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おはようございます。言葉のファンタジスタまゆみです。今日も来てくださりありがとうございます。お帰りなさい。この番組では、アートと言葉で、自由と基本に導く言葉のファンタジスタまゆみが、人生豊かに生きるマインドのヒントをお伝えする番組です。
おとといは、精神科医のリブラさんとコラボしました。リブラさんは、21日、川崎の駅前で路上ライブをするんです。その名もバンド名はベテラン。
リブラさんの歌もうまいし、チャージさんとかと一緒にやるらしいんですけれども、ぜひ情報チェックしてみてください。
精神科医で面白い動きしてるじゃない。普通の動きと違うところがすごい魅力的だと思うし、なかなかそういうタイプの先生ってお医者さんっていないと思うんだけど、すごいいいなと思って。
やっぱり面白がれるっていうか、自分の人生を面白がっている人っていうのは魅力的だなと思うし、喋っててすごく楽しかったんですね。
1時間でって言ったんだけど、やっぱり文字量が多いんだよね。リブラさんって。
2時間も喋ってしまったけどあっという間でしたね。
その中で最後の方に、動物も感動するのかっていう話が出たんですよ。私は感動は人間にしかできないんじゃないかなって思ったんだけど、その辺が確信を持てなかったので、朝の散歩中、チャットGPTと自分の不思議に思っていることとか疑問に思っていることとか、壁打ちしたりしてやるのよね。
私の問いっていうのは、答えのないことが多かったりするわけですよ。答えのないことを壁打ちすることで自分の頭の中を整理したりするみたいな、そういう時間にも散歩の時間をしたりしてるんだけど。
その中でね、人間と動物の違いっていう意味で、結論、動物も感情はあるけれども、感動イコール深い意味付けを伴う情動の震えは人間が強く起こす特徴的な現象だと。
理由は人間だけが意味を作る脳を持つから。意味を作る脳を持つっていうのが面白くない?
動物にももちろん喜びとか恐れとか悲しみとかね、驚きとかもね、あるじゃないですか。単純に嬉しいとか悲しいとか怒られててシュンとしてるとかね、ありますよね。
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脳の返答体や情動システムがあるので、動物も嬉しい怖いはある。でも人間のような感動の涙、美しさに震える。意味に胸を打たれる。これはほぼ人間だけが持つと。なぜなら動物は基本的に目の前の刺激に反応すると。生存に関わる感情に限定だからと。
もちろん賛否両論あると思いますけど、ワンちゃんが感動する時とか言うのも多分あるね。久しぶりの再会とかね、そういうのはあると思うんですけれども。でももっと複雑じゃないですか。人間は。
じゃあなんで人間だけが感動できるのか。理由は3つ。前頭前夜、意味を作る脳が圧倒的に発達してるから。人間は意味を与える動物。夕日を見て今日も生きたなぁと感じたり、音楽を聴いてこの音は私の人生だと重ねたり。これは前頭前夜が感情プラス思考プラス意味づけを統合するから起こる。動物は意味づけをしない。
で2番目。美を感じる脳領域が特別に強いから。脳科学では感動の中心はここ。
島皮脂。インスラ。内面の変化を感じる場所。胸が熱くなる。震える感覚。扁桃体。腸道の反応装置。あと前頭体上皮脂。共感や痛みの共有。さらに音楽の場合は報酬系。ドーパミン。快感や幸福。これらが一気に同時に火を吹く。
だから感動は脳が全力で震える現象。動物ではここまでの総合的反応はほぼ起きない。
3番目。過去未来を重ねて生きる能力があるから。人間は思い出、記憶、未来への願い、自分の物語を持っている。だから夕日を見て泣く。音楽で過去が蘇る。アートで未来を見てしまう。こういう現象が起こる。
動物は今この瞬間だけ生きているので感動イコール物語との共鳴が起き起こらない。感動の正体を科学的に言うと情動、意味付け、自己物語、身体感覚が一斉に共鳴した装置。これが感動の正体っていう話で。なるほどなって思ったんですよ。
だからやっぱり感動っていうのは人間でそれでさらに続き方は。だからその自然と涙が出たり感動して震えたりしたりするのはその人の人生と自然と一瞬が重なったから。
さらに深く言うと感動は人間だけに許された心の贅沢であり、生きている実感を思い出す装置だとも言われている。農家学者の中には感動は人間の進化の副産物ではなく、生き続けるための意味の補充をと説明する人もいると。
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こういう説明だったんだけど、なるほどなって思ったわけですね。その時にも感動するとか、いいって言うものは、昨日おとといリバルさんと話してた内容で言うと、
