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おはようございます。あなた色の人生を。藤田薫です。
本日は、2025年の10月16日。
今日は、金ナンバーが206。
白い世界の橋渡し、黄色い戦士、音が11の日ということで、
今日はですね、最近ずっとちょっと考えていたことというのが、
正論について、ずっとね、ちょっと考えてました。
昨日ちょっと、本当はインスタライブの日だったんですが、
あまりにもですね、ちょっと私、歯の食いしばりが結構強いんですよ。
で、寝てる間にすごく食いしばっていて、もうね、めちゃくちゃ歯が痛くてですね。
で、ちょっともう喋るのも、あのしんどかったので、
昨日はちょっと、インスタライブはお休みしましたけれども、
はい、まあちょっとね、そのまあ本当は喋ろうと思ってたことっていうのを、
ちょっと今日ラジオで話をしたいと思います。
正しさって、なんか正論ってね、正しさって言いますよね。
で、これってね、本当に正しいと思うんですよ。
隙もないというか、いやもう本当おっしゃる通りですというふうに、
もしそのね、相手から言われた時とか、
まあ自分も言ってることってあると思うんですけども、
まあそういった時にですね、そういうふうに思います。
で、例えば、なんかもう逆にね、その言う時ですよ。
私がその正論を言う時っていうのは、
なんかね、相手にこう一部の隙も与えないような、
なんか詰め寄る感じ。
で、なんか私結構ね、こう考えて言ってるので、
人にこう何かを言う時に。
だから結構自分も正論言ってるタイプやなっていうのはすごく思うんですけど、
逆にその人から言われた時も、
いやもう本当そうおっしゃる通りなんやけどって、
ただもう本当にこう言い返す隙もないぐらいね。
その正論の時って、どうですかね皆さん。
言われた時って、しんどくなりませんか。
私はこう自分のことちょっと棚にあげて言いますけども、
すごくしんどく感じます。
で、それなんでかなーって思った時に、
やっぱりですね、その人それぞれの背景があるからなんですね。
正論のもっと奥には。
確かにそうだよって。
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そういうふうにやればいいんだよって思うんですけど、
やれない時ってありませんか。
なんかその状況だったりとか、自分の思いだったりとか、
そもそも自分の性格だったりとか、
過去に何かトラウマがあるとか、いろんな要因がありますけども、
分かってるけどできないってことってあると思うんですね。
で、それをこう人から指摘された時に、やっぱりこう正論だなーとか、
本当そうなんだよなーって、でもっていうところで感じると思うんですけどね。
なんかやっぱりその背景ってすごく大事なことだなーというふうに思っておりましてですね。
その人それぞれの背景があって、
その人の中ではその時そうすることが一番の最善策だったっていうね。
そういう話なんだと思います。
だからその最善策が正しいわけではないんですよね。
ただその時はそうするしかなかったっていう、
そういうふうな捉え方をすると、
例えば伝える側になったとしても、
なんかこうね、押し付けるというか、その正論を押し付けるっていうことはしなくていいというかね。
あ、これって世の中的にはというか、
どう考えてもこれが正しいでしょって思っていたけど、
でもこの人の状況からしたらこれは正しくなかったのかもしれないなっていう、
そのなんか少し配慮というか、余白が生まれると思うんですよね。
その余白がやはり人間関係を円滑にしていくというふうに思います。
だからなんかね、ほんとここ最近ずっとその正論とか正しさみたいなことにすごく考える機会があって、
それで本当は昨日お話しようと思ってたんですけども、
ちょっと今日お話しすることになりましたけれども、
なんで私がそういうふうに考えるようになったかっていうと、
実は本当に自分の実体験で、
最近ですね、最近に始まった話じゃないんですけど、
うちの旦那さんってですね、台所に入ってきて、
収納してあるスペースとかを見て、
次の日、例えばホームセンターとかに行って、
いろいろ物を買ってきて、収納グッズとかですよ。
それでいろいろ片付けとかするんですよ。
