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#118 国の仲が悪かろうが、私たちには関係ない
2026-03-28 12:04

#118 国の仲が悪かろうが、私たちには関係ない

去年訪れた上海で、中国・台湾・韓国・日本のメンバーで食卓を囲んだ夜の話から。

国籍、宗教、文化が違う人たちと普通に隣に座ってこれたのは、10代の原体験とアメリカ留学があったからかもしれない。自分の「普通」がどうやって作られてきたかを話しています。

詳しいエピソードはnoteに書いています
https://note.com/ramenkoike/n/nf98afd91016c
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https://stand.fm/channels/65c6d16e0a4a74f98fa8dce2

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サマリー

異なる国籍や文化を持つ人々との交流を通じて、自身の「普通」がどのように形成されてきたかを語る。10代の頃の朝鮮中学校との関わりやアメリカ留学での多様な友人との出会いから、無知や固定観念が恐怖を生むこと、そして文化や宗教は多様な生き方の一つであることを学んだ経験を共有する。

有料記事のテーマと上海での体験
おはようございます。ひとり旅食日和のHACHIです。 このチャンネルでは、ひとり旅が好きな私がゆるっと気ままに日常をつぶやいたり、
素敵な景色や美味しい食べ物などについて、適当に、結構適当にお話をしているチャンネルです。 今日も始めていこうと思います。
まず今日はですね、最近ノートに有料記事を書きまして、 まあ初めて実は有料記事書いたんですけれども、
ちょっと私の思いというか、感じたことをうまくまとめる機会があったので書きました。
宗教とか国籍とか文化の違いを越えて友人になるっていう話なんですけれども、結構私の中で、
人生の中で大事なテーマかなと思っているので、少しだけその有料記事の話もしつつ、
ちょっとした私の考えであったり、その辺を丁寧に話そうかなと思っています。
まずですね、去年の12月に上海に行きまして、そのことはですね、このポッドキャストでもさらっとお話ししたと思うんですけれども、
結構いろんな国籍のメンバーが集まりまして、
同じ食卓を囲んで、たくさんお酒飲んで、バイジュというお酒を何杯も飲んで、カラオケして、
朝方にラーメンを食べてみたいな、本当にね、本当に楽しい夜だったんですね。
そこにいるメンバーの国籍を頭の中で並べてみたら、
そういえばみんなこういう国籍なんだなっていうのは改めて感じたので、
ニュースをつけるとね、その互いの国が結構いろいろ揉めるっていうことが多くて、
だけど全くそんなことは気にせず、今同じね、食事をみんなで楽しんで乾杯して歌ってっていうのが、
まあとてもいい時間だったんですね。
その話をですね、国の中が悪くてもそんなの私たちには関係ないよっていうことをスレッツに投稿したところ、
かなりちょっとプチバズってしまいまして、私も予想外でびっくりしたんですね。
ほとんどがポジティブな反応だったんですけれども、
まあバズるとやっぱりやってくるのはネガティブなコメントですよね。
そういうコメントも来たので、まあ驚いたんですけれども、
コメントした方が間違ってるのかっていうと別にそういうことでもなくて、
その方の感じ方ってその人が育ってきた環境とか経験によって全然違うんだろうなと思って、
すごく私の中で考えるきっかけをくれました。
なので私が楽しいと感じたその普通の夜と思えるのも、
たまたまそういう環境に行ったことがあるので、まあそれだけかなって思ったんですね。
でその私にとっての普通っていうのはどうやって作られてきたのかなっていうのをちょっと改めて考えてみたっていうのを今日のお話になります。
10代の頃の原体験:朝鮮中学校と友人
はいまずですね、原点をたどると10代の頃に行き着きます。
当時ですね、近くに、地元にですね、朝鮮中学校がありまして、
私も当時中学生だった時にですね、結構そこの生徒とあのうちの学校とか、あと周囲のね、学校の生徒たちでよくね、揉め事が起きてたんです。
なんかドラマとか映画っぽいんですけど、当時は結構ねそういう喧嘩みたいなことが多くて、
その話を聞いてたので私は正直怖いなっていう印象を持ってました。
で今思うと完全にやっぱり無知、知らないことっていうところから来る恐怖なんですけど、まだね13、14の私にはそれがリアルな世界だったので怖いなってただ思ってました。
でその後ですね、まあ大学に留学する前にちょっとした英語の塾に通いまして、
そこで一人の女の子と仲良くなりまして、今でもめっちゃ仲良いんですけど、
彼女はですね、日本で生まれて日本で育って、でも朝鮮籍の子なんですね。
すごく面白くて、本当にね、あのユーモアセンスが結構並外れてて、何でもね面白おかしく話してくれる子で、
しかも頭も良い賢いっていう子で、で私の中ではもう最初からなんか面白くて頭良い子っていう存在だったんですけど、
まあある日まあいろいろと私がアメリカに留学行くとかそういう話をした時に、彼女はねさらっと言った言葉がありまして、
あの私は朝鮮籍だからパスポートも朝鮮だと、だからアメリカにはいけないんだっていうのをさらっと言ったんですね。
