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おはようございます。おかえりなさい。
今日も来てくださりありがとうございます。🍄言葉のファンタジスタまゆみです。
この配信では、朝の10分で気づきや発見、何かウキウキしたり、何か元気になったり、何か行動したくなったり、
あ、そっかって思うような、そんな時間になることを心がけて配信しております。
今日のテーマは、正解を求める時点で二番手っていう話をしたいと思います。
このタイトルね、たまたま、ちょっと昨日、ひじりさんとお話をしている時に、
「そう、そうなんだよねー!」とか、「俺、これ、これ、明日の配信にしようかなー!」とか、「僕、これ配信にしようかなー!」っていってって、
あ、じゃあ私もあえて、同じタイトルで配信しようかなーって言って、
あの、それぞれの観点から、この同じタイトルでどんな話が巻き起こるかっていう実験をしたら面白いかなと思って、
今日は、正解を求めている時点で二番手っていう話をしていきたいと思うので、最後まで聞いていただけたらと思います。
最初に軽くお知らせさせていただくと、今ね、夜の20時からインスタでライブ配信してるんですね。
リラックスした感じで、いろいろみんなで頭の中の運動というかね、
あの、私には意図があるんだけど、みんながより良い人生、幸せな人生を歩むための、なんかこう、ブレインストーミング的な、
まあちょっと日常的な話もしているって感じなんですけど、ぜひ遊びに来ていただけたらと思います。概要欄に貼ってあります。
さあ、ではね、正解を求めてしまう時点で二番手っていう話をしたいんですけど、
前ね、以前も、正解を求めないでくださいみたいなタイトルでも配信したことあるんですけど、
正解を求めるってどういうことかっていうと、もう私の考えね、あくまで私がそう思うっていうことなんだけど、
正解を求めようとすると、これ合ってるのかな、これできてるのかなって求めると、もちろんね、
あのー、こう、うーと、なんて言うかな、
あのー、なんて言うかな、ちょっと発想の話っていう感じなんだけど、正解を求めると何が起きるかっていうと、
自分のコンフォートゾーンから出れない正解になっちゃうんですよ。
自分にとっての正解って結局、安全とかさ、
うーん、なんか、安全領域の中でしか発想が生まれないんですよね、その正解って。
でも、なんかある時はぶっ飛んだことをやった方がいいんですよ。
もう、なんか急に閃いたこととかね、なんかあゆつりに行きたいなみたいなのかわからないですけど、
あのー、自分の発想力を豊かにしたかったら、なんか正解を求めるんじゃなくて、
自由に、こう、望む力をつける方がいいんですよ。
で、じゃあ、正解を求めないでアイデアが豊富になるには、いやアイデア、アイデア力ってことじゃないですか、
正解を求めちゃうっていうのは、あの、安全パイ、安全パイで行っちゃうっていうことになって、
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視野が狭くなってくんじゃないかなって私は思うんですよ。
だから、あの、目的があったとしたら、ね、自由な発想を描きたいって思ったとしたら、
私が思うのは、私も今年のね、テーマで、あの、異業種と色々交流するっていうことをしたいなと思ってるんですよ。
これ何でかっていうと、アート業界の中にいると、なんかアートっていう発想の中の、
やっぱこう、ちょっと偏りのある、こう、仲間になりがちなんですよ。
でもここをね、例えばじゃあ私が、なんかすごいキャバ嬢として、めちゃくちゃ、あの、なんか人気のある人と話してみるとか、
農業をやってる人と話してみるとか、なんか、こう、全然違う業種の中で生き生きとやってる人の話を聞くと、
結局、絶対に共通点があるんですよ。
で、あの、あ、これって私のことを言うと、こうすると活用したらいいのかもしれないっていうふうに変化ができるようになるわけですよ。
で、こうやって発想力とか、なんか自分から遠いものを取りに行く技と、っていうのがいいんじゃないかなって思うの。
で、私は、あの、この前もね、哲夫寺さんとも話したときに、美学とかさ、美しさってすごい概念としてはとても上位にあると思うのね。
で、科学数式とかも結局答えて美しい数式になるらしいんですよ。
で、あの、絵もそうだし、建築もそうだし、自然界もそうだけど、美しいなって思うっていう感覚ってすごい大事だと思うんですよね。
あ、ちょっと話飛んじゃった、話、あ、どっか飛んじゃった。