例えばモナリザを見て感動。モナリザに関しては一回盗まれて認知が広がった。モナリザという作品の認知が広がったことで、すごく有名になった作品だからとかそういうバイアスもかかったりして感動したりすると思うんだけど、
でも例えば何の情報もなくその作品を見てものすごい震えることってあるわけじゃない。なんであれ震えるんだろうねって思うと、これは人間にしか持たないいろんな情報が合わさって起きることだと思うんだけど、
でもなんかね私ね、すごい目にも焼き付いた作品があるのね。それはフィレンツェのフィッチー美術館にある作品で、思い出した、カラバッチョ。フィッチー美術館にあるカラバッチョの作品を見たときって、
もうさ感動っていうか恐ろしさとか生々しさとかなんかもうでもあれってさ何なんだろう私その今話した感動とかいうものと違うそこからこうなんかそこからなんか来る作品の中にこう震えるものっていうのがあるんだよね。
なんかでもやっぱりそれってそのやっぱり歴史的背景とかそういうでもそれね後から知ったのよ私なんか情報ない状態でそれ見た瞬間にゾワゾワゾワって言ってあのもう距離を詰めれなかったわけその作品が怖すぎてすごい迫力で。
で、これは情報がない状態でも感じたわけだよね。
情報だからなんか何なんだろうねだからそういうのってあると思うねこれはもう理解できないところで体が震えてるっていうかそういうものもある気がするんだけどでそれってなんか人間の
なんかこう生命っていうか命っていうか生々しさっていうかなんかそういうのに触れた時っていうのは人はなんかこうなんか揺れ動くのかななんかとか思ったりとかっていうね答えのないことをなんか考えたりしてますけれども
でも私たちって答えのないことを考えるっていうことも一つの力だしそうやって試行錯誤した中で自分の中に踏み落としていくっていうことが大切なのかなって思うんですよね。
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で昨日もそのAIがどうとかいうことよりもね結局その問いを立てる力だと思うんだよね。
で私はいつも思ってる。だから自分というそのものをよりその具現化したければいろんな疑問に対して
問いを立ててみるっていうことはやってみたらいいのかなと思うんですよね。
であの私あの昔ね生き花を草原流の生き花を習ってたんだけど草原流の創始者
テシガーラソーフ先生だったと思うんだけど創始者の方ねパリとかでもね活躍したりとかしてた方なんだけど
私ねその自然て美しいじゃないですか自然とそのままでめちゃくちゃ美しくないですか
でも生き花って自然に力を加えることなわけよ
あった枝を例えば切り落としたりしてそのいらないもの削ぎ落としたり曲げたりとか角度を作ったりとか
手を加えるわけですよね。で手を加えたことでその生き花は生まれ変わったかそこに人間の意図っていう意思っていうのが加わることで
美しさが宿るっていうかさらに別のものにするみたいなことが人間にはできるんだよなぁとかっていうねその思うわけよ
そうなんかその自然の文脈からその切り離されて生き花はその花にもう一度場を与えることっていう
花を生けるっていうのは花に新しい命の文脈を与える行為なんですって
だからその花を飾るのではなく花の本質を表にする行為という
なんかそういうものがあると
だからその生き花って生き花のさ美しいバランスって私たちが言う黄金比率とかが混ざってたりするわけですよ
雑誌とか開いた時に美しいレイアウトだなって感じるのもそういう黄金比率みたいのが使われたりする
黄金比率っていうかその生き花とかでも使われるその比率とかがあのバランスよく使われていて
それに対して美しいと感じるんだよね
だからなんか
あの
新たな命を加えることなんだよね
だからその
っていうこととかもさなんかそういうこと考えたりしてるのよいろいろ
つまりその作品を作るっていうことはどういうことなんだろうかとか
なんかこういうその答え
答えにならない答えを考えたりしてるます
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私っていう最近ですね
はいということでね
今日はさそり座の新月ということでね
皆さんがね皆さんらしく削ぎ落とされて生き花のように新しい命を自分自身にね
あの
生み出すようなそんな1日になることを祈りしております
それでは素敵な1日をいつもいいねコメントフォローありがとうございます
ただただとね感動するのは人間だけなんだよっていう話と
自分がその新しい命を加えるっていう考え方で何かを生み出してみてはいかがでしょうか
それでは今日も素敵な1日をいってらっしゃい