいな形になるのかなという想定ですね。
その際に九州合併の際に生き残れる社員とそうではない社員などもいると思いますけれども、いわゆる単独で限界を迎えて倒産するみたいなシナリオはもうない中でいうと、多くの社員は生き残れるのかなと思います。
当然転職する権利がありますので、転職したければどうぞという形にはなると思いますけれども、そんなことをやりましたね。繰り返しですが、決してこれで裕福になったという話は一個もないので、引き続き雇われ社長と
してしばらくは仕事させてもらおうかなと思いつつ、
一方でなかなか一生の時間をここで過ごすみたいな感覚は難しいところなので、ただとはいえ数年後退任になったとしても同じタイプの事業で起業するというのはちょっと考えにくいかなとは思っています。
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もう十分やってきたなと思いますし、チャレンジもいっぱいしてきましたし、それによって見えてきたものもある。
もう十五、六年前にスタートアップ気分で起業を繰り返していた頃とはちょっと試乗環境もあまりにも違うので、同じようなノリでまた会社を作ってチャレンジしますとはならないなという感じですね。
それが一つ今年やっぱり大きかった。今年だけじゃなくて、これはもう数年にわたって僕のライフプランに多大な影響を与える出来事ですね。もう一つはやはり新規収入の完了いたしましたと。
ついつい先日日曜日月曜日ぐらいですかね、見に行ったのは今日なんですけど、だから一週間前か。ブルーベリー農園の植え付けが完了しまして、植え付けまでの作業は完全に委託。
全く自分では作りとかやったり、手伝いに行ったけどやることなかったりとかいう感じでしたが、おかげさまでようやくブルーベリー農家として第一歩目がスタートして、今日見に行ったんですが、やっぱり霜がすごくて
大丈夫なんかしらこれは。
ブルーベリーはわりと乾燥気味の温暖な地帯の出身だと思うので、彼らには厳しい気がしますが、根元を一生懸命温かくしてあげて、業務に関しては全部委託できる契約なんですけども、できるだけ自分でも邪魔しない
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ように手をかけながら、3年後の収穫を楽しみにしていきたいなと思っています。
ついにブルーベリー農家になりましたので、僕ブルーベリー農家ですとブルーベリー農家を名乗っていきます。
来年の野望、そうですね振り返りだけではなくて来年の野望としては、改めて地方移住したいなと思っています。
コロナが明けるぞ、コロナ規制が明けるぞということで東京に戻ったんですが、思ったほど東京都内の用事というのが増えたわけでもなく、距離感的に前回移住していた筑波市のような車で1時間ちょい、電車に乗って
も同じぐらいみたいな距離感までであれば、業務に支障がないなと思っています。
ちょっと全泊で東京に来ないとちょっと朝きついなみたいなイベントとか、飲み会なんかに参加する場合は、そのまま一泊東京で寝て帰るかとか、そういったことは今後起こってくるとは思いますが、
何らかの交通手段、例えば新幹線でもいいと思うんですけど、そういったもので1時間前後の立地で、農地がまとまった便席、借りられる場所に移住してしまおうと思っています。
今も通いで農業を自己検査しているところですけど、やっぱり毎日短時間でもいいので、毎日3時間とか4時間とか農作業ができると、スキルアップもまた農地の環境改善も今のはるかに速いスピードで進むと思うので、
その状況、車で片道のところに農地があるような環境を自分で取りに行くということをしていきたいなというのが来年の野望ですね。
あと本業の方は本業の方でやることをちゃんとやらなきゃいけないし、逆に言うとやることをちゃんとやる以外にはもうやることがないなという意味不明な日本語になりましたけど、
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まあそうなっちゃいますよね、もうオーナーではないので、半分サラリーマン気分で仕事する以外ないので、本業の方はそんな感じかなと。
