ホワイト・ホライズンと行き先を失ったマキ
ここは、星降る夜にだけ、ひっそりと明かりが灯る店。 星空カフェバー・エトワール。
このお店には、メニューはございません。 その夜、その人だけの思いに、星のきらめきを重ねた、特別な一杯をお作りいたします。
今宵、お客様にお出しするカクテルは?
お待たせいたしました。ホワイト・ホライズンでございます。
わぁ、きれい。真珠みたいな色。
水平線の向こうに広がる、まだ見えない未来を映した一杯でございます。
水平線かぁ。なんだか、旅に行きたくなりますね。
え?旅行がお好きなんですか?
はい。昔はすごく好きだったので、独身の頃は、休みの度に、次はどこへ行こうかなーって。
世界地図を見るのも大好きで、そこも行きたい、あそこも行きたいって、考えてるだけでワクワクしたんです。
じゃあ、今度はどちらへ?
それが、最近わからないんです。
行きたい場所が?
はい。どこか行きたいな、とは思うんです。
でも、じゃあどこ?って聞かれると、何も浮かばなくって。
それに、最近仕事も同じなんです。
私、今、フリーランスで仕事をしているんですけど、これから何をしたい?って聞かれると、うまく答えられないんですよね。
あったと思います。
いつからか、自分が何をしたいのかわいてこなくなって、なんだか、行きたい場所がわからないまま、地図を眺めてるみたいな気分なんです。
お店にも世界地図があるんですね。
なんだか昔の自分を思い出します。
よろしければ、この一杯を。水平線の向こうに何か見えてくるかもしれません。
いただきます。
会社員時代から続く他人との比較
コクテルを一口飲んだマキは、昔のことを思い出しました。
会社員として営業をしていた頃のことです。
マキさん、今度の中野少女のコンペ参加する?
ゴルフですか?
そうそう、マキさんの取引先の社長も来るみたいよ。
こういう付き合いって結構大事なんだよね。
そうですよね。
ゴルフとか接待とかってさ、気も使うんだけど、仕事の時には聞けない話が聞けてさ、趣味とか家族の話とかしてると、なんか距離が縮まるのがいいんだよ。
マキさんももう少しそういうのやってみてもいいんじゃない?
はい。
マキはその言葉を何度も思い返しました。
自分なりにお客様のところへ足を運び、丁寧に仕事をしていました。
営業成績も決して悪くありませんでした。
それでも周りの人を見るたびに、自分に足りないものが見えてきました。
私ももっと人付き合いに積極的にならなきゃダメかな。
みんなみたいにもっと距離を縮められるようになった方がいいよね。
こうやって自分ができていることより、人ができていることばかりを見るようになってきました。
フリーランスで未来を言葉にできない焦り
そしてフリーランスとして仕事を始めた今も、どこか似たようなことがあったなと思い出しました。
ある講座でこんな質問をされたのです。
あなたはどんな未来を作っていきたいですか?
周りから次々と声が上がります。
私は自信のない人を助けたいです。
幸せな親子を増やしたいです。
子どもたちが笑顔でいられる未来を実現したいです。
自分の目指す未来を迷いなく言葉にしていました。
けれどマキは何も言えませんでした。
みんなすごいな。私も何か言わなきゃ。
こういう時ちゃんと私はこんなことしたいですって自分の言葉で言えないとダメだよね。
あー何か言わなきゃいけないのに。
けれどどれだけ考えても自分の言葉が出てきません。
どうしよう。ほんとわかんない。私何がしたいんだろう。
焦りが募る中マキはふと気づきました。
自分らしい仕事をしたくて始めたのにまたみんなみたいに言って
自分以外の誰かを見ているかもしれないと。
私ずっと他の誰かを見てたのかもしれない。
会社員の頃はあの人は営業向いてそうでいいな。
あの人は人付けうまいからなって見てたし。
フリーランスになってからも成功している人はこんなことしてる。
こんな考え方してるって。
それを見て私もみんなみたいにならなきゃって焦ってて。
うーん少しわかりますよ。
もしかしたら周りばっかり見てたから
自分が本当は何をしたいのかわからなくなったのかもしれないな。
旅行だって昔は私はここに行きたい。ただそれだけだったんです。
なのに今はどこに行けばいいことあるかなって
自分の外に何かを求めてる感じがします。
なるほど。そのいいことって誰にとっていいことなんでしょうね。
本当に誰のいいことなんだろう。
人それぞれ成功も幸せも豊かさもみんな違うのに。
私自分の人生なのに自分より他人ばかりを見てたんだと思います。
私はどうしたいじゃなくてみんなはどうしてるって
自分の気持ちを聞いてなかったのかもしれない。
自分の地図を描き、小さな一歩へ
マキさん先ほど世界地図を見るのがお好きだったとおっしゃいましたね。
地図にはたくさんの場所が載っています。
けれど地図を見ているだけでは自分がどこへ行きたいのかは決まりません。
もし誰の生き方も見なくていいとしたら
誰かの正解も誰かの成功も比べなくていいとしたら
マキさんはどこへ行ってみたいですか?
それで良いのではないでしょうか。
地図を持った瞬間に旅の最後まで決める必要はありません。
ちょっと行ってみたいと思った場所へまず一歩進んでみる。
違ったら戻ってもいい。別の道を選んでもいい。
地図か。
私、やりたいことがわからない自分をずっとダメな自分だと思っていました。
大きな夢は描けないし、心からやりたい仕事ってなんだろうって。
マキさん、本当にやりたいことないんですか?
小さいことならちょこちょこあるんですけど。
えっ、小さいことじゃダメなんですか?
また私、誰かと比べて合わせようとしてた。
ちょっとやってみたいくらいならいくつかあります。
どんなことでしょう?
まだ人に話すほどじゃないんですけど、でもやってみたいなって思うことはあります。
では、それを大切にしてみてはいかがでしょう。
大きな夢を今すぐ決めなくてもいいし、誰かの地図を見て自分の行き先を決めなくてもいい。
私が私の地図を描いていい。そういうことですね。
それなら、これから見える景色もきっと変わりますね。
はい。水平線の向こうって何があるかわからないから怖いんですよね。
でも、わからないからこそ、まだ何にでもなるのかもしれないってことですね。
ええ、そこにないのではなく、まだ見えていないだけです。
見えていない可能性があるのかな。
そう思うと、なんだかこれからが楽しみになってきました。ありがとうございました。
こちらこそ、どうぞ良き夜を。
また来ます。今度は小さくてもいいから、やってみたいことを一つ持ってここに来ますね。
お待ちしております。
今宵お客様にお出ししたカクテルはホワイトホライス。
まだ見えていない未来に自分の可能性を重ねた一杯でした。
星空カフェバーエトワール。また星降る夜にお会いしましょう。