1. 黙れ!ヤドロク!!
  2. #29 強風じゃなくてもオール..
#29 強風じゃなくてもオールバック
2023-08-05 20:29

#29 強風じゃなくてもオールバック

観方、聞き方、感じ方、色々ありますなぁ・・・

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
毎度お気に入り、番組名を抜けるという、黙れ!ヤドロクということでございまして、
なんちゅうことないんですよ。1日2日に1本くらいあげなあかんな、ということで取りだめというのは要せんのですが、
その時喋りたいなあと思う、何か言いたいなあと思うようなことをふと話してるだけなんですよね。
そんな話、誰が聞きたいのかどう思っているかわからないけど、暇つぶしですやんか。
ちょっと何か作業やるときとかね、ちょっとぼーっとしてるときに聞いてくれあったらいいなと思うんですけども、
皆さんご存知、YouTubeやTikTokやInstagramやSNSでもいろいろ見たはると思うんですけど、
最近ね、YouTubeのショートであったりとかああいうもので見てたら、恐怖オールバックっていう小学生みたいな女の子が、
向かい風に向かってオールバックになるというような流れとるんですよね。
いろんな人がカバーというんですかね、自分の絵でやってみたり、自分が実写でやってみたりとかいうのをね、
よく出てくるわけですよ。あれもう、ざんだけ聞かされたらね、その50万円のおっさんでもね、もうなんかもう、頭から離れへんのですよ。
もう、あの笛の音ね。ピーいう音ね。
その人の頃この作品というんですか、音楽作品というのか映像も含めてなのか、ああいうのなんちゅんかわからへんのですけど、
始めはなんじゃと思うんですけどね、だんだんじっと見ててね、いろんな人がそれをこう素材として使って二次創作って言うんですかね。
三次創作、二次創作みたいなものをやるのって、もともとその漫画とかの同人活動ですわな、
ああいうものの母体というのが日本には結構きっちり、それがサブカルチャーの下支えになってるというんですかね。
なんかそんなこと、そんな難しいこと考えねえんですけどね。
そういう文化があることによって、一個一つ作品が出来上がったら、これええなと思ったらもうみんなそれをパロディーしていく。
その中でまた違う才能がこうふっと出てくるっていうようなものを見れて、
もちろん元のやつもすごいええから、それを使ってなんか自分らもというふうに、実写でやったはる人も何人かいたはるのを見るんですよね。
女性の方で動画作ったら義理のお母さんにいいねされたとかね。
なんかそんな面白いですやんか。平和やな思うわけですよ。
03:01
有名な寿司ラーメンリクさんがやってるのは、お金かけて巨大な風を起こすセットで1日、丸1日かけて撮影したり。
これも出来がなかなかええんですよね。
あんな見たら、元のやつが良かったからにしても、新しい何かを生むアイデアの元として原作が存在してるという。
これは二次創作っていうのがええ悪いという賛否ももちろんあると思うんですけど、こういうふうに作品見ると面白いなと思うんですよね。
そんなこと言い出したら、例えばクラシックのピアノの曲なんていうのは、みんながいろんな人が演奏して、そのいろんな人がやる。
この人やったらこんな感じとかっていうのと同じで、この文化に長けてるって日本というのは素晴らしいなと思うわけですよね。
優秀なんちゃうかなと。
前回話したハラミちゃんもそうですわね。
いろんな人の曲をカバーして聴くのに、自分の思いというか、乗せてアレンジしていくという能力というんですかね。
これがやっぱりこの日本人が長けてるというようなことをやと思うんですよね。素晴らしいなと思って。
これがね、じーっと見てて面白いからみんなやりたがるんでしょうな。
これは見てる側もやっぱり追っかけていくの楽しいですよ。いろんなパターンがあって、この人はうまいことやったなって。
これが今なんてカップヌードルのCMになっとったわけですよね。恐怖オールバックに関しては。
うまいことはやっぱり作ってあるもんですよ。
こういうとこからまたクリエイターが出てくるというようなことですわね。
僕らがこうやってただただそれの感想のおしゃべりしてるだけの人間、こっからは何のクリエイティブなことも生まれへんのかなと思ってね。
すごく悲しいなったんですよね。誰が寂しいね。誰が寂しい中年やねんよってね。
そうやけど、こんな中年にいようけおるで!
