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水分神の袖に覆われて
2026-09-06 15:44

水分神の袖に覆われて

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水分神の袖に覆われて


作:黒猫 @bxZDpN3kNc42787 様

BGM:魔王魂


https://x.com/bxZDpN3kNc42787/status/1962524319181058411?s=20


お借りしました!

#フリー台本


2・4・6・12・14

16・18・22・26・28日更新予定


ピアノ41

https://maou.audio/bgm_piano41/


【活動まとめ】 https://lit.link/azekura

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00:06
ミクマリの神とは、水の分配をつかさどる日本の神様で、日本神話に登場します。
もともと、考えや方策を祈る農業の神ですが、平安時代以降は、ミクマリがミコモリと名まり、
コサヅケ、アンザン、子育ての神としても信仰されている女神。
天と地を行き来し、水の恵みや自然の力をつかさどることから、ミクマリの神と竜神は結びつけて信仰されることがあります。
今から20年近く前の話になるでしょうか。 当時、私はまだ学生で、甲信越地方のある山村で、都会の子供が自然を体験する、
そんなコンセプトの自然体験教室に、引率者の一人として参加していました。
まあ綺麗に言いましたが、実際のところは、親の手に余る子供たちや、都会でうまく学校生活を送れなかった子供たちを、
都会や家族から物理的に離れさせて、心を休ませるためにあるプログラムです。
何度か引率者としてそのプログラムに参加していた私にとっては、特に変わったことのない夏の行事。
ただ、その年の参加者にはひときわ目を引く男の子がいました。 仮にその子をA君と呼ぶことにします。
2週間のプログラムの中で、少しずつ子供たちの性格や、彼らが抱えている困難もわかってきます。
外国にルーツを持つ子。虐待を受けていた子。自分の意見を聞いてもらえず、暴力に訴えるしかなかった子。
自分の意見を堅くなり外に出せない子。話すよりも歌う方が得意な子。物の見え方が少し変わった子。
しかし、A君の場合、それはとにかく美しいことでした。顔立ちが整っているとか、立ち姿が綺麗だとか、書作が優雅だとか、とても小学生の子供に言うような言葉ではありません。
もちろん、昔の話ですから、私の記憶も美化されているかもしれません。けれど、ぱっと見た時には普通なのになぜか目を奪われる。
見れば見るほど、その美しさが心に残る。顔が整っていると冷たい印象を与えたりもしますが、A君がにっこり笑うと、その美しい顔が途端に温かく素朴な印象になって、本当に綺麗な子供でした。きっと周囲の大人が必死に守ってきたのでしょう。
03:21
年相応にひねくれたところもありながら、他人を信頼することができ、何かしてもらうことを当たり前に思わず、人のために何かしようと思える優しさを持っている。つまり、中身はごくごく普通の男の子だったように思います。
そんな自然体験プログラムの終盤。私たちは山の中にある池に立ち寄り、その後、隣の山の上でテントを張ってキャンプをする予定でした。
暑い夏の日とはいえ、高深圧地方の標高の高い場所ですから、風が吹けば心地よい気候です。夏になると飛来するアサギマダラという町を見たり、苔むした霧株に登ってみたり、子供たちは思い思いに過ごしていきます。
子供たちがひどい怪我をしたり、自然が回復しきれないような荒し方をしないのであれば、私たちは見守るだけ。決して楽ではありませんが、子供たちがのびのびと過ごす様子を見ているのはこちらも楽しいものです。
私たちが立ち寄った池は樹齢500年ほどの巨木に囲まれた場所。苔むした丸石に囲まれた池の中央には小さな石のほこらが置かれています。水深はごく浅く、大人ならば足首ほど、子供でもふくらはぎに届かない程度。
湧水でできた池というだけあって、水が尽きることがなく、かつては雨漕いの儀式でも有名だったそうです。その雨漕いの儀式では、池の中に大人たちが入ることもあり、地元の子供たちも、ほこらの近くに行かなければ池の中で遊んでいい、という場所でした。
きちんと手入れがされ、木漏れ日が明るく差す森の中で、私たちは柔らかい苔の絨毯を楽しんだり、年経た巨木の中を水が吸い上げられる音に耳を傾けたりして、自由な時間を楽しみました。
A君は特にその池が気に入ったようで、何度も池の周りの木に抱きついてみたり、冷たい水の中に足を浸しては、友達になった子供たちと笑い合っていたのを覚えています。
06:02
山の天気は変わりやすいとはいえ、私たちは天気予報を細かく確認しながらプログラムを立てます。
その日も、数時間ごとに天気予報を確認していた、というのに、子供たちをバスに乗せて池から離れた頃、にわかに雨雲が湧いて、ひどい土砂降りになったのです。
慌てはしましたが、山の天気は変わりやすい、突然降り始めたのだから突然止むこともあるだろう、と予定していたキャンプ地まで大型バスで移動はしたものの、外に出るのに身の危険を感じるほどの大雨、おまけに恐ろしいほど雷が鳴っています。
山の上で雷を聞いたことはあるでしょうか。
バスの窓ガラスが揺れる、などというものではありません。車体自体が揺れるのです。
閃光が走るのではなく、視界が真っ白と真っ暗の明滅を繰り返します。
