1. 黙れ!ヤドロク!!
  2. #36 藤子・F・不二雄SF短編..
#36 藤子・F・不二雄SF短編集 「あのバカは荒野を目指す」を読んで・・・
2023-08-14 17:55

#36 藤子・F・不二雄SF短編集 「あのバカは荒野を目指す」を読んで・・・

今を生きるために読んでほしい作品です。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
お疲れ様です。黙れ、ヤドロクです。というわけでですね、今回はですね、ミスターXからこの漫画を読んで、感想をお願いしますというふうに言われまして、
藤子・F・不二雄先生の短編の中、SF小説ですか、SF短編作品ですかね、小説じゃないですね、短編作品の4巻か何かに載ってる「あのバカは荒野を目指す」という物語。
短い話があるんですが、あらすじというのはね、簡単に言いますと、50を超えた男が過去の自分を説得しに行くという話なんですね。
簡単に言いますと、道を踏み外して自分は今不老者であると。
この不老者である自分が不甲斐ない。
でも過去に道を踏み外した原因になる時点に戻って、本人を説得すれば、こういう生活からもおさらばできるのではないかというようなことで。
そして自分の過去の記憶の中にそういうおじさんが現れていたという記憶もあるということで、過去に戻るというようなことなんですね。
細かく説明しますと、漫画の一シーン一シーンを全部説明しないといけなくなるので、割愛するんですが。
読ませていただいて、何が自分のどこに刺さっていくんやというようなことだと思うんですね。
これをMr.Xが僕にパンと提示するというようなことなんでなんかなと、このタイミングでというようなことなんですね。
近頃僕の人生を考えますと、こうやってラジオで喋っていく中でもお気づきの方もおられると思うんですが、
あまり前向きじゃないなというような部分があると思う。
楽観的ではあるけど前向きではないなというような部分を感じ取れてしまう部分もあるのかなというようなことでございまして。
間違いなくMr.Xも何かしらそれを感じて、僕にこの作品を叩きつけたんじゃないかなというふうに思うわけですね。
実際そのMr.Xの番組内でもあらすじ会と感想会という形で語られてはいるんですが、
今のこの現時点での僕に対してこの作品の重さであったりとか大きさっていうのは、
03:04
多分とんでもなく重たい作品であったというのが正直なところで、
ちょうど親子関係であったりとか夫婦関係であったりとか家族関係であったりとかについて、
過去に戻れるものならば戻ってあそこでうまいことやったらというふうなことをまさに考えてしまう日々が多い状況であったというのが間違いないことですね。
僕は生まれて物心ついて40代半ばぐらいまではですね、後悔のない人生というんですか、まあ好きに生きてきたわけですよね。
子供の幼少の頃っていうのはそこそこ裕福な家庭に育ちましたし、
12の頃に親が事業に失敗したとて、まあ案外楽観的な感じというんですかね。
事実上はよ逃げやったんですけど、自分はもう転校した次の学校でどういう挨拶するかのことしか考えてないぐらい楽観的な少年やったわけですね。
長男で褒めて育てられてのほほんとしてたというのが正直なところだと思うんですが、
そこからの何年間かで経験したことっていうのは、まあしんどいことっていうのはあったんですけど、つらいまではいかないというような楽観的ですからね。
言うてもそういうふうに育ってきたから、ほんとはしんどくプレッシャーに感じることとかしんどく感じることを感じなかったというようなこともあるんやと思いますね。
そうやって考えますと、あの時もうちょっと真剣に向き合ってたら何かしら変わったんじゃないかなというようなこととか、
自分は抗えなかった環境の変化というのはあるんですが、そこで自分がどういう対応をしているかによって確かに人生は変わったんじゃないかと思うんですが、
そういうのはもう全然意識して生きてこなかったというか、今そのときできる精一杯を自分はやってるんやというふうに生きてきてるわけですよね。
その精一杯というのが一生懸命というのとはまたちょっと違うんですよね。
そのとき自分が楽に楽しんで生きてるかどうかというようなことをやったりとか、
自分のできる範囲のことは必死こいてやってるつもりというんですが、周りから見れば手抜いてるように見えると思うんですけど、
06:01
そうやって生きてきたつもりやったんですね。