若い人が今までやったらいろんなところに所属するなり、難しい編歴を経てやっと世に出てくるものだったが、
もう突然家の自分のテーブルの上からインターネットを返して世界中に発信できて、それを目に留めてくれる人がおって、
これは面白い、この人すごいって言ってワーッと広がるという。
これは日本の人というかアジア圏の人にはもってこいなんちゃうかなというふうに思いますね。
いろんな、既得権益と言うんですかね。芸能界にもどこの業界にもそういう権威がある。
芸術もそうですね。芸術全般、音楽もそうですけど、そういうのも、絵画とかもそうですわね。
もどもど画壇っていうのがあったりとか、どこの大学行っててどこの先生に指示して、
どういう大会を経て今、豪難坊みたいな本みたいなのが出たりとかね。
06:03
そういうの、もうそんなのいらんやんってね。そうなってきてますね。
漫画っていうものであったりしても、絵ですやんか。絵画と変わらへんわけですよ、扱いとしては。
ほんと言うたらね、絵描いてるわけですから。短時間で仕上げたから絵とか、長い時間描けたから絵ってもんじゃないじゃないですか。
ピカソの元々のスケッチみたいなもんも高額取引されるぐらい、シャッシャッと描いたもんで、
ピカソが描いたんやから高額取引されたりするわけじゃないですか。
そういうので考えたら、漫画とかやからどうとか、イラストやからどうとか、絵画とイラストの違いってなんやとか。
もうないやん、そんなんてね。そう感じて。
誰しもが自分の家でやったもんを発信できる。
Twitterなんかでもそうやぞ、SNSもそうですわな。
自分の家でもほんと言ったら落書きみたいに返したもんを載せてあげることによって、
この人すごいないかって、こんなチャンスはないんちゃうかなというふうに受け取ったら、そうやですよ。
これあかんときもあるんですよね。
なしてねーという炎上。何件か見てますわ、音楽なんかでも。
自分ではもうええと思ってるんです。それは間違いないんですよ。
全然いいんですけど、7割8割の人がお前なしてねーっていう。かわいそうやね。
そうやけど、見てる側にもLINEみたいなものがあるんですよね。
ここよりは上とかないと最低限みたいな目が超えてくるというかね。
そんな系やっぱり一億総クリエイター時代というんですか。
こんな時代になってきますとね、やっぱりみんなの舌が超えるというんですか。
目が超えるというんですか。耳が超えるというんですかね。
こういうのはあると思うんですよ。
もう何十年か前から比べたらもう数段そのレベル上がってる。
例えば音楽でもね、日本の音楽レベルってどやねんと僕らの若い頃なんかは結構言うてたもんですよ。
洋楽派生でそっからアジア人がじゃあ204拍は撮りづらいとかね。
日本人は特に1拍3拍で撮るから204拍は撮りづらいんやとかいろんなこと言うてますけど、
今もう日本でできた作品が海外の人にワンダフルって言われるような時代になってきて、
もうその民族だったりとかその地域性だったりとかのものが認められてきてて、
それも日本人がテレビとかでしか見る機会がなかったものが、
もうインターネットで24時間どこにおってもチェックできる状態。
これは耳も目も舌も全部超えますわなというようなことなんですよ。
だからある意味厳しなっとるんやと思うんですよね。
だから叩くっていう文化っていうのは文化に充てるんやと思うんですけど、
09:00
悪いことばかりでもないというのが誰しも心の中にあるんですよね。
たぶんね、俺が言うたらなあかんみたいなね。
ほっといてくれという話なんですけど。
そういう高レベルへ行こうと思ったときに、
このラインより越えんとあかんよというようなもんちゃらを別に誰が言い出したわけでなく、
勝手に下のラインが上がってきてる状態なんやねということなんですよ。
クラスでちょっと上手に漫画描けたら、
お前上手やなっていうクラスのヒーローになれてた時代ってあるじゃないですか。
あったんですよね、昔なんて。
それがもう今そんなんしてもクラスのヒーローにはなれんわけですよ。
もうクラスにそういうのでバンバン同人で物を売ってる子がおったりとかする時代でね、
表に名前出すか出さんか、別として。
そうなってくるともうレベルがね、
もう上がっとるボーカルの歌の子らでもそうですわ、
もう女子高生ぐらい10代の子らがごっつい上手に歌うじゃないですか。
これはカラオケが一時期何度かのブームを経てね、
今もうみんな歌って当たり前。
プロが出したもんをカラオケボックスに行って歌うのが普通というような、
昔は特別なことやったわけですよね、どっかで。
おっさんらがもう砂食いて歌うぐらいの時代があったわけですよ。
それぐらいしかないと、あの、
ヒーローするところが。
家の車のね、カーステレオにはカラオケのカセットが入ったって、
親父なんかが杉両太郎のスキマ風なんかをもうずっとそれで歌っとって、
