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おはようございます。🍄言葉のファンタジスタまゆみ🌏です。 今日も来てくださりありがとうございます。お帰りなさい。
この番組では、アートと言葉で自由と希望に導く🍄言葉のファンタジスタまゆみ🌏が、人生を豊かに切るマインドのヒントを伝えする番組です。
久しぶりに今セミが鳴いてますけど、音声として聞こえてるかどうかは分からないんですけれども、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
昨日というか一昨日になるのかな?声作ってるでしょって言われて、声作るよね普通に。
今喋っているこのトーンは、私のそもそもの声だと思うんですけど、人と誰かと喋る時はやっぱり声張るし、トーンを上げる。
でもトーンを上げるの普通じゃないって思うんですけれども、どうなんでしょうかね。
今日のテーマは何かというと、繊細さんへっていう話をしたいかな。繊細っていう。
これさ、昨日たまたまアカブ残さないライブ配信を川口社長としてて、繊細って言う言葉についてなんだけど、
繊細って弱いっていうことを言ってるのと一緒だみたいなことを社長は言ってたんだけど、でも私も繊細だと自分で思うわけ。
ただこれ繊細さと鈍感力っていう両方の使い分けだと思うんだよね。
で、誰もがね、わかんない。人によってはすごい感受性っていう意味で、例えば人混みがすごいしんどいとかさ、いろんなものを受けてしまうとか、いろんなタイプの人いると思うのね。
で、これは体質とかいろんなのによるかもしれないけど、ある程度はそういう体質なんだとしたら、まっちょろんになっちゃうのかな。
なんか、鍛えればいいと思うんだよね。
私もすごい、だからどこにでも自分の感受性のアンテナみたいなのを全方位に開いてるわけじゃないのよ。
ここの場所はすごくいいなって言った時にバーンって開くし、関係ないところには閉じるし、っていう風に使い分けしてるわけよ。
で、はたまた繊細っていう言葉の中には人の言葉に傷つくとか、そういう要素が入っちゃう人がいると思うんだけど、そもそも誰一人として自分の魂を傷つけれる人はいないわけ。
たった一人傷つけられるとしたら自分自身なわけね。
そう。なんで?って考えたら、あなた自身が自分を傷つけなければ、誰もあなたのことを傷つけることできないんですよ。
たとえそれを誰かが言ったとしても、その言葉をあなたが受け取るか受け取らないかは自由に決められるわけ。
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お釈迦様の話で、お釈迦様を落ち入れやろうとすごい罵倒しまくって、街の中で。
お釈迦様のことをあってすごい悪いことを言って、でもお釈迦様は何の反応もしないで、その人が疲れ切るのを待ってたわけね。
もしも贈り物を受け取らなかったら、その贈り物は誰のものだって聞いて、
それや贈り物を受け取らなかったら、自分のところに帰ってくるは!?みたいな教えがあるわけよ。
つまり、結局その人は自分の言葉が全部自分に帰ってきて、なだれ落ちるわけですね。
お釈迦様はそのいろんな罵倒とかいろんな抽象っていうのを何一つ受け取らなかったわけですよ。
多起業のようにね。
で、ってなったら傷つきもしないわけですよ。それをスルーする。スルー力だよね。
鈍感力っていうかスルー力っていうか、あなた自身があなたを傷つけない限り、
あなた自身が相手の言葉を受け取らない限り傷つかなくていいわけですね。
っていうことなんだよね。だから結局、繊細か繊細じゃないかっていうのはあんまり関係なくて、
もし繊細だとしたら、自分の中で受け取ることと受け取らないことを決める。
で、いうことが大事なんじゃないでしょうかね。みたいなことを思いましたね。
ちょっとうまく説明できなかったかもしれない。
あともう一個すごい面白い話があったからシェアするんだけど、
よくさ、私もねこれハッとしたんだけど、なんかすごいですね。
いやたまたまですとか、運が良かっただけですとか言っちゃうじゃん。
私もなんか今までやってきた、起きてきたことに対して、いやたまたまこういう機会があってそこに行くことになってっていう説明をついしちゃうわけ。
でも実際たまたまだったりするし、たまたまとタイミングだったりとかじゃん。
でもそれをあるすごいちょっと有名な方にグループコンサルみたいなのをしてもらった時に、
わざわざたまたまとか言わなくていいですよって。そこに行くことも実力のうちだし、
そうやって自分を下げる必要もないです。みたいなこと言われて。