私それされるとすごく嫌なんですよね。
でも本当にわかってるんです、自分で。
その引き出しの中が汚いということに。
私結構鍋とかも結構そのまま押し込んでたりとかするし、
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全然整理整頓って言われたらしてないんですけど、
でもね、自分の中では把握できてるんですよ。
どこに何が入ってるっていうことは。
だけどやっぱりそうですよね。他人から見た時に、
そこパッと開けたら汚い。
片付けないとってなるのはすごくよくわかるんですよね。
でもそれをやっぱり旦那さんからされるっていうのが、
すごく私にとっては嫌で、
それをすごくイライラしてたんですね、ずっと。
この間は鍋の蓋を立てかける柵みたいなのあるじゃないですか。
あれを買ってきたんですよ。
こうしたらいいでしょみたいな感じで、
どやーみたいな感じでされたんですけど、
ぶっちゃけすごく使いづらい、私からしたら。
でもやっぱりやってくれたんだからと思って使ってはいますけどもね、
使いづらいわけですよ。
だからそれを見るたびにイライラしてきた、だんだんと。
何?私のこと否定したいわけ?みたいな。
キッチンに入るのって私じゃんみたいな。
あなたも料理するならいいですよ。
だけどうちの旦那さんは料理という料理は一切しません。
たまにインスタントラーメン作るとか、
白玉団子を作ったりとか。
白玉団子を作ったりっていうのはね、
私がずっとストックで置いといた白玉粉があったんですよ。
それをずっとたぶん見てて、
これいつ作るんやろうなって思ってたんでしょうね。
それでいよいよもったいないからみたいな感じで
作り始めたみたいな感じなんですけど、
それもちょっと私からしてみるとね、
何?みたいな。
パントリーの中開けて、ストック見て、
ずっとこれあるんだけどいつ使うの?とかたまに聞いてくるんですよ。
それで当て付けか?とかって思ってね、
私がずっとその白玉粉を使わないから。
当て付けなんかこいつだとかって思いながらね、
やってましたけど。
それで作ってましたけど、
本当それぐらいなんですよね。
台所に立つっていうのは。
あとは自分でコーヒー入れたりとか、
それぐらいのもんで、
料理という料理はほぼほぼしない。
そんな彼が買ってきた収納グッズ。
見るたび腹立つみたいなね。
そんな風になっちゃってたんですよね。
それでいろいろ考えてたんですよ。
なんで私イライラしてるんだろう?みたいな。
一つはやっぱり当て付けか?って思ってるんですよね。
私ちゃんとやってないと思われてるのかな?みたいな。
それがあったわけですよ。
もう一つは何だろうなって。
普段ね、私のやってることを否定してるのかな?
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この人はって思うようなことっていうのがやっぱりあって。
そのたびにイライラしてたので、
何だろうなって思ってたんですよね。
そしたらあるところに気づいて思ったのが、
うちの旦那さんはですね、
効率的にっていうのが口癖なんですよ。
効率的にやろう。
効率的にこれやったら良くない?とか。
こっちの方が効率的でしょ?みたいな。
効率的っていう言葉をよく言います。
私その言葉がめちゃくちゃ嫌いなんですよ。
言うてもうたけど。
効率的とか合理的っていう言葉、実は私あんまり好きじゃなくて。
なんでかっていうと、
私はどっちかっていうと、
結果よりもプロセスを大事にしてる人なんだと思うんです。
確かにこれだったら、
このボタン1個ポンって押せば効率的なのわかってるよと。
だけど私はお店に買いに行きたいんだとかね、
そういったことなんですけど。
だってさ、お店に買いに行かないと、
わかんないことっていっぱいあるじゃん?みたいな。
例えばその店員さんに聞くとか、
私はあんまり店員さんに話しかけないタイプなんですけど。
でもほらその、
お店の空気感だったりとかね。
それはね、オンラインでポンって買ってしまえば楽ですよ。
行かなくていいし、ガソリン代もかからないし、
そのための時間も使わなくていいしっていうね。
それ基本的にうちの旦那さんはそういう考えの人なんですけど、
私は行くまでのプロセス。
例えば、私よく野菜を買いに糸島に行ってきますとかよくあるんですよ。