スキマ風は俺、親父の歌やと思ってましたもんね。
そう思ってたぐらいなんですよ。
そういうところでしか発表する場がなかったし、
ある意味音痴も多かったりと思うんですよね。
練習することないんですよ、必要ないですから。
それが今も、みんな新曲が出たらまず何考えるんだろう、
これ歌えるかどうかを考える。
しまいには人工的な歌のやつを、
人間が歌えるかチャレンジするまで今も来とるわけですよね。
ボーカロイドで人間がちょっと出しにくいようなやつやっても、
もう人間がそれに追随して歌ってカバーしていくようなぐらいのことになってきてるわけでございます。
ボーカロイドももう昔の人とロボットのような声から、
もう今はもう全然わからんというような声になってきて、
技術の進歩はもう突き進んでるわけですな。
そうなったときにもう幼らん、この変歴をね、
僕らもう青春時代からずっと今まで、
この激動の変歴を見てきたわけですけども、
もう素晴らしいの一言なんですよ、それに関しては。
ええとこしか言わないですよ、そんな悪いとこ言うたって、
それは何やったって悪いとこあるわけですから。
でもいいとこの部分はやっぱりフィーチャーしていかないといけないと思うんです。
逆に言うたら、こんなぐらいできたってもう別に表に出せるもんじゃないなという、
自信のない人間もその分増えてくるわけですね。
ちょっとぐらいできたから言うて自慢できへんという、
12:02
その自己肯定感に繋がらへん。
ちょっとしたことができたら自己肯定できたもんができへんなってきてる。
やっぱ自信をなくす、表にデレになるというような人も増えてんのも確かやなと思うんですよ。
ただね、一個もおっさんが思うのは、
それをどこで出すかとかね、どのタイミングで出すかというようなことっていうのは、
大事なことですよね。
ちょっと人の前に出て喋れる。
でもそんなやる気買えない。
ちょっとぐらいできたから言うてプロには負ける。
だけど学校のPTA行ったときに、
ちょっと子どもら集めてワッとお話するときに役に立った。
これだけでも十分すごいことなんですよね。
できるかできへんかで言うたら、できる側に入ったときに、
やっぱり上手に支配んなというふうに言われるわけですよね。
これで自己肯定感あげるしかないわけですよ。
だから時と場所と言うんですか。
どこで出すかというようなことだと思うんですよ。
こんなおっさんでもそういう時あったわけですからね。
だから今は僕と同じように自信なく生きてる初老ですね。
30代後半、40代後半。
30代から40代、50代前まで。
50代の杉ぐらいまでかな。
60代前ぐらいまでかな。
この辺でやっぱり今、変歴を見てきて自信をなくしてる人、
自己肯定感が下がってる人って、
僕と同じようにいっぱいいてると思うんですが、
諦めんとこうと。
何かしらあるかもしれんよと言ってね、
自分に言い聞かすというのが、
自己肯定感につながるかもしれませんね。
そんなふうに思うわけです。
まあまあ、恐怖ウォールバック、
皆さんもいろいろ媒体で見てると思うんですけど、
ただただ女の子が笛吹きながら、
あのー、恐怖の中を、
あのー、風邪やんだらええのに、
言うてね。
すごいなー思って。
いや楽しいですやんか。
何か知らんけど、何にももう意味なんてないですやんか。
この意味のない平和さというのを、
求めてんのちゃうかな、人間って。
こういうのが、
いちいち分析する必要ないんですよ。
面白そうやん、なんでええんです。
分析したからどうやるってことないんですよ。
そうやけどこう、自分の耳、
こんだけ耳につくんやから、
それは何でやろうと考えたときに、
平和を感じさせてくれるというか、
そういうことで、
このぐらいの年齢の人間というのは、
心が落ち着くわけですな。
恐怖ウォールバックよろしいな。
僕もあの動画撮れないと撮ってみたいなと思いましたもんね。
もう台風来てますからね。
台風来てるのにそれやったら、
ちょっと荒れちゃうかなと思うときもあるんですけど、
でも災害で暗くなってるところに、
明るさを思うとやってるかもわからへんしね、
そういう人も。
暗いことばっかりじゃないでも、
楽しんでしまえと危ないねんね。
危ない部分もあるねんね。
気持ちとしては、
いいふうに捉えてあげることも大事ちゃうかなと。
15:01
こんなん不謹慎やないか、
叩くだけがやっぱり面白さやないと思うんですよ。
それをそういじったから、
おもろいわけちゃうぞと。
サマーズの大竹さんなんかが、
お子さんと遊んでるときに、
奥さんが言うとあったんですけどね、テレビで。
なんか、弟をいじると。
素人が簡単にいじるなんて、
注意されるらしいんですけど、
誠に相応やと思います。
人をいじるっていうのは難しい作業ですね。
でも1億総クリエイター、
1億総発信者の時代になると、
