1. マヤ暦あなた色の人生を
  2. 皆さまご声援ありがとうござい..
皆さまご声援ありがとうございました。妻としてのメッセージ。
2024-12-10 24:44

皆さまご声援ありがとうございました。妻としてのメッセージ。

#サガン鳥栖
#藤田直之
#Jリーグ
#ヴィッセル神戸
#セレッソ大阪
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こんばんは、あなた色の人生を。 緑マヤレメディスト藤田薫です。
本日はマヤ暦では、金ナンバー156の日、 黄色い繊枝、黄色い種、音が13の日ということで、
今日は、黄色い種の13日間、ギフトの日。
ということで、感謝の気持ちを伝えさせていただきたいと思います。
すべてのサッカーファン、そしてうちの主人でありますけれども、藤田直幸という選手を応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
というのも、これを知らない方は何をいきなり言っているんだということだと思うんですが、
まず改めてですね、私の夫はJリーグでサッカー選手としてやっておりました藤田直幸と申します。
そして先日12月の8日に、この15年という素晴らしいキャリアだったなと思うんですが、
サッカー選手としての人生を終え、新たなステージに進むということで、決断をいたしまして、引退のセレモニーをさせていただきました。
本当に感謝しかないというのはこのことかというような引退セレモニーでございました。
私もちょっといろんな方からメッセージをいただいているんですが、ちょっとまだ返せてないものもありましてですね、本当に申し訳ないなと思っているところなんですが、
先にですね、肉性でと言いますかですね、妻として私の言葉でお礼をですね、伝えさせていただけたらと思います。
これは本当に、もともとは私のこのマヤ歴の活動を発信するためのラジオで、ほとんどそうですねプライベートなことっていうのはあまりこう言ってこなかったですし、
何かそうですね、それを口にするというのはちょっと一つ、いろんなことをちょっと考えてたというか、まずはちょっと、うちの旦那さんでありますけれども、素晴らしいプロサッカー選手のキャリアに、
何か私が余計なことしたらダメかなっていうので、何かあまりそういうのを口に出してこなかったですし、そことは別にっていうかね、この私としてのというか個人としての頑張りで世の中に認めていってもらえたらいいなっていう思いから、
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うちの旦那さんの名前を使うっていう言い方はちょっとあれですけれども、そういうのはちょっとしないって決めてやってたんですけれども、先日ちょっと売名行為ということで旦那さんの名前をですね、ちょっと使わせてもらうというとあれですけれども、
言った上で、自分の活動をまたちょっと改めて発信したところだったんですけれども、なのでね、ちょっと本当にいろんな方が聞いてくださっているラジオの中で、本当に個人的な今日は話になるので、こういうことを言うのもどうなのかななんてちょっと思ったりもしてましたけれども、
でも本当、自分の気持ちもちょっと整理をさせたいっていうので、今日はお話をさせてもらおうかなと思います。本当にただただ今まで応援してくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。
私はですね、17歳、高校2年生の時から彼と出会い、そこからともに歩んできたわけですけれども、本当に私から見る彼の姿っていうのは、もう尊敬でしかないという姿でありました。
私はですね、よく言うのがあるじゃないですか、両親のことを尊敬していますっていう言葉ってよく聞きますよね。
私は今となってはですね、すごく両親のこともとても感謝しているし、この父でこの母でよかったなという思いでは本当にあるんですが、当時の私っていうのはなかなかそう思えなくて。
だから尊敬っていう言葉がお父さんとお母さんに対する言葉なんだとしたら、私は尊敬っていうのがどんなものか分からないっていうふうにずっと思ってたんですね。
だから人のことを尊敬するっていうふうに思ったことは正直一度もありませんでした。
だけど、高校2年生当時ですね、出会った時に、高校生の時の男と女って、これってなんとなくですけども、女性の方がどっちかっていうと大人びていて、男性っていつまでたっても子供みたいなところってあるじゃないですか。
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うち息子2人いるんですけど、息子たち見ててもなんかそれ思うんですよね。やっぱり女の子の方がしっかりしてるよなとか、男の子っていつまでたってもなんかちょっとおバカさんだなみたいな感じで。