で、それが彼にとっては意味わかんないわけですね。
別に野菜とかもそこで買えばいいや、みたいな感じなんですけど。
私は糸島に行くまでの山を2つ越えていくんですけどね。
その山の景色を見るのが好きだったり、
なんか一人で車に乗ってぼーっと運転している時間が好きだったりとか、
そうやってすごくそこが好き。
だけど彼にとって見ると、なんで?って。
もう八百屋さんなんか、うち八百屋さん結構近くにあって、
八百屋さんとかスーパーとかそういったのがすぐ近くにあるのに、
なんでわざわざ糸島に行く?効率悪いやん。なんですよね。
だけど私は大事にしたいところが野菜を買うっていうところそのものよりも、
そこのプロセスをすごく大切に思っているっていう、
本当にこの違いがあるんですよね。
だから家事一つにしても、
多分周りから見たらすごく効率の悪いやり方をやっているとかね。
例えば唐揚げとかも最近買ってくる。
ってか唐揚げ専門店ってめちゃくちゃ多いじゃないですか、最近。
で、美味しいしね、そして。
で、揚げ物しなくていいし、家で。
で、めんどくさい油の処理もないし。
でね、後片付けもしなくていいっていうので、
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もう唐揚げなんか買ってくればいいじゃん、みたいな。
全然私もそう思っているし、買ってくるんですけど、
でもたまに作りたくなるときがあってね。
なんかこう作ったりとかして。
でもやっぱりそういう効率的にっていうところを求める人からすると、
なんかその行動自体がすごく無駄みたいな感じに見えているんですよ。
で、気がつきました。
私いちいちこうやってなんか自分を否定されている気になっているんだなぁと思って。
だから確かにその人からしたらそれがすごく正しいですし、
確かにね、ガソリン代、時間、そういったものを考えたときに、
無駄よ、そんなのって思うんですけどね。
でもやっぱりその人それぞれどこを大切にしたいのか、
どこを重視しているのかっていうのが違うだけで、
こうも言葉とか、その人そのものの考え方、
考え方とか、あとは行動ですね。
そういったものにイライラするっていう、
そういう現象が起きてくるんだなぁって思ってね。
なるほどなぁと思ったわけです。
で、逆を言うと、別にその私が正しいわけでもなくてね、
それで私が逆にね、主張をするというか、
主張するのはいいと思う。
私はね、例えば野菜1個買いに行くにしても、
糸島まで行く理由ってこうなんだよって、
山越えて行く、あのね道が好きなんよとか、
なんかこうぼーっと車を運転している時間が好きだからとかね、
それのちょうどいいドライブコースなんだよねとかっていう風に
主張するのは全然いいと思うし、
むしろそれってね、大事なことだと思うんですね。
お互いがちゃんとこれを大事に思ってるんだよっていう、
言い合うっていうのはすごく大事。伝え合うのは大事。
だけど、なんでじゃあそこでうまくいかなくなるのかって言ったら、
押し通そうとするからなんですよね。
その自分の正しさを。
だから旦那さんからしたら、
いやいやいや、もうそこでいいやんっていう感じね。
それを押し通そうと、彼はあんまりそういうのはしてこないですけど、
例えばそれを押し通そうとするとき、
そして私も、いやいや、私が大事にしているのはここですからって言って、
それを押し通そうとすることで摩擦が起きるんです。
で、イライラする。私の場合は勝手にイライラしてますけど、
別にそれを押し通そうとされたわけではないので、
勝手にイライラしてますけど、
でもよくあるイライラってこういうことなんじゃないかなって思います。
だからやっぱり伝え合うっていうのは本当に大事なことだと思いますし、
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自分の中の正しさっていうのは持ってていいと思うんです。
みんなだってそれで生きてますからね。
自分の中の正しさで生きてるから、
別にその正しさを持ってはいけないとか、そういったことの話ではなくて、
なんかそれによってイライラするなとか、なんかうまくいかないな、
なんか混じり合えないなって思うときは、
やっぱり自分の中の正しさがすごく強く押し通そうとしているときなんじゃないかなと思います。