40何年間、それも人に何と言われようと、それこそこの漫画の中の主人公として出てくる年寄りと、
年寄りと言っても53ぐらいなんですよね。
若い頃の自分というようなことで出てくる、26、7の頃の自分というふうに出てくるわけですね。
自分が戻って果たしてそのとき注意すれば、当時の僕がその言うことを聞くかと言ったら、
まったくこの作品と同じで絶対に聞かないわけですよね。
まったく同じなんですよ。何を言われようとも何も曲げない。
ただ、この人生のどの時点のところに戻るかということもすごく重要で、
これがやっぱり熱い思いを持ってるときに戻ってるからこそのこの状態というような感じ。
最終的に主人公は普通の自分の時代に戻ってきて、
結果この熱い時代の自分を見て、まだまだこれから自分はやれるかもしれない。
そりゃそうなんですよ。53歳ですから。
僕より4つほど上なだけなんで、やれんことはないわけですよね。
とまた一歩踏み出していくというようなことなんですね。
あの熱さ、熱みたいなものがあれば、またやれるんじゃないか。
自分はなんて弱気になってたんだというような、
弱気になってたからこそそういうことを考えるんだというような部分もあるんやと思います。
確かに。現状自分が今、過去を振り返って、
あの時こうしておけばというようなことを考えるのは、
自分がまったくこの主人公と同じ感情というか、
同じ状況というか、置かれてるからやろうなというふうに思うんですね。
呼んだ時にドキッとするというんですか、身につまされるというんですか、
あの時自分がこうしていればというようなことが、
もう出てきすぎてね、どの時代に戻っていいやもわからへんぐらいなんですよね。
なんやったらもう周りのせいにしてね、
親父が事業に失敗せんように注意しに行ったろかとか、
自分のことやのうて人のこと、環境をいじろうとしていったりね、
いろいろ考えてまいりますな。
ただそうなってしまうと、今流れてる、今現状いいことっていうのは僕にも存在してて、
ここにたどり着けただろうかと思うと、それは怖いんですよね。
それは嫌なんですよ。
やっぱりまたどっか自分の中で、自分の生きてきたことっていうのは間違いじゃない、別に言って。
今の結果が良かろうと悪かろうと、自分の選択は間違いじゃないと思いたいという思いも強くあったりするんですね、どっかに。
09:04
それは生きてて今100%目の前にある事象が全部嫌なわけではない。
全部嫌ってことあるんだろうかっていうようなことを考えたりしますと、
僕は全部嫌なわけではないんですよね。必要なこともある。
ただ人生を変えるってことは、その全てのチョイスが変わってきてしまうことっていうことですから、
じゃあそれができるか、もしできたとして、自分はどの時代の過去に戻ってどの時代をいらうんだって言われたときに、やっぱりいらわないと思います。
やっぱりどっかで自分は後悔せず生きてきたという自由はどっかにやっぱり根底の部分に残ってるんだと思います。
ただ、あの時こうすればよかったっていうのは、40何年間考えてこなかった分、今少し人並みには後悔というか、考えることっていうのが出てきたのかもしれませんね。
本当に僕は若いときから、自分の好きなように選択して、人の忠告は聞かず、自分の思いでやってきたと思うんですね。
自分の仲間であったり、仲のいい人の話っていうのは聞くんですけど、うまく自分のほうに向けながらやってきたとも思ってますね。
それで本当によかったこともたくさん経験してます。
そのすべてが無に変えるようなことができるかというと、それも僕できないんですよね。
やっぱり自分を構成する、自分が今こう考えるに至る材料としてすべてが存在してると思うので、
確かに今自分が嫌だなとかダメだなと思うところが過去に起因してることっていうのはたくさんあってですね。
それを本来今までの自分なら後悔はしなかったんですけど、
この年齢、よる年並みという部分ということはあると思うんですけど、
もしもあの頃こうしていればというようなことっていうのは、
どうしても自分の大失敗が原因で人に迷惑をかけるというようなことがあれば、
やっぱりそれはどうしてもそこだけには戻りたいと思うんですけど、
それを変えてしまうと今の自分も絶対変わってしまうので、そうにはなりたくないと思うんですよね。
後悔する自分、果たしてそれが悪いことなのかと言われたら、
僕はしなかった分そう思うんやと思うんですけど、