だから本当に当時の高校の時に出会った時に、本当に普通の感覚としてはですね、男性であるんだけれどもっていうところで思ってたんですよね。
なんですけども、彼はちょっとその辺が違ったんですよ。というのも本当これ感覚でしかないんですけども、初めて出会った時に、私は隣の高校だったんですけどね、隣の高校だったんですけど、ちょっとあるひょんなことから出会いまして、初めて夏休み、高校2年生の夏休みに、彼のオフだったかな、があって。
当時ね、すごいやっぱり当時から高校サッカーすごく有名な高校に通ってましたので、彼はですね。だからまあ彼の高校のサッカー部がちょっとオフ期間っていうのがあってですね、そこでちょっと花火大会にね、行けるってことになって日程があったので。
初めましてしたんですよ、そこで。8月です、8月28日でしたね、高校2年生の。そこで初めましてってあった時に、なんかこうね、ただならぬオーラを感じたのを覚えてます。なんだろうこの人のこのどっしりとした落ち着き具合だったり、なんかものすごい存在感を感じたんですよね。
その時からちょっと人と違うなっていうのは思っていました。で、そこからまあちょっとしてからお付き合いがスタートするわけなんですが、さっき言ってたその尊敬っていう言葉を初めて感じたのが彼でした。
そして今でもそれはずっと続いてます。やっぱりあの尊敬するっていう言葉っていうのは私の中ではこれはもう軽々しく使ってはいけない言葉の一つなんですよね。
だからよく尊敬しますとかって、なんかまあその一つの社交辞令というか褒め言葉として使うことっていうのは多々ありますが、でも私はこの言葉こそは本当に軽々しく使ってはいけない言葉だと、なんか自分の中でですけれどもそういうふうに思っていて。
で、でもね本当にその言葉が与えする人物ですね。私の中で本当に数少ない一人だと思っています。
本当その理由としては絶対に弱音を吐かないんですよ。本当に。で、一回も聞いたことないです。
例えばチームが勝ててないとかいう時に多少のなんか心の揺れ動きみたいなものっていうのはあったんでしょうけれども、まず持って私の前で出すことはなかったですし、家庭に持ち込むってこともですね一切ありませんでした。
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だから私はこの見たままだけで判断しちゃってたので、何も悩みがないぐらいに思ってたんですけど、でもそんなことあるはずないんですよね。やっぱりそれぐらいですね、やっぱりすごくなんかものすごい覚悟でいつも戦ってたんだなっていうのをですね今になっても思います。
そして自分自身がどんな状況であってもです。まあ試合になかなか出れないっていう状況であったとしても、絶対に態度に出すことがなかったんですね。
例えば私だったらですよ。私だったら、私がもし何かプロの世界でやってるとか、そうじゃなかったとしてもですね、なんかあの監督がとかあのコーチが自分のことを評価してくれないのなんかおかしいって言ってたと思うんですよ。
だし本当にサッカー選手である以上、試合に出てなんぼだじゃないけど、やっぱりその経験ってすごく何者にも買い難いものがあると思うので、やっぱり試合に出たいっていう気持ちって誰でも持ってると思うんですよね。
その中でなかなか試合に出れないとか結果が伴わないってなった時に、これは私は誰しもがその気持ちをやっぱり出したくなるし、家族に対して言ってたりとか、それを表に出すっていうことをして当然だと思うんですよね。
だけど彼は一回もなかったんです、それが。だからそれがですね、例えば監督やそうですねコーチのことをちょっとこう悪く言うというか、なんか全然評価してくれないんだけどなっていうことをね、ぽろっと出すこともなかったんですよ。ぽろりもないっていうね。
その堂々たる姿っていうのが、もう私はもうね、なんて言うんでしょうこれ、圧巻でした。なんか表現ちょっと違う、ちょっと合ってるかどうかわかんないんですけど、もうねそれを見ているだけでも、いや尊敬できる人ってこういう姿なんだなぁと思って。
でもそれを私は誰しもに求めるわけじゃないというか、彼だったからこそできたんだろうなっていうのは思うんですけども。だからなんか本当になかなか評価されなくて出れないってなった時期っていうのもあったんですよね、やっぱりこのキャリアの中ではあって。
なんかすごく、私の方がねすごいブレブレでしたね、なんかそういう意味では。なんで出れないんだろうっていうね、なんかとかね次は出れるのかなとか、なんか負けた次の試合までの私のメンタルとか本当にもうすごいブレブレで、逆にずっと励まされてたのは実は私だったっていうね。