だからね、それぞれの正しさとかあっていいと思うんですね。
効率的にっていうその考え方もやっぱ必要なときってあります、私にとっても。
何を優先すべきかってなったときに、時間ってなったときとか、
お金とかってなったときに、やっぱ時間とかお金を削ってっていうか、
そこをちょっと改め直して、ここを優先させようって思うことってあったらね、
オンラインショッピングだったり、すぐ近くのそこで済ませるとかっていう、
そういったことも必要にはなってくるので、
やっぱり私の中でも何を優先順位にするかっていうところで、
その時々効率的にいくのか、それとも感覚とか情緒を大切にするのかっていう、
そこは違いがあっていいんじゃないかなっていうふうに思いますし、
逆に旦那さんみたいに効率的に合理的に無駄なくやりたいみたいな、
それが基本的な考え方であったとしてもですね、やっぱりその中にあるめんどくささとか、
効率的なところからは感じ取ることができない、その時々の、
感覚とか、季節の移り変わりだったりとかも言うのもそうじゃないですか。
やっぱりそういった、今じゃなきゃ感じ取れないよっていう、
そういう人としてすごくめんどくさい部分ではあるけれども、
人としてのその豊かさですね、そういったものを感じ取るためには、
やっぱりその効率的とか合理的とか、そういったものだけでは分からないところっていうのもあると思うので、
なのでね、そこはバランスを見ながら、お互いがお互いのことを大切にしていけたらいいんじゃないかなと思います。
あとはね、私みたいなタイプって意外と結構ごちゃごちゃ考えてるから、
なので、された時に、買ってこられた時とか、買ってこられる前に言えれば一番いいんでしょうけど、
なんかね、遠慮して言えなかったりとか、結構溜め込んじゃうんですね。
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言えてないみたいな、そういったのがある方も結構イライラってしやすいので、
自分がその人に相手に伝えてないことっていうのは言えるようにして、
私もですね、していけたらいいなと思ってますし、していこうというふうに思ってます。
だからなんかね、意外とね、そうやってフラストレーション溜めちゃってたりとかするのはね、本当にもったいないと思うのでね。
だからちょっとね、お互い伝え合うとか、こういうのされたら嫌だとか、
台所を触らないでとかね、言えたらいいんだろうなと。
言い方ね、言い方には気をつけながらですけど、
言っていけたらいいなと思っております。
はい、ということで、そんな言いながら、私は今日、今、糸島に向かっております。
今日はね、ちょっと別のようで行くんですけど、
久しぶりにね、そこに行きます。
っていうか、瞑想なんですけど、瞑想の先生のところにはね、もう半年以上行ってなかったんですよね。
で、やっぱり行かなくなると、少しずつね、サボりだすんですよね。
で、今日はちょっと一つ段階を上げようかなと思っていて、瞑想のですね。
で、その伝授というものに向かっております。
ちょっとなかなかなんかいろんな面で覚悟ができなかったっていうか、
金銭的な面もそうだし、伝授受けるには結構お金がかかるので、
それに対してのお金を出すっていう覚悟ですね。
多分一番これなんですけど、そこができてなかったなと思って。
でも、もういつかはね、これやらないといけないっていう、自分の中でも思ってたので、
もうね、年内にやっちまおうと思って、今日は伝授に行っていきたいと思います。
その帰りにね、また野菜も買って帰りますよ。
旦那さんからしたらね、たぶんね、何か行くあてがあって、ついでになら分かるっていう感じなので、
今日はなんやかんやと言われないと思いますけども。
でもいろいろね、やっぱり人ってね、大事にしているところがあるんですよ。
だから、そこのね、自分の価値観をまず知っていくっていうところが大事ですし、
その診断とかはね、ちょっと今度ね、ワークショップでやりたいなって思ってるんです。
言いながら全然やってないけど。
それでね、ちょっとこうそういった勉強というか、自分の価値観を知っていく。
自分のことを知っていくことっていうことをね、私はどんどんどんどん発信していきたいなというふうに思いますので、
またぜひ聞いてください。
それでは、いつもありがとうございます。