1. 存在としての公園
  2. 96 副産物としての
2026-10-30 29:06

96 副産物としての

木は日陰を作るために生えているわけではない。それでも、その日陰で休める人がいる。役に立つために生きていないのに役に立ってしまうものに、値札はつくのか。


【関連情報】ハタヨシユキ/存在としての公園 公式Webサイト/メンバーシップ「存在としての後援」

夕方の公園
公園談義に人間
経験が誰かの役に立つ
課題を解く
木と日陰
副次的な価値
公園で何が起きているか
赤ちゃん
まだ起きていないこと
けん玉だけ
値札のつかない価値
走り回る子どもたち

— 存在としての後援 —

公園活動を応援してくださる方はぜひメンバーシップにご登録していただけると嬉しいです! → メンバーシップのご登録

— お便り —

ご質問やご相談をぜひお寄せください。番組内で考えながらお答えさせていただきます!→ お便りフォーム

— 公園活動 —

  • ⁠公園する⁠: 公園にレジャーシートを敷いて、ただ居ます。日頃の役割を脱いで何者でもない存在として時を共に過ごします。
  • ⁠現象の晩餐会⁠⁠⁠: 完全招待制でレンタルキッチンに集まったまだよく分からない関係性の10人が、メニュー決め・買い出し・調理・食事・片付けまでを一気通貫で行う食事会です。⁠⁠⁠⁠⁠

— SNS —


http://gensho.world/

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

29:06

コメント

スクロール