まあそういうわけでね、今回も本当にいろいろご協力いただいてますが、この後もっと本当に皆さんにご協力いただかなあかんことは、もちろん歌詞、提出していただくと、今回どれぐらいの方が来られるのかわかりませんよ。
前回もね、楽しんで出してくれた方がおられれば、まあ出してみたけどなというような方もおられるんやと思うんですよ。
これはもう私はなんとも言えません。僕のセンスでね、曲付けさせていただいてるんで、それがなんとか納得できへんなという方がおられても仕方ないと思ってますんでね。
これはもう皆さんご協力いただいてるから、私それでもなんちゅうことはないわけでございます。ありがたいなしかないわけでございますね。
なかなか気に入らんかった、話題に昇らんかった、申し訳ないなという感情の方が強いわけでございます。申し訳ないね、ごめんなさいねというような感じでやってるわけでございますが、
さすがにそこを私がね、じゃああんたらの言うてることをよく聞いてやろうかと、そういうわけにいかへんわけですよね。
これはもう私のセンスで付けさせていただくというところでございますから、なかなかやっぱりそこはね、好みがあうわわんちな人間ちなありますから。
だけどそれを楽しんでいただいてる人ばっかりで、私イメージしたのはこんなのやったけど、やだらくさん付けた曲こんなのやったらなかなか面白いなって思ってもらったらいいわけでございます。
それでまたご自身で普通のAIとか使って、他のAIでもよろしいんですが、そういうのを使って曲付けてみたらこんなんできたんや、
言うて話題に上げてもらうというやり方もあるわけでございますね。そうやって遊んでいただくというようなことでございますから。
まあ年末ね、今年もね、なぜか2年連続大晦日に配信することになっておりますが、本当に大丈夫かしら、言うて思うんですけどね、
結構な方はね、見てくれはるんですよ。びっくりしましたね。
あのYouTubeなんかね、あれ1人何回見てんねやろうな、あれわからへんけど、1000回超えてるんですよね。
私200人ほどしか居てへんで登録者、それを1人分は5回以上見たんか、言う話になる?そんなわけないわな、言うてね。
それがもう1000回以上回ってるというようなことやから、なかなか1000回回るってなかなかないんです私らチャンネルなんかね、
だって私黙るやろ、このチャンネルでこれ聞いてくれたのに3,40人しか居てへんやで。
YouTubeでやったら1000人聞くんやからね、わけわからへんねん、ドラえもんしてんねんと思ってね。
他のアップルポッドキャストやったりとか、他の媒体でも流れてますから、それを総合したらどれくらい回ってるのか全くわけわかりません。
ただしね、やっぱりヤドベスの時だけはね、いつもやったら3,40人の人が聞いてくれて、ここでお知らせ、いろんなこと言わせてしゃべってあんねん。
聞いてへん、誰も。聞いてへんけど、いざ本番や言うたらもう200回ぐらい回る、200回以上回ったりするんですよ、不思議だな。
普段聞いてへんねんな、わかんねん。いや決して嫌味で言うてるんやないよ、普段も聞け言うて言うてるわけや。
聞かえてへん、別にそれ求めてへん、何も別に好きでもないのにあんた、えー黙っておっさんが関西弁でしゃべってない、
何言ってんねんこのおっさん、そんな人聞かれたらお前もしんどいよ、精神的にな、せやろ。
せやろ、楽しんでくれはったらええよ、元気かいって元気いいって言うてる人はいてんねん、何人かな。
そういう人らにだらしゃらな、言うて、追いかけてるみたいなもんだっせ、せやろ、そうやろ。
それで元気やったら元気やったら元気やったら今度はお茶でも飲みに行こか、ちなもんでね。
そういう感じの番組ですからね、来やすいしてもらったらよろしいんですけどね。
この間、みんな違ってみんないいですか、みんちがっていうところのジャック回というのがありましてね、
やだろくさん、言うてどうでか、ちゅうてね、声かかったもんですから、よっしゃ、言うてね。
ちょっと生きる生きらへんという関西特有のこの感覚というのをお話しに行ったわけでございますけど、
つんさんの奥様が関西出身、大阪出身ということでね、最後の最後ずるいですけど振ってみてね、
こんなちゃんとしたアンサー回をパーンと出してくれた、お二人でカーンと出してくれた、あれ嬉しいね。
ほんでまたちゃんと細かく奥様が要望に応えて説明してくれた、何ともありがたいことというかね、
こういうやりとりが面白いですやろ。
おっさんこんなこと言うとんだけど、ちゃんとやっぱりつんさんとかつんさんの奥さんはそれに応えるんじゃなという、
こういう表現になると言うんですが、ありがたいなと言うと。
また生きる生きらへんというのはこれ、ね、面白いでしょ、なんかこの感覚って、
なかなかつんさんもこうなかなかこう最後まで、最後の最後ぐっとこう入ってくると、