あ、そう、それで、私は例えばビジネスとかも、あの、アートと掛け算、まあ、哲夫さんもさ、アートとビジネス掛け算したいっていうことを言ってるところで、私も共通のなんか言語があるなって思うんだけど、
あの、アートっていうのはさ、なんか生き方だったりするじゃない?生き方やあり方が形になっているものだけじゃないですか。
で、そう考えると、なんかアートっていうのも、この美しさっていう概念みたいな感じで言うと、すごく上位の概念だと思うんですよ、アートって。
生き方がアートとか、私もバルセロナに行ったときに、ああ、私はね、作品そのものっていうか、自分自身がアートみたいな存在でいたいってすごい思ったんですよ。
わかりづらいけど、そういうのが言葉知ったのよ、体の中から。
で、そう考えると、なんか何を取り入れても私のアートになっていくわけですよね。
なので、その、自分の中のまさ、なんていうか、いろんなものを取り込んで、ビジネスっていう観点からでも美しさとか、その、私のアートとしての作品っていうふうに考えて、
プログラムというか、自分のビジョンを集めていこうと思っているんだけど、ちょっと話ずれちゃったんですけど、正解を求めている時点で、2番手っていう話に戻るとね。
で、アイデアとか直感点とか、急に思ったことっていうのは、突拍子もないことが多いわけですよ。
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でも突拍子もなくて、誰もやってないことをやらないと成果が出ないってこともあるわけですよ。
突拍子もないくらいに勢いも必要だし、そこには正解っていう概念はないんですよ。
突拍子もない急にやりたくなったことって、正解かどうか求めてたら行動できないんですよね。
なんかやってみたいとか、こうしたら面白いんじゃね?みたいなとか、え、なんかよくわかんないけど、やりたい、いきたい、動きたい、こういうことっていうのは正解じゃないじゃん。
もうそうしたいからするっていう、こういう衝動みたいなものっていうのが、結果的にあなたにとっての正解になると思うんですよね。
この前話した、点をとにかくドットを打っていけばいいと。点を打っていった後に、それが奇跡となり、それが奇跡になっていくわけよね。
で、そんな風にして、その正解を求めるっていうことは、もう既にある星座の前を行くだけなわけよ。
例えばさ、えーと、何だろうな、既にある職業とか、その職業になるためにはどうしたらいいのって言ったら、みんなが使う同じルートでやろうとしちゃったら、それ正解を求めてるってことなのよ。
じゃなくて、あなたにしかできない道を作れるはずだから、正解を求めずに、他のやり方なんて、それはその他の人が合ってたやり方であって、あなたに合うやり方じゃないかもしれないわけですよ。
だから、正解を求めた時点で、もう誰かの道筋、作った誰かが作った星座の形をなぞってるだけだったりするから、もう正解は求めないでっていう話でね。
2番手だよって、もう星座できてる、北斗七星ってあるやつをなぞったって、うん、それ北斗七星だよねっていう話になりかねない。
でも、みんな一人一人がオリジナリティあふれる存在だから、あなたにしかできない道っていうのが絶対にあるはずなのよ。
だから、正解を求めると2番手になると。正解ではなくて、あなたの情熱とか衝動とか、もうちょっと何かもう損得関係なくこれをやると私最高に幸せみたいなこともぜひやってみてほしいんですよ。
あとは自分の感覚としてしっくりくるところまで丁寧に見ていくっていうこともやっていくと、あなたにとっての正解は絶対に現れるんじゃないかなというのが私の意見なんですけど、どうでしょうか。
皆さん正解を求める時点で2番手というこの考え、皆さんはどう思いますか。正解を求めないっていうことって、私は大切だと思うんですけど、皆さんはどうお考えですか。
ぜひ皆さんの正解という言葉も概念としてどういうふうにそれを捉えているかなんだけど、一般的に日本人の正解ってやっぱり守りに入るとか、誰かがやったことを真似するとかいうことになり得るのかなと思うので、そこ自由な発想っていうところは常に持っていて欲しいなっていうふうに思って今日配信しました。
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まとまりが微妙かもしれませんけれども、皆さんにとって正解って、あなたにとっての正解って何ですか。はたまた正解を探そうとすると2番手になっちゃうんじゃないかなって私は思うんだけど、みんなはどう思いますかということで、
また明日お会いしましょう。またね。