一応不義にならないことという範囲でしっかり頑張って仕事はしていきますけれども、来年以降はそんな感じですかね。
なので一旦そうですね、本業は本業でしっかりとした時間を使うので、農業の方が本業だぜみたいなことには全くならないんですけど、
まあ使う意識とか勉強する内容の量的なものとか、そういった思考的なものに関しては一旦ちょっと来年も農業かな、農業の視野が高い一年になるかなと思います。
さらに住居の話もあるので、ちょっと築年数の深めの住居を購入するなども視野に入れてますので、そういった場合は今度は家のメンテナンスとかをしていかなきゃいけないので、特に移住初期の話ですね。
住み始めてしばらく落ち着いてからのたまに起こるメンテナンスはどうでもいいというか、まあしょうがないという話ではあるんですが、やはり僕の財力で買えるようなレベルの物件はそこそこいろいろと不具合が発生
しているはずなので、最初は結構大変だろうなと。
まあそれはそれで楽しんでやっていこうかなという妄想をしています。全く広報物件があるステータスでもないので、やっぱりダメだねってなるかもしれませんけど。
やっぱりダメだねってなった場合、農業をどうするかってことになっちゃうんでね。賃貸でももちろん構わないので。田舎の賃貸ってやっぱり物件のバリエーションが限られますし、いろいろと要件を満たしてこない気が
するので、なるべく購入の方向で考えるのが正解なんだろうなと。
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まあ想像したりしています。
まあそういった感じで、今もう46歳になりましたけど、46歳でも毎年毎年新しい体験ばっかりで、人生というのは飽きないもんだなと。
まあ人生に飽き飽きしている人ってあんまりいないかもしれませんけど、これは若い時の自分に言ってあげたいやつですね。
そうですね、結構若い時、20歳前後の時とか、道行くおじさんたちを見て、たまたまそういう個人だったのかもしれませんが、くたびれたおじさんなどを見て、ああなりたくないなみたいな若い生き急いだ感覚を持った
ものですけれども、
自分が46歳になったら中身はあんまり変わってないし、時代もあるのかもしれませんけど、わりとまだまだ楽しいこと、新しいこと、初体験だらけですよね。
こうなるよということを若い時に知っておいたら、またちょっと行動が違ったかもしれないなと思いますし、今の若者たちにも、まあそうですね、それこそ時代もあるのかもしれないですね。
高度成長期を通った上で、バブル後の少々憂鬱な時期を過ごしているおじさんみたいなものがちょっとロールモデルとしてはてなって感じだっただけで、
何なら今後、僕らの世代は、いわゆる就職氷河期の最も強烈な世代なので、今後人手不足が叫ばれていってインフレが起こっていくと、
バブルっていう雰囲気は出ないでしょうけど、経済的困窮であったりとか、やりたくもないことをずっとやって、高給を取る、もしくは中程度の給与を取る、みたいな生き方が減っていくんじゃないですかね。
構造上は、それでも一定割合、下手すると半分くらいはそういう生き方をしていかれるのかもしれませんが、
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より高度の自由度が個人に対して上がっていく要素ばっかりが目につくので、もし仮にそうだとしたら、僕らは遅れてきた自由を謳歌するのかもしれない世代だなと思っています。
若い時に20代くらいバブルがあった人たちは相当楽しかったんだろうなと思いますけど、
40代、50代でここから上がっていく感覚を持って生きていくっていうのも非常に悪くない。
何なら、飛翔学技を乗り越えてきただけにハッピーな世代になるのかもしれないなとは妄想したりしております。
そんな感じで、中年になって初老に差し掛かっても楽しく生きられるっていうのが本当にハッピーなことですね。
ありがたい性格なものです。
そんなところで、来年も農業を頑張っていって、農業自体はまだ初年度ですし、
1年2年でどうにかなる商売だと思っていませんので、40代の間にある程度やれているなっていうところまでいければいいなと思って取り組んでいます。
来年も頑張っていきましょう。良いお年を。