事情があったんだよっていう。
聞こえるかな。
だけどなんかこのドキュメンタリーはなんかそういうものですらなくて、なんかもっとあの複雑っていう。
ほうほうほう。
なんかね、その被害者の人にもインタビューしたいって言うのね。
あー、暴言吐かれた、カフェで吐かれた人にもインタビュー。
インタビューしてて、でその被害者の人もその彼が有名な人だって知らなかったから。
普通に警察呼んで訴え起こしたんだけど、逆に訴えられるみたいな脅しが来て。
で、いやでもやっぱりそういう人だったなっていうことを動画があるっていうのを貼って。
もう世論がこうコロコロ変わったりとかして。
あー、まあそれにある人巻き込まれたわけよね。
巻き込まれたよね。
その自分も嘘つきだみたいな言葉あれをしてたと思ったら、今度はいやそっちは正しかったみたいになって。
その人も完全に精神を病んじゃったね、それで。
で、当時は。
つらい。
当時はなんかその裁判の時も、その被害者の人がジョン・ガリアンのことを擁護するようなことをコメントで出したりしてたわけ。
かわいそうだと思って、なんかそういういろんな事情があったのかもしれないからって言ってたんだけど。
そのこの映画の中でインタビュー。
その事件が10年ぐらい経った時に、あの自分はあんなことを言うべきじゃなかったって言ってたね。
彼を擁護するような言葉をかけるべきじゃなかった。
彼は本当に人種差別的な人間で、いまだに全然許してないみたいな。
なぜなら自分はその詳しくは言わないけど、あれによって本当に精神的におかしくなって。
彼の弁護士が言うには本当にそのなんか普通の生活がままならない状態までいったっていう話だし。
で、一方ジョン・ガリアンの方はその事件の後に、そういうアルコール中毒とかだったし、完全に精神おかしかったけど、そういう施設に入ってリハビリみたいなのを受けて。
で、ユダヤ人に対する差別的な発言みたいなのも、そのユダヤ教のラバイっていうのかな、そういう役職の人、宗教上のそういう有名な人の下で、ユダヤ文化みたいなのをしっかり学び直して。
しっかりその理解を深めるみたいなことを行って、マルタン・マルジェラか、ファッションブランドのデザイナーに復帰してんのね、何年後か。
治療と後世を経て、ある種社会復帰を果たしたと。
で、彼のインタビューの中でも、その裁判の時に、ちゃんとその被害者には謝罪も行ったし、自分はもうそもそもそんなつもりじゃなかったと。
人種差別的な人間ではないし、本来は、みたいな。
なるほど。
と言ってね。でも面白いのは、そのやっぱ被害者側の話を聞くと今度は、自分は一回も謝られてないって言ってる。
ああ。
そこにめっちゃ深い断絶があるの、なんか。
ああ、なるほど。
だって本当に反省してるのは、手紙を書いたり、会いに来たりして謝ったりとかするじゃないですか、みたいな。
彼一回もしてないから、本当に許してないし、みたいなことを言ってる。
でもジョン・ガレアナの話を聞くと、裁判の時にちゃんと彼に直接謝罪もしたし、許してもらったと思いますか?って言ったら、うん、もらったと思う。
うーん。
今すごい顔してるぞって言う。
どっち合うの?どっち合うの?これ。
でもね、思った以上にやっぱりその簡単な問題じゃないっていうね。
うーん。
プラス、やっぱりそのジョン・ガレアナって天才って言われるだけあって、まあ常人じゃないんだよね、その感性とかもやっぱり。
ああ、その、我々が共有してるような常識があんまり共有できてない。
うん。その事件があった後とかに、復帰に向けて動いてる段階で、そのユダヤ人のファッション、ユダヤ系のファッションみたいなのをして、ニューヨークの街を歩いてるのとかを撮られたりとかして、復帰がなしになったりとかしてんの。
はあ。
大概嫌、本当に。
大概嫌。
大概嫌ぞ、本当にそれはなあ。
し、あんまりその、この映画に出てくるインタビューされてる彼を見ても、そんなにそのなんかシュンとしてないわけ、やっぱ。
うーん。
彼の中ではちゃんと構成して、あの、見そぎは済ませてるし、本来はそういう人間ではないっていう自負もあるから、楽しそうに話したりとかもしてるし、
旗から見ると、確かに被害者側から見ると、すごい反省してないのかなっていうふうに見えたりもするっていう。
でも本来そういう人なんだと思うわけ、その人は。
ああ、なるほど、その悪びれてないわけじゃなくて。
なくて。
うん。
そもそもその、ある種そういうこう、悪びれた反省顔みたいなのができない可能性もあるのではないかと。
うん。
うん。
そこで何か出てくるのが、フロイトの言葉で映画の中で引用されるんだけど、成功っていうのは神経症の副産物だっていう。
ああ、フロイトっていうのはね、神創心理学者だよね。精神分析っていうジャンルの心理学を始めた師匠の人。成功は?