なかなか難しいというような話もしてありましたけど、面白いですわな。
人間ってのはこう、調子に乗るというようなことあるわけでございます。
ましてやね、調子に乗らなあかん時だってあるんよ。分かるんよ、それも。
生きらなあかん時もあると思うんよ。
しやけどね、それを継続してあかんのよな。
瞬間的でね、それはって。
やっぱそれを継続してまうことが、生きてるっていうところに入っていってしまうというのかな。
なんでかってこれは、本人が自分がその位置に居てるってことを気づいてないっていうところが大きな要因というようなことですな。
これが、まことにこう周りから見てるとハラハラドキドキするというんですが、私ら関西の人間からしますと、
生きてる状態の人を見るっていうのはドキドキする。
あ、この人大コケしやるでって、これがまたね、若い時だといいんですよ。
これつんさん、つんさんの奥さんも言われてましたが、若い時に勉強しとくものというか、
若い時にやってるんやったら別に許されるとこあるんですよ。
なんでかってそこで頭打って、でも頭を打つことも大したことじゃないと、若い間は。
これが30を超えてくるとね、打ち方がひどいになるときあるんですよ。
やっぱり周りがね、その、気遣わんなんときある。
これ距離感にもよりますね。
いや別にほといてもええんやけど、ほとくにしてもなんかこう、なんていうような、
こういうの回ってくる人たちがいてるんですよ、役割というんかな。
特につんさんとかはね、その役割に回ることが多い人だね。
聞いてるとね、あの人はもうみんな違ってみんなええん言ってるわけやから、
かまへんかまへんと、おろかわいいと言うんですか、そういうことも出てきますわな。
だからこうかもたるというか、まあ別に深底かもてるという部分までいくかどうかわかりませんけど、
これはつんさんに聞いてみればわからんけどね。
こう、なんていうんかな、バッと来たときにこう、
よしよし、一回そこに座れという風にやってくれる人、これはなかなか少ないんですね。
それに気づかんと、そのまま続けてしまう。
つんさんはある意味最後の取りでやでって思ってはね、
あの感じで受け止めてくれる人って最後の取りでなんですよ。
それでもう聞かれへんやったあんた、もう知らんでっていうラインがありまんねん。
そのライン越えた人はもう村八部やわな。
だからね、要は日本の村八部の風習がね、こういう犯罪者を生んだとか要は言うでしょ。
理由はありまんねんやっぱりな。
なんでか言うとやっぱり少なからず、ものすごい少ない人数のコミュニティでも、
やっぱり多少なりとも協調性というものとか、人を気遣うとか、
人が心配しとったらそれにちょっと気をつけてみるとかっていうこの相互関係みたいなものは要りますでしょう。
コミュニケーション能力というんですかね。
それはめっちゃコミュニケーション能力高くなくてもいいんですよ。
ごく少数の中でも最後のとりでそこだけ一対一でもよろしわ。
もう一人でも理解してくれる人がそこで、かまへんかまへんお前それでもかまへんにゃって言うてくれる人間が追ってくれたらええんですよ。
その最後にこう言うてくれる、これは仲良いか悪いか別であんねん。
これ言うてくれる人を無視したらもうそこで終わる。
気づいてへんねん本人。
ざーっと引いてくやん、周りが。
これね、私はみんなに無視されてるって言い出すわけや。
被害者になっていくわけやな。
これつらい、見てて、そういうのは。
だけどね、それをこう第三者が違うところから見たら、いやあの人らいじめてるわとかね、あの人を無視してるわっていう人もいてまんねん。
ちがうねん、その前の段階の物語をあんたら見てへんやろう言うて。
わたやら何回も言うてるし何年も我慢して、それでも言うこと聞きゃらへんやん、この子を言うて。
しゃーないねん、わたやら一緒にできへん、何もできへんねん、言うて。
いう状況に至っての村八部。
村八部いう言い方はまた出やろうな思うけど、やっぱ関わらんとこと、うっすら関わらんとこと遠まきにこう距離を置き出すわけですよね。
その時点だけを見たらね、そこを切り取ったら、なんてあのコミュニティの人らはダメなんだ、心が狭いんだというふうに見る人もいてるわけですよ。
わたしは味方ですよって寄って行かれるんですよ。
ほんでまたその寄って行った人が、その人の自分も負けへん部分と言うんですか、そういうのを見たときに、何やこいつって言うて、離れて行きます。
それ繰り返すんや。
何が起こるだろうね。
一旦このコミュニティでおられへんだり、違うコミュニティ作ったりとか、違うコミュニティに参加するんですよ。
そこで同じことやる。
同じとこでまたおられへんだって違うとこ行くんで、渡り鳥みたいになっていく。
こんな人よく行ってまんねえ。
それが生き方や言うてしまったら、わたしそれでええねえん中やったらそれでええんですよ。