どれだけ大声を出しても、数メートル先にいる人に声が届きません。
近くに雷が落ちたのでしょうか。窓を閉め切っているのに、どこか焦げ臭いような香りが漂ってきます。
私たちは、子供たちをとにかく守らなければ、と数人ずつまとめて抱えて、大人の指示を待っていました。
子供たちも緊迫した空気を感じ取っていたのでしょう。
泣き出すようなこともなく、私たちに抱きついています。
いなびかりが視界を照らすたびに、子供たちのまっすぐな目が光って、私たちを見上げてきます。
そうやって耐えていたのは数十分ほどのはずですが、何時間も経ったように感じるほど疲労した時間でした。
けれど、やがて雷雨は収まって、私たちはバスを動かして下山することになりました。
安全が最優先ですから、どのプログラムにも第二案が作られています。
そのため、私たちは山から降りたところにあるバンガローのあるキャンプ地で夜を過ごすことになりました。
先ほど立ち寄った池のすぐ横に整えられた場所で、テントを張ることはできませんが、その分しっかりした水場などもあり、キャンプの難易度は下がりますが悪くない場所です。
キャンプ地に着いた頃、天気はすっかり穏やかになっていました。
私たちは子供たちに包丁の使い方などを教えながら、大きな鍋でカレーを作り、
09:05
さっきの雷はすごかったね、などとのんきに話していました。
残念ながら予定していたキャンプファイヤーはできませんでしたが、
温かい食事を取り、安全な室内のベッドで横になると子供たちはすぐに眠りにつきました。
翌朝、プログラムも残すところあと1日。
キャンプをした後は丸1日自由時間です。
何人かに分かれて引率車が着きますが、子供たちは思い思いの場所に行くことができます。
友達になった子供同士で過ごすのも良し、
一人の時間が欲しい場合には室内で過ごすこともできますし、
プログラムの中で気に入った場所を再度訪れることもできます。
A君は昨日遊んだ池で過ごすことを希望していました。
A君のグループには引率車の中では一番年上だった大学生の引率車が着き、
池の近くで遊ぶことを希望した子供たちと一緒にいたはずです。
けれど、A君はそのまま姿を消し、帰ってきませんでした。
池の周りは巨木が並んでいるとは言っても、
大型バスを近くに寄せられる程度には道も整備されています。
隣にはキャンプ場がありますから、池やキャンプ場の管理者など大人の目がある場所です。
防犯カメラだって目立たないところにはあったはずです。
しかし、反狂乱になる私たち引率車とは違い、
大人の責任者たちが妙に落ち着いた態度だったことを覚えています。
事故なのか、事件なのか、すぐにでも大規模な捜索を始めるべきだと訴えましたが、
もう日が暮れ始めていました。
A君を引率していた大学生が大人たちに食ってかかっていましたが、
大人たちは無線でどこかに連絡を取りながら、ポンポンと彼の肩を叩いてなだめるばかり。
私たちには他の子供たちにA君の不在を知らせず、落ち着いて最後まで見送るようにと指示が出ました。
確かに、夜が明ければ私たちは子供たちを連れて大都市まで帰らなければなりません。
不思議なことに、子供たちは誰も突然いなくなったA君のことを話題に出しませんでした。
12:05
子供は大人の雰囲気に敏感ですから、私たち大人の緊張感を感じ取っていたのかもしれません。
私たちは妙に明るい子供たちの様子に戸惑いながらも、一緒になって歌を歌い、思い出の残った場所の絵を描く子供たちを見守りました。
子供たちを親に引き渡す際、A君の両親はその場に来ていませんでした。
きっと、私たちが過ごした産村にそのまま向かったのでしょう。
その後の話を私が耳にしたのは数ヶ月後のことです。
夏のキャンプの引率でそのようなことが起こったため、私はもうどのプログラムにも参加する気になれずにいました。
けれど、こうした子供たちの引率者には適性があり、大抵は引き止める電話をもらうものです。
私に電話をくれたのは、夏のプログラムのリーダーをしていた年配の男性でした。
A君はどうなりましたか?と聞くと、彼はしばらくじっと黙っていました。
けれど、私も同じように黙ったまま待っていると、大きくため息をついてからポツリポツリとその後のことを話してくれました。
あれから一ヶ月ほど経って、池に浮いているのが見つかった。
しかし、私はそのような報道を見た覚えがありませんでした。
A君が気になって、地方版の新聞までチェックしていたので間違いありません。
観光で訪れていた子供が行方不明になり、地元の消防団が山を捜索しているという小さな記事は実際に見つけているのですから、
そのことを指摘すると、ご両親が報道の規制を希望されたのだと言われました。
ご両親はA君が見つかるまでは山村に留まっていたそうですが、
ご遺体を引き取られた際には、あの浅い池の中に入って、祠に手を合わせていたそうです。
あの子はこの世で生きていくのに向いていない。神様が引き受けてくださったのだ、と。
見つかったA君は、衣服に乱れもなく、遺体の損傷もなく、いなくなってしまったあの日のまま、きれいな姿だったそうです。
15:01
打足になりますが、私はそれ以来、そういったプログラムには一切参加していません。
この話を書くにあたり、改めてその場所を検索すると、来訪者のブログをいくつか見かけました。
当時は湧水が冷たすぎ、清らかすぎるため、生き物がいない澄んだ池でした。
しかし、最近ではどこから現れたのか、山芽が元気に泳ぎ回っているとのことです。
15:44

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