今後悔をしてる自分というのも悪くないと思ってたりするんですよね。
今までしてないんだから後悔ぐらいしなさいって言われてる気もしてですね。
12:01
本当はみんな人並みで言いますと、
それぞれの人が自分の人生に行くばっかりの後悔をしながら生きてると。
あなたはそれをしないままここに来たんだから、
今普通の人がした分ぐらいの後悔は目一杯するべきじゃないんですかって言われてるような気がして、
この2,3年過ごしてるというような部分はもちろんあります。
しかしこの物語の最後に主人公が、
まだまだ自分にも何かやれるんじゃないかと前を向くわけですよね。
その熱のある20代の自分を見たことによって刺激を受ける、そうなんですよね。
やっぱり人間ってきっかけって必要やと思うんですよ。
これやろかとか、これピンと思いついたとか、これどうですかと声がかかることとか、
何かきっかけというのは必要なんやと思うんです。
この主人公にとって過去に戻って自分と対峙する、熱を帯びた若い頃の自分と対峙することが、
今の自分を変える引き金になった、自己啓発みたいなもんですよね。
僕は自己啓発本というのは否定派なんですよ。
あんなもんで自己啓発せな、でけんぐらいならしなくていいと思ってるほうなんで。
でもこの藤子F先生の作品というのは、
自然に自己啓発できる作品というのがたくさん載ってるものなのかもしれないなと思いましたね。
30代、40代、50代が読むにあたって、改めて振り返る。
振り返るだけじゃない、返り見るっていうことが重要なことなのかもしれんなと思うんです。
まさにそれを返り見て後悔しなさいとか、罪を背負いなさいとか、そういうことではなくてですね。
返り見ることで得れるもの、これは一つの刺激ではないかと言われてるような気がしたんですよね。
まさにこの主人公がそこに刺激を受けた。
人間というのは刺激を受けることはすごく大事なことですよって言われてるような気もしたんですよね。
刺激があるためには刺激があることに着手しないといけない。
動かないといけないんですね。まさにじっと座ってるだけではいけないっていうことなんだと思うんです。
まさに今、自分がそれをご自己先生に言われてるような気がしたというか、
動きなさいよと言われてる気はしましたね。
ただ現状、年齢だけではなくて状況とか環境で、そんなにすぐ何をと思うんですけど、
15:02
散歩するのが動くというわけではないんですよね。
心がまず動かないとダメってことだと思うんです。
この主人公のように最後、熱くなって何かできる、その何かはわからへんけど、
何かできるんじゃないかって言えてしまう、口に出してしまう。
これがまさに心を動かした瞬間だと思うんですよね。
心が動かないと体は動かないんですよね。
心が動く前に体を動かせという方もましておられます。
それは多分若い頃、僕らは死ぬほどやってきたことなんかもわかんないです。
考える前に動いてしまった。深く考えずにやってしまった。
でもそれだけに勢いがあった。熱もあった。
今この年齢になってその熱だけを思い出すということはできないんですよね。
何でか言ったらすぐ動いてないですから。
だから動くきっかけになるこの熱をまず思い出しましょうっていうことなのかもしれないなというのが、
僕のこの作品を読んでの感想です。
素晴らしい作品をMr.X提示してくれたんやなと思うんです。
僕の生活を見てるんちゃうかと思うぐらいドンピシャなタイミングで送ってくれたなと思うんですね。
別に特に覗いてるわけでもなく見てるわけでもないんでしょうけど、
何かしらMr.Xが僕に対して思いを持ってくれてる部分なのかなとちょっと思いますね。
いつもこぶされてる気分になると言うんですかね。
お尻を叩かれてる気分と言うんですが、がんばってくださいよって。
特に僕がMr.X、彼に何かを施してるわけでなく、何かを与えてるわけでもないんですが、
彼は常に何かを気にかけてくれてたりしてるんだなということを感じてしまいまして、
感動してる部分もあるんですけど、
突きつけられた作品はもう一度考えなさいと言われてる感じがしましたね。
誠にありがたい作品でした。
その分ものすごく重たく自分にのしかかってる部分もあるんですが、
重たく感じるのも刺激を受けるか受けないかで変わってくるという部分もあるなと。
まさにこのMr.Xにですね、日の後の言わんと黙って動けやどろくと言われてるような気がしました。
ありがとうございました。
17:55

コメント

スクロール