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だからサッカー選手の夢としては、なんかもう私は何も支えになってなかったんじゃないかなって、これは本当に謙遜とかじゃなくて、そんな風にですね思ってます。
だからなんかね、長い選手生活の中でこういうことだってあるよっていうことで、なんか逆に彼から励まされるということはですね、すごくありましてね、お恥ずかしい話なんですが。
でもなんか本当にそういう意味では、すごくなんか私のことを支えてくれてた、なんかそんな偉大なる人でした。
なので本当にこのプロサッカー選手というキャリアが終わっていくというか、終わるって次のステージに進もうと思うと言われた時は、寂しさはもちろんあったし、その次のステージっていうのはどうなっていくんだろうっていうその不安っていうのはもちろん私の中でもありましたけれども、
なんか本当にそういう姿っていうのをものすごく見せてくれてたので、なんかもうどんなことやったとしても何をやったとしても絶対大丈夫だろうなっていうものすごく安心感っていうのはあるのでですね。
なので、また新たなステージの件については何かしらの形でご報告できると思いますので、それをですね待ってていただきたいなと思うところなんですが、本当になんかものすごい人だったなと。
家族ですが、私は家族で妻であり家族ですが、なんか本当にそんなふうに思っております。
なので、本当に引退セレモニーというものを通してすごくたくさんの方々に見送られて次のステージに行くわけなんですけれども、なんかそうですね、もうなんか本当にセレモニーはですね、非常に寒い中最後まで見守ってくださった方々。
そして、なんかこういうふうにちょっと時間が長くなってしまったのもあって、ちょっと帰らなくちゃいけなくなってしまった方の話も実はちょっと小耳に挟んだというか聞いてるんですけれども、それでも見たかったと言ってくださる声だったり、
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言うのは本当に当たり前じゃないなと。もうすごくありがたい話というか、そんな気持ちで皆さんいてくださったんだなと思うと、私本当に一人一人に感謝の気持ちを伝えたいってなんか思うぐらいですね。
すごく本当に全ての皆様にありがとうございましたと感謝の気持ちをですね、伝えさせていただきたいと思います。
本当にサガントスというチームでプロキャリアをスタートさせ、なんか本当、そうですね、彼も最後の引退のスピーチで言ってましたけれども、3年後に自分がサッカー選手であるかどうかは自信がなかったっていうふうに言ってましたが、
私はですね、そこらへん結構楽観的で、そんなわけないでしょってずっと言ってました。あなたという人がそんなスパンともう使えないから終わりとか、そんなことあるわけないでしょっていうことはずっと言ってました。
でもやっぱり彼はやっぱり自分のことだし、その当時から私とは付き合いがありましたので、結婚とかっていうね、本当に現実的な話で言うとそういったところもすごく視野に入れてたからこそ軽々しく大丈夫だって言えなかったっていうのがあったそうなんですけども、
でもまあ私はその辺すごく楽観的で、彼という人物をずっとは見てきたからこそ、大丈夫でしかないでしょっていうのはあったので、さっきも言いましたけれども、だからこそ本当にいろんな方に支えられて応援していただいての15年間ができたんだなと思います。
本当、そうですね、なんかね、なんかねって感じです。もう言葉にはなかなかできない。難しいですね、この感情は。やっぱり寂しいのはありますけど、でも単純に寂しいだけでもないというか。
なんかまた次の第2章が始まったなみたいなね、そういうところでもありますし、あとはやっぱり何よりも今後の人生の方が長いのでですね、これはすごく私も思っていることなんですが、
あの頃が良かったよねというふうに後ろを向きながら生きるということだけは絶対にしないっていうのは、これはもう私も彼の中でも決めていることなので、また新たなステージに向けてというか、応援をですね、して支えていただけたらと思います。
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本当ちょっと通り止めのない話というか、なんかこうなりましたけれども、本当にサガントス、そしてビッセル神戸、セレスと大阪というね、3つの素晴らしいクラブに在籍をさせていただき、その度に多大なる声援をいただき、
そしてこの度プロサッカー選手というキャリアにですね、幕を下ろすことになりましたけれども、本当にあの選手としての彼っていうのはすごく、本当に皆さんもご存知の通りなので私から言うことは特にないんですけれども、