じゃけど、いやいや言うてる人のとこに寄ってったらダメなんですよね。
たまにこれが無敵の人と言うんですか、こういう人いてあるんですよ。
わたしはこういう人たくさん知ってますけど、入っていくんですよね。
もうええであんた。そこおりもう動かんでええもん。何で動くん。
言うのにまたちょっと時間経ったら大丈夫かなあ言うて覗きに来る人。
これもまた問題があるんと思う。
ええねえん、じっとしといてええねえん別に。
あんた動け言うてへんねえ。何で動くの。
思うにじっとしとったら何も問題ないのに黙っとったら問題ないかなあ言うて。
何でうろちょろしないなあそこ。
言うてね、こうなるわけですよ。
やっぱりこれね、一回こうなったもんがまたうろちょろしだすとイライラするんですよね。
これね、人間難儀なもんです。
やっぱり何でか言うとね、それが入ってくることで、きれいに回っとった円というものがやっぱり波打つんですよね。
波打つと何がしんどい言うたらね、
ほんまはみんな人間ちなみにこう人の場合中なんとかっていうのは波下で畳むことが一番平和で楽なわけですよ。
気にかけんでええという状態まで持っていきたいわけです。
誰だって。なんでか言うともう気使いすぎたらしんどいし、
使わなんだら自分が赤になってまうしというようなこのうまいバランス取れたところでみんなぐるぐる回したいわけですよね。
そこでポーンと横から波が立ちますとね、それを調整せなあかんようになってくるわけですよ。
いろんな人間が周りに立ってる人間ですわな。
ちょっとそこ飛び出てるからちょっと抑えて。
ちょっと内側にこれ張り込んでるからちょっと外側にこっち寄せて。
こういうことをせなあかんのですよ。
これがめんどくさいんです。人間関係の中でそれやらなあかんのが一番めんどくさいんですよね。
それがまたね、距離近い例えば一つの会社の部署やと言われたりすれば、
これはもう強制的にやらなあかんもんやから調整役というか上役がそれを本来やるべき。
やればいいやらんというようなことでこう間に入って、
君らどないせんねこないせんね言うて話して都合をつけて波を収めていくということができるけど、
これがね旗とこう例えば趣味の世界だったりこういうネットの世界だったりとか、
だったらこれやる人いますかという話なんですよ。
やんわり誰がその輪の中に入ってるかもようわからん。
もしかして入ってるつもりの人でも入ってなかったり、
入ってないつもりの人でもやんわり入ってたりっていうような人がおる曖昧な輪の中でこれが起こりますと、
誰も止めに行かへんわけですよ。
何が起こるかというとふっと気づいた人がポンと指で弾く。
こういうことが起こってくるわけじゃない。
これせなんだら余計波が大きくなっていろんな人を巻き込んでというようなことになって、
もう綺麗な円が崩れるというようなことになるわけですからね。
その崩れた円を見て崩れてるやん誰のせいやというふうになる人もいてるわけです。
もう違う輪の中からよそ見たらあそこの円がえらい崩れとるやないかというふうに見えたりね。
だいたい先に私が被害者ですって言うた人が被害者になりますねこれ。
不思議なもんでね。
私やられてます。
先言うたもがんちゃん。
だいたいその私被害者ですって言うたやつが一番悪いだいたい。
これしゃあない。
こんなもん昔からすやん。
でしょ。そうなんですよ。
だいたいそうやねん。
自分から被害者言うてまうやつがだいたいもう原因だな。
そうやろ。
そんなんいろんなことあるで。
これが生きりの行き着く先なんです。
わかりますか。
生き切るとこまではみんな笑うて見てるんですよ。
アホやなあ言うて。
この以上行かへんかったらええのになあ言うて。
それが生き切ったときどうなるかと言うことを考えてへん。
なんでも周りが言うんですよ。
あんたあかんで。
それにしたらお前波立ったらお前おられへんなるで。
みんな知ってんねんやん言うて。
行き着く先を。
でお前そういう状態で気づけよと。
言うわけですよ周りは。
俺そんなことあるねん。
俺できてんねんや。
何ぬがしとんじゃ。
アホかよ言うて。
俺らバチッとやっとるからなあ言うて。
まがしと考えて突き進むわけですよね。
で途中ではっと周り見たらもう誰もいてん。
飛び抜けて戻るんですよね。
その輪の中から。
で飛び抜けてもあれは関係あらない。
次の輪作ったららって言う人には大変ですけどね。
案外これやるこっちのはね。
そんな根性はないんですよ。
だいたいが。
誰ぞに助けてもってそこの位置におる場合が多いわけですよ。
それがわからへんなんじゃなあ。
これがこういう状態を生きるという状態になっているということでございますからね。
四語行く末と言うんですかね。
人間関係コミュニケーションというのは難しいもんやなあというふうに思うわけでございます。
かく言う私も女の人だろくさんあんた生きたことないんかと。