やっぱりテレビでやってきた手法っていうのは、
僕らの世代なんかよく知ってて、
同じように人をいじろうとしてしまう。
だけど相手側にはそれが伝わってないから、
いじめられてると感じたりとか、
なんか嫌なこと言われたと感じる場合もあると。
これは人間のいじめの発端でもあるわけですからね。
僕も昔、小学校に2度ほど、
そういう人権の授業とかで、
行かせていただいたんですけど、
例えば、いじめてる側の子に事情があったと、
小学生の子に問うわけです。
A君という子が、
家にお母さんがおるけどお父さんはいけないと。
お母さんが一日一生懸命働いて夜中まで帰ってけんへんと。
ずっと一人で過ごしてますと。
寂しいと。
なんか心のとこにぽっかり穴が空いてるような寂しさがあって、
友達が横におったと。
友達にくっついていったと。
こんな一瞬嫌がられたけど、
自分の方が殻もごついし、
力もあるからやって、
スキンシップを求めた。
これやってる側からしたら、
寂しさの現れ。
でも、やられてる側からしたら、
なにこいつって思うけど、
このやられてる側の子に、
この子こういう事情があって、
今こうやって寂しいねって言うたら、
どう思う?言うたら、
小学生の子ら、
それはいじめちゃうって言うんですよ。
事情が分かれば違うって言うんです。
そうやけど、やりすぎたら、
それはそれで嫌やけどとは言うんですけど、
やっぱりね、
人間、誤解やったり事情やったりっていうのは、
大事な部分やなと、
ちょっと思ったりしたんですよね。
そうなんや。
この子ら、みんな説明があって、
事情が分かったら、
被害妄想として受け取ってる部分も、
たぶんあったんやというようなことに、
気づくというんですかね。
だから要考えてなというふうなことを、
小学生の子に授業したことあるんですね。
だからといって、
100によって100人に事情を聞くことは不可能やろ?
っていう点。
だから、やる側の子も、
自分は寂しいなってどっかで思って恥ずかしいながらも、
人に酔って言ってるけども、
それを嫌がられたかもしれんっていうふうに、
思う気持ちも大事やでと。
誤解というのが、
そういうとこから生まれるんやからというような話でね。
やると、
いろんな感想文いただいた中にもね、
いろんないじめの方法がありますけど、
先生、言うてね。
先生じゃないんですけど、
先生、言うて書いてくれるわけですよね。
なるほどと思いました。
家帰って、
お父ちゃんお母ちゃんとお話ししました。
18:01
それがリアルになれば、
なるほど、
グッと来てしまう。
小学生でもグッと来るんですよね。
お父さんが小さい時にいなくなりました。
これが、
ただただ、
女作って出て行ったっていうのとね、
病気で私別したというのとでは、
事情が変わる。
これ小学生にもわかるわけですよ。
寂しいなぁ。
思うんですよね。
お母ちゃんが、
一生懸命働いて、
子供にご飯食べさせたい、
栄養食べさせたい。
自分の身へもある。
他の子と違わんように育てたい。
習い事も活かしたい。
だから必死こいて朝から晩まで働く。
でも子供は、
それをどっかで事情組んでる。
わかってるけど寂しい。
どうにもならん寂しさがある。
友達横におったらグッと引き寄せて、
肌を寄せ合いたいと思うのは人間の常やと。
この事情わかった時にお前仲良くできるか。
できるって子供ら言うんですよね。
これ素直なことやと思うんですよ。
したけどこの事情を全く知らない人が見たら、
あの子は無理やり引っ張ったり、
無理やり寄せたりすると。
それがもう嫌やねん言うて。
事情を知らん方はただただ、
嫌がらせになってしまう。
ここやわねー言うて。
うーん、なんかその、
その部分で、
みんなお友達のことはお友達お友達、
名前は知ってる、あだ名も知ってる。
したけど、どんな暮らししてるかは知らん。
これがね、一昔前や二昔前、
僕らの子供の頃、もっと前やったら、
どの家庭の事情も分かってる場合が
結構多かったってことを忘れてはかんないでしょうね。
今なんていうのは時代的にあんまり
プライバシー侵害、
よその家のことを詮索するようなこと、
ダメですわね、言うたら。
簡単に言うたらタブーとされてるようなこと。
したけど、事情が分かれば、
それがそういう問題に
誤解を受けづらくなるというのも
ことにあるので、
これ相反してる部分なんですよね。
それ分かってしまったら
プライバシー侵害なんねんけど、
分かったら誤解は解ける。
難しい時代やなと思うんですよね。
そんな中で、
みんな人間関係で悩んでる中、
恐怖オールバック流れるわけですよ。
もう立ち向かって行け、
これはことなんですかね。
これもね、僕らが
それにグッと来るということなんですね。
こんなことばかり言うておりますと、
黙れやぞろく言うてね。
また言われそうですな。
知らん人に。
20:29

コメント

スクロール