本当に妻の私としましては、子どもも含めですね、家族ともども、もう本当にトスト、そして神戸、そして大阪という3つの都市にですね、引っ越ししましてどっぷり使って生活をさせていただいて、本当にもう楽しませていただきましたし、
その時々で素晴らしい縁に恵まれまして、本当にですね、支えていただきました。なんかすごくね、いろいろ心配もあったんですよね、やっぱり正直。なんかやっぱり特別児されちゃってねとか、それでなんかいろいろあったらどうしようとかね、なんかいう気持ちもあったんですけれども、
もちろん最初はみんなこう、ラッカー選手のっていう目で見てたと思うんですけどね、ご家族なんだなみたいなふうに見てたと思うんですが、本当にもうその時々でご縁があった皆様にですね、ものすごく本当に普通に接していただいて、なんかもうね、すごくよくしていただいて、子どもたちも仲良くしてもらって、
私もその輪の中に入れてもらってということで、本当に3つの地域、都市でものすごく楽しんで生活をさせていただきました。もう何の心配もなんかいらなかったなと思いますし、なんか本当に人っていいなって、私はもう人間が大好きなので、
なんかよく言うじゃないですか、なんかこういろいろね、この世でなんかいろんなこう、まあそうですね、自分の生きてきたテーマをクリアすると、なんかあのなんていうのこう、人間界というかこの地球になんかもう輪で転生してこなくなるみたいな、なんかそんな話もあるんですよ。
ちょっとね、スピリチュアルな話かもしれないですけれども、よくあるんですよね。で、上から見てるじゃないですけどね、なんかそういう例えばキリストさんだったりお釈迦様みたいな、なんかすごい人たちっていうのはもうあんまりこっちに降りてこないんだよみたいな、で上から見ててなんかみんなを守っているんだよみたいなね、風に言われたりしますけども、
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もし私がそういう風に、なることないと思うけどっていう、でももしも私がこの人間世界で自分の使命を全うして、なんかこう何か選択ができるぐらいすごい魂の持ち主になったとしても、私は間違いなくこの地球にまた降りてきて、また同じ人たちと関わりたいなって本当に思います。
それぐらい私は今まで出会った人たちのことが大好きだし、これから出会っていただけるみんなのことも大好きです。
ということでね、本当にうちの夫であります藤田直之は、この度プロサッカー選手というところに幕を下ろしましたけれども、これからも変わらぬご声援をお願いいたします。
そして私の活動もですね、本当に彼がこれまでいろんな方を勇気づけ元気づけ希望を与えてきた存在なのだとしたら、今度は私もというかね、その名に恥じぬようしっかりと役目を全うしていきたいなというふうに思っておりますので、
基本的にはその前歴の先生なので、前歴を学びたい方に向けて前歴の講座、本当に毎回毎回全身全霊でさせていただいておりますが、その前歴の講座であったり個人的にご相談がある方には、
個人セッションというものもさせていただいておりますし、そして今後ですね、本当に企業の方々、企業様向けのサービスといいますかですね、そういったものも活動として開始していきたいというふうに思っておりますので、またですね、いろんなご報告をできたらいいなというふうに私の方も思っております。
本当にプロサッカー選手の嫁という、そういう立場で満足してたし、しようとしてたし、彼のアクセサリーみたいな感じで生きていこうみたいなふうに思っておりましたが、本当にそうじゃないなと、自分の人生は自分だよなと。
だからいくら彼がどんなにすごい功績を残したとしても、それは私の人生ではないというところで目が覚めまして、そこからずっと私もですね、ちょっと積み上げてきたというか、ものがあって、まだまだなんですけどね、私の場合はなんですけど、また皆さんのお役に立てますように私もちょっと頑張ってまいりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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ということで非常に長々とお話しさせていただきましたが、最後まで聞いていただき本当にありがとうございます。
ちょっとまた、うちの夫の件に関しましてはいろんな発信というか、私の方からも皆さんにご報告させていただきたいと思いますので、また聞いていただきたいなと思います。
それでは皆さんいつもありがとうございます。失礼いたします。
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