成功は神経症の副産物だ。
ああ、神経症っていうのは心の病気だね、要するに。
心の病気。
簡単に言うと。
で、実際そのジョン・ガリアンの幼少期に、まあ親から虐待みたいなのを受けたりとかしてたっぽくて、そのこととかも話してるんだけど。
うん。
そっから逃げるために復職の道に進んだっていう。
なるほど、なるほど。
まあ、あるんだよね。
うんうんうん。
いわゆる俺らが想像するその普通の人みたいな反省の仕方とか、生活の仕方はやっぱできない人なんだ。
うーん。
そこそこ成功した人で才能もあって、努力もしてる人っていうので、これすごい難しい問題だなっていう。
なるほど。
うん。
うんうん。
一戦超えたと判断されたというか。
うん。
で、その結果みんなが用意どんどんピストルが鳴っちゃったわけね。
うん。
パンって、用意どん!ってバーっていくっていうことになってんだけど、何て言ったらいいのかな。
多様性だっていうことで言えば、そういう人たちの気候みたいなのもある程度許容されるべきなのか。
うん。
つまりある種の神経症患者だということになってして。
というかもう別に神経症であろうとなかろうと、ある程度みんな許容されるべきだと俺は思ってるんだけど。
ああ、なるほど。
人を殺めたとか、実際裁判である程度ちゃんと見られるわけじゃんか。
上場、酌量みたいなものまで見られるんだから、問題発言みたいなものも本来はある程度みんな許容されるべき。
ああ、そうなの。
だと思うんだが、一方をそれで傷ついた方はどうしたらいいんですかっていう、その憲民みたいなものがすげえこの映画に現れてるっていう。
その断絶みたいなのが出てるし、その差別的な人間だあいつはっていうのもさ、
この映画の中で出るジョン・ガリアーノが暴言を吐いてる動画とかを見ても、なんか酔っ払ってる感じではあるわけ。
なるほど、なるほど。
俺が見るになんだけど、その時の精神状態とか、ジョン・ガリアーノの精神状態とかも、この映画で描かれてる通りに俺はそのまま見たときに、
なんかね、差別的な態度を取るとか言って、簡単じゃんって思ったわけ。
ははは、なるほど。まあそうだよな、その通りだよな。
要はさ、なんかムカつくやつが目の前に出てきましたと。それが何人であろうと、肌の色が何であろうと、どっから来た人であろうと、どういう見た目であろうと、悪口は思いつくじゃん。
まあね、性格悪いからね。
そう、いや別に全員にそういうことじゃなくて、こいつを怒らせるためにはどんな言葉を選べばいいかって、誰でもできることじゃないっていう。
そうね。
そのユダヤ人だなって思ったら、そのヒトラーのことを持ち出しとかさ。
じゃあアメリカ人だったら、なんかすげえハンバーガーばっか食ってみたいな、低度の低い悪口とかね。
日本人であっても関西の人だったらとか、東北の人だったらとか、九州の人だったらとか、東京人だったらとか、見た目がでかいのか小さいのか、肌の色がどうなのかって、
その人が嫌がりそうなことを思いついて言ってるだけにしか見えなかった、そのジョン・ガリアーノがやってるのは。
なるほど。
問題は彼の中にあって、他者に対する攻撃のためにそれを引っ張ってきてるっていうだけで、本来本当にそんな、じゃあユダヤ人の友達がいないのかって言ったら多分いるだろうし。
ねっから本当にユダヤ人が大嫌いだみたいな人って、いるのかもしれないけど、あんまりいないと思うわけ、これは。
なるほどね。
でも差別的な行動は別に取れるじゃんっていう。
ってなった時にそれをどこまで断罪するべきなのかって。
つまりそこに思想はなくて、それこそ神経症的に、他者に攻撃の刃を向けないとぶっ壊れてしまう心の状態っていうのなんだったと仮定して、ガリアーノが。
それをどこまで許容するのかっていうことよね。めちゃくちゃ難しいよねこれ。
そう、めちゃめちゃ難しいことを描いてるなと思うし。
だって、しかもガリアーノ事件の場合、前から聞いた内容しか今把握できてないけど、やっぱり被害者がそれで人生がちょっとつまずくっていうか、ちょっと変わってしまうぐらい傷を負ったっていうことなんだとしたら、明らかに君にも事情があったんだねは最高日になっちゃうね。