当時まだ10代で本当に私は人生経験も何の知識もまだない中で、その言葉がかなり衝撃的で、
同じ日本で生まれ育っているのに行ける国が違うんだという風になってます。
なので、まあそうですね、しかもそれを彼女はですね、嘆くとか怒ることもなく、
さらっと日常のように言うので、そのさらっとした感じがなんか私の中では逆になんか引っかかってたんですね。
私には知らなかっただけなんだっていうことが気づきました。 なので、なんか知らないことって恐怖になるのかな、衝撃になるんだなっていう、
その気づきがですね、多分私の普通っていうものがね、広がり始めた最初の瞬間だったかなと思います。
アメリカ留学での多様な出会い:ユダヤ教とイスラム教
そこからアメリカの大学に行くんですけれども、そこで一気に世界が広がりました。
まずですね、ユダヤ人の友達ができました。で、卒業後ですね、彼女の結婚式に呼んでもらったんですけど、
そこで見た光景が私の中での宗教のイメージというか、
まあそうですね、日本以外のそういう宗教の結婚式に立ち会ったのが初めてだったので、
式のセレモニーとか披露宴もとても興味深くて、まあ本当に面白かったんですね。
こんなに楽しいものなのかっていうふうに思った結婚式でもありました。
で、まあちょっと詳しいことはね、記事に書いてるんですけれども、
で、あと大学でですね、ペルシャ人の友人も何人かいまして、
で、まあペルシャ人の方たちはイスラム教なので、豚肉を食べないですね。
なので、まあ一緒に食事をしていて、若干気まずいというか、まあ気まずいことも起きたりしたんですけど、
まあその友人の一言も結構忘れられなくて面白くて、
同じ宗教でもやっぱり信仰の度合いというか、結構ね人によって違うんだなと思いました。
今でもね結構思い出すことはあります。
この辺の話は結構細かめに書いているので、気になる方はぜひノートの有料記事なんですけども読んでいただけると嬉しいです。
エピソードの概要欄にリンクも貼っておきます。
宗教観の変化とアメリカでの経験
で、まあいろんな人と出会ってみて気づいたんですけれども、
まあ宗教ってルールとかじゃなくて、その人がどうやって生きているかの話にもなるなというのが、
私の周りの人たちを見て思ったことです。
そこに気がついてから、宗教に対する見え方であったり、国の文化による違いについてもちょっとね見方がだいぶ変わりました。
あとは結構ね海外に、海外旅行とか行かれたり、あと海外に住んだことある方は結構思い当たる節あると思うんですけれども、
アメリカにいるとしょっちゅう聞かれるんですね。
あなたの宗教は何ですか?とか、あなたは何を信仰しているの?っていうのを本当にしょっちゅう聞かれるんですね。
で、最初はやっぱり私はちょっと無宗教なので、あの無宗教だよっていうのを答えてたんですけど、決まってみんなびっくりするんです。
え?って何も信仰してないの?みたいなところで、そこがね私もびっくりして、
日本って結構無宗教の方も多いし、あと宗教の話をねあんまりしないですよね。
なので、なんかそういう会話になることに私もびっくりしたんですけれども、
で、まあ無宗教なので、で本当に私若い頃若干尖ってたので、何を信じてるの?って言われると、私はいつも自分のハートを信じてるみたいな、
I believe in myself みたいな、超偉そうに言ってたんですね。
私は自分を信じるみたいな、今は本当に結構恥ずかしいんですけど、
まあ当時はもうね偉そうにそんなことを本気で思ってました。
ただあの、私も年とともにいろんな人との出会いとともに、
あといろんな人の信仰について触れるとですね、自分の中にもやっぱり何かがあるんじゃないかっていうのに気づき始めます。
日本ってまあ無宗教の方が多いとはいえ、初詣に行ったり、あと七五三をしたり、
あと薬除けのお祓いをしたり、あと葬式とかもね、お寺でやったりとかいうところもあると思うんですけど、
何かしらのそういう行事って宗教に紐づいてるなぁと、
その若かりし頃の私は思ったわけです。
なので、アメリカ滞在の後半はですね、
あの宗教は何?と聞かれると、無宗教だけれど、
私はやっぱ神社とかお寺っていう文化をすごく大事にしているので、
ブッティスト系かな?みたいなことをカジュアルに言ってました。
で、まあアメリカ人の友人からは、まあそうかそうかみたいな顔はされたんですけど、
自分がどういうベースの人間なのか、どこから来ている人間なのかみたいなのを少し理解できた気がしたっていう瞬間でしたね。
「国との関係は関係ない」という思い
なので、まあ国の中が悪かろうが私たちには関係ないっていうのをスレッツに書いて、
今回の有料のブログにも書いたんですけれども、
この言葉をこれからも普通に言える自分でいたいなと思っています。
で、今日話し切れなかったですね、アメリカでの他のエピソードとか、
あとユダヤの友達とあとペルシャ人の友達、
あとはですね、ボスニアからですね、戦火を逃れてきた友人とかもいたので、
なかなか結構みんな大変な思いをしてアメリカにたどり着いたりしているので、
その辺ももしよかったらぜひノートを読んでいただければと思います。
はい、それでは今日も聞いてくれてありがとうございます。
良い週末を過ごしください。
12:04

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