もうそこに行くのが当然だからそこに行ってるし、みたいな話をされた時に、
あ、それを思い出したんだよね。で、つい偶然って思っちゃうわけよ。
これだから要はその結果が起きても、結果があったとしても偶然と思ってしまうと。
で、これってある意味謙虚と言いながら、謙虚っていうよりも自分自身のその自己評価の問題にもなると思うんだよね。
で、それで社長が言ってたのが、運はね実力のうちとか、いやたまたまですよ運ですよっていうこの定義の問題なんだけど、
たまたまですよとか運ですとか偶然ですって社長はよく何かが起きた時に言うんだけど、
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でも裏の定義があったんだよね。これその言葉に騙されないで欲しいんだけど、
運は実力だと思ってるんだってっていう定義が社長の中にあるわけよ。
その上で偶然ですとか運ですみたいな言い方をするわけだよね。
つまり運ですって言いながら実力ですって言ってるのと同意語ってことなのよ。
ここを考え違いをすると、なんだ偶然なんだっていう風になっちゃうのかなと思った。
でもその運とかラッキーとかって、その人がすごいたくさん点を打ったうちの一つがヒットしてるだけだから、
やっぱりその運を掴むところまでのきっかけを作ってるのはその人自身だったりするから、やっぱり実力なんだよね運って。
って思ったんだよね。だからこれはすごいいい話だなと思ったのね。運は実力。
誰にでも平等にチャンスは訪れていて、それをチャンスにものにする準備ができてるかできてないかの違いだし、
何をチャンスにするかっていうのも、やっぱ自分自身がどっちの未来の方向向いてるかってことを思うことがめっちゃ大事だよね。
っていう話でね、今日は2つの話について話しました。
繊細さんっていう、繊細だとしたら繊細だからこそそれは良さにつながることもあるわけだよね。
なんかあるね、なんか何で見たのかな。TikTokかなんかで見たのかもしれないんだけど、
いろんなことに気が付くすぎて繊細で疲れてしまうっていうのを思ってた人が、
介護かなんかのそういう現場に行った時に、逆にその繊細さが、今この人はこうして欲しいのかな、ああして欲しいのかなっていうのが気が付くから、
それをそこの老人ホームかなんかでやってる時に、本当に感謝されたんだって、老人の方たちに。
あなたはその細かい私が思っていることをね、気づいてくれてありがとうみたいな。
すごいやりがいを感じたみたいな話があるから、繊細っていうのも使い方、物の使い方によって自分のことをネガティブに考えたりするエネルギーに使うと、
それは自分を傷つけることになるかもしれないけど、人様にそれをより良く使おうとしたら、その人の才能になる可能性もあるんだよね。
って考えると別に繊細であることとか何も悪くないし、繊細っていう言葉で自分自身が傷つきやすいんだとか弱いんだっていうふうに設定するのは、丘と違いだと思うんだよね。
みんな誰もが自分が選べるわけ、どういう人間になるかっていうのを、だからこそっていう言葉をよく使うといいって私も言うんだけど、
だからこそ私は人の気持ちが受け取れたり感じたりすることができるんだって言えば、それはその人の豊かさそのものになるわけじゃん。
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だからこそこれができるようになったんだっていうふうに、逆説的に弱くて傷つきやすいっていう点で終わるんじゃなくて、
だからこそ私は興奮できるっていうふうに逆転して本当に欲しい未来の方に歩んでもらうように使ってもらえたらいいんじゃないかなというふうに思いますね。
はい、ということで皆さんにとって今日1日が素敵な1日になることを祈りしております。
ちょっとまとまりが悪かったかもしれないですね。
繊細さあっても別にいいじゃんっていう話ね。
で、鈍感力っていうか選択の問題であるっていうこと。
私も繊細だもんって思うもん。
で、それはすごい豊かなことだし素敵なことだと思う。
で、それをどう生かすかはその人自身だし、それをネガティブに自分が傷つきやすいんだ、動けないんだ、怖いんだっていうことに使うんじゃなくて、
誰かのために使うとか、その繊細だからこそ私はこれができるっていうふうに、
未来に向かって歩むきっかけにするんだったらいい。
だから定義の問題になるんだけど。
で、そして運も運は実力っていう定義で物事を考えるっていうね。
この2本柱でお話ししましたけれども、何か感じたことがあったらぜひコメントしていただけたら嬉しいです。
それでは皆さんにとって今日1日が素敵な1日になることを祈りしております。
いってらっしゃい。