優先順位で言ってる。
なんかよくあるこういう系の弁明系みたいなインタビューとかさ、独白するみたいなのってそういうふうになりがちなんだけど、この映画はちゃんととはいえこの人の人生かなっちゃいましたってところまで描いてるのがすごいなって思う。
そうか、だから安易に一直線にしてないわけだ。
もっと複雑だし、それもちゃんとジョン・ガリアーノも了承して作品に出てるっていう。
なるほど。
それですげえ考えさせられたし、同時にジョン・ガリアーノって本当に天才的だと、才能があるって言われてる人だったから、その後リハビリ施設とかに入れて。
まあそうだな。
マッション業界も彼は本来はそういう人じゃない、彼の才能は本当に必要だからって言って仕事も来て、みんなが一応ちゃんと許してあげるっていう道筋を作ったわけじゃないか。
これでも一般人はどうしたらいいですかねっていう。
本当にだからその、天才だから救済措置の道がある種お膳立てもされて、本人も頑張ったんでしょう。ラビから教育も受けるとか、でもそれももしかしたらマネージャーがね、プロデューシングの人がやってるかもしれなかったり。
ってなったらあれ才能無罪みたいなことですかみたいな。
お金もあったし、ちゃんとそういう、やっぱりファッションによっていろんな人を感動させたから、今新しいファッション業界を目指す人はみんなやっぱり尊敬してるって言って、あなたによって自分はあの人生が変わったんだってファッションの道に進んだんだとかいう人とかもいっぱい死ぬほどいるわけ。
いやあ、そうか、宝石もあるわけね。
宝石もある。だから許されるのかっていう問題でもないし、じゃあ一般の普通に生きてる人もそれはだって暴言吐いたりとかするじゃん。炎上したりとかもするでしょう。
イメージじゃなきゃ燃えたりしないのかもしれないけど、日常生活で自分の心の中の問題が外に出て、他人を傷つけるようなことを言ったりし続けている人、そこに目を向けずに、自分では全然気づかずそれをやり続けている人はどうしたらいいんですかねみたいなことまで考え始めて、結構いろんなこと考えたんだよな。
恵まれてるなと思って。
そうだよな。ガリアノはガリアノだったからよかったけど、全然何にもなしアーノだったらこいつは。
なしアーノだったら変なやつだ、本当に頭のおかしい奴だって言ってどんどん孤独になっていくわけでしょ。
転落していくかもしれないよね。
いやなんかちょっともうやっぱドキュメンタリーってやっぱなんかさ、良質なドキュメンタリーって本当に複雑じゃんなんか。
まあ一個主張をするドキュメンタリーっていうのもいいと思うけどね。ただ世界の複雑さがそのまま作品に現れてる作品なんだろうな、そのドキュメンタリーは。
そうなんだ。
いやーしかもアクチュアルな、今やってっからね、なんかね。
そうやってんね。
ちょっとちっちゃいバージョンだけどね、すごく。
そう。
ちっちゃくないのか、ごめんごめん、ちっちゃいとか言っちゃダメなのか。でもやってるわけだから、今でもリアルな問題なわけだよね。
そのキャンセルカルチャーみたいなものを描いてるけど。
しかも結局、被害者が本当は被害者じゃなかったとか、やっぱでもガリアーノが悪かったみたいなのとかも、本当に間接情報で周りが、周りがっていうかもう、ガリアがというよりは競技場の外の我々を騒いでるだけ。
駐車場。
そう駐車場で。
音漏れ。音漏れで。
音漏れだよな、本当に。どうもなんかドジャースが打ったらしいみたいな、カキンって聞こえたような気がするみたいな。
それでワーってなってる。
そのレベルでワーとかやってんのが、もう一番おろかしいっちゃおろかしいし、本当は当人同士でやるべきことだったりとかいうところもちょっと考えたりするよね。関係ないんだから黙っとかなきゃっていうのは結構俺思ったりする。
まあそれプラスやっぱりそのジョン・ガリアーノというのは基本おもろいおっちゃんであるっていうところ。
ああ、人柄問題っていう。
でもフワちゃんとかもそうなのかな。
いや多分そうなんでしょ。だっておもろい、なんかあんま知らないけど。
俺もあんま知らない。